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多くの企業が基幹システムの刷新に取り組んでいるが、当初の計画通りに進まず、遅延やコスト超過に陥ったというケースが少なくない。その原因には、要件定義後に新たな要件が出てくる、ユーザーの巻き込みが十分でない、後になって技術的な問題が顕在化した――などがある。
こうしたリスクを回避するために、基幹システム刷新にアジャイル・スクラムの活用を推奨したい。基幹システムは事業の中核を担うため、業務要件があらかじめ明確であることからアジャイル開発は適さないとされているが、必ずしもそうとは限らない。本稿では、基幹システムの刷新にアジャイル・スクラムの活用を推奨する理由と、その具体的なメリットについて解説する。
従来、基幹システムは「業務を支援する道具」という位置付けであった。しかしながら、変化の激しい時代においては、基幹システムを「ビジネス価値を創出する1つのプロダクト」として捉える、プロダクト思考を持つ必要がある。例えば、受注システムが注文情報を基にクロスセルを営業担当者に提案したり、購買システムが発注時に、より高性能かつ低価格な製品を推奨したりすることも可能である。
この際に重要なのは、基幹システム全体を1つのプロダクトと定義するのではなく、例えば、販売、生産、購買、物流などビジネス価値に直結する、かつ、ほかとの相互依存が小さい領域ごとに分割し、それぞれを疎結合による「独立したプロダクト」と定義することだ。
そして、各プロダクトには、ビジネス価値の最大化に責任を持つプロダクトオーナーと、チームのパフォーマンスの向上に責任を持つスクラムマスターをアサインし、自律的なチームが継続的に改善できる体制を整える必要がある。組織全体で、「プロダクトが提供する価値」を中心に据えたマインドセットに転換し、経営層・業務部門・情報システム部門が一体となって改善に取り組む文化を醸成することが求められる。
プロダクト思考では「顧客への継続的な価値を提供し、ビジネスに貢献する」が主眼となる。そのため、短期的な納品ではなく長期的な価値創出を優先すべきだ。従来、基幹システムの成果は「納期順守」や「コスト削減」で測られてきたが、これからは中長期的な顧客価値やビジネス価値(例えば収益の増加、ユーザーの定着率、生産性の向上など)で評価することが求められる。
図表1:“プロジェクト思考”から“プロダクト思考”への転換
基幹システム刷新は、企業の根幹に関わる取り組みであり、経営者が現場や情報システム部門に任せ切りにすべきではない。IT戦略を経営戦略の一部として位置付け、経営者自らが陣頭指揮を執る必要がある。変化を前提とし、継続的な改善を全社的な文化として根付かせることが、基幹システム刷新を成功に導く必須条件となる。
基幹システム刷新において避けたい事態が、「既存の機能を新システムで全て実装する前提」で進めてしまうことである。というのも、現行機能の中にはもはや使われていないものや、制度変更により不要となったものも多く含まれている。既に時代遅れとなった機能を新システムでも実装することは、開発・運用費用の無駄遣いであると言わざるを得ない。従来のウォーターフォール型を採用すると、要件定義の段階で機能の要否を確定するのは困難であり、「念のため」の機能も開発対象に含まれがちである。
アジャイル開発では、ユーザーとの継続的な対話を重ねながら、実際に使われている機能や今後重要となる機能を浮き彫りにできる。利用頻度、他業務との依存関係、将来的な業務戦略との整合性を踏まえて、不要な機能をそぎ落とし、新基幹システム全体のスリム化を実現できる。
また、アジャイル開発では、「まず作ってみて、使いながら学ぶ」ことができるため、エンドユーザーに都度確認してもらいながら、本当に必要な機能が何かを柔軟に判断できる。基幹システム刷新を単なるシステムの置き換えとせず、ビジネス価値を最大化するために業務とシステムがどうあるべきかを抜本的に見直すことが重要だ。
図表2:各システムのスリム化:ビジネス価値と照らし合わせ、不要な機能の削減
多くの基幹システムは、長年の改修により、仕様書が存在しない、担当者が退職して仕様が不明、複雑な業務ロジックがコードに埋め込まれ可視性が著しく低いなど、いわゆるブラックボックス化に陥っている。
ウォーターフォール型では、まず現行システムの仕様を完全に洗い出した上で設計する必要があるが、ブラックボックス化したシステムではそれが困難である。その結果、「この処理は把握できていなかった」「この機能が実は重要だった」「クライアントの要望で新たな機能が必要になった」といった事象が後から発覚し、遅延やコスト増を招く要因となっている。
アジャイル開発は、常にユーザーと対話し、優先順位を決めながら開発を進めるため、このような課題を未然に防ぐことできる。
さらに、開発の途中で計画変更が必要になったとしても、アジャイルであれば常にプロジェクトの状況を可視化できているため、マネジメントの意思決定を早めることができる。
例えば、以下の図表の左側は、仕様が追加になったものの、今後の見通しでは事前に設定したバッファー内に入るため、稼働スケジュールへのインパクトは現時点ではないと判断したケースだ。一方で、右側のケースは、当初の見通しより稼働が遅れることが想定されるため、マネジメントとしては「コストと期間重視で機能を制限して稼働する」か、「ビジネス価値重視なので、期間延長およびコスト追加して稼働するか」の意思決定を新たな仕様が発覚した時点で行える。
このようにアジャイルは、プロジェクトの透明性を確保し、将来の見通しに基づいたマネジメント判断を適宜下せる点も大きな利点である。
図表3:アジャイル・スクラムを活用することにより、早期に課題への対応が可能
ウォーターフォール型では、一括でシステムを切り替える「ビッグバン方式」が一般的だが、この方式は高いリスクを伴う。データ移行の不備、現場の混乱、システムの初期不具合などが重なると、全社業務に深刻な影響を及ぼす恐れがある。この状況を避けるためにも、段階的移行を推奨する。段階的移行では、システム全体を複数フェーズに分割し、領域ごとに順次新システムへと切り替えていくため、以下の効果を得られる。
新旧システムの並行稼働期間の調整や連携の難しさはあるものの、段階的な移行を採用することで、リスクを抑えつつ、スムーズな稼働と早期の価値創出を実現できる。
図表4:段階的かつ短いサイクルでの移行によるリスクの低減
基幹システム刷新は、単なる技術的な入れ替えではなく、業務の再設計と組織の変革を伴う戦略的プロジェクトである。ブラックボックス化した現行システムを無理に再現するのではなく、本当に必要な機能に絞って構築し直す。不要な業務を見極め、スリムな形で業務を再構築する。そのために最も適した手法がアジャイル開発である。アジャイル開発を導入することで、開発と業務の境界をなくし、システムを組織へ柔軟にフィットさせながら、進化させることが可能である。
基幹システム刷新を「今まで通りの再現」ではなく、「未来の業務のための新設計」と位置付けるならば、アジャイル開発が最適な選択肢となるだろう。複雑で不確実な時代において、柔軟かつ顧客価値に基づいたアプローチこそが、基幹システム刷新の成功の鍵を握っている。
最終的に重要なのは、ツールや手法よりも「どのように顧客価値を高め、変化に対応し続けるか」という視点である。その答えとして、アジャイル開発は非常に現代的かつ実践的な道筋を提供してくれるのである。
以上
※本記事は2025年8月8日にZDNET Japanに掲載されたものです。
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