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PwCが見据える生成AI×SAPの将来像とは?
日本企業が業務、IT部門それぞれで抱える課題に応えていくには生成AIの活用が有効になってきます。生成AIをどのように活用すればいいのか、PwCの考える生成AI活用戦略について、生成AI×SAPによるデジタルトランスフォーメーションを推進するET-ESのディレクター伊東 智が語ります。
2025-05-16
従来のオンプレミスで稼働していたシステムをパブリッククラウド(以下、クラウド)に移行したところ、それまでよりもコストが増えてしまったことはないだろうか。
近年多くの企業がクラウドを採用し、ITインフラストラクチャーの効率化とコスト削減を目指している。しかし、期待に反して従来のオンプレミス環境よりもコストが増加してしまうケースが散見される。この状況は、クラウドの本質を理解せずに従来のシステム構成やシステム運用の考え方をそのまま踏襲していることが主な原因と考える。
本記事では、クラウド活用時のコスト増に陥る原因とその解決法について、具体例を交えて解説する。
ここから紹介する“悲劇”に共通する点は、クラウドを単なるハードウェアの代替(Infrastructure as a Service:IaaS)としか捉えていないことだ。オンプレミス時代の考え方や運用方法をそのままクラウド環境に持ち込んでしまい、クラウドの特性を生かしきれていないと想定される。以下に、コストの増加に陥る典型的なケースを紹介する。
図表1:パブリッククラウド活用におけるコスト増の原因
まずは、過剰なリソース確保をしているケースだ。オンプレミス環境では、将来の需要増加を見越して余裕を持ったシステム構成を採用することが一般的である。一方で、クラウド環境は、リソースを柔軟にかつ即時に増減できるため、このアプローチは不要になる。しかしながら、オンプレミス時代の「ピーク時の負荷に備えてリソースを確保する」という考え方から脱却できず、クラウドでも不要なリソースを抱え込むことでコストの増加につながってしまっていることが少なくない。
次に、従来の人手による作業を中心とした運用方法を踏襲しているケースがある。クラウドの特性を生かした運用自動化の促進や、クラウドプロバイダーが提供するマネージドサービスの活用が不十分なため、従来の運用体制を維持しなければならず、結果として運用コストが下げられていない。
さらに、クラウドネイティブな技術を活用できていないケースが挙げられる。昨今では、クラウドの普及に伴い、クラウド環境に適した技術が発展している。例えば、サーバーレスコンピューティングを活用すると、常時稼働するサーバーが不要になり、サービスおよび運用の両面で大幅にコストを削減できる。
また、データベース領域においては、従来の商用データベースからオープンソースソフトウェア(OSS)に移行することで、高額になりがちなソフトウェア保守費用を削減できる。ただ、こうしたクラウドネイティブな技術を積極的に活用せず、従来型のアーキテクチャーをそのまま踏襲しているため、コストメリットが受けられていない例が多い。
最後は、クラウドサービスの料金体系を十分に理解していないケースだ。クラウドは、従来の買い取り型の購買形態とは異なり、従量課金制の価格体系を採用しているサービスが多い。従量課金制では利用を停止すればコストを払わずに済むが、その一方で、カタログ上の通常価格で長期に使用するとコストが割高になりがちである。多くの企業が既に対応しているように、長期の利用が想定されているものに対しては長期利用を確約することで、あらかじめ大幅な割引を受けることができる。
コスト増のわなに陥らず、クラウド活用本来の利点を引き出すための方法について解説する。
図表2:パブリッククラウド活用によるコスト最適化の実現方法
まず、運用の見直しが不可欠だ。クラウド環境では、リソースの利用状況をリアルタイムに把握し、必要に応じて迅速に調整できる。例えば、ユーザーのアクセスが夜や土日に集中するECサイトなどでは、オートスケーリング機能を使うことで、閑散期に無駄なリソースを確保する必要がなくなる。また、業務アプリケーションなどは、24時間稼働させる必要性は低く、土日や夜間のリソース確保を最小化することで、コストを抑えることができる。このように、需要予測の精緻化、オートスケーリングの活用、リソースの最適化などを通じて、コスト効率の高い運用を実現していける。
また、自動化の推進も見逃せない重要な施策だ。前回の記事(日々の業務に追われるIT部門から脱却せよ--IT関連業務の徹底的な自動化)でも紹介したように、クラウド環境では、多くの運用タスクを自動化することが可能だ。これにより、人的ミスの削減、運用効率の向上、そして人件費の削減が実現できる。Infrastructure as Code(IaC)の導入、継続的インテグレーション/継続的デリバリー(CI/CD)パイプラインの構築、監視の自動化などを通じて、運用の効率化とコスト削減を図ることができる。
次に、アーキテクチャーの見直しが重要だ。クラウドネイティブな技術やオープンソースソフトウェア(OSS)を活用することで、より効率的で柔軟なシステム構築が可能となる。
筆者らが所属するPwCコンサルティングが支援したある企業では、IaaS中心の構成にとどまっていたウェブ系システムをサーバーレスサービス中心のアーキテクチャーに変更した。その結果、月間のクラウド費用を15分の1まで圧縮することに成功した。さらに、システム運用やソフトウェアの保守切れ対応の工数を大幅に削減することで、さらなるコスト削減にもつなげることができた。このように、クラウドの普及に伴い進化を遂げているサーバーレスアーキテクチャー、コンテナー技術、OSSなどの新しいツールや技術を活用することで、システムの効率化とコスト削減を図ることができる。
最後に、ベンダーとの関係性の見直しが重要となる。クラウド環境では、クラウドプロバイダーが物理的なインフラストラクチャーの運用・保守を行う。そのため、システムインテグレーターの役割がインフラストラクチャーの運用・保守者から、クラウド環境の設計・構築なども含めて実施する包括的な支援者へと変化している。
この変化に合わせて、コスト最適化や新技術適用を加味した重要評価指標(KPI)、サービスレベル目標(SLO)、サービスレベル合意(SLA)に再設定するなど、ベンダーとの関係性を見直すことで、外注費を削減できる可能性がある。内製化の推進、パートナーシップの再定義、クラウドマネージドサービスの活用などを通じて、より効率的で、効果的なクラウド活用を実現できる。
クラウド活用は、コスト削減にとどまらない多くの価値を提供する。例えば、ビジネスの俊敏性向上、セキュリティの強化などは、多くの企業で既に認識されており、また、最近では以下のような効果も着目されている。
まず、迅速な新技術の導入だ。クラウドプロバイダーは、常に最新の技術をサービスとして提供しており、自社で一から開発するよりも迅速かつ低コストで新技術を導入可能だ。例えば、生成AIや機械学習、量子コンピューターなどの先端技術を容易に利用できる。
また、クラウドは外部のパートナーや顧客との連携を容易にする。API を通じたデータ連携や共同開発環境を迅速に構築でき、オープンイノベーションを加速させることも可能だ。
環境面での貢献も見逃せない。クラウドプロバイダーの大規模データセンターは、個々の企業が運用するオンプレミス環境よりも高い電力効率を実現しているだけでなく、再生エネルギーの活用にも積極的だ。クラウド移行により、IT関連の電力使用に伴う二酸化炭素排出量を大幅に削減できる可能性がある。
このようにクラウド活用は、コスト削減などの「守りの効果」だけでなく、ビジネス拡大につなげる「攻めの効果」も期待できる。
図表3:パブリッククラウド活用による新たな価値の創出
ここまで述べたコスト削減のアプローチはどれも目新しいものではない。しかし、多くの企業がこれらの取り組みを十分に実施できておらず、クラウドの活用に期待する効果を享受しきれていないのが現状だ。
クラウドを適切に活用した先には、前述した通り、ビジネスにおける「攻めの効果」まで享受できる未来がある。クラウドネイティブなアーキテクチャーに変えていくことで、生成AIなど先端技術を利用したサービスをすぐに活用でき、システムとしても、組織のマインドとしても、テクノロジードリブンな状態でビジネスイノベーションを創出できるようになる。
そのための第一歩として、オンプレミス環境における従来的なシステム活用方式をクラウドに当てはめることから脱却する必要がある。もし、読者の勤める会社もクラウド活用におけるコスト増のわなに陥っている状況であれば、本稿で紹介したアプローチの実行を現場に促してみてほしい。
※本記事は2025年4月17日にZDNET Japanに掲載されたものです。
※発行元の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
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