
第12回◆グローバル展開を加速させるためのフロントオフィスの現状と改革
テクノロジー業界では、企業の枠組みを超えた価値提供が求められる中、海外でのビジネス拡大に取り組むケースが増えており、最適な仕組み構築が求められています。PwCコンサルティング合同会社のメンバーに改革を推進していくためのポイントを聞きました。
2022-03-07
明治23年の創業以来、130年以上にわたり「世界中の人々の目の健康への貢献」を続ける参天製薬(以下、Santen)。眼科領域に特化する同社は、世界約60カ国で事業を展開し、海外売上比率が32%まで伸長するなど、ビジネスのグローバル化も加速させています。PwCコンサルティングは同社にCIOアドバイザリー、DX戦略策定、サイバーセキュリティなどの支援を提供しています。
企業のグローバル戦略を支えるうえで、IT組織はどのような役割を果たしていくべきなのか。本鼎談ではSantenで執行役員 チーフインフォメーションオフィサー(CIO)兼デジタル&IT本部長を務める原 実(はら みのり)氏をお招きし、参天製薬のグローバル化に対する取り組みとともに、「グローバル市場で勝ち抜くIT組織のあり方」をお伺いしました。(本文敬称略)
登場者
参天製薬株式会社
執行役員 チーフインフォメーションオフィサー(CIO)兼デジタル&IT本部長
原 実(はら みのり)氏
日本の民間企業を経験後、国連職員に転身。持続可能な開発目標(SDGs)推進に従事するため、約20年間国連機関のIT職を歴任。国際電気通信連合(ITU)(インド、スイス)、国連本部(米国)、国連ボランティア計画(ドイツ)、IAEA(オーストリア)の各機関にてITセキュリティ戦略やガバナンスを統括。2012年からILO国際研修センター(イタリア)のCIO、続いて2017年には国連食糧農業機関(FAO)(イタリア)のCIO代理としてIT・デジタル中期戦略を推進。2018年参天製薬入社、2020年より現職。上智大学工学修士、イタリアSDAボッコーニ大学国際機関経営学エグゼクティブ修士取得。スイス・ジュネーブ在住。
PwCコンサルティング合同会社
テクノロジーアドバイザリーサービス パートナー
荒井 慎吾
PwCコンサルティング合同会社
デジタルトラスト パートナー
藤田 恭史
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
(左から)原 実氏、荒井 慎吾、藤田 恭史
藤田:
最初にSantenのデジタル戦略について教えてください。
原氏:
われわれのデジタル戦略を説明するうえでは、外部環境の変化を整理する必要があります。現在、Santenを取り巻くヘルスケア市場は急速にデジタル化が進み、既存のビジネスプレイヤー以外のテック系新興プレイヤーが台頭しています。あらゆるデータから知見を得て、新サービスを開発するという世界的な機運は、私たちの業界も例外ではありません。
一方で製薬会社が扱うデータやそれを取り巻くシステムには、さまざまな規制があります。研究開発、製造、品質などにおける基準や、個人情報保護法制は世界各国で厳格化されています。ですからデジタルやデータは、「利活用の加速」と「規制の厳格化」という両面から対応する必要があります。
さらに、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、人々の生活様式は一変しました。現時点でコロナ収束後の日常がどのように変化するのかは未知数ですが、コロナ禍で起こった変化は、ある程度定着すると考えています。
そのような環境の中で、Santenは2020年7月に今後の10年間とその先に向けた新長期企業ビジョンとして「Santen 2030」を発表しました。目の健康を通じた人々の幸せな生活の実現に向け、われわれは「ソーシャルイノベーター」になると明言しています。そのためには既存事業の価値を最大化するとともに、会社の改革を通じて新たな価値提案をしていく必要があります。
このビジョンを達成するために、IT組織は何をすべきかを起点として、デジタル・IT戦略を策定しました。IT組織の役割は「グローバル事業に対するそれぞれの地域からの支援」と「デジタルソリューションの提供」を通じて、会社全体のバリューチェーンの効率化や進化の加速に貢献することです。そして、急速に変化する社会環境のトレンドを捉え、会社が対応できるよう、サポートしていかなければなりません。
参天製薬株式会社 執行役員 チーフインフォメーションオフィサー(CIO)兼デジタル&IT本部長 原 実(はら みのり)氏
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーアドバイザリーサービス パートナー 荒井 慎吾
荒井:
2021年5月に公開した2025年度までの中期経営計画「MTP2025」では、今後に向けた課題として「グローバル組織の確立」を掲げ、「2025年度までに真のグローバル医薬企業への変革を図る」とうたわれています。IT組織のグローバル化に対する取り組みについて教えてください。
原氏:
まず、「日本=本社」というこれまでの固定観念を完全に払拭しました。Santen全体のビジネス戦略では、日本、中国、それ以外のアジア地域、北米、EMEA(欧州/中東/アフリカ)の5地域体制でグローバル事業を展開しています。
IT組織の役割は、ビジネス部門のグローバル戦略とデジタル戦略を両面から支援することです。現在、ビジネス部門は加速度的にグローバル化が進んでいます。ここで言うグローバル化とは、単に海外売上比率が上がり、日本以外の国で働く従業員が増えるという意味だけではありません。ビジネスの在り方やビジネスモデルも急速にグローバル化しているのです。
こうした環境に対応するためには、IT組織自身が「ビジネスニーズを先取りし、それを理解したうえでビジネスパートナーとしての機能を果たすこと」という新たなケイパビリティを獲得しなければなりません。それには、これまでのように本社所在地である大阪をベースにするというIT組織のあり方では限界があるのです。
もちろん、日本のビジネスは事業規模や拠点数、社員数が最大であることは変わりません。一方で、登記上の本社は大阪であっても、その配下にある機能をすべて大阪に配置する必要はありません。
藤田:
原さんは過去20年にわたり、国際機関でIT全体の戦略策定やセキュリティ、ITサービスマネジメント全般などを担当されていました。これまで大阪本社にあったCIOの拠点をスイスのジュネーブに移したのも、そうしたご経験から生まれた考えなのでしょうか。
原氏:
「組織のケイパビリティを最大化できるロケーションはどこか」を軸に考えたとき、最適な場所の一つがジュネーブだったのです。
まず私自身のことを申し上げますと、他社CIOやIT企業等とのコネクションは、日本より欧州が圧倒的に多いため、欧州拠点はホームゲームで日本拠点はアウェイという感覚を持っていました。これは個人的な素養とはいえ、私自身のケイパビリティにおける重要な要素の一つと考えています。
次に、私を含めたIT組織のグローバルリーダシップメンバーは9名いますが、そのうち日本で勤務しているのは2名だけです。他のメンバーはスイス、オランダ、カナダ、シンガポールに散らばっており、そこからグローバル全体の活動を統括しています。
加えて、外部パートナーとなるIT企業の選択肢の拡大、さらには、将来の組織を担う人材を獲得する際の人材市場の層の厚さやダイバーシティなども考慮しました。これら全てを総合的に勘案し、考え抜いた結果なのです。
荒井:
一般的に日本企業がグローバル化する際には、ヘッドに日本人を配し、その配下に各国のリージョンを置く組織体制にします。SantenのIT組織のように、組織のケイパビリティ最大化を重視して、ご自身やメンバーの拠点を選ぶことは、かなり思い切った決断だったと拝察します。
原氏:
確かに一部のメンバーからは常識を逸脱している行動にも見えたようです。社外の方からも「IT部門の機能全体をヨーロッパに移転するのですか」と聞かれることも多いのですが、その際には「グローバルCIOの拠点はスイスですが、配下の機能は世界に分散し、組織全体としてはITの利活用でグローバルに連携したものになっています」とお答えしています。
荒井:
原さんが統括するIT組織の名称は、「情報システム本部」から「デジタル&IT本部」に変更されています。これもグローバル戦略の一環でしょうか。
原氏:
名称変更の背景には、IT組織が「ビジネスニーズを解決するシステムインテグレーター」というこれまでの位置づけから、今後は「デジタルやITを利活用してビジネス変革を強化していくイネーブラー」になるという想いが込められています。
また、「デジタル&IT本部」への改称にともなって、新たな目的に沿う形で組織構成も刷新しました。具体的には、これまでなかった日本のビジネスに関する統括グループ組織をグローバルCIOの配下に作りました。そして、日本を含めた5地域の統括を「グローバルオペレーションズ」に再編しました。組織の残り半分は、デジタルやビジネスソリューションを推進するセンターオブエクセレンス(CoE)機能で、完全な地域横断型の組織としました。これらグローバルオペレーションズとグローバルCoEの両輪がグローバルCIOにレポートする体制としました。
荒井:
リージョンにこだわらず実力とロール(仕事の役割)に応じて適材適所に人材配置をするドラスティックな組織改編は、リーダーにとってはマネジメント力が、配下の従業員にとっては適応力が問われるのではないでしょうか。
原氏:
確かにグローバル組織で働いた経験のない人が、外国人の上司に英語でレポートすることや、遠隔かつ時差のある環境下で連携を図ることはチャレンジングでした。しかし、さまざまなコミュニケーション機会の仕掛けを作ることで、現在ではこうしたチャレンジを楽しめる土壌も醸成されています。環境に対してポジティブに順応し、自らを成長させられる人材が続々と登場しています。こうした変化はCIOとして嬉しいことですし、大きな収穫だと思っています。
PwCコンサルティング合同会社 デジタルトラスト パートナー 藤田 恭史
藤田:
組織のグローバル化は、人材獲得戦略にどのような影響をもたらしたのでしょうか。
原氏:
いちばんの影響は、人材獲得の選択肢が広がったことです。これまでは日本国内でグローバル対応できそうな人材を採用し、入社後に経験を積んでもらいながらグローバルで活躍するための能力を伸ばすという「育成」の方式でした。しかし、この方式では急速に進むグローバル化に対応できませんし、多様なビジネスエクセレンスを組織に取り入れることにも限界があります。デジタル&IT本部では、人材の募集方法から変更しました。
具体的には、これまでで言うところの本社機能のポジションに1人を採用する場合でも、たとえば日本・東南アジア・欧州で同時に募集し、いちばん要件に合った人材を現地で採用しています。また、本社に呼び寄せるのではなく、現地でそのままグローバルロールを遂行してもらう方式にしています。ですから、自然と地域横断的な組織になるのです。
荒井:
グローバルでビジネスを展開する場合、グローバル共通の施策と、その地域固有の施策では求められるケイパビリティが異なるケースもあるのではないでしょうか。そうした要件の違いはどのように捉えていらっしゃいますか。
原氏:
ローカルな業務のみを担当する現地事務所では、ローカル採用を実施しています。たとえば、工場勤務で現地採用の従業員と密接に関わる業務や、各地域のセールスやマーケティングを支える業務には、その地域のビジネス習慣に精通した人材を配置します。
一方でグローバルのポジションに就く場合、特定地域の案件しか経験していない人材では対応できません。現在、グローバル機能を担うチームでは、チームメンバーや自分の上司・部下が時差のある別大陸で働いていることが当たり前の環境です。実際、メンバー全員が同じ国の人材というチームはほとんど存在しなくなりました。
そうした観点から見ると、EMEAや(中国を除く)アジアの企業は最初から東南アジアや欧州全体を市場としている多国籍企業がほとんどであり、グローバル人材も多い。こうした環境で働いている人材は、企業規模が拡大してグローバル企業になった時の順応力が高いのです。ですから、人材市場のスコープを複数の地域に広げることで、良い人材を獲得できる確率は何十倍にも上がります。
荒井:
なるほど。日本企業はまだ「日本市場とグローバル市場」を明確に分ける傾向が見られますが、日本以外のグローバル企業では、マーケットをグローバル全体で捉え、「自国と他国」を区別していないケースも多いのですね。そうした企業の従業員は、グローバル化に対する意識も違います。ちなみにグローバル採用の場合、評価や報酬も統一しているのでしょうか。
原氏:
そこは難しい部分です。各国のリージョンのビジネス習慣や雇用に対する法律は異なりますから、グローバルで統一できない部分もあります。また、ジョブマーケットにおける報酬レベルやジョブランクの考え方にも地域ごとの違いが存在します。現在はグローバル人事部門の強力なリーダーシップのもと、組織の一層のグローバル化を後押しするべく、グローバルな人事制度の整備にも順次取り組んでいこうとしています。
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