【ホリスティックに考える】論考シリーズ第3回

GXを「排出削減」で終わらせないために―削減施策と残余排出量への対応をGX全体の設計にどうつなぐか

  • 2026-04-27

本連載の第1回では、現代の複合的リスクに対し、複数の環境・社会テーマを統合して捉える「ホリスティックアプローチ」の必然性を説きました。続く第2回では、自然資本を起点とした実践的な導入手法として、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が提唱するLEAPアプローチの応用を提示しました。

第3回となる本稿では、GX(グリーントランスフォーメーション)を取り上げます。日本においてGXは、GX推進法の成立やGX経済移行債の発行、さらには東京証券取引所におけるカーボン・クレジット市場の開設など、国家戦略としての枠組みが急速に整いつつあります。とりわけ、2026年4月からはGX-ETS(排出量取引制度)の本格運用が開始され、これによって排出削減施策の実行と残余排出量への対応は、もはや単なる環境活動の域を超え、企業の利益や競争力に直結する喫緊の経営課題となりました。企業はこれまでの排出量算定や可視化のフェーズから、いかに実効性のあるGXへとシフトするかが問われています。

そこで本稿では、GXの中でも、GX-ETS運用開始によりいま改めて見つめ直す必要がある「削減施策と残余排出量への対応」という実行フェーズにフォーカスします。実務の参考となる諸制度やイニシアチブの思想も併せて示しながら、このフェーズにおいてなぜホリスティックな視点を持ち、真のGX実現に向けた事業基盤の再設計につないでいくことが重要なのかを論じます。なお、本稿でいうホリスティックとは、排出量の最小化にとどまらず、自然資本・社会・サプライチェーン・バリューチェーン外の貢献まで含めて、GXの効果と影響を全体最適で捉える考え方を指します。

GXにおいてホリスティックな視点が問われる局面

前提として、GXのプロセスは大きく以下3つのフェーズに分解して考えることができます。

  • 温室効果ガス(GHG)排出量の現状把握・分析
  • 削減目標設定
  • 削減計画策定~実行:削減施策と残余排出量への対応の検討・実行

これら全ての過程において統合的な視点は不可欠ですが、とりわけ実務上の難所であり、かつホリスティックアプローチの真価が問われるのが、3つ目の「削減計画策定~実行:削減施策と残余排出量への対応」のフェーズです。

従来、このフェーズは「いかに効率よく排出量を減らすか」という単一の指標で評価されがちでした。しかし、削減施策や残余排出量への対応は、単なる数値目標の達成プロセスにとどまるものではありません。また、「排出量を減らす」という個別施策の積み上げのみでは限界があります。戦略的なエネルギー調達構造の見直しや事業ポートフォリオの再編といった事業基盤の移行、すなわち「トランスフォーメーション」へとつなげていく視点が不可欠です。このため、真に持続可能な変革を目指すのであれば、多角的な要素を意思決定のプロセスに組み込むことが重要となります。企業としてどの範囲までの影響に責任を引き受け、どのような価値を社会とともに創るのかという、経営姿勢そのものが問われる局面です。

以降では、この実行フェーズに焦点を絞り、「削減施策」と「残余排出量への対応」のそれぞれにおいて、ホリスティックな視点をいかに実装できるかを整理していきます。

削減施策と残余排出量の対応におけるホリスティックアプローチ

1. 削減施策:自社の壁を超え、環境・社会の全体最適を描く

そもそもなぜ、自社の操業範囲(Scope1・2)の排出削減だけに注力するのではGXとして不十分なのでしょうか。それは、企業活動と環境・社会が、互いに影響を及ぼし合う不可分の関係にあるからです。自社内だけの削減に閉じてしまうと、バリューチェーン全体を通じた環境・社会影響を十分に捉えることはできません。サプライチェーンの上流・下流、あるいは拠点の立地や調達先が異なれば、自然資本や地域社会、人権に及ぼすインパクトも大きく変化する可能性があります。ホリスティックな削減施策を検討する際は、排出削減量という数字だけでなく、その施策が環境・社会の各側面にもたらす影響を多角的に捉えることが不可欠です。

トレードオフとシナジー 削減施策を複眼で評価する

本論考シリーズ第1回で論じたとおり、ある課題への対策が別の課題を悪化させる「トレードオフ(相反関係)」と、複数の課題を同時に改善する「シナジー(相乗効果)」の両面を見極めることが、ホリスティックアプローチの核心です。GXの文脈でも、この視点が重要になります。

例えば、再生可能エネルギー由来の太陽光による電力調達を考えてみましょう。GHG排出削減への貢献が期待される一方、自社敷地内での設置(オンサイト)ではなく、山林など敷地外に設置して調達する場合(オフサイト)はどういった影響が考えられるでしょうか。適切な場所での設置や管理が行われなければ、その大量のパネル設置は生物多様性の毀損や土砂災害リスクの増大、景観の悪化を招きかねず、地域住民との摩擦に発展する可能性もあります。また、パネルのライフサイクルアセスメント(LCA)を踏まえた環境への影響も考慮する必要があるでしょう。

これらはいずれも、GHG排出削減という単一のKPIだけを追った場合に見落としがちなトレードオフです。逆に、第2回で取り上げた自然資本への依存・影響、地域社会のウェルビーイングや人権への配慮も組み合わせれば、再生可能エネルギー導入と生態系保全を両立させるサイト選定や、調達先の地域社会との共生を組み込んだサプライチェーン設計など、複数の課題を同時に改善するシナジーを見いだす可能性が広がります。

こうした「削減施策の質」を環境・社会の全体最適の観点から評価するという発想は、近年の主要な国際的フレームワークとも整合しています。例えば、EUタクソノミーのDo No Significant Harm(DNSH:重大な害を及ぼさない)原則*1では、ある環境のための施策が他の環境・社会課題に対して重大な負の側面をもたらしていないかを問うており、まさにトレードオフの検証を制度として要求しています。また、カーボンクレジット認証機関であるVerraのCCB(Climate, Community and Biodiversity)認証*2も、排出削減の実現と同時に地域社会や生物多様性への具体的な便益の創出を要件としており、気候変動・社会・生態系の両立はホリスティック発想の表れだと言えます。

バリューチェーンの外へ ─BVCMという戦略的選択肢

ホリスティックな削減施策を考える上で、もう一つ重要な視座があります。自社のバリューチェーン内(Scope1-3)での削減努力を尽くした上で、その境界の外側にも目を向けるという発想です。

SBTi(Science Based Target initiative:科学的根拠に基づく温室効果ガス排出削減目標イニシアチブ)が推奨するBVCM(Beyond Value Chain Mitigation:バリューチェーンを超えた緩和)*3は、自社の直接的な影響範囲外での排出削減をも、企業の戦略的選択肢として位置づける概念です(表1)。

BVCMの例として、ある企業が原材料の調達地域で、GHG排出量の削減だけでなく、森林の再生や現地コミュニティの生活支援を同時に行うケースを考えてみます。こうした活動は自社のバリューチェーン外における取り組みであり、一見すると単なる社会貢献のように思われます。しかし実際には、森林の再生は異常気象による原材料の収穫不足を緩和し、将来にわたって安定的に調達を続けるためのリスク対策に直結します。つまり、バリューチェーン外への関与が、長期的には自社の事業レジリエンスを高める戦略的投資につながります。

もちろん、全ての企業が直ちにBVCMに注力すべきということではありません。しかし重要なのは、企業の個別課題やScopeの境界線に固執せず、バリューチェーンが立脚する自然・社会資本そのものを強靭化するという視点を選択肢として持つことです。

表1:削減施策に通底する主要フレームワーク・制度の概要およびホリスティックアプローチとの関係性

フレームワーク・制度

概要

ホリスティックアプローチとの関係性

EUタクソノミーのDo No Significant Harm(DNSH)原則

EUタクソノミーの根幹原則。

ある特定の環境目的への貢献策が他の環境・社会目標に重大な害を及ぼしていないことを要求する。

単一のKPI(例:気候変動対策によるGHG削減量)のみならず、他の目標への悪影響がないかをチェックする発想。

複数の環境・社会課題を統合的に捉えるホリスティック思考と合致。

VerraのClimate, Community and Biodiversity(CCB)認証

ボランタリー市場の認証制度の一つ。

気候変動の緩和と並行して、地域社会への貢献(Community)や生物多様性保全(Biodiversity)など共益の創出を要件とする。

カーボンクレジット創出において環境・社会への多面的便益を同時に追求する考え方。

単に排出削減量の数値のみを見るのではなく、地域や生態系への影響まで考慮する点でホリスティック。

SBTiのBeyond Value Chain Mitigation(BVCM)

SBTiがバリューチェーンを超えた排出削減への貢献を企業戦略に組み込むよう推奨する概念。

自社の直接影響範囲外でも社会全体のネットゼロに資する行動(例:他地域での森林再生支援等)を評価する。

組織境界外での気候変動対策を「社会への貢献」ではなく自社戦略の一部と位置づける点が特徴。

企業の課題やScope1-3の境界にとらわれず、広域的な価値共創を図る考え方がホリスティック。

個社の取り組みから産業全体の設計へ

こうしたバリューチェーン外への関与を実効性あるものにするには、個社の努力だけでは限界があります。調達先の森林再生も、地域コミュニティとの共生も、一企業が単独で成し遂げられるものではなく、サプライヤーや異業種、地域社会、さらには政策当局との連携が不可欠です。

ここで重要になるのが「産業アーキテクチャ」の視点です。産業アーキテクチャとは、目指す社会像に向けて産業間での連携や最適化を可能にするための全体設計を指します。GXにおける削減施策の文脈では、個別の技術や施策の積み上げだけでなく、産業全体の構造そのものをサステナブルなものへと組み替えていく発想が求められます。同業他社や異業種、地域社会と連携し、データや資源が循環する新たなエコシステムを共創していくこと、それが個社の壁を超えたホリスティックな削減施策の先に見えてくる姿です。

ここまで見てきたように、削減施策におけるホリスティックな視点とは、「(自社がScope1・2を)いかに効率よく削減するか」という部分最適にとどまらず、「環境・社会全体として望ましい状態に近づいていけるか」という全体最適を問うことにあります。こうした視点に立つことは、単なる社会貢献ではなく、自社の財務基盤を中長期的に安定させる戦略的な意義を持っています。この全体最適の追求こそが、事業全体のトランスフォーメーションへと昇華させる起点となります。

では、こうした削減努力を尽くしてなお残る排出には、どう向き合うべきでしょうか。

 

2. 残余排出量への対応:信頼を礎とした「環境十全性」の追求

削減努力を尽くしてもなお残る排出量についても、同様の視点が不可欠です。ここで問われるのは、前セクションで論じた「削減施策の打ち方」とは異なり、「何を選び、その選択にどこまで責任を持つか」という意思決定の質です。

「手近なカーボンクレジットで埋め合わせればよい」という考え方は、今日ではその実効性や妥当性をより厳しく問われる傾向にあります。単に価格や入手のしやすさだけでカーボンクレジットを選択することは、実質的な排出削減につながらないリスクを孕んでいます。例えば、算定根拠が不適切で削減量を過大評価しているプロジェクトによるカーボンクレジットを購入してしまうケースや、排出削減自体は適正でも、その影で他地域の環境や社会に負の影響を及ぼしている(トレードオフの考慮が不足している)ケースなどが想定されます。こうした対応は、投資家をはじめとするステークホルダーから「グリーンウォッシュ」との批判を招くおそれがあり、GXへの取り組みだけでなく、企業活動全体の信頼性を揺るがしかねません。

カーボンクレジットの質 ─環境十全性について考える

残余排出量への対応において問われているのは、単なる排出量の帳尻合わせではなく、活用するカーボンクレジットの「質」、すなわちそのカーボンクレジットが真にGHGの削減・吸収に寄与しているかどうかという「環境十全性」です。具体的には、以下のような要件が柱となります。

  • 追加性:そのプロジェクトがなければ排出削減が実現しなかったことを示す要件
  • 永続性:削減効果が、短期的ではなく将来にわたって長期的に維持される要件
  • リーケージ:ある地域での削減活動が、反動として別の地域での排出増を招いていないかを確認する要件

このように、残余排出量への対応という文脈においても、単なる排出量の相殺ではなく、あるカーボンクレジットを選択・調達する、という行為がもたらす環境・社会への影響にまで責任を持つという視点が求められます。すなわち、「当該カーボンクレジットの存在により、実際にどのような環境・社会への便益が生まれているのか」というホリスティックな問いが不可欠なのです。ある施策の効果を局所的に見るのではなく全体として評価するという点で、本論考が一貫して論じてきた全体最適の視点やトレードオフの考慮といった発想と整合します。

こうした考え方は、現在の国内外の制度設計にも色濃く反映されています。例えば、日本のGX-ETSにおける適格カーボンクレジットの要件*4では、J-クレジットおよび二国間クレジット(JCM)を主な対象として、カーボンクレジットが備えるべき最低限の信頼性を国の制度として定義しています。また、国際的にはICVCM(The Integrity Council for the Voluntary Carbon Market:自主的炭素市場のための十全性評議会)が策定したコアカーボン原則(CCP)*5は、高い信頼性を持つカーボンクレジットには社会・環境への配慮と持続可能な開発への貢献を求めることとしています(表2)。

二国間クレジット(JCM)

表2:残余排出量の対応に通底する主要フレームワーク・制度の概要およびホリスティックアプローチとの関係性

フレームワーク・制度

概要

ホリスティックアプローチとの関係性

GX-ETS適格クレジット要件

2026年4月開始のGX-ETSで利用可能なクレジットに求められる要件を定めている。

J-クレジットおよびJCMといったコンプライアンスクレジットが対象で、ボランタリークレジットは厳格な要件を満たす一部のもののみ認められる。

クレジット購入による削減達成を認めつつも、信頼性や持続的効力を重視する動き。

単に安価なクレジットで排出量を相殺する数字上の最適化ではなく、実質的な排出削減とイノベーション促進(経済と環境の好循環)を両立させようとする枠組みであり、ホリスティックな発想と合致。

ICVCMのコアカーボン原則(CCP)

ボランタリー市場の高品質なクレジットを定義するための10の原則。

高い環境十全性(実測的で検証可能なインパクト)を持つクレジットをグローバルに識別するベンチマークとなる。

追加性・永続性・透明性・第三者検証に加え、持続可能な開発への貢献や負の影響回避などの要件も含まれる。

クレジットの社会・環境的価値を高めることを目指す取り組み。

企業にとっては、高いインパクトかつ副次的利益(自然保護や地域社会への貢献)をもたらすクレジットを選好するインセンティブとなり、単なるコスト最小化よりも包括的価値の創出を促す仕組みと言える。

これらの枠組みが共通して求めているのは、自社の排出量をいかに安価にオフセットするかという局所的な発想ではなく、信頼に足る活動を価値として正当に認め、環境や社会全体をいかに望ましい状態へと導いていけるかというホリスティックな視点に立脚した考え方です。

カーボンクレジット市場に求められる産業横断の連携

環境十全性の高いカーボンクレジットは、購入企業が単独で確保できるものではありません。質の高いプロジェクトの開発者、削減・吸収効果を継続的にモニタリング・報告する専門機関、その信頼性を検証する認証機関、リスク評価を行う専門機関、適正な判断基準でカーボンクレジットを選定・購入する企業、そしてプロジェクトの便益を受ける地域社会――これらの関係者が、環境・社会への実質的な貢献という共通の目標の下で連携して初めて、カーボンクレジット市場全体の信頼性が担保されます。

前セクションでは、削減施策の文脈で「産業アーキテクチャ」、すなわち、産業全体の構造をサステナブルなものへと転換する視点の重要性を論じました。残余排出量への対応においても、個社がカーボンクレジットを購入するという行為にとどまらず、環境十全性の高いカーボンクレジットが生まれ、流通し、正当に評価される市場の仕組みそのものを、産業横断で共創していく視点が求められます。

まとめ:GXを「削減プロジェクト」から経営デザインへ

本稿では、GXにおける「削減施策」と「残余排出量への対応」という実行フェーズに焦点を絞り、それぞれにホリスティックな視点を持つことの重要性を説いてきました。

削減施策においては、排出削減量という単一のKPIにとどまらず、自然資本や地域社会、人権へのトレードオフとシナジーを複眼で評価すること、そしてバリューチェーンの外側にまで視野を広げ、社会全体のネットゼロに貢献する姿勢が望まれることを示しました。残余排出量への対応においてはカーボンクレジットの「量」ではなく「質」、すなわち環境十全性を軸に、選択の一つ一つに責任を持つことの意味を論じました。

両者に共通して浮かび上がったのが、個社の取り組みだけでは完結しないという現実です。バリューチェーン外での削減活動を実効あるものにするにも、環境十全性の高いカーボンクレジットが生まれ正当に評価される市場を育てるにも、多様なステークホルダーとの連携が不可欠です。こうした産業アーキテクチャの視点――産業全体の構造をサステナブルなものへと転換する発想こそが、個社では克服しがたい経済合理性の壁を乗り越えるための鍵となります。

GXを単なる排出量の削減と捉えるか、あるいは事業ポートフォリオやビジネスモデルの変革など、事業基盤そのもののトランスフォーメーションと捉えるか、その姿勢の違いが、企業の中長期的な競争力を分けることになります。不確実な時代において企業がレジリエンスを確保し、社会とともに持続的な価値を創造するための、確かな道筋となると言えるでしょう。

執筆者

坪井 千香子

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

ユウ ローリン

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

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