【ホリスティックに考える】論考シリーズ第1回

複合的リスクの時代の経営判断-複数の環境・社会テーマを統合するホリスティック経営の必然

  • 2026-02-26

ホリスティックアプローチとは

「ホリスティック(holistic)」とは「全体的な」「包括的な」という意味であり、ホリスティックアプローチとは複数の課題を統合的に捉えて全体最適を図る意思決定手法を指します。サステナビリティの課題は環境(気候・自然)、社会(人権など)に関する複数のアジェンダにまたがりますが、それらを縦割りに個別対応するのではなく、全体を見据えて相互の関係性を考慮することが肝要です。具体的には、複数課題間のトレードオフ/シナジー(相反関係や相乗効果)を見える化して評価し、企業全体としてベストな施策を優先的に選択します。その上で選んだ施策を複数組み合わせてポートフォリオを構築・実行し、データに基づく検証で必要に応じ見直すというサイクルを回すことで、持続的に全体最適化を図ります。要するにホリスティックアプローチとは、サステナビリティに関する意思決定を「部分最適」から「全体最適」へ切り替える考え方です。

なぜホリスティックアプローチが必要なのか

現代は環境・社会に関する複数の危機が複雑に絡み合う「ポリクライシス(複合危機)の時代」と言われます。企業を取り巻くサステナビリティの外部環境は急速に変化・多様化し、各課題がお互いに影響を及ぼすため、従来のようにアジェンダごとに切り分けた議論では問題解決が困難になっています。従来は規制体系の縦割りもあって企業のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)は個別最適に陥りがちでしたが、そうして一つの目標を追求すると他分野で弊害が生じ、全体では負の影響が拡大するおそれがあります。こうした限界を踏まえ、世界的にも政策立案の場でアジェンダ横断的に全体最適を追求する動きが始まっており、企業もサステナビリティを部分最適ではなく全体最適で捉えることが求められています。さらに近年は地政学リスクの高まりもあり、例えば特定国に依存する重要資源が輸出規制や紛争で途絶すれば事業継続に直結するため、リスク評価や代替策検討を迅速に行う必要があります。このように多様で不確実な経営環境下では、統合的視点でリスクと機会を捉えるホリスティックアプローチが不可欠なのです。

物理的リスクはテーマ統合的に発現している

気候変動、生物多様性の喪失、水資源の枯渇、食料不安、健康被害といった環境に関する物理的リスクは、それぞれ単独で起きるのではなく、互いに連鎖し合う「複合的な危機」として現れています。つまり、一つの課題が他の課題を悪化させ、同時並行的かつ相乗的に被害が拡大する傾向があるという認識が強まっているのです。

  • インドネシアのスマトラ島では2025年末、記録的な豪雨が大規模な洪水と土砂災害を引き起こし、千人以上が犠牲となっています。この災害の背景には気候変動による極端気象がありますが、それだけではなく、数十年にわたる森林伐採、鉱業、プランテーション開発、泥炭地の排水によって、流域が集中豪雨を吸収できなくなったことが指摘されています。森林は通常「自然のスポンジ」として豪雨の水を吸収し地盤を安定させますが、無秩序な開発や違法伐採で森林が失われたことで雨水が一気に河川に流れ込み、各地で鉄砲水と地滑りを招いたと考えられます。この事例は、生物多様性の基盤である森林を守ることが、気候変動由来の物理的リスクを軽減する上でいかに重要であるかを示しています。
  • 気候変動は単独の「気温上昇」の問題ではなく、地域社会に深刻な複合危機を引き起こしています。例えば東アフリカの「アフリカの角」と呼ばれる地域(ソマリア、ケニア、エチオピアなど)では、極度の干ばつや異常気象が続き、数千万人規模の人々が深刻な食糧不足に直面しています。長期にわたる干ばつや洪水、紛争、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、食料価格高騰といった複数のショックが重なることで、家畜の餌や水の確保が困難となり、衛生環境の悪化、感染症リスクの増大など、健康への負荷も高まっています。こうした状況は、気候変動が農業生産・食糧安全保障・保健・社会安定の各領域にまたがる負の連鎖を生み出すことを示しており、単一のテーマで捉えきれない複合危機の例と言えます。

国際枠組みも統合を求めつつある

サステナビリティ分野における各種の国際枠組みや企業対応のフレームワーク、ガイドラインも、複数課題の「統合」を一段と促しています。例えば

  • 気候変動と自然の課題の融合:2025年開催のCOP30(第30回国連気候変動枠組条約締約国会議)は、気候変動と自然保全を統合的に扱う「ネイチャーCOP」と位置付けられ、森林、海洋といった領域で本格的に気候と自然の一体的な議論が行われました。気候危機と生物多様性危機は相互に悪化要因となり、かつ自然保全は気候変動の緩和と適応のソリューションとなることから、国際的にも両者を分けずに扱う方向へと舵が切られています。2024年公表のIPBES(生物多様性・生態系サービスに関する政府間プラットフォーム)のネクサス評価報告書でも、生物多様性・水・食料・健康・気候変動という5分野が複雑に深く関連し合い、同時に危機に直面していると警鐘が鳴らされました。単一要素だけに注力すると他の領域に負の影響が及び得るため、「ネクサス(結び付き)」を意識した統合的解決策が必要だと提言しています。
  • 複数資本の統合管理:企業価値を支える「資本」は財務資本だけでなく、自然・社会・人的といった複数の資本があります。国際的な資本連合(Capitals Coalition)が策定した「Capitals Protocol」では、事業が関わるこれら四つの資本の相互依存関係をマッピングし、意思決定に統合することを求めています。このようなフレームワークに沿い、企業は自社の事業が自然資本や人的資本にどう依存・影響しているかを定量評価し、経営判断に織り込むことが重要とされています。
  • 投資家の情報ニーズの変化:国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、生物多様性・生態系・生態系サービス(BEES)に関する開示基準づくりに着手しました。ISSBの公表したスタッフペーパーによれば、投資家の関心範囲に「気候と自然のネクサス情報」が含まれています。これは気候と自然の相互依存性・相互関連性から生じるリスクと機会に関する情報を指しており、温室効果ガス(GHG)排出に対する自然に基づく解決策や、気候関連リスクが自然環境に及ぼす影響などが例示されています。
  • サーキュラーエコノミー(循環経済)の潮流:WBCSD(World Business Council for Sustainable Development)が中心となり策定された「Global Circularity Protocol(GCP)」と呼ばれるサーキュラーエコノミーに関するフレームワークには、企業の循環経済への取り組み度を評価・開示する際に、その循環施策が気候変動や自然環境に与えるインパクトを測定するプロセスが組み込まれています。つまり、再資源化やリサイクルの推進によってどれだけ温室効果ガス排出を削減し、生態系保全に貢献できたかを定量化しようという動きです。循環経済はネットゼロ(気候変動対策)やネイチャーポジティブ(自然保全)とも密接に関係するため、企業は循環戦略の中で気候・自然両面の価値創出を追求する必要があります。GCPの試算によれば世界で循環経済を本格導入すれば累計76ギガトンのCO₂削減など大きな効果が見込まれると言います。

このように企業を取り巻く制度・潮流はいずれも複数課題の同時解決=ホリスティックな取り組みを促進する方向にあり、いまや経営層にとって無視できないテーマとなっています。

ホリスティックな視点の欠如によるリスク例

一つのサステナビリティ要素にフォーカスすることは、事業中止や延期、住民の強い反対、国際的な批判、法的措置、レピュテーション(評判)の毀損にもつながります。ここでは過去の事例を踏まえ、考えられるリスク例を紹介します。

再生可能エネルギー開発の場合

  • 風力・太陽光で発電を行い、グリーン水素・アンモニア製造を目指すクリーンエネルギープロジェクトでは、周辺に保護価値の高い自然や生物などが存在し、それらへの影響が懸念される場合、計画後であっても開発申請が却下されるリスクが生じます。
  • 大規模メガソーラー計画では、山林などに数万枚のパネルを設置する必要が生じることから、事業予定地の生態系への影響や土砂災害リスクを巡り地域住民の間で賛否が分かれ、環境破壊を懸念する強い反対運動が続くことが懸念されます。加えて、固定価格買取制度の価格低下や人件費・資材費の高騰による採算悪化が重なった場合、事業継続が困難になることもあります。

資源開発(脱炭素関連鉱物)の場合

  • 電気自動車用電池向けのリチウムなど、自然資源の開発は近年需要が高まっていますが、同様のリスクが存在します。開発地域周辺で地下水汚染や環境破壊への懸念が生じた場合は、許認可の取り消しにつながることもあります。こうした事態を避けるためには、事前に地域社会や政府に対して十分な情報提供を行い、住民や環境に配慮することが求められます。

脱化学農薬・肥料政策の場合

  • 化学肥料・農薬の輸入禁止などにより政策として国内の農業を短期間で有機農業へ転換するといった場合には、土壌条件、農業生産性、農家の生計、食料供給などの要素を統合的に考慮し、有機肥料の供給を確保しなければ、作物収量の低下や食料価格の高騰、農家所得の悪化につながり、かえって持続可能性を損なうリスクがあります。

統合的な視点に基づくアプローチで成果につながる例

  • 消費財メーカーなどを中心に、気候・自然・社会課題を統合した経営モデルを深化させている事例が見受けられます。例えば財務成果に加えて、環境・社会・人的側面におけるパフォーマンスを評価できるよう独自の手法を導入するやり方です。このような取り組みは、気候変動への対応や森林の保全、地域コミュニティ支援など、複数領域から企業価値向上を図ることにつながります。
  • エネルギー企業では、2000年代半ばまで石炭・石油を中心とする化石燃料を主力としていましたが、気候変動リスクを経営の中核課題として捉え、事業ポートフォリオを再生可能エネルギーへ大胆に転換した事例が見られました。特徴的なのは、単なる脱炭素にとどまらず、海上風力を含む再生エネルギーの開発において、生物多様性への影響回避・低減、地域社会との合意形成、サプライチェーンにおける人権配慮を同時に組み込んでいる点です。気候・自然・社会を統合的に扱うことで、規制や社会的反発といったリスクを抑制すると同時に、長期的に収益性の高い事業基盤を構築しました。結果として、このような企業はエネルギー転換期における競争優位を確立し、持続可能性を成長戦略へと昇華させることに成功しています。

以上のように、部分最適から全体最適へ発想転換し、環境・社会の課題を統合的に解決するアプローチを採り入れる企業が増え始めており、その成果も現れつつあります。

ホリスティックアプローチの進め方

それでは、企業は具体的にどのようにホリスティックアプローチを進めることができるでしょうか。

まず行うべきは、現在の事業活動が各アジェンダ間でどのようなトレードオフやシナジーを生んでいるかを評価することです。例えば、脱炭素施策を進めていたとしても、その実行が生物多様性や人権など他の課題と衝突していないかを検証する必要があります。こうした評価は、デジタルツールを用いてサプライチェーン全体を評価する方法、複合的なリスクが顕在化する可能性が特に高い場所を対象に課題間のつながりを評価する方法、気候および自然の物理的リスクを分析の基点とする方法、などがあります。具体的な手法については第2回以降でも解説していきます。

次に、評価結果を踏まえて、トレードオフを抑制しシナジーを生み出す統合的な戦略、施策を検討します。
課題間のトレードオフ/シナジーのみならず、社会的・経済的なコンテキストを加味した複数の施策案を洗い出した上で、影響度や発生可能性・獲得可能性による優先度を特定し、経営判断に必要な情報として整理します。これにより、「どの施策をいつ、どのような順序で実行すべきか」といった意思決定が可能になり、経営層の判断を支えます。
課題間のシナジーを生み出す施策には、GHG排出量の削減・生物多様性の回復・農家所得の向上等が期待できる環境再生型の農業や、バージン原料への依存度を減らすことができるサーキュラーエコノミー化などが考えられるでしょう。

データによって施策の相互影響を可視化して作られた戦略は、顧客や社内ステークホルダーへの強力な価値訴求につながります。例えばサステナビリティ対応製品を市場に投入する際、ホリスティック評価のデータを提示することで「環境・社会価値と経済合理性を両立している」ことを説得力を持って伝えられます。このような提案力の強化および価値訴求は、単に製品を説明するだけでなく、顧客の納得感を高め、選択される理由につながる強力なツールとなります。同時に、こうした統合的な評価は、投資家や規制当局などへの「開示」の質も高めます。

サステナビリティに関する開示要請は、TCFD(気候関連財務情報開示)、TNFD(自然関連財務情報開示)、ISSB/SSBJ(国際/日本のサステナビリティ開示基準)、CSRD(EUのサステナビリティ報告指令)など多岐にわたっており、2026年にはTISFD(不平等・社会関連財務情報開示)によるフレームワークの初版も公表される予定です。
開示対応を個別最適にせず、評価の重複や優先順位の不整合を避け、気候・自然・社会を統合的に把握しながら、その結果に基づいて戦略や施策を決定し、その「結果」として一貫したストーリーで開示する。こうしたプロセスを構築することで、開示はコンプライアンス対応にとどまらず、市場への価値訴求と経営の信頼性向上を同時に支える手段となります。サステナビリティ開示の本質は、どのフレームワークに対応しているかではなく、それらをいかに統合し、経営と一体のメッセージとしてステークホルダーに伝えているかにあると言えるでしょう。

まとめ

本稿では、気候変動、生物多様性の損失、水・食料・健康、人権、地政学リスクなどが互いに影響し合う「複合危機」の中で、従来のようにテーマごとに切り分けて対応するやり方には限界があることを見てきました。一つの課題への対処が別の領域で負の影響を生む一方で、複数の課題を同時に改善し得るシナジーも存在します。この「負の連鎖」と「正の連鎖」のいずれを強めるかが、今後の企業経営を左右します。

そのために必要なのが、部分最適ではなく全体最適を志向するホリスティックアプローチです。環境・社会における各テーマを分断せずに捉え、トレードオフとシナジーを可視化した上で、全社的な施策ポートフォリオとして設計・実行していく考え方です。ホリスティックアプローチは抽象的なスローガンではなく、アジェンダ間の相互影響評価、シナジーを高める戦略設計、社内外への提案力強化、統合された評価に基づく開示といった具体的なプロセスとして実装されるべきものです。

次回以降は個別テーマを入り口に、このホリスティックアプローチをどのように実務へ落とし込み、経営判断につなげていくかを掘り下げていきます。複合的に影響し合う要素をひも解き、リスクと機会の全体像を見通すことこそが、これからのサステナビリティ経営に求められる姿勢だと言えるでしょう。

執筆者

市來 南海子

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

Email

小峯 慎司

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

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