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サステナビリティ経営において、気候変動、自然資本の喪失、人権問題といった課題は、第1回の論考で見たとおりもはや個別のテーマではありません。これらは複合的に絡み合いながら増幅し、企業の存続そのものを左右する経営課題となっています。企業はこれらを単独で捉えるのではなく、全体を見据えて対応する必要があります。そうした背景から「ホリスティックアプローチ」という考え方が注目されています。
第1回では、環境・社会・経済の各要素を分断せず、全体像を見据えて最適な手を選び取る考え方を、ホリスティックに考える経営として位置付けました。気候変動対策が生物多様性に与える影響や、逆に自然保全が地域社会にもたらす経済的影響など、一つの課題への対応が別の領域で新たなリスクを生むこともあれば、逆に複数の課題を同時に改善するシナジーを生み出すこともあります。しかし企業では課題を横断的に捉え、経営判断をする重要性を理解しつつも、「言うは易く行うは難し」と感じている経営層も多いのではないでしょうか。
サステナビリティ経営では、全方位を横断的に捉えたホリスティックな経営判断が理想的です。しかし現実の企業組織では、ネットゼロはサステナビリティ部門の気候チーム、自然資本・生物多様性は別チーム、調達は購買部、商品は事業部、投資判断は財務部といったように、アジェンダごとに担当者や部署が分断されているケースが大半です。専門性が求められる以上、組織の細分化は必然ですが、「ホリスティックに課題を捉えよ」と号令をかけても、結果として現場レベルでは実行が困難です。目の前のKPIに追われ、横断的な視座を持つ余裕を持ち切れないことが多いためです。
それでは、どうすれば現実的にホリスティックアプローチを実装できるでしょうか。私たちからの提案は、まずなじみやすい特定のアジェンダから入り、その分析を気候・自然・社会・経済といった他の要素へと段階的に接続し、最終的にホリスティックな経営戦略レベルの示唆へと引き上げていくというアプローチです。
そこで第2回の本稿では、「ホリスティックに考える」ための具体的な入り口として、自然資本、中でもサプライチェーンのレジリエンスとの関連性が高い気候や自然に起因する物理的リスクに焦点を当てます。いかにして経営戦略レベルの示唆を導き出すか、その実践的なアプローチをご紹介します。
自然資本の議論に入る前に、まず近年の国際合意において物理的リスクがどう扱われているかを押さえておく必要があります。
物理的リスクとは、洪水・干ばつ・豪雨・熱波などの急性リスクに加え、気温・降水パターンの長期変化、海面上昇、水不足、生物多様性損失、土壌生産性の変化などの慢性リスクを含む、企業活動に直接的影響を与える要素のことを指します。国際基準であるIFRS S2号「気候関連開示」でも、物理的リスクは急性・慢性に分類され、それぞれ財務インパクトの記述が求められています*1。さらに国際社会では、物理的リスクを把握していないこと自体が遅れと見なされる方向へと明確にシフトしています。2025年11月にブラジル・ベレンで開催された気候変動枠組条約第30回締約国会議(UNFCCC COP30)では、同COP28で採択されたUAE Framework(適応に関する世界全体の目標枠組)を棚上げにせず、実装段階へ移行するための合意が進みました*2。その結果、物理的リスクの把握は「いつかすべきこと」ではなく、「測る→報告する→計画に統合する」という国際的な実装サイクルの中核に位置付けられたのです。
このように、国際的な議論での場では「物理的リスクを詳細に把握し、意思決定に統合することが不可欠」という考え方が固まりつつあります。だからこそ自然資本の議論において、自社がどのような物理的リスクにさらされているのかを把握することから始めるのは、現実的で分かりやすい入り口だと言えるでしょう。
物理的リスクは、自然資本や気候変動の文脈で語られることが一般的です。その中でも、農林水産物など自然由来の原材料を調達する企業にとっては、「どの国から調達しているのか」という粗い単位ではなく、「どの地域の、どの生産地に依存しているのか」といった「場所」に紐付いたリスク把握が求められます。その具体的な手法の一つとして、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)では、LEAPアプローチを用いて物理的リスクを含む自然資本に関するリスクと機会を詳細に特定、評価、管理することを提示しています。
LEAPアプローチは、自然への依存とインパクトを場所に紐付けて把握し(Locate)、その場所の状態を理解し(Evaluate)、リスクと機会を評価し(Assess)、対応に落とし込む(Prepare)という一連の流れで構成されています。
このアプローチは、サステナビリティ領域でしばしばみられる国レベルでの統計や、広いエリアでの平均値といった一律の判断では、実務的な判断を誤りやすいという前提に立っています。特に、自然由来の原料調達を行う企業では、自然の変動そのものが収量、品質、供給安定性、調達価格に直結しますが、それらは「場所」によって大きく異なります。その差異を正しく理解しなければ、サプライチェーンのリスク評価もレジリエンス向上施策も的を外しかねません。言い換えれば、TNFDは「事業の構造的リスクを、自然の視点で場所ごとに解像度高く見直すための経営ツール」であり、開示はそのプロセスの結果に過ぎません。
この点において、TNFDの枠組みを使った物理的リスクの分析から始めることは、地域ごとに異なる自然資本の状態を理解し、事業への具体的な影響を把握するための、実務的で有効な入り口だと言えます。
これまで、TNFDの枠組みを用いた自然資本の精緻な物理的リスク分析について述べてきましたが、単なるデータ収集や開示対応で終わらせず、ホリスティックな示唆をもって経営戦略へと昇華させるためには、以下の構造化された3段階の分析プロセスが必要です。
最初のステップは、自社が調達する環境負荷の高い重要産品(例:コーヒー、カカオなど)について、気候変動に起因する物理的リスクと、自然資本への依存度を高い解像度で定量化することです。
図1:定量データを用いた小麦の気候リスク分析(イメージ)
出典:FAO GAEZ、世界銀行を基にPwC作成
FAO & IIASA. 2025. Global Agro-Ecological Zoning version 5. (Accessed on [7/8/2025]).
https://data.apps.fao.org/gaez/. Licence: CC-BY-4.0.
この段階で、「気候」と「自然資本」に関するリスクを精緻に把握します。しかし、これは経営的示唆を導くための入り口に過ぎません。
物理的リスクのデータだけでは、最適な打ち手は導き出せません。次に必要なのは、その調達地を取り巻く「社会・経済的なコンテキスト」を統合することです。物理的リスクが同じであっても、地域によってサプライチェーンの構造、零細農家の割合、貧困率、人権課題の深刻さが異なるため、リスクの構造が全く変わってくるからです。
例えばコーヒーの場合、資本力のある大規模農業法人が主流のブラジルであれば、技術投資が最適解となります。しかし、零細農家が主流のアフリカ諸国であれば、その地域のリスクの肝は気候変動ではなく、「貧困による生活基盤の脆弱化」です。ここでは、フェアトレードや長期買取契約による農業従事者の所得向上、コミュニティ支援といった人権・社会面のアプローチが、自然資本保全(耐候性品種の導入など)を機能させるための前提条件となります。このように、分析の第二段階で初めて気候、自然、社会、経済という個別アジェンダが接続され、ホリスティックな視点へと昇華されていきます。
これまでのプロセスで実施した、地点ごとの正確な分析や地域特有の社会・経済構造と課題の要因特定は、単なるリスク列挙のための分析ではありません。こうした「場所に紐付いた精緻な理解」があるからこそ、一般論として語られるリスクではなく、自社の事業戦略や経営判断に直結する、本質的な示唆が導き出されます。すなわち、物理的リスクと社会・経済コンテキストを統合した分析は、企業が直面する構造的リスクや機会を浮き彫りにし、経営として取り得る戦略的な選択肢を明確にするインプットとなります。
さらに、こうしたホリスティックな観点で自社の事業環境を多面的に理解することは、短期的な対処のためだけではなく、中長期の視点で「自社はどうありたいのか」「どのような価値を提供し続ける企業でありたいのか」を再考する契機となります。つまり、統合分析に基づいて事業環境を深く理解するプロセスこそが、企業が持続可能な競争優位を築く上での土台となり、結果としてサステナビリティへの取り組みを「守り」から「攻め」の経営資産へと転換させます。
こうした統合分析に基づく示唆は、その後に続く具体的な戦略設計へとつながります。例えば、以下のような領域です。
これらの戦略的示唆は、下表2のように統合分析から導き出される具体的対応へと結び付きます。
表2:統合分析結果から示唆される戦略的対応例
統合分析結果(例) |
示唆される戦略的対応 |
気候リスク高+資本力高 |
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気候リスク高+貧困率高 |
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自然影響高+サプライヤー分散 |
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本稿で見てきたように、気候変動、自然資本、人権といった個別アジェンダを一つ一つ最適化するだけでは、複雑化するサステナビリティ課題には対応しきれません。とりわけ自然由来の原材料に依存する企業にとっては、まず「どこで何が起き得るのか」という物理的リスクの把握が求められます。この際、TNFDのLEAPアプローチなどを用いて、場所単位で精緻に把握することが現実的で有効な入り口となりますが、それは出発点に過ぎません。物理的リスクと社会経済的コンテキストを重ね合わせ、さらに全社戦略と組み合わせることで初めて、実践的なホリスティック経営が具体化されます。
本稿で提示した3ステップの、1.データ:物理的リスクの定量化(気候&自然)、2.コンテキスト:社会・経済構造の統合(社会&経済)、3.戦略:統合的な経営示唆の導出(ホリスティックな解釈)は、そのための実践的な道筋です。
こうしたホリスティックな観点で自社の事業環境を立体的に理解することは、目の前のリスクにどう対応するかにとどまらず、中長期の視点で自社はどうありたいのか/どう変えていきたいのか、どのような価値を社会と共有したいのかといった、サステナビリティ経営の根底にある想いやフィロソフィーを具体化するための重要なインプットにもなります。
PwC Japanグループは、高度なデータ解析技術、ローカルな現場理解、サプライチェーンや経営戦略の知見を組み合わせ、企業のバリューチェーンに内在するリスクと機会を多面的に可視化し、ホリスティックな経営戦略設計の構築を支援します。
参考文献
*1 IFRS Foundation/ISSB: IFRS S2: Climate-related Disclosures.
https://www.ifrs.org/issued-standards/ifrs-sustainability-standards-navigator/ifrs-s2-climate-related-disclosures/
*2 UNFCCC COP30/CMA7 決定文書:Global goal on adaptation https://unfccc.int/sites/default/files/resource/gga_cop30_5.pdf
*3 SBTN(Science Based Targets Network):企業や都市などの組織が、生物多様性や水、土地、海洋など「自然」に関する目標を、最新の科学知見に基づいて設定・管理するための国際的イニシアチブ。気候分野のSBTi(Science Based Targets initiative)の自然版に当たる枠組み。
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