企業のESG活動に対する社会の関心が高まる中、国や地域が定めるサステナビリティ情報の開示基準も年々厳格になってきました。ところが、ここにきてやや揺り戻しの動きが見られます。とりわけ、世界的に見て高い要求基準を設けてきた欧州が、「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」や「コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)」「EUタクソノミー」などのサステナビリティ関連規制を簡素化させた修正法案「オムニバス法案」を公表するなど、より現実的で対応可能な要求に修正したことは、注目に値すると言えるでしょう。
とはいえ長期的に見ると、企業に求められるサステナビリティ情報開示の要求基準が厳格化していく流れは変わりません。各国・地域の動向を注視し、最新のトレンドをキャッチしながら適切に対応していく必要があります。
そこで本コラムでは、サステナビリティ情報開示に関するガイドラインや各国・地域における規制の歴史、さらに多数存在するそれらの規制やガイドラインの関係性を整理しながら、日本企業は今後、どう対応していくべきかについて解説します。
まずは、サステナビリティ情報開示に関するガイドラインと、規制が制定されてきた歴史について振り返ってみましょう。
地球温暖化問題が徐々に取り沙汰されるようになった1990年代、サステナビリティ情報開示は、主に環境対応策に関する企業の自主的な報告から始まりました。
1997年には、非営利団体のグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)が、サステナビリティ報告書に関する世界共通のガイドラインとして「GRIガイドライン」(現「GRIスタンダード」)を提唱しています。
一方、1997年のCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議、開催地・京都)で、先進国に温室効果ガス排出削減目標を課す「京都議定書」が採択され、2015年のCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議、開催地・パリ)では、京都議定書に代わって、気候変動に関する初の法的拘束力を持った国際的条約である「パリ協定」が採択されるなど、各国に地球温暖化防止に向けた取り組みを義務付ける枠組みが整備されてきました。
それを受け、企業のサステナビリティ情報開示に関する各国の法規制やガイドライン作りも本格化していきます。
民間による情報開示ガイドラインの中で、大きなマイルストーンの1つと言えるのが、2021年に策定された「ISSB基準」です。国際会計基準の策定を担う民間の非営利組織であるIFRS財団が設立したInternational Sustainability Standards Board(国際サステナビリティ基準審議会)がこの基準を策定しました。
それまでは、さまざまな組織・団体が独自に策定したサステナビリティ情報開示に関する情報やフレームワークが混在し、それぞれの用語や開示項目の調整が行われていませんでした。この課題を解決するため、2021年のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議、開催地・英国グラスゴー)でISSBが設立され、ISSB基準が作られたのです。
その後、ISSBは「TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)」の役割を引き継ぎ、先述したGRIの要素も取り込んだことで、一貫性のある比較可能な開示基準として進化を遂げていきました。
現在、ISSB基準をそのまま採用する国や、日本のようにISSB基準をベースにした独自の基準を作成する国、自国の基準と整合性を取る国などがありますが、いずれにせよISSB基準は、各国のサステナビリティ情報開示ガイドラインに大きな影響を与えています。
一方、欧州では、2014年の「NFRD(Non-Financial Reporting Directive、非財務情報開示指令)」に始まり、2022年には、NFRDの課題を克服したより包括的な指令として「CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive、企業サステナビリティ報告指令)」を採択。これによって対象企業が段階的に拡大し、2028年には、日本を含む非EU企業にもCSRDが適用されることになりました。EUでビジネスを展開する日本企業は、CSRDに沿ったサステナビリティ情報開示への対応を迫られることになったのです。
さらに2023年には、CSRDに基づく環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)に関する開示項目の報告基準である「ESRS(European Sustainability Reporting Standards、欧州サステナビリティ報告基準)」が公表されています。
では、これらの動きに、日本はどのように対応してきたのでしょうか?2021年に先述のISSBが設立されたことを受け、日本では2022年7月にSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が設立。2025年3月にはSSBJ基準(サステナビリティ開示基準)を公表し、同年4月にはこの基準を利用するためのSSBJハンドブックを公表しています。
この他、サステナビリティ情報開示に関する主な枠組みの1つとして、TCFDが挙げられます。パリ協定の影響で世界的に環境問題に対する意識が高まったことを受け、2017年に気候に関する情報開示の枠組みを公開しましたが、先ほども述べたように、2023年にISSBに役割を引き継ぐ形で解散しました。
また、2023年には、「TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、自然関連財務情報開示タスクフォース)」が自然資本・生物多様性に関する開示枠組みを公開しています。
人権に関するガイドラインとしては、「国連指導原則」をはじめ、ILO(International Labour Organization、国際労働機関)の「労働における基本原則」、「責任ある企業行動のためのOECDデューディリジェンスガイドライン」などがあります。この他にも、英国やオーストラリアの現代奴隷法、ドイツのサプライチェーンデューディリジェンス法(LkSG)など各国が法規制を設けています。
さらに2024年9月には、不平等に関する「TISFD(Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures、不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース)」という新しいイニシアチブも発足したことで、TCFDやTNFDといった環境(E)の既存フレームワークを補完し、社会(S)領域の開示を拡充するガイドラインの策定を進めています(主な法規制と概要図は図表1・図表2を参照)。
図表1:主な法的開示・自発的開示基準
図表2:主な法的開示・自主的開示基準の関係性の概略図
このように、サステナビリティ情報開示のルールやガイドラインは時代とともに複雑化と厳格化が進み、それぞれが整合性を取る方向へと向かいつつも、ここ数年でやや揺り戻しの傾向が見られます。
例えば、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は2024年11月8日、企業からの規制負担軽減を求める声を受けて、CSDDD、EUタクソノミー(生態学的に持続可能な経済活動を分類するEU独自の定義)、CSRD、CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism、炭素国境調整メカニズム)などのサステナビリティ関連規制を簡素化した修正法案(オムニバス法案)を提出すると発表。これにより、適用範囲や適用時期などが縮小される可能性が出てきました。
とはいえ、その一方で、社会や時代のニーズに合わせた新たなルールやガイドラインが開発されるなど、サステナビリティ情報開示の要求は高まり続けています。企業はそうした変化に対応するため、常に最新の情報を収集し、自社のサステナビリティ戦略およびサステナビリティ情報開示のロードマップをアップデートしていく必要があります。
法令やガイドラインに沿った適切な情報開示ができないと、企業のビジネスリスクや法的リスクは非常に高くなります。
例えば、得意先との取引停止や、レピュテーションリスク、規制違反・罰則、投資家をはじめするステークホルダーからの信頼の低下といったダメージを被りかねません。ビジネス機会の損失につながらないようにするためにも、サステナビリティ情報開示のための準備および開示方法・内容の検討は非常に重要です。
情報開示のための準備や、開示方法・内容などの検討をする際には、CSRDやISSB、SSBJといった個々の規制やガイドラインに対応するのではなく、事業を取り巻く環境や、影響のある法規制、情報開示のトレンドを理解した上で、網羅的に対応していくことが求められています。
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