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第10回から第12回では、生成AIをはじめとするAI活用の拡大に伴い、データ品質の評価軸が変化していること、そして、その中でも特にセマンティック情報の整備が重要になっていることを解説しました。
第13回から第15回までの全3回では、AIを業務オペレーションに組み込み、その最適化を図るために必要となる取り組みを取り上げます。今回はセマンティック情報整備の進め方と、整備を推進するうえでの考え方を整理します。次回以降は、業務オペレーション上の論点や、企業全体におけるガバナンスのあり方について説明します。
企業におけるAI活用が進み、多くの関係者がそのメリットを実感する中、AIを業務プロセスに組み込み、自動化や効率化を図る動きが加速しています。
目標に基づいて自律的にタスクを遂行する「エージェント型AI(Agentic AI)」や、AIの認識・判断能力をロボットなどの物理的な装置と統合し、モノの移動や配置などを自律的に行う「フィジカルAI(Physical AI)」に関するニュースが連日のように報じられることも、その表れと言えるでしょう。
こうしたAIによる自律的なタスク実行は、単にAIが指示を生成し、システムや設備を動かすだけでは実現できません。AIはまず、情報システムやセンサーなどから得られるデータを基に、現在の状況や周囲の環境を認知します。次に、取得したデータの意味や関係性を踏まえて状況を理解し、何を行うべきかを分析・判断します。そのうえで、判断に基づいてタスクを実行・制御し、実行結果を次の認知、理解、判断へとフィードバックします。つまり、この一連のプロセスに必要なデータを用意することが、取り組みの鍵となるのです。
この「認知→状況理解→分析・判断→実行・制御→フィードバック」という一連のサイクルを機能させるために必要となるデータは、大きく次の3種類に整理できます(図表1)。
1は、主に「認知」の段階で利用されます。情報システムに蓄積された業務データや、カメラ画像、センサーデータなどが該当し、一般的にローデータと呼ばれます。
2は、主に「状況理解」の段階で利用されます。データの意味やデータ同士の関係性、正常・異常の判定基準、業務上の概念などをAIが参照することで、ローデータが何を表しているのかを理解できるようになります。
3は、主に「分析・判断」から「実行・制御」に至る段階で利用されます。安全ルール、法令、倫理上の原則、業務上の権限、システムや設備の稼働条件などを参照し、AIが計画したタスクが実行可能かを判断するとともに、その実行範囲を制御します。
3については、現実世界でAIがタスクを実行する場面を考えると、その重要性がより明確になります。現在、この分野では「世界モデル(World models)」に関する研究と実証が進んでいます。「世界モデル」とは、現実世界の状態や変化を内部的に表現し、今後起こりうる状況を予測することで、AIの判断や制御に役立てる仕組みです。例えば、自動運転では、周囲の車両や歩行者の動きを予測したり、さまざまな状況をシミュレーションしたりすることで、危険を回避するための判断精度を高めることが期待されています。
しかし、予測や判断の精度を高めるだけでは、現実世界における安全かつ適切なタスク実行は保証できません。AIが計画したタスクを実行に移す際には、安全性や倫理性に関する基準、法令や業務ルールに加え、実際に動作するソフトウェアやハードウェアの仕様、性能上限、稼働条件などを踏まえて、実行の可否や範囲を制限する必要があります。こうした制約をAIが参照可能なデータとして保持したものが3です。
1がAIに現実の状況を捉えさせるローデータであるのに対し、2と3は、AIがその意味を理解し、適切に判断・行動するための情報です。そのため、本稿では2と3を広義のセマンティック情報として位置付けます。
図表1:AIによる自律的なタスク実行に必要なデータ
セマンティック情報には、データの意味を定義するメタデータや概念同士の関係性を表現するオントロジー、業務ルール、判断基準、制約条件など、複数の構成要素があります。
これらを整備する際には、次の4つのレイヤーを意識する必要があると考えます(図表2)。
ユースケースレイヤーは、具体的なAI活用テーマに必要なセマンティック情報を整備するレイヤーです。
製造業であれば、「外観検査の自動化」や「設備の予知保全」といった、具体的なテーマに必要なセマンティック情報の整備が該当します。
例えば外観検査では、製造物の画像データに対する合格・不合格の判定情報や、設計図から抽出した寸法、形状などの情報が必要です。さらに、前後の工程を含めた最適化を目指す場合には、製造ライン、組み立て工程、使用設備、作業条件、担当者などの情報も関連付ける必要があります。
ドメインレイヤーは、バリューチェーンを構成する一つの業務領域を対象として、セマンティック情報を整備するレイヤーです。「生産」「物流」「販売」「保守・保全」などが代表的な単位となります。
このレイヤーでは、定常的または計画的に実施されるオペレーションの手順や、適用される業務ルールなどを整理します。
ユースケースレイヤーで整備した複数のセマンティック情報を、工程間の前後関係や入出力の整合性を確保しながらつなぎ、さらにその背景にあるルールや暗黙知を含む業務知識を構造化します。
これにより、個別ユースケースに閉じたAI活用から、ドメイン全体のオペレーション最適化へと展開しやすくなります。
エンタープライズ・コアレイヤーは、企業全体で意味を統一し、共通管理するセマンティック情報を扱うレイヤーです。
主な対象としては、顧客、商品などのマスターデータ、経営・事業判断や会計処理に必要となる実績データなど、複数のドメインやバリューチェーンを横断して利用されるデータに対するセマンティック情報が挙げられます。
これらのセマンティック情報は、全社レベルの概念データモデルに近い形で表現されます。
一方、企業として順守すべき法令、社内規程、コンプライアンス、セキュリティなどに関する情報は、概念データモデルだけでは十分に表現できない場合があります。そのため、ユースケースレイヤーやドメインレイヤーで定義されたルールや制約のうち、全社共通で管理すべきものをエンタープライズ・コアレイヤーで統制することも必要です。
ユースケース、ドメイン、エンタープライズ・コアの各レイヤーが、主として業務オペレーションの意味やルールを扱うのに対し、アプリケーションレイヤーは、AIが実際にタスクを実行するために必要なシステムや設備に関する情報を扱います。
対象には、ERPなどの業務システムに加え、製造工程に設置された設備やロボットなどが含まれます。
具体的には、システムや設備へのアクセス方法の他、実行可能な処理や動作、障害発生時の代替手順や停止条件などが該当します。
これらをセマンティック情報として管理することで、AIは業務上の意味を理解するだけでなく、システムや設備の状態を踏まえて、実行可能な行動を選択できるようになります。また、障害や性能低下などを想定した対応も、オペレーションに組み込みやすくなります。
図表2:セマンティック情報のレイヤー構造と整備
これら4つのレイヤーを踏まえた場合、具体的なユースケースを起点としてセマンティック情報を整備する方法は、AIを業務オペレーションに組み込むメリットを早期に実感しやすい進め方になると言えます。
一方で、個別ユースケースだけを対象とすると、PoC(概念実証)にとどまり、他業務への展開や全社的な運用につながらない可能性があります。そのため、ユースケースレイヤーから着手する場合でも、将来的にドメインレイヤーやエンタープライズ・コアレイヤーへ展開することを意識し、共通化できる定義やルールを整理しておくことが重要です。
これまでにマスターデータの標準化・共通化や、全社データモデルの整備に取り組んできた企業では、ドメインレイヤーやエンタープライズ・コアレイヤーを起点とする方法も考えられます。既存のデータ資産や標準をAI活用に接続することで、個別ユースケースの立ち上げを効率化し、より広い範囲で効果を得られるようになります。
セマンティック情報整備の目的は、整備すること自体ではありません。業務オペレーションに組み込まれたAIが、データの意味や文脈、ルール、制約を理解し、自律的かつ適切にタスクを実行できる状態をつくることにあります。
セマンティック情報を多層的に管理することで、各業務領域の自由度やスピードを確保しながらも、企業全体の方針やシステム・設備環境を踏まえた統制との両立が可能になります。
これまで本連載「メッシュアーキテクチャが切り開く新たなデータアナリティクス」で繰り返し述べてきたとおり、セマンティック情報整備の主体は、原則として業務部門、すなわちドメインです。
セマンティック情報は業務知識そのものであり、業務を最も深く理解しているドメインが主導することで、データ品質をより確実に担保できます。
しかし、過去にマスターデータの標準化・共通化や全社データモデルの整備に取り組んだものの、十分な成果が得られなかった企業も少なくありません。そのような企業では、ドメイン主体でデータ整備を進める必要性を理解しながらも、業務部門の巻き込みに苦慮してきたのではないでしょうか。
一方、従来のデータ整備と、AI活用を前提としたセマンティック情報整備には、「受益者は誰か」という点で大きな違いがあります(図表3)。
従来のデータ整備では、経営情報のリアルタイム性向上や、後工程における分析・集計の効率化などが主な成果でした。データを生み出し、その品質に責任を持つデータオーナー部門よりも、そのデータを利用する経営層や他部門が価値を享受する構造になりがちであったと言えます。
そのため、データオーナー部門にとってはデータ整備が追加作業として認識されやすく、通常業務に組み込まれない限り、継続的に取り組む動機を持ちにくくなります。結果として、データ整備が進まないという課題がありました。
これに対してセマンティック情報整備では、整備を行うデータオーナー部門自身が受益者となる機会が広がります。
なぜなら、自らの業務に対してセマンティック情報をベースとしたAIを用いて自動化や効率化することによって、部門としての生産性の向上、労働力不足の解消、高度な熟練技術の継承などの現場課題の解決につなげられるからです。
こうした現場の価値と、収益性向上、事業継続性、人材不足への対応といった経営課題を結び付けることができれば、セマンティック情報整備は単発のプロジェクトではなく、日常業務の一部として位置付けられ、さらに、業務の実行過程でセマンティック情報を継続的に更新できるオペレーションや、更新を支援するシステム機能の設計にもつながると考えられます。
図表3:データ整備とセマンティック情報整備におけるドメインが得られる価値の違い
セマンティック情報整備をドメイン主体で進める場合、セマンティック情報のレイヤー構造を踏まえると、ユースケースやドメインといったレイヤーだけでは、解決が難しい論点が発生します。
特に重要なのは、各ドメインで整備したセマンティック情報を、エンタープライズ・コアレイヤーやアプリケーションレイヤーとどのように連携させ、企業全体としてどのように管理・統制するかという問題です。
例えば、各ドメインの自律性を尊重しながら、全社共通のデータ定義やセキュリティ基準をどこまで適用するのか、複数のドメインで異なる意味やルールが定義された場合に誰が調整するのか、AIの判断や行動に対する責任をどのように分担するのかといった論点があります。
さらに、AIが情報の分析や提案にとどまらず、業務システムや設備を通じてタスクを実行するようになると、データガバナンスの対象はデータ品質やアクセス管理だけではなく、AIの判断、権限、行動、結果の監視にまで拡大します。
次回は、こうしたガバナンス上の課題に対し、ドメインの自律性と企業全体の統制をどのように両立させるべきかを説明します。
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