M&Aコンサルタントコラム:海外買収子会社に対する経営ガバナンス 第五回:ガバナンスDD

2015-05-20

~ガバナンスDD実施のアプローチ~

本稿の位置づけ

本稿では、「海外買収子会社に対する経営ガバナンス」シリーズの第五回として、「ガバナンスDD」のアプローチとそれを進めるにあたっての2つの秘訣について紹介する。
第四回(※1)までに、経営ガバナンスの基本方針に基づいて、経営ガバナンスを具体的にどのように設計したらいいか、経営ガバナンスを構成する3つの要素ごとに、その概要と設計上の秘訣について解説してきた。第五回となる本稿では、クロスボーダーM&Aを念頭において、ガバナンスDDとは何か、なぜガバナンスDDが必要なのか、さらにガバナンスDDを進めるにあたっての具体的なアプローチと2つの秘訣について解説する。

ガバナンスDD

これまでの四回の連載を通じて、海外で買収した子会社に対する経営ガバナンスを構築する具体的な手法を解説してきた。それではこの経営ガバナンスの設計は、M&Aプロセスにおいて、いつ検討を開始すれば良いのだろうか。
買収完了後に検討を開始する企業もあろう。しかしながら実はそのタイミングでは遅すぎる。買収が完了しDay1を迎えるタイミングでは、経営ガバナンスもDay1を迎えていなければいけない。従って、どのような経営ガバナンス体制を敷くかについての検討は、M&Aプロセスに入ったらすぐに始める必要がある。この検討作業の中核がガバナンスDDである。

ガバナンスDDとは

ガバナンスDDとは、被買収企業(事業)に対する経営ガバナンスの運用状況の実態を把握し、買収後に発生しうるガバナンス上のリスクを精査することである。この精査の結果をもとにして、新たに株主となる買い手は、自社なりの経営ガバナンスの仕組みを導入することになる。
ガバナンスDDを実施するタイミングは、他のDD(ビジネスDDや財務DDなど)と同じタイミングであり、ガバナンスDDにおける発見・認識事項は、子会社化する被買収企業に対する経営ガバナンス体制の設計に役立てられる他、マネジメント報酬や処遇関係など、内容に応じてM&A取引の最終契約書にも反映させる。

【図表1】ガバナンスDDの位置づけ

【図表1】ガバナンスDDの位置づけ

ガバナンスDDの目的

ガバナンスDDの主な目的は、被買収企業に対する経営ガバナンス上のリスクを見極めることである。リスクを見極める観点やその調査・分析領域については、ビジネスDD(被買収企業の事業性を見極める目的)や人事DD(従業員や組織に関連する事業リスクを見極める目的)とも多少重なるところがあるが、ガバナンスDDは、独立したDDとして設計すべきである。中でも「ガバナンス体制の分析」、「目標設定・モニタリング方法分析」、「キーパーソンの評価・報酬分析」の3つの調査・分析事項には、大きな焦点が当てられる(図表2参照)。
「ガバナンス体制の分析」では、中長期的な戦略を構想する力があるか、メンバーを掌握するリーダーシップがあるかなど、被買収企業のマネジメントの力量を見極める。「目標設定・モニタリング方法分析」では、現状、どのように目標設定をしているか、どのような方法でモニタリングしているかを調査する。それを受けて「キーパーソンの評価・報酬分析」において、ガバナンスを効かせるべきキーパーソンは何にモチベーションを感じているか(モチベーションファクターは何か)、現状の報酬水準に対してどの程度満足しているかを見極め、その後の具体的なリテンションプランとしてどのような策が有効かを検討する。

【図表2】ガバナンスDDの目的と調査・分析事項

【図表2】ガバナンスDDの目的と調査・分析事項

ガバナンスDDの必要性

M&Aプロセスにおいて適切なタイミングで、経営ガバナンスに関する実態把握を実施しないと、2つのリスクが顕在化することが懸念される。
1つ目は、形式的にしか機能しない経営ガバナンス体制を敷いてしまうリスクであり、2つ目は、経営ガバナンス不全の期間を発生させてしまうリスクである(図表3参照)。

【図表3】ガバナンスDDの必要性

【図表3】ガバナンスDDの必要性

1点目の形式的にしか機能しない経営ガバナンス体制を敷いてしまうリスクであるが、これはキーパーソンを十分に見極めることができていない、あるいは誰が事業を支えるコア人材かがよくわかっていない、つまり「キーパーソンの認識不足」によって起こる。M&A取引が開始されると、被買収企業の事業運営におけるキーパーソンかは誰かについていつも最大の関心が払われ、売り手からは、例えばCEO、CFOなどのいわゆるCXOの名前がキーパーソンとしてあがってくる。しかしながら、実際に事業運営の鍵を握る人物はこれらのCXOたちではないことが意外と多いものである。
キーパーソンが誰か判明できたとしても、当該キーパーソンのモチベーションファクターを見極めできていないと(「モチベーションファクターの勘違い」)、当該キーパーソンは当該M&A取引後に辞めてしまうかもしれない。
またキーパーソンが正しく特定され、彼らのモチベーションがわかったとしても、意思決定におけるメカニズム(「会議体の認識不足」)を正確に理解していないと、適切なタイミングで本社からの指示を伝えることができず、経営ガバナンスを十分に効かせられなくなる。
これらは当たり前のことのように見えるが、日本企業による海外企業のM&Aでは、このような状態が頻繁に発生している。

2点目のガバナンス不全の期間を発生させてしまうリスクについてであるが、M&A取引のクロージング直後に、ガバナンス不全の状況であることが、被買収会社のマネジメントにわかると、彼らは親会社の戦略やビジョンを無視して自らの経営方針を貫き続けるかもしれない。そうなると親会社と子会社との融合を促進する活動を実行できず、両社が連携することによって生まれるシナジー効果が期待できない。
ガバナンス不全の状況になるのは、M&A取引が完了しているにも関わらず、親会社が子会社に対してどのように経営ガバナンスを敷くのかについての方針が定まっていない場合によく起こる。業績が悪化し始めたのを見て、親会社が慌てて現地に人を送り、実態把握をし始めても、それでは遅い。立て直しのための実態把握や経営ガバナンスの設計期間は、依然として“ガバナンス不全”の状態が続いている。こういう状態になると被買収会社のマネジメントのモチベーションは急激に低下する。

ガバナンスDDの副次的効果

以上、ガバナンスDDを実施しない場合に想定される子会社運営上のリスクについて解説したが、ガバナンスDDを実施すると、M&A取引成立の確度を高める可能性があるという副次的効果にも注目したい。
ガバナンスDDでは、組織メカニズムに焦点を当て、マネジメントのケイパビリティ評価やキーパーソンの特定、報酬水準の実態把握を行う。その一環で社内組織の動かし方やキーパーソンの人事評価や報酬について、現株主や被買収企業のマネジメント層とは、一歩踏み込んだディスカッションを行うことになる。この種のディスカッションは、センシティブな内容を含むものであるため、通常、1対1など、極少人数でのミーティングになることが多い。そのため、ディスカッションの際には、マネジメントからこれまでの経営ガバナンス体制などに関する愚痴がこぼれることがあり、本音が出てきやすい。その結果、買い手は被買収会社のマネジメント層との距離がぐっと縮めることができ、これがひいてはM&A取引成立の確度を高め、ポストM&Aをスムーズに迎えることができるという副次的効果を得られることがある。

ガバナンスDDのアプローチ

次にガバナンスDDの作業の進め方である。ガバナンスDDは、一般には以下の3つのステップで進める。
まずガバナンス方針の初期仮説を検討し(Step.1)、現地訪問を通じて実態把握=DD(Step.2)を行い、DD結果を踏まえてガバナンス方針を決定する(Step.3)。
以下、ステップごとに、ゴールと主なタスク、アウトプットを紹介する(図表4参照)。

【図表4】ガバナンスDDのアプローチ

【図表4】ガバナンスDDのアプローチ

Step.1:ガバナンス方針の初期仮説検討・DD準備

全てのDDにおいては、DD実施に先立って、重要論点を見極め、初期仮説を構築し、DD実施の準備を行う。これは、ガバナンスDDにおいても同じであり、Step.1では「ガバナンス方針の初期仮説検討・DD準備」作業を実施する。この作業は、次のStep.2の現地訪問(Site Visit)時において実施する被買収企業のマネジメントに対する質問事項や深堀ポイントを事前に具体化しておく作業である。なお、ここでいう「ガバナンス方針」とは、買収後のガバナンス設計をするうえで骨子となる基本方針のことをさす(※2)。
具体的には、買収目的(M&A戦略)と、被買収会社の経営実態を踏まえて、「基本的には経営を任せたい」、「オペレーションにまで踏み込んで管理をしたい」など、どのような経営ガバナンスを導入したいのかを想定する。この想定にあたっては、買い手の過去のM&A事例(成功事例/失敗事例)を振り返り、事例からの学びを抽出しておくと、買い手の“くせ”ともいえる経営ガバナンス関連で発生しうる課題や成功要因を事前に認識しておくことが可能である。

ガバナンス方針の初期仮説検討に加えて、Step.1ではDD準備も行う。このDD準備作業には、現地訪問におけるマネジメントインタビューの設計や質問事項の準備、深堀ポイントの具体化が含まれる。クロスボーダーM&Aの場合、被買収会社のマネジメントや現株主と何度もインタビューを設定するのは、国内企業同士のM&Aよりも難しい。従って、あらかじめ、ガバナンス方法の初期仮説に基づいたインタビューの質問事項と深堀ポイントを具体化しておくことが望ましい(図表5参照)。

(※2)詳細については、「第三回:経営ガバナンスの基本方針(2013年6月24日 M&Aコンサルタントコラム)」を参照いただきたい。

【図表5】マネジメントインタビューの深堀ポイント(例)

【図表5】マネジメントインタビューの深堀ポイント(例)

Step.2:現地訪問による実態把握

Step.2のゴールは、現地を訪問し、マネジメントインタビューを通じて被買収会社の経営ガバナンスの実態を精査することである。
キーパーソンと想定されるマネジメント層や従業員、現株主に対するインタビューや、現地のデータルームを活用した調査や分析により、初期仮説として想定した経営ガバナンスの仕組みを適切に導入できそうであるかを見極める。
現地訪問による実態把握は、被買収会社とじかに接することができる貴重な機会であるため、慎重かつ効率的に作業を進める必要がある。そこで以下に「資料より実態」、「相対的な関係性の分析」の2つの秘訣を紹介する。

秘訣1:資料より実態

M&A取引では、M&Aの交渉にあたる人物や、マネジメントインタビュー候補として挙げられた人物がキーパーソンだと認識されがちであるが、実際には、創業者やCEOなど特定の人物からの評価が高いだけで、他のマネジメントメンバーや重要なクライアントなどからは、その実力が評価されていないというケースが少なからず見られる。DD前に聞いていた話が実態と異なることは多い。どのような組織にも、“表向きの情報”と“実態”にはギャップがつきものであるため、データルームで提供される資料だけでは把握しきれない“組織メカニズム”については、Face to Faceのインタビューを通じて把握することが重要である。
実態を認識することの重要性については、組織のキーパーソンに対する評価に限らず、組織(会議体)の運営方法やマネジメントに与えられている役割や権限、目標の設定方法、マネジメントメンバーの評価方法や報酬などの把握においても同様である(図表6参照)。

【図表6】秘訣1:組織メカニズムの実態把握

【図表6】秘訣1:組織メカニズムの実態把握

キーパーソンの見極め方の秘訣であるが、ある事例において被買収会社のCFOが本当にキーパーソンであるかが焦点であった。もし実質的にもキーパーソンであれば日本からは別のポジションに本社の人材を派遣するし、そうでなければCFOのポジションに日本から人を派遣するつもりであった。
創業者に対するインタビューでは、当該CFOは極めて優秀で組織内ではキーパーソンと目されているとのことであった。しかしながら創業者はもはや現場にはあまり顔を出していなかったことから、実態を理解していない可能性があった。そこで当社では、他のマネジメントメンバーに「○○のような事が起こった場合、最初に誰にレポートしますか?実態を教えてください」と質問してみた。すると、多くのマネジメントメンバーは、本来ならば当該CFOにレポートしても良さそうなケースにおいても、当該CFOへのレポートを後回しにしている実態が浮かび上がってきた。事後報告でいいとさえいう者までいた(図表7参照)。
このように、一般に重要とされるポジションの人物については「重要か?」と問うと、そう思っていなくとも役職論として「重要である」との答えが返ってきてしまうため、重要かどうかを正面から質問するのではなく、何か事が起きた時に実際にどういう行動をとるかを周りの人たちに質問することによって、本当にキーパーソンであるかの実態を把握することができるものである。このようにインタビューにおける質問の仕方には工夫を入れることが重要である。

【図表7】キーパーソンに対する評価の形式と実態のギャップ

【図表7】キーパーソンに対する評価の形式と実態のギャップ

秘訣2:相対的な関係性の分析

二つ目の秘訣は、物事を相対的に見ることである。経営ガバナンスの設計では、現状と将来、自社と他社(業界)とのギャップや変化が、経営ガバナンスを効かせる被買収企業マネジメントのモチベーションに大きく影響を与える。
多くの欧米企業のマネジメントは、戦略策定や人事、投資をトップダウンで決定する権限を有しており、年間の報酬額は日本企業の社長の報酬を上回ることもある。日本企業がこのような欧米企業を買収する場合に、子会社となった欧米企業のマネジメントに対して現行有している権限を制限したり、報酬水準を見直したりすることがある。そのような場合は、適切な理由付けや動機付けの仕組みや工夫を提供しないと、被買収企業のマネジメントのモチベーションを低下させてしまう。結果、彼らが他社へ流出するリスクをいたずらに高めてしまう。特に報酬については、他社や業界水準とのギャップ度合いや、目標達成した際のインセンティブと合わせた設計が欠かせない。
「わが社の常識は世間の非常識」である可能性があることを常に頭におき、買い手の論理を一方的に押し付けることは危険であることを肝に銘じておくべきであろう。代わりに、現状と将来のギャップ、他社やマーケット水準とのギャップの大きさを買収前のタイミングにおいて十分に把握しておき、そのギャップを踏まえた検討を実施することが二つ目の秘訣である。

Step.3:ガバナンス方針の決定

Step.3のゴールは、現地視察やマネジメントインタビューを通じたDD結果を踏まえ、買収後の経営ガバナンスの方針を決定し、骨子をまとめることである。経営ガバナンスの方針の骨子をまとめることにより、被買収企業のマネジメントに対して、どのようにガバナンスを効かせるのか、その基本方針や経営ガバナンスの方法に一貫性があるか、何が経営ガバナンス上の肝となるかが明確になる。
図表8は、現行のマネジメントチームに経営の執行を任せるケースである。このケースでは、現行のマネジメントチームに経営を任せつつも、経営の重要な局面においては親会社が適切に関与をするための仕組みを設計した。取締役をどのような役割で何名アサインするか、どの主要ポストに日本から人材を派遣するか、マネジメントチームのうち誰を直接評価するかなどは重要な検討事項である。特に、任命する取締役や日本から派遣するポストや人選は、適切な人材の選任と候補者の派遣に向けた各部署との調整で、時間と手間を要する。主要なポストの適切な人材の検討不足や社内調整の時間不足により、人材を確保できず、うまくガバナンスを効かせられなくなるリスクを回避するためにも、早期にガバナンス方針の骨子をまとめることが重要である。

【図表8】ガバナンス方針 骨子

【図表8】ガバナンス方針 骨子

以上、特にクロスボーダーM&Aを念頭において、ガバナンスDDとは何か、なぜガバナンスDDが必要なのか、ガバナンスDDを進めるにあたっての具体的なアプローチとはどういうものか、さらに現状のガバナンスの実態を把握する際の2つの秘訣について説明してきた。

クロスボーダーM&Aを実施し、被買収企業のマネジメントチームに対して、適切にガバナンスを効かせ、PMIで価値創造できている日本企業はいまだ少ない。M&Aが一般的な経営ツールになり、クロスボーダーM&Aが増加している今、被買収企業の優秀なマネジメントチームに適切なガバナンスを効かせ、買い手企業とともに事業成長を加速させることが求められている。これまでにご紹介した「経営ガバナンスのフレームワーク(第二回)」や「経営ガバナンスの基本方針(第三回)」、「ガバナンスを構成する3つの要素(第四回)」、「ガバナンスDD(第五回)」の知見が、海外事業展開の加速を目指す多くの日本企業にとって有効なツールとなれば幸いである。

PwCアドバイザリー合同会社
マネージャー 川口 裕人

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※役職などは掲載当時のものです。