
これからの病院経営を考える 第27回【前編】公立病院の地方独立行政法人化に向けて
公立病院では、抜本的な病院運営体制の改革が医療資源の安定と組織の対応力向上につながるとされています。本稿では経営形態の変更に焦点を当て、各経営形態の特徴と経営形態の変更を検討する際の留意事項について前後編に分けて整理します。
病院におけるスマートフォン導入の進め方(前編)では、病院でスマートフォン導入の検討が必要となる背景と、検討時に明確化しておくべき目的設定について解説しました。後編ではこれを踏まえて、実際のプロジェクトの進め方について解説します。
目的が明確化され、導入方針が決定した後、プロジェクトは以下のステップで進みます。
それぞれのステップについて、順を追って説明します。
前編でもご紹介したとおり、病院におけるスマートフォン導入の多くはPHSの陳腐化に伴う切り替えを契機としますが、投資対効果を高めるためにその目的としてDXや働き方改革、人材確保などを据えることが多くあります。そうしてこれらを広く扱う全病院的なプロジェクトとなった場合、経営層のコミットメントが必要とされます。
これまで病院では施設管理部門が電話設備を所管することが多かったのですが、情報ネットワークの管理やアプリケーションによる機能拡充が業務改善効果に大きく影響するため、「スマートフォン導入プロジェクト」の主管は情報システム部門やDX推進部門が担うのが最適です。一方で、ナースコールなど従来設備との連携も検討しなければならないため、施設管理部門も引き続き関与する必要がある他、貸与の範囲や貸与方法などについて人事・総務部門の関与も必要となります。また、活用方法の検討や現場業務の課題抽出、運用後の浸透には、医師や看護師をはじめとする医療職の関与も重要となります。
このように情報システム部門・DX推進部門を中心に、施設管理部門、人事・総務部門、医療職など他部門でプロジェクトチームを組織することが理想です。プロジェクトマネジメントに精通した経営企画部門をプロジェクトマネジャーとして配置するのも有効です。
病院におけるスマートフォンには、病院特有の事情として、以下の必須要素が挙げられます。
これらを満たす標準的な構成が確立されていないため、目的に応じてそれぞれの対応要否を検討しながら、製品ごとにできること・できないことを理解する必要があります。製品調査においては、機能に加えてコストと納期を確認し、比較検討ができるように進めましょう。
システム全体の構成要素としては、ネットワーク、スマートフォン、内線システム、モバイル管理ツール(Mobile Device Management:MDM)などが存在しますが、本稿ではシステム構成の検討にあたって重要となる、機能の制約に関わるネットワークと内線システムについてを中心に解説します。
図表1:ネットワークの選択肢と性質
選択肢 | 利点 | 欠点 | |
自営設備 | 無線LAN |
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sXGP |
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公衆網 |
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図表2:クラウドPBXとキャリアFMCの比較
選択肢 | 利点 | 欠点 |
クラウドPBX |
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キャリアFMC |
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上記を踏まえると、内線システムがインターネットなど公衆サービスへの接続を前提とする一方で、前述のとおり電子カルテやナースコールなどの医療系システムは閉域ネットワークで分離されているケースがほとんどであり、これらをどう両立するかという点が大きな課題として見えてきます。この対応方針としては、大まかに以下に分類されます。
A) 音声通話は音声品質に優れるキャリアFMCを用い、医療系システムは無線LANを用いて閉域ネットワークに接続するなど、音声通話と医療系システムでネットワークを分離するパターン
B)高度なセキュリティ対策を講じたり機能を限定(電子カルテそのものではなくビュワーを採用するなど)したりすることで音声通話・医療系システムなどスマートフォンの全ての機能にインターネット経由で接続するパターン
Aの方が、セキュリティ対策が容易で構成をシンプルにできますが、敷地内にいるかどうか、どのネットワークに接続するかで利用できる機能が変化します。例えば閉域ネットワークの接続中は、医療系システムにはアクセスできるもののインターネットにアクセスできない、ということが起こり、医療系システムの使用時に他の機能に制限が生じます。そのため、ユーザーは仕様を理解し、自ら使い方を工夫することが求められることになります。一方Bの場合、ネットワークにおけるセキュリティ対策は電子カルテ操作やナースコール接続の要否など特殊要件によって大きく異なります。スマートフォンの導入時点で電子カルテ操作やナースコール接続を実装しない場合であっても、将来的に必要となった時にどのように実現していくかといった想定や、拡張性を考慮する必要がある点に留意が必要です。
また、いずれの場合でもネットワークや内線システムの不具合時に、リスクに応じて対策を決めておくことが重要です。
ネットワークの対策例:
内線システムの対策例:
仕様の検討にあたっては、スマートフォンの貸与範囲についても検討が必要です。一部のスタッフだけに貸与する場合には、貸与対象のスタッフが使用するスマートフォンと、それ以外のスタッフが使用する固定電話などの間で内線通話が可能な構成である必要があります。1台のスマートフォンを複数人で共用する場合には、アカウントの切り替え方法などの検討が必要となります。大規模な病院ではまれですが、全職員に1台ずつ配布する事例*4も出始めています。この場合には全職員がスマートフォンでコミュニケーションをとるため、全員が同一の内線システム上で音声通話が可能となり、従来のPBXをなくすことも検討できるようになります。
製品調査を通じて仕様が決まったら、実際の導入スケジュールを検討します。導入後の不具合や品質低下を防ぐためには、音声品質などの検証と対策のプロセスを盛り込むこと、業務改善に関心が強い部門などで小規模なトライアルを行うなど、全体展開前に課題を洗い出すプロセスを置くことが重要です。また、一定期間PHSとの並行運用期間を置くことで、万が一クラウドPBXなどに初期的な不具合が生じた場合にもバックアップとして用いることができます。
導入にあたっては、キッティングや保守など運用の準備も併せて進める必要があります。内部で実施する役務と外部に委託する役務を整理し、組織内での担当や業務の流れを整理しておきましょう。
仕様によっては端末や通信回線、アプリケーションなどを1社で調達することができず、複数社に分割して調達する必要が生じます。その場合、おのおのの調達物に無駄が生じないように、業者間の役割分担やスケジュールの整理が必要となります。これらの検討を経てスケジュールと調達単位が決まったら、調達単位ごとに費用や納期を比較し、業者選定を行います。
実際の導入にあたっては、機器やシステムの導入作業と併せてユーザーのサポートを考慮する必要があります。具体的には、スマートフォンの初回起動時の操作方法や内線システムをはじめとした使用方法についてマニュアル化する他、ヘルプデスクを設置し、導入時の説明会を実施するなどの準備が必要となります。特に、導入当初はユーザーからの問い合わせが多く発生するため、ヘルプデスクを手厚く配置しましょう。一定期間を経て徐々に問い合わせは減少しますが、病院で頻繁に発生する人の入れ替わりの際にも、同様にマニュアル配布や操作説明の必要があります。
導入直後はユーザーのサポートが必要なだけでなく、初期的な機器の不具合や設定の不備なども発生しやすくなります。既存PBXとの併存構成などでは、主管部門が複数にまたがる可能性があるため、各部署で受け取った不具合報告を関係部門全体に周知できるような管理体制を構築する必要があります。
前編から述べているとおり、スマートフォンの導入はそれによってもたらされる業務改善効果こそが重要です。したがって運用開始後も、想定どおり使用されているか、不具合の有無などプロジェクトチームによる定期的な振り返りと改善が必要となります。
(振り返りと改善の例)
継続的な業務改善には機能強化も重要です。導入時に先送りした機能や、運用を通じて要望が挙がった追加機能の実装をロードマップにまとめ、機能強化を計画しこれを実行することで、さらにDXの推進や業務改善に寄与することができます。機能強化にあたっては、スマートフォンの活用を病院全体におけるDXの一部ととらえ、全体的なIT投資のロードマップと連携して計画を策定しましょう。
本稿では、病院におけるスマートフォン導入について、実際のプロジェクトの進め方を解説しました。これまで述べてきたように、スマートフォンの導入は病院的全体の一大プロジェクトになります。また前述のとおり、病院におけるスマートフォンの導入はまだ事例が多いとは言えず、特殊要件を満たす標準的な構成が存在しないため、どこから着手して良いか、迷われている病院も多いのではないでしょうか。院内での体制構築やリソースの確保が難しい場合、専門家の支援を受けることも有効です。
PHSに関する設備の老朽化・陳腐化、業務効率化の必要性を背景に、スマートフォンの導入とそれを通じた継続的な業務改善は、病院における経営課題の1つになっています。この課題に取り組まれるにあたって、本稿が参考となれば幸いです。
*1:急変などの緊急時に医療者を呼び出す機能
*2:移動に伴うアクセスポイントの切り替えのこと。通話の途切れの原因となる
*3:通話が混雑して繋がりにくくなる状態。災害時などに発生しやすい
*4:社会医療法人大阪国際メディカル&サイエンスセンター「iPhoneが医療を変える!大阪けいさつ病院のスマートホスピタル最前線」(2025年4月閲覧)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000013.000137186.html
公立病院では、抜本的な病院運営体制の改革が医療資源の安定と組織の対応力向上につながるとされています。本稿では経営形態の変更に焦点を当て、各経営形態の特徴と経営形態の変更を検討する際の留意事項について前後編に分けて整理します。
公立病院の経営形態の変更を考える上で、地方独立行政法人は経営課題に対応し得る選択肢として検討されています。地方独立行政法人が採用される背景やその効果、地方独立行政法人化の進め方を解説します。
病院では、医療従事者間のコミュニケーションツールとして、PHSからスマートフォンへの切り替え検討が進められています。スマートフォン導入の検討が必要となる背景と、検討時に明確化すべき目的設定について解説します。
病院におけるスマートフォン導入の進め方(後編)では、前編で解説した導入検討の背景と目的設定を踏まえ、実際のプロジェクトの進め方について5段階のステップに分け、病院特有の要件を含めて解説します。
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中外製薬では、全社を挙げて生成AIの業務活用に取り組んでおり、現場からの900件を超えるユースケース提案を取りまとめています。前編ではDX戦略の全体像から生成AI推進体制の構築、さらに「アウトカムドリブン」による戦略目標と現場ニーズの両立について伺いました。
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厚生労働省は、2024年に「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」を策定しました。医師の偏在対策は海外でも固有の医療制度や政治・経済情勢の下、自由と規制の間を行き来してきました。後編では独仏露の3カ国における取り組みについて概観し、日本が進めようとしている施策への示唆を得ることを試みます。