
これからの病院経営を考える 第27回【前編】公立病院の地方独立行政法人化に向けて
公立病院では、抜本的な病院運営体制の改革が医療資源の安定と組織の対応力向上につながるとされています。本稿では経営形態の変更に焦点を当て、各経営形態の特徴と経営形態の変更を検討する際の留意事項について前後編に分けて整理します。
病院では、これまで医療従事者間のコミュニケーションに主としてPHSによる内線通話が使用されてきましたが、徐々にスマートフォンへの切り替えが検討されるようになっています。スマートフォンへの切り替えを進めるには、従来のPHSとは異なる目的設定やプロジェクトの推進体制、維持管理体制などが要求されることから、PwCコンサルティングでも病院へのスマートフォン導入プロジェクトをご支援する機会が増えています。実際の業務を通じた知見をもとに、その背景や目的の整理、導入の進め方に関する留意点などを2回に分けて解説します。前編ではスマートフォン導入の検討が必要となる背景と、検討時に明確化すべき目的設定について解説します。
病院においてスマートフォンの導入を検討するにあたり、まずは前提となる背景を正しく理解することが求められます。本稿では、スマートフォンの導入が必要となる背景として以下2点を挙げます。
病院でスマートフォンへの切り替えが検討されるようになった契機の1つは、2023年3月にPHSの公衆サービスが終了したことです。一方で構内PHS、つまり自営アンテナによる内線通話は引き続き可能であり、PHSおよびPHSアンテナのいずれも2025年1月時点では製造が継続されているため、すぐにPHSが全く使用できない状況にはなりません。しかし、今後陳腐化が進むであろうPHSアンテナへの設備投資はためらわれる状況にあり、また今後機器の製造が縮小・中止されることで、価格が上がる、調達が困難になるなどのリスクが存在します。
2024年4月から法制化された医師の労働時間上限規制をはじめ、病院でも働き方改革が進んでいます。加えて、少子高齢化やインフレに伴う採用難など、病院における労働力確保は困難になってきています。また働き方改革に伴って、タスクシフト/シェアやチーム医療が進み、一人の患者の治療により多くの医療従事者が関わるようになっています。こういった背景から、より迅速かつ簡単に、多様なスタッフ間におけるコミュニケーションを実現するツールが求められるなど、医療現場への業務効率化の支援が必要となっています。
実際には、PHS公衆サービス終了後の設備更新にあたり、PHSの代替手段としてスマートフォンの導入を検討するケースが多いのではないでしょうか。しかしながら、スマートフォン導入の時期が遅れれば遅れるほど、業務効率化の機会を逃すだけでなく、新たなリスクを誘引する懸念があります。
そのリスクとは、医療従事者のシャドーIT(私用デバイスまたは私用アプリケーションなど、組織が把握していないシステムを許可なく業務利用すること)です。情報セキュリティの観点では、業務上でスマートフォンを利用する場合は、病院が決定した端末やアプリケーションを使うのがあるべき姿です。しかし日常生活においては、スマートフォンの普及率は90%を超え1、医療従事者を含むほぼ全ての労働者がスマートフォンを利用しています。私用端末ではチャットツールや共同編集可能なクラウドストレージなど利便性の高いクラウドサービスが提供されている中、公式にスマートフォンや業務用アプリケーションをサポートしていない職場では、その利便性を享受するために私用端末や非公式のアプリケーションを利用するなど、いわゆるシャドーITが蔓延するリスクが高くなります。回答した医療従事者の約6割が私用スマートフォンを業務に利用しているという調査結果2も存在し、心当たりのある読者もいらっしゃるのではないでしょうか。スマートフォンの導入とそれにともなう業務効率化は、あればなお良い、という性質のものから、ないとシャドーITのリスクを生む、という性質に変わってきていることに留意が必要です。
2022年に電波環境協議会にて実施されたアンケート3によると、42.9%の医療機関が何らかの形で業務用スマートフォンを導入しています。しかし、このうち内線通話に利用されているものは39.9%(回答者全体の約17%)に留まり、それ以外の多くは入院患者のオンライン面会や緊急時の外線通話など、ごく限定的な用途で使用されているものと考えられます。このことから、交換台や固定電話などを含めた内線通話が必須となる病院では、PHSの代替として医療従事者間のコミュニケーションツールにスマートフォンが活用されている割合は、実質的にはまだ限定的であると言えます。またPHSと異なり、病院で使用する上での内線網やナースコールとの接続方法など、システム構成の標準も定まっていない状況であり、目的に応じて構成を検討する必要があります。そのため、スマートフォン導入の検討にあたっては、こうした背景を理解し、目的を明確化しておくことが非常に重要です。
病院におけるスマートフォン導入には、複数の目的が考えられ、それぞれの目的に応じて必要となる機能が異なるため、スマートフォンの導入によって何を実現したいのか、目的を整理する必要があります。本稿ではスマートフォンの導入目的として考えられる事項を5点挙げます。
まずは、前述のとおりPHS設備の陳腐化が進むことが想定されるため、PHSに関する投資を回避するという目的が考えられます。今後ハード・ソフトともに技術発展が期待でき、かつその活用により業務改善の余地があるスマートフォンに対して、PHSへの投資効果が今後改善することはなく、また製造縮小によって調達や修繕が困難になる、コストが増加するなどのリスクが存在します。
PHSアンテナやPBX(電話交換機)は約10年ごとに更新が必要となるため、更新のタイミングは特にスマートフォンへの切り替えを検討する良い機会になります。同様に病院の建て替えや大規模改修なども切り替えのきっかけになり得るでしょう。
追加投資が発生しない限りは、PHSやPHSアンテナは必ずしもスマートフォンへの切り替え時に全て廃止する必要はありません。スマートフォンをオンプレミスのPBXと連携させる場合、PHSとの並行稼働が可能なため、特に業務改善効果が期待できる部署や職種をスマートフォンに移行し、切り替えにより回収したPHSを在庫として利用しながら、順次スマートフォンへ切り替えるという方法も考えられます。導入時点のコストを最小化し、追加投資は行わないものの、延命可能な機器は故障するまで使用しつづけるという工夫も可能です。
また、環境変化に対する柔軟性という観点も重要です。昨今では通信技術やソフトウェアの発展が目覚ましく、また医療需要をはじめとした事業環境の変化も速くなっています。従来のように長期間固定的に使用する設備を保有するのではなく、公衆網やクラウドサービスを活用しながら、技術発展やその時の事業環境に応じて搭載するアプリケーションや端末数などの規模を柔軟に変化させることは、事業環境の変化に適応する上で重要なポイントと言えます。
次に、業務効率化やDXの推進、そのきっかけづくりという目的が考えられます。PHSが現在でも活用されていることからもうかがえるように、病院では他の産業と比較してデジタルシフトやDXが遅れがちで、非効率な業務も少なくありません。例えば、入院患者の手術の際、病棟から手術室への患者搬送のタイミングや執刀医の手術開始時間を、進行中の手術の状況を踏まえて手術室から連絡するなど、同じ情報を逐次複数のスタッフに伝達する場面が存在しますが、従来は連絡が必要な相手全員に内線電話をかける必要がありました。当然、相手によっては患者対応業務などで電話に出られないことも少なくなく、その場合にはかけ直しも発生します。加えて、医療従事者は移動しながら業務を行うことが多く、エレベーターでの移動中や自営アンテナがある建物の外を移動しているときなどはPHSでの通話ができません。
スマートフォンやチャットツールを活用することによって、多対多のコミュニケーションを、お互いの状況によることなく、かつモバイル環境で実現することが可能になります。また上記の例では、手術システムのデータを用いて手術の進行状況を配信するような自動化ツールやダッシュボードを構築すれば、連絡という業務自体を無くすことも可能となります。
手術室を例に挙げましたが、他にも入院患者数や看護師の勤務状況など病院全体の最新の状況を共有することで、救急患者の受け入れ態勢を検討したり、経営目標の達成状況をリアルタイムに把握したりするなど、必要な情報をリアルタイムに共有する手段として活用することも考えられます。
もちろん、これらの活用例はスマートフォンを導入するだけで実現できるものではなく、BIツールやRPA、チャットツールなど複数のアプリケーションを組み合わせた工夫が必要となります。しかし、多様なアプリケーションを用いて手元で多くの情報を扱うことができるスマートフォンは、これまで私たちの日常生活を大きく変えたように、病院の業務を変革していくポテンシャルを持っています。
手術室の例では、
病床管理の例では、
など、データドリブンな取り組みの起点にもなり得ます。このように、スマートフォンそのものがコミュニケーションや情報収集をより円滑にするだけでなく、データを起点とした継続的・連続的な変革、すなわちDXのきっかけとなり得るのです。
前述のとおり、病院では働き方改革が進められています。適切な労務管理は働き方改革の必須要素となりますが、厚生労働省による「医師の働き方改革2024年4月までの手続きガイド4」における最初のチェック項目に設定されていることからもうかがえるように、これまで医師の労働時間を客観的な方法で把握することができていない病院が少なくありませんでした。そこで法制化を契機に新たに勤怠管理システムを取り入れる病院が増えており、スマートフォンを導入している病院では、勤怠管理にスマートフォンを活用する例も見られました。アプリケーション上で出退勤登録をしたり、病院の出入口や医局などに設置したビーコンを用いてシームレスに勤務状況を記録したりすることが可能な製品が複数提供されています。
労働時間の把握ができると、次に労働時間の短縮や、そのための多様な働き方への対応が必要となります。スマートフォンから電子カルテやグループウェアなど業務システムへのアクセスを可能とすることで、病院にいなくても一部の業務が可能となります。例えば、夜間など体制が手薄な時に上級医の判断を仰ぐ際、在宅の上級医に遠隔で相談し、放射線画像など診療情報を確認した上で駆けつけの要否を判断してもらうといったこともできるようになります。もちろん、在宅での一次対応に関する労務管理上のルール策定は必要となりますが、これまで都度出勤しなければ対応の要否が判断できなかったケースを在宅で判断することができるようになり、不要な出勤を減らすことができる可能性があります。
また、医師に限らず育児や介護による時短勤務など、医療従事者の多様な働き方が進むなかで、必ずしも従来のように全員が集合して申し送りなどを行うことができないケースも発生します。申し送りをチャットで行ったり、申し送りの動画や要約をチャットツールなどで共有したりすることで、出勤時間が異なるスタッフを含めて情報の共有が可能になる、といった活用方法も想定されます。
このように、労働時間を正しく把握することや、多様な働き方に対応する目的でもスマートフォンが活用されており、目的設定にあたって考慮すべきポイントとなります。
少子高齢化に加えて、インフレなどに伴う採用難に直面されている病院も多いのではないでしょうか。前述のように人手不足を業務効率の改善で補うことも必要ですが、スタッフにとって魅力的な職場となることで、人材確保につなげることも重要です。そのためには待遇面だけでなく、効率的な業務プロセスや、継続的な改善活動、多様な働き方を提供することなどが必要となります。これらがスマートフォン導入目的となり得ることは前述のとおりですが、人材確保にあたってはこういった取り組みをわかりやすくアピールすることが重要です。スマートフォンを含むICT投資を積極的に行い、継続的な改善活動を推進しながら、その取り組みを外部に発信することで病院のプレゼンスを向上し、人材確保に活用している先進的な病院もみられます5。
中長期的な観点では、今後ますます少子高齢化が進行し、人材確保が困難になっていく中、このような積極的な取り組みを継続し効果的に発信できるかどうかが、スタッフから選ばれる医療機関の条件の1つになっていきます。
従来の病院のように、構内に自営のPBXを持ち、モバイルも自営PHSアンテナの内線網を使用するという構成は、電源の冗長化などが正しく構成されていれば外部の影響を受けづらく、比較的災害耐性の高いインフラであると言えます。一方で水害による設備故障など、設備そのものが使用できなくなった場合には代替的な通信経路をとることが困難で、復旧に非常に時間を要するというリスクも持っています。スマートフォンの導入にあたっては4Gや5Gなどの公衆網をネットワークとして利用したり、クラウドサービスを活用したりすることが考えられますが、これら公衆設備は代替的な通信経路など冗長性を確保しやすいという性質を持っています。
公衆網やクラウドサービスのデータセンターの多くは複数の拠点に設備が冗長化されているため、災害時に設備が被害を受けた場合でも比較的速やかに復旧することができます。また、クラウドPBXなどのクラウドサービスを活用する場合には、ネットワーク経路を問わず使用することができる構成も検討可能であり、被害状況によって公衆網と自営の無線LANのいずれか使用可能なネットワークを切り替えて使用することで、BCP対策を強化することができます。公衆網の活用にあたっては災害時優先通信などと組み合わせることも考えられます。
以上のように、スマートフォンの導入目的やそれを達成するための機能は多岐に渡ります。スマートフォンは単にPHSの後継サービスとして扱うと現時点ではコストがかかりますが、PHSに関する設備への追加投資には陳腐化や今後のコスト増加などのリスクが伴うこと、スマートフォンをうまく活用することで大きな付加価値を生み出すことから、投資対効果という観点ではPHSを上回る可能性を持っています。スマートフォンの導入にあたり、その投資対効果を高めるためには、まずはその背景を理解した上で実現すべき目的を明確化することが重要となります。
後編では、前編の内容を踏まえて、スマートフォン導入におけるプロジェクトの進め方について解説します。
図表1:スマートフォンの導入目的と考慮すべき事項
目的 | 考慮すべき事項 |
PHSに関する設備への投資回避 |
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業務効率化・DXの推進 |
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働き方改革の推進 |
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人材確保 | 導入の遅延で非効率な運用が継続することによりスタッフから敬遠されるリスク |
BCP対策 | 複数の通信経路確保など、想定リスクに応じた冗長化 |
1 総務省「令和6年度版情報通信白書」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/pdf/00zentai.pdf
2 株式会社メドコム【医師・看護師の医療現場におけるスマートフォン利用実態調査】
https://medcom.ne.jp/blog/03
3 電波環境協議会 医療機関における電波利用推進委員会「2021年度医療機関における適正な電波利用推進に関する調査の結果」
https://www.emcc-info.net/medical_emc/pdf/22_R_R3_questionnaire_hsptl.pdf
4 厚生労働省「医師の働き方改革2024年4月までの手続きガイド」
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001128589.pdf
5 HITO病院「未来創出HITOプロジェクト」
https://hitomedicalnews.com/
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公立病院の経営形態の変更を考える上で、地方独立行政法人は経営課題に対応し得る選択肢として検討されています。地方独立行政法人が採用される背景やその効果、地方独立行政法人化の進め方を解説します。
病院では、医療従事者間のコミュニケーションツールとして、PHSからスマートフォンへの切り替え検討が進められています。スマートフォン導入の検討が必要となる背景と、検討時に明確化すべき目的設定について解説します。
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