これからの病院経営を考える

第27回【後編】公立病院の地方独立行政法人化に向けて

  • 2025-05-01

アジェンダ

前編

公立病院の経営形態の変更を考える

後編

地方独立行政法人化の効果と進め方

公立病院が地方独立行政法人化する意義

はじめに、現在公立病院の多くは、病院運営に際してどのような課題を抱えているのでしょうか。前編の「公立病院の経営形態の変更を考える」でも示しましたが、2020年度末時点で多くの公立病院は地方公営企業法の一部適用か全部適用の経営形態を採用しています。ここでは、地方公営企業法の全部適用を例に、課題として挙げられることが多い「人」と「財政」の観点からいくつか具体的な課題を紹介したいと思います。

  • 人的視点における主な課題
    • 職員定数や採用プロセスの変更にあたっては、議会の承認および条例の変更が不可欠なため、柔軟に職員を増やすことが難しい。特に期中で突発的に必要となった職員を確保するのに時間を要する
    • 制度上は独自で制定可能な職員給与だが、実態としては市長部局や他の全部適用事業との均衡を考慮して人事院勧告に従った給与水準とする場合が多いため、業績やスキルを給与に反映できず人材獲得力に欠ける
    • 事務職員が一定期間で異動するため、病院経営や制度などに関するノウハウを蓄積できない
  • 財政的視点における主な課題
    • 予算が単年度で編成されるため、長期的な計画に基づいた投資が行いにくい
    • 予算の調整を議会のスケジュールに合わせる必要があるため、最新機器の導入時や機器の故障時に迅速な対応ができない

これに対し、地方独立行政法人は、法人に経営権が委ねられるため人事や予算運用について自由度の高い経営が可能になります。また、職員の確保や給与変更、設備投資の際に議会の承認や条例の変更などが不要なため、必要な時に人や設備へ投資することが可能となります。この柔軟性と迅速性が地方独立行政法人化する大きな意義と言えるでしょう。また、経営権が法人に委ねられることから、経営責任が明確になり、今まで以上に自律した組織となることも地方独立行政法人化する意義の1つです(図表1)。

図表1:公立病院が地方独立行政法人化する意義

地方独立行政法人化の効果

実際に地方独立行政法人化した病院は、どういった効果を得ることができたのでしょうか。2011年から2016年の間に法人設立した病院における、地方独立行政法人化の前年度と、3年後の修正医業収支比率、医師数、看護師数を比較しました(図表2)。

調査の対象とした公立病院の条件は以下のとおりです。

  1. 2016年度以前に法人設立した病院:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により患者の受療行動が大きく変化した期間を除くため
  2. 市区町村立の病院:首長や病院職員がより一層主体性を持って地方独立行政法人化を検討・推進したと考えられるため
  3. 単独で地方独立行政法人化した病院:再編統合による効果を除くため

図表2:地方独立行政法人化前後の各指標比較

地方独立行政法人化前年度と3年後の各指標を比較すると、修正医業収支比率は4pt、医師数は24pt、看護師数は23pt平均で増加していました。公立病院の事業環境の変化も影響していることから、経営形態の変更による純粋な効果とは言い切れないものの、地方独立行政法人化によって収支改善および人材獲得力の向上が期待できます。また、医師・看護師数の増加に伴い人件費が増加している一方で、修正医業収支比率が改善しているのは、費用の増加以上に収益が増加していることを示しています。ただし、最も重要なのは、地方独立行政法人化するだけで収支改善や人材獲得力の向上が期待できるのではなく、むしろ、地方独立行政法人化を契機として、意識改革を図り、経営努力を重ね、さまざまな取り組みを積極的に行うことで初めて改善されていくことを認識するという点です。

地方独立行政法人化の手順と留意事項

では、実際に地方独立行政法人化する場合、どのような手順となるでしょうか。以下に、一般的な法人設立までの手順を記載します(図表3)。

図表3:地方独立行政法人化の手順

はじめに、地方独立行政法人化を進めるにあたっては、地方自治体議員への意識醸成が必要になります。首長や議会の温度感に応じて進め方は異なりますが、議員からの理解を得るために「あり方検討委員会」などを開催するケースも多くみられます。いずれにせよ、「政策医療や不採算医療などの地域に必要な医療は維持されるのか」、「医療の質は低下しないか」、「自治体側の財政負担は軽減するのか」などの、地方独立行政法人化するにあたって地域住民や議員が気になるポイントを的確に把握し、それぞれに対する回答や地方独立行政法人化が必要な理由の明確化が重要になります。有識者へのヒアリングや地方独立行政法人に移行した同属性病院を参考に、定性面と定量面から情報を収集することも、より説得力のある回答を築く礎となるでしょう。

次に、作業計画の策定と法人化準備室の設立を行います。法人設立までにはさまざまな作業が必要となります。領域ごとにスケジュールとマイルストーンを策定した上で、必要な人員を確保し、ワーキンググループを組成することが望ましいでしょう。

最後に、定款の議決を含む各種条例の議決や目標評価の設計など、設立に向けた各種準備作業を行います。このフェーズが最も工数を要するため、作業計画の策定や法人化準備室の設立のフェーズから前倒しで実施可能な作業を進めていくことが肝要です。

おわりに

後編では、地方独立行政法人に焦点を当て、公立病院が地方独立行政法人化する意義や効果、法人設立までの手順と留意点について解説しました。昨今、少子高齢化に伴う労働人口の減少や、多様化する患者ニーズなど公立病院の経営を取り巻く環境は一層厳しくなっています。特に、働き方改革により医療従事者の確保も困難になりつつある中で、「医療資源の安定」と「組織の対応力」を得るために地方独立行政法人化することは有効な施策の1つといえます。

PwCコンサルティングでは、法人設立までのスケジュール案に対するアドバイスや、あり方検討委員会の立ち上げ・運営サポート、議員への意識醸成に向けた論点整理・ベンチマーク調査、中期計画の素案作成、定款・業務方法書・評価委員会条例の素案作成など、公立病院の地方独立行政法人化を支援しています。

前編はこちら

参考文献

*1:PwCコンサルティング「公立病院の経営形態の変更を考える(2025年)」
*2:総務省「病院事業決算状況・病院経営分析比較表」

執筆者

小田原 正和

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

和﨑 寛人

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Email

これからの「病院経営」を考える

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