
これからの病院経営を考える 第27回【前編】公立病院の地方独立行政法人化に向けて
公立病院では、抜本的な病院運営体制の改革が医療資源の安定と組織の対応力向上につながるとされています。本稿では経営形態の変更に焦点を当て、各経営形態の特徴と経営形態の変更を検討する際の留意事項について前後編に分けて整理します。
昨今、少子高齢化に伴う労働人口の減少や、多様化する患者ニーズ、物価高による費用増加など、公立病院の経営を取り巻く環境は一層厳しくなっています。また、地方では労働人口の減少に伴う医師・看護師不足が深刻化していることから、持続的な医療提供が困難になり、規模の縮小を余儀なくされる公立病院も存在します。こうした経営環境の中で、公立病院が地域住民の望む医療(政策医療や不採算医療などを含む)を持続的に供給するためには、「医療資源の安定」と「組織の対応力」を兼ね備えることが重要になります。
このような状況を踏まえ、職員採用や財務管理に関してさまざまな制約がある公立病院では、病院運営体制を抜本的に改革することが医療資源の安定と組織の対応力向上につながるとされ、「経営形態の変更」が注目されています。特に、経営形態の1つである地方独立行政法人は、自律的な病院運営が期待できるだけでなく、政策医療や不採算医療などの公共性を維持できることから多くの関心が寄せられています。
本稿における前編では、経営形態の変更に焦点を当て、各経営形態の特徴と経営形態の変更を検討する際の留意事項について整理したいと思います。後編では、地方独立行政法人に焦点を当て、地方独立行政法人化を通じてどのように医療資源の安定と組織の対応力を兼ね備えることができるのかについて考察します。
はじめに、公立病院が収支改善をするために取り得る選択肢を整理します(図表1)。
図表1:公立病院が収支改善のために取り得る選択肢
公立病院が収支改善のために取り得る選択肢のうち、規模や形態を維持した上で収支改善を目指す「①経営の効率化」や、地域病院との連携強化により効率的な病院運営を目指す「⑤ネットワーク化」については、既に何かしら検討・着手しているのではないでしょうか。ただし、医療需要や担い手が減少するような地域においては、大幅な収支改善は容易ではありません。病院経営を取り巻く環境変化やそれにより生じる課題に対して、こうした手法は根本的な解決とはならないケースが多いのが実情です。
一方、「②ダウンサイジング・診療所/介護施設化」をはじめとして、「③経営形態の変更」や「④再編・統合」など、病床規模や経営形態そのものから改革を図り収支改善を目指す取り組みにおいては、首長や病院長の決断力のみならず、関係各署との調整や理解が必要不可欠になる一方、抜本的な見直しの契機となることが多く、病院経営を取り巻く課題の根本解決が期待できます。
公立病院が取り得る主な経営形態には、地方公営企業法の一部適用、地方公営企業法の全部適用、指定管理者制度、民間譲渡、地方独立行政法人の5つがあり、地方独立行政法人を除く4つの経営形態については、病院の運営責任者が地方公共団体(公営型)か、民間事業者(民営型)かによって大別されます。地方公営企業法の一部適用と全部適用は病院運営の責任を地方公共団体が持ち、職員は公務員としての身分が保証されます。一方、指定管理者制度と民間譲渡は病院運営の責任を民間事業者が持ち、職員の身分は民間職員となります。地方独立行政法人は地方公共団体と別の法人組織を形成し、法人理事長が病院運営の責任者となるため、中間的な位置づけとなり、職員の身分も公務員型と非公務員型に分別されます。ただし、公務員型については、総務省のガイドライン*1の中で選択肢とされていないことに加え、これまで地方独立行政法人化した病院の多くが非公務員型を採用しているため、本稿においても非公務員型を前提とします。
それぞれの経営形態におけるメリット・デメリットは以下のとおりです。
図表2:公立病院における経営形態の特徴
公営型である地方公営企業法の一部適用と全部適用は、行政施策が反映しやすく、政策医療や不採算医療を確保できるといった利点があります。一方、病院長に経営権限が付与されていないため、単年度予算となり中長期的な予算運用が難しいことや、職員定数の制約によって柔軟に職員を雇用ができないことなどの欠点があります。数年ごとに人事異動の対象となる事務職員の経営管理に関するノウハウの蓄積が難しいことも課題の1つといえるでしょう。全部適用は、一部適用と比較し、組織や人事(任免)などの権限が事業管理者に付与されるため、経営の自由度が高くなるといった特徴を持つものの、例えば制度上独自で設定可能な職員給与においては多くの病院で職員給与条例に準拠するなど、実態として一部適用と大きな差異がない場合も多くみられます。
民営型である指定管理者制度と民間譲渡は、病院の管理運営を包括的に民間事業者に委ねるため、地方公営企業法の全部適用よりもさらに経営の自由度は高く、また民間事業者のノウハウを活用することでサービスの向上と効率的な管理運営が期待できます。一方、民間事業者と職員の間で新たな雇用契約を締結する必要があるなど、職員の処遇に関する調整や、労働負荷が上がることで職員が退職するリスクなどが課題となります。また、指定管理者制度は、民間事業者と調整をすることで政策医療や不採算医療を確保できる場合が多くありますが、民間譲渡においては、事業者が利益追求を優先するなどした場合、地域に必要な医療の質の低下や継続的な提供が損なわれる可能性も否定できません。
地方独立行政法人は、地方公共団体によって設立された法人格を有する組織に経営権が委ねられるため、職員定数や人事、給与、予算運用について特段の制限を受けずに自由度の高い経営が可能です。また、議会や地方公共団体の関与が薄くなることから、迅速な意思決定のもと、環境の変化に対する柔軟な対応力を持った組織づくりが可能となります。そして、基本的に地方公共団体が指示した中期目標に基づき事業を実施するため、政策医療や不採算医療の確保といった公共性も維持されることが特徴です。
経営形態の変更を検討するにあたっては、病院の特性や地域のニーズなどに応じて、どの経営形態が最も適しているかを判断する必要があります。病床規模に適した経営形態を選定することもそのうちの1つと言えるでしょう。総務省の調査によると*1、2020年度末時点では多くの公立病院が地方公営企業法の一部適用か全部適用の経営形態を採用していますが、その中でも中小規模の公立病院では、医療資源が限られているため、民間事業者のノウハウを活用してより効率的な運営が期待できる指定管理者制度を導入する公立病院が多く、比較的規模の大きい病院では、安定した運営体制と公共性の確保を目的として地方独立行政法人を導入する公立病院が多い傾向にあります。特に、病床規模が400床以上の病院では地方独立行政法人化するケースが多いといえるでしょう(図表3)。
図表3:病床規模別公立病院の経営形態(2020年度末時点)
また、病院規模の観点以外にも、地域の人口動態や地域医療機関の供給体制などを踏まえて地域にどのような医療ニーズがあるか、職員身分を変更する場合には職員の定着率にどのような影響を及ぼすか、関係者の合意形成を得ることができるかなど、さまざまな観点を考慮して最適な経営形態を検討することが求められます。
公立病院が収支改善のために取り得る選択はさまざまあります。人事や給与、予算などに制約がある公立病院にとって、経営形態を変更することは、より自律的な病院運営を実現し、民間病院との競争力を獲得するために特に効果的な選択肢の1つと言えるでしょう。
後編では、地方独立行政法人に焦点を当て、公立病院が地方独立行政法人化する意義や効果、法人設立までの手順と留意事項について考察したいと思います。
*1:総務省「新公立病院改革プランの取組状況等について(2021年)」
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