第4回 ワクチン接種証明書とは何か? 各国の導入状況と課題、日本での導入について【前編】

2021-08-06

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の1回目のワクチン接種を終えた65歳以上の高齢者が8割を超え(2021年7月30日現在)、接種事業が新たな局面を迎えています。そんな中、国内でもワクチン接種証明書の交付が始まり、注目を集めています。諸外国ではすでに導入されており、紙の証明書とスマートフォンで利用するデジタルの証明書(通称・デジタルワクチンパスポート)の双方が使われています。しかし、紙、デジタルともにいまださまざまな課題や懸念について議論がなされているのが現状です。

本稿では海外での先行事例を基に、経済効果や利便性だけではなく、改ざんのリスクや偏見・差別を生む可能性を踏まえ、日本における紙のワクチン接種証明書とデジタルワクチンパスポートのあり方を提言します。

ワクチン接種証明書の用途とデータ保持方法

各国・団体の取り組み(2021年7月時点)を見ると、紙とデジタル(アプリ)を併用しているケースもあります。保持するデータは用途によって変わり、それぞれ固有の課題を抱えているといえます。

図表1 ワクチン接種証明書の分類

用途を渡航許可に限ったIATA(International Air Travel Association:航空会社団体)

現在、世界各国で、入国者に対してPCR検査の陰性証明書の提示を求めており、旅客機への搭乗前に航空会社がこの書類を確認しています。一方、国や検査施設で発行される証明書の様式が異なることなどから、コロナ禍以前に比べ搭乗手続きに要する時間が約2時間長引く事態となっています。

「IATA Travel Pass」アプリでは、搭乗者のパスポート情報とワクチン接種証明、PCR検査結果、旅程が紐付けられます。事前にアプリ上で渡航先の国の渡航条件と照合し、渡航の可否を判定できる上、空港での出入国手続きを簡素化でき、搭乗口でアプリを提示するだけで完了します。ブロックチェーン技術を活用して開発されており、安全性が高いことも特徴です。

他の航空会社の団体も、IATA Travel Passアプリと類似した機能を持つ独自のアプリを提供しています。そのため、類似した機能を持つアプリが複数あり、航空会社や渡航者、各国の入国審査機関はどのアプリを利用すべきか迷ってしまうという問題があります。また、渡航者が使うアプリによっては搭乗時の出国手続きに利用できないといった事態が起こるおそれもあります。

医療情報を統合したイスラエル

イスラエルでは、希望者に対して保健省が「Green Passport」を発行しています。また、宗教上の理由からスマートフォンを持たない人々には、紙のワクチン接種証明書を発行しています。紙・アプリともに、ワクチン接種履歴やPCR検査結果、抗体検査結果の他、内務省発行のIDカード、個人の医療情報が紐づけられています。これらは、国を挙げて医療情報の統合とIT化を進め、個人の医療データが出生時から電子データで蓄積され、管理することができているからこそ実現した制度だといえます。

Green Passportは海外渡航時の他、スポーツジムやレストラン、コンサート会場、映画館など、人が密集する場所で提示が求められます。

域内の統一プラットフォームを目指すEU

EU諸国が協調して導入した「EU Digital COVID Certificate」は、ワクチン接種履歴やPCR検査結果に加え、COVID-19の罹患歴の情報を含んでいます。紙とアプリの両方があり、QRコード表示や多言語に対応しています。発行主体は欧州委員会(EC:European Commission)です。

ドイツやルクセンブルク、ギリシャなど17カ国(2021年6月22日現在)が利用を開始しており、保持者はEU域内を自由に移動できる上、隔離期間も免除されます。EU域内の多くの国が同一アプリを利用することから、EU域内の移動はスムーズになります。

EUではロシア製ワクチンは承認されていませんが、EU加盟国のハンガリーはロシア製ワクチンを接種しており、その場合は接種記録をアプリに登録してもスムーズに域内を移動はできるわけではありません。中国製ワクチンを使っている国でも同様の事象が発生しています。より広い普及を目指すにあたっては、国家間の政治的なあつれきが障壁となり得ます。

差別・不平等に配慮する英国

英国では、国営の医療サービス事業を担う国民保健サービス(NHS:National Health Services)が「NHS COVID Pass」というアプリを配信しています。NHS COVID Passはワクチン接種履歴の他に、PCR検査結果、ラテラルフロー検査結果を保持し、各種イベント会場への入退場、海外渡航時の出入国手続きに利用されています。

当初、英国王立学会は、EU Digital COVID Certificateがワクチン接種履歴だけでなく、COVID-19罹患歴を含むため、不当な差別などの問題が生じる可能性があることを指摘しました。それを受けて英国が独自に開発したのが、NHS COVID Passです。

英国ではいまだ全土にワクチン接種が普及しておらず、一部の地域では接種率が低い状況です。英国議会は、このアプリの普及によって地域による不平等が生じる恐れがあると指摘しています。

多用途を目指す中国

中国では民間の大手ネットサービス企業のコミュニケーションアプリ上で「防疫健康コード国際版」を提供し、ワクチン接種履歴、PCR検査と抗体検査の結果を保持しています。公共・民間施設の入場時には、アプリのQRコードの提示が求められます。

防疫健康コード国際版は利用者のスマートフォンの位置情報から感染リスクを判定する機能を備えており、感染リスクを3段階で判定することができます。

今春からは、防疫健康コード国際版に「国際旅行健康証明」の機能が追加されました。海外へ渡航する旅行者にワクチン接種歴や抗体検査結果、PCR検査結果、健康診断結果を記した証明書を交付し、氏名などの個人データと旅程を紐づけることができます。事前に渡航先の国の渡航条件と照合して渡航の可否を判定することで、空港での出入国手続きを簡素化できます。

一方、利用者が各種個人データをネットサービス企業や政府に提供することになるため、個人情報保護の懸念が生じています。

後編では、こうした各国・団体の事例を踏まえ、日本での導入を進める上での課題を検討します。

後編はこちら

執筆者

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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宮城 隆之

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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髙橋 啓

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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犬飼 健一朗

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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