企業価値の向上は、株主や経営者をはじめ、企業経営における最大の関心事のひとつであるが、このためには資本効率の向上が必要である。この点で、経済利益(エコノミック・プロフィット)とは、企業の価値創出を資本コストからの超過幅に着目して計測する方法であり、企業価値に直結する概念である。利益の背後にあるリスクや資本コストを考慮して既存の価値創出能力を把握する指標として優れており、PBRや無形資産の評価にもつながっている。
経済利益については将来の成長に向けたフォワードルッキングな観点を持つことが重要であるが、そのためには縮小均衡を回避し、戦略的な投資に伴う投下資本の一時的な増加と中長期的な利益創出への期待を評価することが必要である。特に、日本企業に不足傾向のある無形資産を中心とする投資の「量」(投下資本・経済利益の規模)の重視を手段として、「質」(投下資本利益率)を高めることが欠かせない。取締役会の後押しを受けつつ適切に取り組むならば、経済価値に基づく経営は投資家との過不足ない期待に即した対話を可能とするとともに、将来の成長を生み出す原動力ともなり、企業価値の質を高める好循環が期待できる。
経済利益は、経済産業省の「成長投資ガイダンス(案)」でも登場するなど、実務に浸透している概念であり、19世紀の英国の経済学者であるアルフレッド・マーシャルに遡る概念である。企業が真に創出する経済的な利益を指し、特に1980年代以降、「残余利益」、「経済的付加価値(Economic Value Added,EVA)」、「経済利益(エコノミック・プロフィット,Economic Profit,EP)」といった様々な名称によって提唱され、一部は商標権によって保護されつつ、着実に浸透してきた。その本質的な概念は、資本コストを超過する価値の創出であるという点で一貫している。資本コストとは、ノーベル経済学賞を受賞したフランコ・モジリアーニとマートン・ミラーが1958年に定式化した、資本を提供する投資家がリスクを考慮して期待する収益率である。「資本コスト」という言葉は、2018年のコーポレートガバナンス・コードの改訂時に登場し、その後2021年の再改訂と今夏に成立予定の3回目の改訂でも維持されている。今回の改訂では、資本コストを踏まえるという文脈の主語が初めて「取締役会」と明記され、その役割が強調されている(図表1)。
経済利益の考え方によれば、企業は、事業を営むことで会計上の黒字を計上するだけでは十分ではなく、その事業に投下された資本に対するコストを負担した後に残る利益こそが、真の利益である。黒字であることは必要条件であるが十分条件ではない(資本コストを下回る利益水準は「価値の破壊」を意味する)とは、企業にとっては厳しい発想でもあるが、会計は資本コストを統一的に認識しているわけではないので(たとえば支払利息は損益計算書に費用として計上されるが、配当は利益処分として株主資本等変動計算書に計上される)、会計上の利益の調整手法として必要とされてきた。
資本コストは、端的にいえば資本市場で決定されるものである。企業に対して株式や負債という形で資本を提供する投資家全体としての期待収益率であり、株式と負債の期待収益率を時価で加重平均して求める加重平均資本コスト(weighted average cost of capital, WACCともいう)に一致する。「期待」が含まれる以上、市場で期待収益率が上がれば資本コストも高まる。また、インフレによってベースとなる金利水準が上昇すれば、やはり資本コストも高まる。期待とは、市場の将来見通し、リスクの評価や競合企業との相対的な比較を踏まえたものであり、株式のベータや市場ポートフォリオの収益率など各種の市場指標を参照して客観的に求めたはずの指標が、投資家の期待を満たしていないという乖離も起こり得る。
総じて、企業の想定する資本コストよりも投資家が想定する期待収益率の方が高い現象が見られ、たとえばROEと資本コストを比較した企業と投資家へのアンケートによれば、「ROEが資本コストを上回っている」と回答した企業が54.8%であったのに対して、投資家では2.5%にとどまり、逆に「下回っている」と回答した企業が27.7%であったのに対して、投資家では50.0%に上った。これは買い手(資本を低コストで調達したい動機を持つ)と売り手(資本を高リターンで供給したい動機を持つ)の差異であり、最終的には資本市場の需給によって均衡すると考えられるが、両者の間には常に緊張関係が存在していることが分かる。
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