PwC Intelligence ―― Monthly Economist Report

ガバナンス・インサイト・シリーズ―価値創造経営― vol.2:戦略的なレジリエンスへ―企業評価の枠組みの変容(2026年6月)

  • 2026-06-11

サステナビリティの概念は、OECDや日本のコーポレートガバナンス・コードに盛り込まれるなど、企業経営におけるひとつの柱となっている。特に現在は、サプライチェーンの強靭性、AI・データやエネルギーなどの重要インフラへのアクセスの安定性、地政学的リスクや経済安全保障の観点を包含するレジリエンス(柔軟性を併せ持った、強靭な復元力)に重点が置かれた、より包括的な概念に拡大しており、サステナビリティの文脈においても事業基盤の脆弱化や市場の不安定化に対処する強靭さが問われる。

レジリエンスの構築やそれに伴う投資は、複雑な環境変化に対応するための企業の合理的な戦略判断の一環として位置付けられる。企業に対する投資家の視点も複線化し、環境変化に対する企業固有の適応能力や変革能力を含めた、企業評価の枠組みにも影響を与えている。環境の変化自体が常態化している現状を踏まえれば、企業経営においては、戦略的な投資や経営資源の配分の合理的な判断を通じて、不測の事態に対する適応能力や変革能力を向上させることが重要である。

1. サステナビリティの変容

(1)企業の戦略判断への組み入れ

現在、レジリエンスを包含する広い意味で「サステナビリティ」という概念を捉えた場合、その理解や含意については、企業や産業、政府において百家争鳴の状態といえる。しかし、その中でも重要な変化は、実質的な企業経営の観点で、サステナビリティという言葉が示す事柄自体が、重要ではあるものの次第に企業において特別な考慮を必要とするものではなく、通常の合理的な戦略判断の一要素として定着しつつあることである。サステナビリティに関する戦略決定は、新規市場への参入や、設備投資・研究開発のような他の経営上の意思決定と並んで、経営上の合理的な戦略判断のプロセスに組み込まれている(図表1)。これはいわば、戦略上の位置付け、企業価値へ与えるインパクト、投資やリスクなどの面において「守り」から「攻め」への観点に転じるかのような動きである。2010年代以降、より専門的な響きのあるESG(environmental,socialandgovernance:環境、社会、ガバナンス)という言葉も用いられてきているが、もともと一般的な言葉であるサステナビリティは、ESGと併存しながらも、より多様な概念を包摂しつつ、戦略的な判断へ組み込まれているといえる。

たとえば、温室効果ガスの排出を削減する取り組み(従来のESGでいえばE:環境に相当する)は、競合他社の動向や、技術変化のスピードと導入コスト、関連する規制の予測、実行と様子見のリスクのバランスなど様々な要素を考慮しながら行われ、このこと自体は、他の設備投資や研究開発の判断と変わるところはない。同様に、従業員のケアの取り組み(S:社会に相当する)は、企業価値の成長に好影響を与えることが知られており、日本企業においても取り組みや開示の重要性が高まっている。これも、より具体的に、人的資本への投資の有効性という観点での判断といえる。また、取締役会の独立性の強化(G:ガバナンスに相当する)も、コーポレートガバナンス・コードの改訂や会社法の改正を踏まえた、独立社外取締役の選任や法令上または任意の委員会設置などの取締役会の設計・運営の問題として位置付けられる。このように、汎用的なスローガンでなく個別に分解した上で判断することは、競争市場や規制環境を踏まえた短期的・中長期的な利益や、コストとリスクに基づく企業の通常の戦略判断と何ら変わるところがない。ESGの各要素が、既に企業の通常の合理的な判断に組み込まれているという意味で、ある言説では「ESGの終焉」とすら呼ばれる。

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執筆者

朝岡 大輔

シニアエコノミスト, PwCコンサルティング合同会社

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