中国は、2025年5月20日より、民間経済の発展に特化した基本法である「民営経済促進法」を施行した。中国国内では、これまで国内経済を適切にコントロールしつつ政策運営が重ねられてきた結果、中国政府当局による政策の恩恵が国有企業に集中する「国進民退」の傾向が顕在化している。もっとも、足元の中国を取り巻く経済環境は厳しい状況が続いているうえ、中国政府当局は速いペースで進展する人口減少や少子高齢化といった課題を抱えており、長期的な観点からも経済成長を維持・安定化させるべく、社会の安定も見据えた質の高い経済成長を維持する難しいかじ取りが求められている。
こうした問題意識の下、今般の「民営経済促進法」をはじめとして、足元では中国政府当局から民営企業へのテコ入れ策が相次いで打ち出されている。これらの政策には国有企業と民営企業双方の発展を重視するスタンスがうかがえ、中国政府当局として経済や産業に対する適切なコントロールを維持・強化しつつも、民営企業を支援していく意向を打ち出している。もっとも、従来からの国有企業を優先するイデオロギーや既得権益層の抵抗が妨げとなる可能性もあり、どこまで公平かつ平等な市場環境の下で民営企業への政策支援が実現するのか見極めがたい。中国が中長期的にも安定した経済成長を実現するためには、国有企業と民営企業の平等かつ公平な市場環境を整備するとともに、成長力や将来性のある民営企業に対して安定的な経営環境を保証しつつ、具体的な“優遇”を打ち出すといった思い切った政策を模索する余地があるように思われる。以下では、中国国内の国有および民営企業を取り巻く歴史・経緯のほか、「国進民退」の傾向が根強く存在する中国の経済動向を確認しつつ、「民営経済促進法」の背景や狙いからうかがえる今後の展望について筆者の見解を述べていく。
2025年4月30日、「民営経済促進法」が正式に公布され、5月20日に施行された。「民営経済促進法」は中国で初めて民間経済の発展に特化した基本法で、全9章全78条から構成されている。ここでは、「2つのゆるぎない原則(両个毫不動揺)」(国有経済の強化と民営経済の発展支援)の遵守が法律として明文化されており、平等な扱いと公正な競争、企業の「資金調達難」の解決、国家の主要な技術研究を主導する民間企業の支援、権利保護の強化とサービス保証の最適化、法執行の標準化といった点が明示されている。この「2つのいささかも揺るがない」政策を堅持し実現するとのメッセージは、2024年7月に開催された「3中全会」で示された「決定」にも明記されており、中国にとって国有経済と民営経済のいずれも重要であるということを示しているものである。
振り返ると、党中央と国務院は2023年7月14日付けで、「民営経済の発展と成長の促進に関する意見」(以下、「同意見」)を発表した。いわゆる「民営経済31条」と呼ばれるもので、これまで国有企業に用いていた「做強做優做大」(より強く、より優れ、より大きく)という表現を民営企業にも使用し、民営経済の推進に対する本気度を指し示したことが大きな特徴である。「同意見」には、主に公平な競争環境や企業の権利保護などについて盛り込まれている。具体的には、民営経済に関する(1)発展環境の最適化、(2)政策支援の強化、(3)法的保障の強化、(4)発展環境の改善、(5)人材の健全な成長、(6)社会的雰囲気の醸成、(7)組織的実施の強化などについて、計31項目を挙げている。民営経済が「中国式現代化」を推進する新たな力として発展できるよう、市場参入障壁の撤廃や公平な競争政策・制度の実施、資金調達をサポートする政策・制度の改善を打ち出し、国有・民営との所有制の違いによる差別の是正に取り組んでいる。
こうした方針の下、習近平政権が民営経済のテコ入れを急ぐ背景としては、足元の中国を取り巻く国内外の経済環境が厳しい状況を続けていることがある。加えて、昨今は米国ほか先進諸国との間で経済安全保障の観点から対中デカップリングやデリスキングの動きが強まる中、「自立自強」によるサプライチェーンの再構築のほか、半導体やAIなどハイテク分野において技術の国産化に注力している。こうした動きは国有企業だけで実現しうるものではなく、新しい技術やイノベーションに優れた民営企業の力が必要不可欠となっているとも言える。今年2月には、習近平国家主席が中国を代表する民営企業トップらと面会する機会を実現するなど、民営企業に期待し、支援していく姿勢を強く打ち出している。
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