中国で2024年11月4~8日に開催された全国人民代表大会常務委員会で、景気回復に向けた追加の財政政策の一環として、政府当局は地方政府が抱える「隠れ債務」処理のため、今後5年間で10兆元を投じる旨を承認した。中国では9月以降相次いで景気刺激策が打ち出されているが、足元では経済回復の糸口を見出しきれない状況下、もう一段の積極的な財政・金融政策が期待されていたなかでの大規模な施策とも考えられる。政府当局の景気回復に向けた強い意志が感じられる一方で、金融市場で期待されたような直接的な需要刺激策ではなかったこともあり、2025年の経済減速の可能性も踏まえると、ここで得られる政策効果は十分とは言い切れないとの指摘もある。以下では、今般公表された「10兆元」施策の概要と期待される効果を踏まえつつ、中国経済の今後の方向性などについて筆者の見解を述べていく。
11月4~8日に開催された全人代常務委員会で、中国政府当局は「地方政府の債務上限を引き上げ、隠れ債務を置き換えることに関する議案」1を可決した。足元の中国経済は個人消費の伸び悩みと長引く不動産不況の影響から停滞しているなか、景気浮揚に向けた追加財政政策の一環として、地方政府が抱える「隠れ債務」対策に今後5年間で10兆元(約210兆円)を投じることを決めたものである。ここで「隠れ債務」について考えるため過去を振り返ると、中国では経済改革開放政策の下で高度経済成長が数十年に亘って続いたなか、都市部に人口が流入し都市化が進展するに伴い住宅に対する旺盛な実需が顕在化した。さらには、中国国内では個人の資産運用の手段が限定的であったことから、利殖の材料として投資もしくは投機の動きも高まった。こうした市場環境下、旺盛な住宅需要を見込んだ不動産開発事業者は金融機関からの借入に大きく依存した事業拡大を積極的に進めるとともに、地方政府は宅地開発用の土地使用権の売却を通じて財源を確保してきた。中国の地方政府による財政収入の約4割が土地使用権の売却によるものであり、中国の地方政府の財政は土地使用権の売却益へ大きく依存しており、地方政府と不動産業者は足元で長引く不動産不況に直面し、厳しい環境を余儀なくされている。
また、中国では、地方政府自体は銀行からの直接借入が厳しく制限されている。このため、本来は地方政府債務とすべきものを地方政府に代わって都市インフラ整備向けの資金という形で調達する存在として「地方政府融資平台(Local Government Financing Vehicles:LGFV)」が活用されてきた。ここでの借入は企業債務に分類され、地方政府の債務統計に反映されないが、証券会社や投資信託など投資家からは一般的に地方政府が最終責任を負う「暗黙の政府保証」があると考えられている。すなわち、「隠れ債務」とは、本来地方政府債務とすべきであったものを地方政府融資平台が肩代わりしたものとも考えられる。国際通貨基金(IMF)によれば、地方政府融資平台が抱える債務は足元5年でほぼ倍増し、2023年時点で約66兆元(約1,320兆円)に達していると推計されている。公表されている中央および地方政府債務(同69兆元)に迫る水準となっており、いわゆる政府の「隠れ債務」の温床となっている。地方政府融資平台による公共インフラ事業には不採算案件も少なくないうえ、足元では長引く不動産不況の影響により地方政府の財政は逼迫している。こうしたなか、政府当局にとって、「隠れ債務」のデフォルトといった事態を回避し、中国国内で金融不安に陥らないよう対応していくことが重要な課題になっていると言える。
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