2023年4月9日。植田和男氏が10年間総裁を務めた黒田東彦氏の後を引き継いで第32代の日本銀行総裁に就任した。そして4月27日・28日の両日に植田新体制の下で最初の金融政策決定会合が開催された。本稿では黒田前総裁の10年間の金融政策の評価を行いつつ、植田新総裁の下での日銀の金融政策の課題について述べることにしたい。
黒田前総裁の10年間の金融政策の出発点は、安倍政権の経済政策(アベノミクス)にある。黒田日銀の金融政策を考える際には、①黒田日銀の金融政策がアベノミクスという政策パッケージの一環であり、安倍晋三元首相のリーダーシップなくては開始すらそもそもあり得なかったこと、そして②デフレからの完全脱却(2%の物価安定目標の達成)には金融政策・財政政策・成長政策の3本の矢が十全に成果を上げることが必要であったこと、以上の前提条件を認識しておくことが重要である。
こうした認識に基づき、アベノミクスとは何かという点から話を始めよう。アベノミクスとは「大胆な」金融政策、「機動的な」財政政策、「民間投資を喚起する」成長戦略の3つからなる政策パッケージである。金融政策と財政政策は、景気変動の波を安定化させ、ケインズの言う「準好況状態」を維持し続けるための「経済安定化政策」に位置付けられる。成長戦略は、生産のために必要な資源をより効率的で無駄のない形で使用できるようにし、生産性の底上げを図るための「成長政策」である。経済政策には経済安定化政策、成長政策以外にも税や社会保障といった手段を通じて社会の公平度を高める「所得再分配政策」があるが、アベノミクスは経済安定化政策と成長政策の2つを駆使するという意味で成長に特化した政策パッケージである。
そしてアベノミクスを考える際には、金融政策、財政政策、成長戦略の3つの政策の関係を押さえておくことが必要だ。「大胆な」金融緩和政策なくして「機動的な」財政政策を行えば円高につながり財政政策の効果は減少してしまうし、「投資を喚起する」成長戦略が実を結ぶには、「大胆な」金融政策を通じて企業が予想する実質金利を低位で安定することが必要である。こうした意味で「大胆な」金融政策はアベノミクスが予定通りの効果を挙げるための必要条件である。しかし「大胆な」金融政策はアベノミクス成功のための十分条件ではない。「大胆な」金融政策が十全に機能する中で、適切な財政政策、成長戦略を行うことが肝要なのである。
金融政策(第1の矢)、財政政策(第2の矢)、成長戦略(第3の矢)はどのような形で経済に影響を及ぼしていくと考えられるのだろうか。図表1は3本の矢の関係を図示している。横軸が時間であり、縦軸が実質GDPを示す。
図では時間軸に沿って第1の矢、第2の矢、第3の矢が順番に書かれている。アベノミクス前の2012年末の日本経済は、潜在GDPが実質GDPを1.8%程度上回る状態(デフレギャップ)にあった。デフレギャップが存在する場合には第1の矢である「大胆な」金融政策・第2の矢である「機動的な」財政政策で実質GDPを増やすことで潜在GDPのレベルまで実質GDPを拡大させることが可能となる。第2の矢は即効性はあるものの、持続性には乏しい。一方で第1の矢は即効性は乏しいものの、時間が経過する中で徐々に効果を高めて持続的に日本経済に好影響を及ぼしていく。図中ではまず第2の矢の影響が働き、その後に第1及び第2の矢の影響が、そして第1の矢の効果が働くとしているが、これらは以上の理解を反映している。そして第3の矢の役割は日本の潜在成長経路を引き上げることにある。デフレギャップが存在する状態では、第1の矢及び第2の矢で潜在成長率以上の成長率を達成することが可能だが、デフレから脱却することが可能となれば実質GDP成長率は潜在成長率の動きに沿った形で推移すると考えられる。第3の矢には潜在成長経路を引き上げることで実質GDPをより高い水準に導く可能性を高めることが期待されていたのである。
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