医薬品業界の10年後の未来像――競争優位の再編と日本企業のグローバル経営の行方(中)

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  • 2026-09-04

医薬品業界では、今後10年で「何が競争優位になるのか」が大きく変わろうとしています。人口・疾患構造、薬価制度、医薬品開発制度、AI・デジタル技術、地政学リスク、患者中心主義とデータ連携は、それぞれ独立した論点ではありません。これらが相互に作用しながら、医薬品業界全体の競争構造を変えつつあります。

もっとも、こうしたマクロ環境の変化を認識するだけでは、各企業がどのような戦略を選択すべきかは見えてきません。同じ医薬品企業であっても、どの市場を主戦場としているのか、どこまで自社機能を保有しているのか、どの疾患領域へ集中しているのか、どの程度グローバル展開しているのか、外部エコシステムをどのように活用しているのかによって、構造変化から受ける影響は大きく異なります。本稿では、対象市場、自販体制、疾患領域戦略などの観点から日本医薬品企業を類型化し、欧米大手グローバルメガファーマを中心とする外資系医薬品企業との比較を通じて、日本企業の現在地を明らかにします。

図表1:日本医薬品企業の4類型―対象市場×自販体制×疾患領域戦略―

日本医薬品企業の4類型 ―対象市場×自販体制×疾患領域戦略―

出所:PwC作成

日本企業の類型化では、企業規模や売上高ではなく、「どこで価値を獲得するのか」「どこまで機能を自社で保有するのか」「どの領域へ経営資源を重点配分するのか」という3つの観点が重要になります。本稿では、国内市場に強固な営業基盤を持ち、幅広い疾患領域で事業を展開する「国内中心・複数領域型」、国内市場での自販を事業の中心とし、特定疾患領域で競争力を構築する「国内中心・特定領域特化型」、グローバル市場で研究開発から販売までを一体的に運営する「グローバルメガファーマ型」、特定疾患領域や独自技術に経営資源を集中し、グローバル市場を前提として外部連携を活用する開発・商業化の全体戦略を主体的に設計する「グローバルスペシャリティファーマ型」の4つに整理しています。重要なのは、これらの類型に優劣を付けることではありません。それぞれが異なる競争構造の中で成立しており、今後は自社がどの類型を志向し、その類型に必要な能力を構築できるかが問われます。

4類型の中でも、今後の競争構造を考える上で示唆が大きいのが、グローバルスペシャリティファーマ型に含まれる「統合主体」という論点です。創薬、開発、製造、販売を外部と連携して構築することは、医薬品企業にとって重要な経営選択肢の1つとなっています。しかし、分業化が進むほど価値が均等に分散するわけではありません。むしろ、創出された価値を誰が統合し、開発、商業化、市場アクセス、価格戦略、エビデンス創出、患者接点まで含めた患者価値へ転換できるかが、今後の競争優位を左右します。これから問われるのは、単に薬を創る力だけではありません。外部の技術や機能を組み合わせ、開発、商業化、市場アクセス、患者価値までを一体として設計する力が重要になります。

一方、外資系企業の強さは、単一の要因だけでは説明できません。重要なのは、研究開発費やM&Aの規模差そのものではありません。資本力、外部イノベーションの取り込み、米国市場での収益獲得、グローバル商業化が一体となり、次の成長投資へつながる循環を形成している点にあります。

図表2:外資系医薬品企業の強さの源泉-1

外資系医薬品企業の強さの源泉 -1

出所:SPEEDAよりPwC作成

外資系企業では、研究開発、事業開発、資本市場、グローバル販売が一体化しており、M&Aが単発施策ではなく経営モデルの中核機能として存在しています。また、スタートアップ、アカデミア、AI企業、CDMO、データ企業などを含む外部エコシステム全体を活用する方向へ進化しています。現在では、競争優位は「どれだけ自社内に機能を保有しているか」ではなく、「どれだけ外部の知識・技術・データを統合できるか」へ変化しつつあります。

図表3:外資系医薬品企業の強さの源泉-2

外資系医薬品企業の強さの源泉 -2

出所:JST研究開発戦略センター(CRDS)「創薬のオープンイノベーションの潮流」を基にPwC作成

外資系企業の強さを支えてきたもう1つの要素が、米国市場を軸とした高い収益獲得能力です。米国市場では、高い薬価設定が可能であることに加え、新薬アクセスの早さ、幅広い患者基盤、適応拡大の機会、保険者との交渉を通じた市場浸透などが組み合わさることで、高い収益性が実現されてきました。そのキャッシュフローは研究開発投資、大型M&A、AI投資、データ基盤整備、グローバル商業化体制、Market Access機能強化などへ再投資され、競争優位をさらに強化する好循環を形成してきました。

もっとも、外資系企業の競争構造も変化にさらされています。米国では薬価交渉制度や流通改革をめぐる議論が進み、欧州でも医療技術評価の枠組みが変化しています。さらにAI活用の進展により、創薬から開発、商業化までの競争条件も変わりつつあります。今後の競争で問われるのは、どれだけ大きな企業かだけではありません。どの市場を主戦場とするのか、どの競争構造を選択するのか、創薬バリューチェーンのどこで価値を獲得するのかという点を含めて、企業機能の再設計やバリューチェーン上で担う役割の再定義が問われる可能性があります。

日本企業に求められるのは、外資系企業の組織モデルをそのまま模倣することではありません。日本企業は、日本市場を基盤として成長し、長期的な研究開発、品質保証、安定供給、人材育成といった独自の強みを蓄積してきました。一方で、グローバル市場におけるMarket Access機能、Payer対応機能、外部エコシステム統合能力、グローバル意思決定速度などには強化の余地があります。したがって、日本企業が蓄積してきた強みを維持しながら、AI、データ、患者アクセス、外部エコシステム、グローバル市場戦略とどのように結び付け、新たな競争優位へ再編集するかが重要になります。

今後10年の医薬品産業において最も大きな変化は、「医薬品企業とは何を提供する企業なのか」という問いそのものが変わることにあるのかもしれません。その方向性の1つとして考えられるのが、自社が強みを有する疾患領域において、医薬品、患者データ、臨床エビデンス、医療現場との接点を結び付け、専門性を軸に価値を設計していくことです。将来、医薬品企業の役割は、製品提供を超えて、エビデンス、患者接点、外部エコシステムを統合する方向へ広がる可能性があります。確かなことは、未来の競争優位は過去の成功モデルをそのまま延長するだけでは生まれにくいということです。創薬力に加えて、薬剤価値を証明する力、患者に届ける力、外部エコシステムを統合する力、社会から信頼を獲得する力をどのように組み合わせるかが、次の競争優位を左右します。

下巻では、本稿で整理した日本企業の現在地を踏まえ、AI・データ時代に医薬品企業の競争優位がどのように変化するのか、そして今後10年に向けて日本企業がどのような価値提供モデルを構築し得るのかを考察します。

医薬品業界の10年後の未来像――競争優位の再編と日本企業のグローバル経営の行方(中)

( PDF 1.64MB )

執筆者

ヴィリヤブパ プルック(エディ)

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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宮崎 勝年

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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松村 美乃

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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