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医薬品産業は研究開発から新薬の承認・上市までに約9〜17年を要する長期産業であり、企業の投資配分や研究開発戦略は短期的な市場変動ではなく、10年以上先の制度・技術・市場構造を見据えて設計される必要があります。本稿は、世界の医薬品産業を取り巻く構造変化を俯瞰した上で、日本企業が今後直面する競争環境と、その対応の方向性を整理することを目的としています。
現在、世界の医薬品産業は複数の構造変化の重なりの中にあります。本稿では、これらを6つの潮流として整理しました。
世界的な高齢化の進展により、がん、免疫疾患、希少疾患などへ比重が拡大しています。(図表1)。これに伴い、医薬品市場は高付加価値医薬品中心の構造へと移行し、遺伝子治療や細胞治療などの先端モダリティへの研究開発投資が拡大しています。
図表1:希少疾患用医薬品市場の推移
薬価制度そのものは各国の医療制度に依存して多様ですが、外部参照価格制度、医療技術評価(HTA)、政府による価格交渉などの政策手段は国際的に拡散しており、結果として薬価水準や価格抑制は徐々に国際的な収斂傾向を示しつつあります。米国ではインフレ抑制法(IRA)に基づくメディケアによる医薬品薬価交渉制度が導入され、政府が医薬品価格に直接関与する仕組みが整備されました。さらにトランプ政権では、米国薬価を他国の最低価格に連動させる最恵国待遇(MFN:Most Favored Nation)薬価モデルが提案されています。米国薬価が国際参照価格に連動する可能性を提示した点で世界の薬価構造に大きな示唆を与えています。もし米国薬価が国際参照価格などを通じて実質的に国際価格と連動する仕組みとなれば、日本や欧州の比較的低い薬価が米国の価格形成に影響を及ぼす可能性が高く、その結果、各国の薬価政策は単なる国内制度にとどまらず、グローバルな医薬品価格構造の一部として、より相互に影響し合う関係となり得ます。
欧州では2025年から、共同臨床評価(JCA:Joint Clinical Assessment)が導入され、医薬品の価値評価は単なる臨床的有効性だけでなく、既存治療との比較評価や医療経済評価を含めた形で判断される方向へ進んでいます。企業は開発初期段階からHTAを意識したエビデンス戦略を設計する必要があり、研究開発戦略と市場アクセス戦略の統合が不可欠となりつつあります。
一般に医薬品企業は最大市場である米国の制度動向を重視する傾向があり、欧州規制は相対的に優先度が低いと見なされることも多い状況です。しかし、欧州の制度変化は単なる地域規制にとどまらない可能性があります。JCAにより欧州におけるHTAが統一されることで、欧州市場における価格形成や価値評価の基準がより明確化され、その価格水準は国際参照価格を通じて他国の薬価にも影響を与える構造を持つからです。
さらに近年の米国政策では、国際価格を参照する仕組み(MFN政策や各種価格比較モデル)が議論されており、欧州や日本の価格水準が間接的に米国価格に影響する可能性も指摘されています。このように、HTA、価格参照、米国価格政策が相互に連動することで、医薬品の価値評価は地域制度を超えてグローバルに連鎖する構造へと移行しつつあります。
AI創薬、リアルワールドデータ(RWD)、分散型臨床試験(DCT)などの技術は、創薬プロセスそのものを変えつつあります。AIはターゲット探索や候補化合物の選定など研究初期段階において重要な役割を担い始めており、開発期間短縮や成功確率向上によって創薬コストを大幅に削減する可能性が指摘されています(図表2)。
図表2:AI創薬市場の推移とAI活用の効果事例
医薬品原薬(API)の生産は中国やインドに集中しており、供給網の集中は世界的なリスクとして認識されています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行を契機に医薬品供給は国家安全保障の観点から重要視され、多くの国が国内生産や供給網の多様化を進めています。2025年に米国で成立したBIOSECURE法も関連して、今後、医薬品産業では「供給の信頼性」が企業競争力の重要な要素となる可能性が高いです。
デジタル技術の進展により、医療データの活用が急速に進んでいます。医薬品企業は単に薬剤を提供する主体から、患者データや生活データを活用し医療価値を共創する主体へと役割が広がりつつあります。今後は患者データ活用能力が企業競争力を左右する要素となる可能性があります。
これら6つの潮流を踏まえると、日本医薬品産業は重要な転換点にあります。日本市場は一定の規模を有するものの、成長率は欧米より低く、研究開発投資の伸び率も米国、欧州、中国と比較して大きく劣後しています。さらに薬価改定の頻度の高さや価格水準の低さにより、企業が投資を回収できる実効特許期間は米国や欧州より短く、研究開発投資の回収環境は厳しいです。
このような環境の中で、未来の医薬品企業には下記の5つの機能を備え、さらに統合する能力が必要です。つまり、未来の医薬品企業が備えるべきは、エビデンス設計力、流通・契約の透明性を担保する運営力、供給レジリエンスを経営指標化する能力、AIとRWEを統合し“時間価値”を経営に取り込む力、患者データを価値に変換する実装能力、その価値を薬価に反映させられるか、これらを統合した企業オペレーション力です(図表3)。
図表3:未来に備えて医薬品企業が備えるべき能力
同時に、日本市場における政策面でも重要な転換が求められます。本稿では、薬価政策に焦点を当てていますが、医薬品を社会保障費の一部としてのみ捉える従来の政策枠組みには限界があることを指摘しています。医薬品は医療費の構成要素であると同時に、研究開発投資、雇用創出、技術革新を生み出す成長産業であり、パンデミックや地政学的リスクといった有事においては、国民の生命を守る社会インフラとして機能します。したがって薬価政策は、単なる医療費抑制の手段としてではなく、産業政策および経済安全保障の観点を含めて再設計される必要があります。
高齢化が急速に進む日本においては、今後、薬価政策も一律の抑制ではなく、「医療費抑制の対象となる領域」と「将来のイノベーションを支える戦略的投資領域」とを明確に区分する方向へ進んでいくと考えられます。
さらに、これからの医薬品産業では、革新的医薬品を創出する研究開発力だけでなく、制度変化への適応力、データ活用力、さらにはサプライチェーンの強靱性を含む供給の信頼性などを統合した総合的な事業実行能力が、企業競争力を左右する重要な要素となるでしょう。
本稿は、このような構造変化を踏まえ、日本企業が次の10年に向けて構築すべき戦略に関する示唆を提示します。
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