PwCコンサルティング合同会社(以下、PwC)は、2025年2月からセミナーシリーズ「人的資本経営の新たな潮流を紐解く」を開催。第2回では「人材ポートフォリオ・マネジメント」をテーマに、PwCコンサルティング合同会社ディレクターの加藤守和と同シニアマネージャーの高田健太郎、Beatrust株式会社共同創業者の久米雅人氏が、多くの企業が抱える人材ポートフォリオの構築やマネジメントの課題とそのアプローチについて語りました。
(左から)加藤 守和、久米 雅人氏、高田 健太郎
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 加藤守和
私がPwCコンサルティングでクライアントと接していると、人材ポートフォリオ構築を検討される背景には主に4つの理由があることがわかります。
第1に「事業ポートフォリオ転換の推進」。経営環境が急速に変化する中で、成長事業の加速や成熟事業の縮小など、事業構造の変革を人材面から支える必要性が高まっています。特に日本では解雇規制が厳しいため、現有人材を守り、スキル転換を進めていくことが重視されています。
第2に「特定専門領域の強化」があります。デジタルやGX(グリーントランスフォーメーション)といった専門領域での人材獲得が、企業競争力の源泉となっています。専門力が問われる時代において、必要なスキルを保有する人材をどれだけ確保できるかが重要です。
第3は「自律的なキャリアの促進」です。社員が自らキャリア選択できるよう、企業として必要な人材要件を開示する必要があります。これにより社員に機会が与えられ、エンゲージメント向上にもつながります。
最後に「人的資本の開示要請」があります。投資家は企業の成長性を見る上で、見えない資産である人的資本を非常に重視しています。人材ポートフォリオは人材戦略の中核として、社会的にも開示が期待されています。
しかし、経済産業省の調査によれば、70%強という多くの日本企業が動的な人材ポートフォリオの重要性を認識しながらも、具体的なアクションに移せている企業は少ないのが現状です。PwCの調査でも、量と質の両面で人材ポートフォリオを構築できている企業はわずか6%にとどまっています。
企業の最大の課題は「経営戦略と人材戦略の連動」で、全体の82%が課題として認識しています。次いで「必要な人材の要件定義」(55%)、「自律的なキャリア構築の支援」(49%)と続きます。
私がさまざまな企業支援を通じて感じる人材ポートフォリオ構築のハードルは主に3つあります。まず1つ目は「経営・事業戦略の曖昧さ」です。戦略が曖昧なため人材要件に落とし込めないケースが多いのです。2つ目に挙げられるのが「概念レベルでの足踏み」で、何から着手すればよいかわからず、検討が進まない状態を指しています。3つ目が「データの不在」。社員のスキルや志向性に関するデータがなく、あるべき姿と現状のギャップが把握できないことが挙げられます。
これらの課題を解決するため、次の3つの方策を提案しています。
今後の人的資本経営において、戦略実現のドライバーとなる人材ポートフォリオの構築は避けて通れません。ぜひ、本日の講演を参考に人材ポートフォリオの構築を検討ください。
PwCコンサルティング合同会社 加藤 守和
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 高田健太郎
人材ポートフォリオ・マネジメントは、3つの要素から構成される「3階建て」の仕組みとして捉えることができます。これらを連動させることで、動的な人材ポートフォリオ・マネジメントが実現できます。
第1に、人材ポートフォリオは経営・事業戦略と連動させる形で構築します。そして、目指すべき姿(To Be)と現状(As Is)のギャップを把握し、それを継続的にアップデートすることが重要です。
第2に、人材ポートフォリオを「絵に描いた餅」にしないために、採用・配置・育成・代謝といった人材マネジメント施策を連動させていく必要があります。また、一度決めた施策を固定せず、柔軟に見直しながら優先順位をつけて実行することが大切です。
第3に、これらを支える推進基盤として、適切な体制構築が不可欠です。経営層を巻き込み、事業部門と連携するため、本社人事だけでなく事業部付の人事(HRビジネスパートナー)の役割も重要になります。さらに、人材情報を可視化するシステムも必要です。
この「3階建ての全体像」を意識しながら取り組むことが、動的な人材ポートフォリオ・マネジメントの実現につながります。
そもそも人材ポートフォリオとは、経営・事業戦略を実現するために必要な人材の質と量の構成を可視化したものです。人材戦略を議論・推進するためのツールと言い換えることもできます。
作成にあたっては、目的に応じて3つのポイントを押さえることが重要です。
1つ目は「スコープ」です。全社を対象とするのか、注力領域に特化するのかを明確にします。事業転換に連動する人材構造などを目的とする場合は全社ポートフォリオ、専門領域の強化を目的とする場合は注力領域ポートフォリオが効果的です。
2つ目は「人材タイプの軸」です。人材タイプは、事業戦略の実現に必要な人材を可視化しやすい形で設定・区分していきます。例えば、ある金融業の事例では、「新たなリテールサービスを展開する」という戦略に対して、「デジタルサービスの拡充」などの具体的な施策・機能を挙げ、そこに必要な人材として「戦略・事業企画人材」「DX人材」といった人材タイプを定義していきました。また、会社の人事制度上の職種を活用しながら、戦略上重要な領域のみ、細分化して人材タイプを定義するようなケースもあります。人事制度上の職種とのつながりを持たせることにより、人員数の可視化・管理がしやすくなるというメリットがあります。
3つ目は「人材タイプの粒度」です。全社人材ポートフォリオ策定時は粗く設定し、注力領域のポートフォリオ策定時はスキルの軸で細かく設定するなど、目的によって粒度を変えていくことがポイントとなります。
ポートフォリオを描いたら、次はAs IsとTo Beの人員数の算出、そしてギャップの見極めを行います。To Beは事業目標や生産性指標から算出していきます。
As IsとTo Beのギャップが明確になったら、どのような人材マネジメントの施策により、そのギャップを解消していくかを検討します。人材ポートフォリオにおける人材マネジメントのポイントは大きく2つあります。第1のポイントは「脱一律」です。日本企業ではゼネラリスト中心の組織運営の中で、公平・一律に人材をマネジメントする方法が根強く残っています。しかし、求める人材が多様化し、人材獲得競争も激化する中では、「脱一律」で、人材タイプごとに施策を考え、優先順位をつけて対応していかなければ必要な人材をタイムリーに確保することはできません。
また、第2のポイントは「分散と統合」です。人事施策の検討・実行において、採用・配置・育成などの機能別に最適化するのが一般的ですが、人材ポートフォリオにおいては、人材タイプごとに採用・配置・育成などの施策を統合的に検討していくことが効果的です。これにより、迅速に人材を確保していくことが可能となります。
人材ポートフォリオ・マネジメントの取り組みは、一足飛びに完璧を目指すのではなく、まずは重要な領域から着手し、成功体験を積み上げていくことで推進しやすくなります。
PwCコンサルティング合同会社 高田 健太郎
Beatrust株式会社 共同創業者 久米雅人氏
私からはまず、昨年10月ラスベガスで開催された、世界最大のHRテックカンファレンス「HR Technology Conference & EXPO」でつかんだトレンドについてご説明します。
1つ目はAIのHR領域への浸透です。採用、社内異動、組織設計、学習・人材開発、パフォーマンス管理など、あらゆる領域で活用されています。最近ではよりパーソナライズされた従業員体験を提供することが求められ、ChatGPTに代表されるようなチャットボット型のソリューションもどんどん登場しています。
2つ目はスキル主導型組織への転換です。米国ではジョブ中心の組織構造から、今後スキルを中心とした組織設計への移行が急速に進んでいます。社員の保有するさまざまなスキルを組み合わせることで、変化の激しいビジネスニーズに柔軟に対応できるようにしようというものです。
3つ目はCHRO(最高人事責任者)の戦略的役割の変化です。企業はどこも人材不足で、生産性と従業員体験の向上が経営課題になっています。事業戦略と人事戦略の連動はより当たり前になってきています。CHROがさまざまな経営判断することになり、その判断を人材ポートフォリオ分析などテクノロジーが支えていくという傾向がみられました。
以上を踏まえたうえで、日本が米国から学ぶべきポイントは何でしょうか。
まず社内人材をいかに最大限活用していくかという点は日本でも重要です。社内人材の流動性を拡大し、スキル主導型組織への転換やHR領域におけるテクノロジーを活用することで、組織と社員をwin-winな状態に近づけます。一方でジョブ型への転換の難しさや、自分のキャリアは会社が作ってくれるという意識の強さなど、日本特有の課題もあります。
Beatrustでは社員の方にスポットライトを当て、社員間の自律的な協業を促すソフトウェアを提供してきました。「People」「Ask」「Share」「Thanks」の4つの機能を持つタレントコラボレーションというソリューションで、現在約4万人以上のユーザー、35万件以上のタグ(スキルや経験を言語化)データが蓄積されています。
一方で、多くの企業が人的資本の可視化に課題を抱えています。スキルマスターの作成が困難であることや、スキルデータの少なさ、データ分析の技術的課題などです。そこで我々は「Beatrust Scout(スカウト)」と「Tag Extraction(タグ抽出機能)」という機能を開発し、AIによって必要なスキルを持つ人材を検索できるようにしました。
Beatrustは今後、風土改革起点の社員のスキル・経験可視化とタレントコラボレーションの確立に加え、生成AIを活用してスキルやナレッジを構造化・可視化する独自のアプローチ「スキルインテリジェンス」を核とし、AIによるスキルマスター作成や柔軟な人材探索の実現を目指します。2025年には社員自身が主体的にキャリア形成できる「Beatrust Career」もリリース予定です。「人と人」「人と機会」をつなげ、人材価値を最大化するプラットフォームへと進化させていきます。
Beatrust株式会社 久米 雅人氏
セミナー後半の質疑応答では、人材ポートフォリオに関する具体的な課題と解決策について議論が交わされました。
まず「脱一律の人材マネジメントは効率が悪くなるのでは」という質問に対し、高田はすべてを脱一律にするのではなく共通部分を持ちつつ、戦略実現に必要な部分を脱一律にすること、またHRビジネスパートナーを設置して個別判断を行う体制づくりが重要だと説明しました。加藤は専門人材獲得のためには一律対応では限界があり、注力領域に予算を集中させることがポイントだと補足します。
久米氏は「HRツールの活用度を高める秘訣」について、直感的に使いやすいユーザーエクスペリエンスの重要性と、推進役となるミドルマネージャーの負担軽減というポイントを挙げました。
また「要員計画と人材ポートフォリオの違い」について高田は、要員計画が主に人件費予算策定のために「数」ベースで議論されるのに対し、人材ポートフォリオは専門性やスキルといった「質」の観点から必要な人材を可視化するものだと説明しました。
さらに「人材ポートフォリオ・マネジメントにおける経営陣の巻き込み方」に関する質問では、加藤は課題を明確にしてテーブルに上げる姿勢や場づくりの重要性を、久米氏は経営者の孤独と理解に立脚したコミュニケーションの効果を強調しました。また久米氏からは、米国企業の人的資本経営が長期雇用や社員教育を重視しているという興味深い指摘もありました。
(左から)加藤守和、高田健太郎、久米雅人氏