地政学リスクの高まりやテクノロジーの急速な進展、サステナビリティ要請の強化など、企業を取り巻く経営環境は、これまでにないスピードで複雑化しています。将来を見通すことが難しい時代において、日本企業には、不確実性を前提としながらも持続的な成長を実現するための戦略とガバナンスの進化が求められています。
こうした問題意識のもと、2025年12月10日、PwCコンサルティング合同会社 ストラテジーコンサルティング部門はセミナー「複雑化するグローバル競争環境を勝ち抜くための日本企業の戦略策定・ガバナンスの在り方とは」を開催しました。本セミナーでは、変化の激しい時代における戦略策定とガバナンスの在り方について、味の素株式会社の実践事例を交えながら、活発な議論が行われました。
セミナー冒頭では、PwCコンサルティング合同会社 パートナーの石本雄一が登壇し、企業経営を取り巻く環境変化について整理しました。従来のように中長期計画を固定的に策定し、その達成を前提として経営を進める手法は、もはや十分に機能しなくなりつつあると指摘します。
実際、世界の主要企業の平均寿命は近年短縮化が進んでおり、多くの経営者が「現在のビジネスモデルが10年後も通用するとは限らない」と認識しています。このような状況下では、「将来を正確に予測することよりも、変化を前提に動的に戦略を見直し続ける力」と「迅速な意思決定を実現する役割・権限が明確なガバナンス」が必要となると強調しました。
続いて石本は、現在の企業経営に大きな影響を与えている5つの潮流を提示しました。
これらは単独で存在するのではなく、相互に影響し合いながら、企業の戦略やガバナンスをより複雑なものにしています。
こうした環境下で、PwCがグローバル企業の実践事例を整理した結果として示されたのが、戦略策定・ガバナンスにおける以下の4つの代表的なアプローチです。
重要なのは、これらのいずれかを固定的に採用するのではなく、自社の事業特性や環境変化に応じて柔軟に組み合わせ、短期・中期・長期の視点を動的につなげていくことです。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 石本雄一
続いて、味の素株式会社 執行役常務 財務・IR担当の水谷英一氏が登壇。水谷氏には、同社が取り組んできたガバナンス改革について、実務の視点から具体的な事例を紹介いただきました。
まず、水谷氏は「ガバナンスは統制のための仕組みとして捉えられがちですが、味の素では価値創出につなげるための仕組みとして位置付けています」と述べ、同社の基本的な考え方を示しました。
味の素株式会社の特徴は、取締役会において財務・資本戦略を重要な議論テーマの一つとして明確に位置付けている点です。単年度や短期の業績達成を目的とするのではなく、5年、7年といった中長期の視点を持ちながら、毎年ローリングで戦略を見直す運営を行っています。不確実性が高い時代だからこそ、前提条件を固定せず、ストーリーを持ちながら取締役会とコミュニケーションをとり、戦略を問い直し続ける姿勢が重要だと水谷氏は語りました。
また、中期の経営ロードマップにおいては、ROICなどの「率」を重視したマネジメントを行っている点にも言及しました。これにより、事業規模の大小に左右されることなく、事業の質や将来性を評価でき、新規事業や成長途上の事業にも適切な資源配分が可能になると説明しました。
さらに、国境を超えたM&Aをリードした自身の経験から、ポリシー、プロシージャ―、ガイドラインの重要性にも言及。単にガバナンスを効かせるためのドキュメントではなく、「会社の考え方」を組織に浸透させ、価値に結び付けるためのガバナンスの必要性を説きました。「資本構成」という一つのテーマであったとしても、それについて明確なガイドラインを作ることで、資本効率の向上と価値創出につながったという事例も紹介されました。
味の素株式会社 執行役常務 財務・IR担当 水谷英一氏
味の素株式会社の水谷氏の講演を受けて、第1部の後半では、水谷氏、PwCコンサルティング パートナーの三山、石本によるパネルディスカッションが行われ、企業の実践とPwCの理論知を往復しながら、戦略とガバナンスを「どう設計し、どう動かすか」という実務的な論点について議論が深められました。
ディスカッションの中ではまず、「戦略をどのようにアップデートし続けるか」というテーマが取り上げられました。三山は、不確実性が高い環境下では、戦略を固定的な計画として捉えるのではなく、前提条件の変化を踏まえて見直し続けることが重要だと指摘しました。一方、水谷氏は、実務の立場から、頻繁な見直しが現場の混乱につながらないよう、中長期の軸を明確にしたうえでローリングを行うことの重要性を強調しました。
続いて議論は、「取締役会はどこまで踏み込んで関与すべきか」というガバナンスの本質的な問いへと広がりました。石本は、取締役会がすべての意思決定に関与するのではなく、どの論点に時間とエネルギーを使うべきかを見極めることが重要であると述べました。これに対し水谷氏は、味の素での経験を踏まえ、財務・資本戦略や事業ポートフォリオといった中長期的な価値創出に直結するテーマについては、取締役会が深く議論する意義があると語りました。
さらに、「不確実性の高い状況下で意思決定のスピードと質をいかに両立させるか」についても意見が交わされました。迅速な判断が求められる一方で、短期的な対応に偏るリスクもある中、どのレベルで意思決定を分担し、どこを取締役会が担うのかという設計の重要性が共有されました。
パネルディスカッションを通じて浮かび上がったのは、戦略とガバナンスには「唯一の正解」はなく、企業の状況や成熟度に応じて設計・運用していく必要があるという点でした。単なる制度論にとどまらず、「実際の経営判断の場面では何が起きているのか」「どこに難しさがあるのか」といったリアルな論点が提示され、第1部で示された考え方をより立体的に理解する時間となりました。
左から、石本雄一、水谷英一氏、三山功
第2部では、PwCコンサルティング合同会社の4名が登壇し、戦略とガバナンスを実装するうえでの重要テーマについて、それぞれの専門領域から講演が行われました。以下では、各講演のポイントを紹介します。
第2部の冒頭では、PwCコンサルティング合同会社 ディレクターの佐野健司が登壇し、経営戦略におけるM&Aの位置付けと、それを支えるガバナンスの在り方について講演しました。
M&Aは個別案件への対応にとどまらず、 M&Aを継続的に活用しながら事業変革を遂行する組織能力(M&Aレディネス)を高めておくことが成果を左右すると指摘しました。全社戦略、ガバナンス、人材、IT、組織風土を横断的に整備することで、M&Aを持続的な価値創出につなげることが可能になるとの考えが示されました。
続いて、PwCコンサルティング合同会社 パートナーの坂井比呂樹が登壇し、上場企業における企業価値向上への取り組みの必要性について語りました。特に、昨今活発になっているアクティビストの動きとその影響力を分析したうえで、ターゲットになる企業の特徴を紹介。投資家の企業価値への期待を理解したうえでの戦略策定や、投資家との積極的なコミュニケーションに加え、株主提案を想定した準備を事前に整えておくことの重要性を説きました。
第2部の後半では、PwCコンサルティング合同会社 パートナーの望月良太が登壇し、AIやデジタル技術の進展が戦略実行や意思決定に与える影響について、「ワークスロップ」「コンテキスト」「スピード」をキーワードに解説。
生成AIの活用においては、ワークスロップと呼ばれる内容が薄い生成コンテンツに対して、組織独自のコンテキストを与えて品質を向上させ、経営判断に生かしていくことが重要であると述べました。また、専門人材以外もAIを使えるようになりつつある中、スピード感を持ってアイデアをプロトタイプ化し、ビジネス変革を加速させる必要性も提示しました。
続くセッションでは、PwCコンサルティング合同会社 パートナーの三山功が登壇し、企業に非連続的な成長をもたらすイノベーションの創出について、AIの出現の影響やプロセス変化について語りました。
講演冒頭では、今までは専門人材・部門が取り組むものとされていた「イノベーション」が、AIの出現によって、現場のものになりつつある世界観を提示。加えて、AIと人間が共生することで、省力化だけでなく、短期間で今まででは考えられない回数の試行錯誤ができるようになり、それによって高いクオリティのイノベーション創出ができる状態にあると強調しました。組織・個人両方が小規模かつ同時並行的にAIの活用を進めることがイノベーション創出につながり、結果として変化の激しい時代における、企業の競争力の源になるとの示唆を提示しました。
左上から時計回りに、佐野健司、望月良太、三山功、坂井比呂樹
最後に、PwCコンサルティング合同会社 ストラテジーコンサルティング部門のリードを務めるパートナーの服部 真が登壇し、閉会の挨拶を行いました。
急速に変化する環境の中で、日本企業にはビジネスモデルや意思決定の在り方そのものを問い直し、進化させ続ける姿勢が求められていると述べ、本セミナーで交わされた議論が、今後の経営を考えるうえでの示唆となることへの期待を示し、セミナーを締めくくりました。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー ストラテジーコンサルティング リーダー服部真
本セミナーを通じて共有されたのは、不確実性が高まる時代において、戦略とガバナンスを静的な仕組みとして捉えるのではなく、環境変化を前提に動かし続けることの重要性でした。企業を取り巻く前提条件が大きく揺らぐ中で、求められるのは将来を正確に予測する力ではなく、変化に応じて迅速に意思決定と実行を更新し続ける力と言えるでしょう。