海外M&Aにおいて検討が必要となる主な会計論点

  • 2024-12-19

はじめに

近年の国際的な経済情勢は、記録的なインフレ、金利の上昇、地政学リスクの増加により先行きの見通しが不透明であり、さまざまな技術革新等に起因する飛躍的成長要素がある一方で、景気後退を懸念させる要素も散見されています。このような状況で行われるM&Aには不確実性に由来するチャレンジもあるものの、想定外のリターンや成長をもたらす好機であるとも考えられます。また、昨今のテクノロジーの急速な革新がM&Aのボーダーレス化をいっそう促進していることもあり、海外M&Aに対する投資家の関心は高まっています。

一般に、M&Aを実行企業と対象企業の所在(国内・海外)の観点でタイプ分けすると、次の3つに分類されます。1つは国内企業が国内企業を買収する「イン・イン」(In-In)、もう1つは国内企業が海外企業を買収する「イン・アウト」(In-Out)、最後に海外企業が国内企業を買収する「アウト・イン」(Out-In)です。そのうち、異なる所在国間で行われるイン・アウトとアウト・インの海外M&Aは「クロスボーダーM&A」とも呼ばれています。

日本企業が海外企業を買収するイン・アウトM&Aについて見てみると、昨今の円安傾向もあり実行のハードルが上がっていると考えられがちですが、日本企業にとっての国内市場の縮小展望や、海外事業展開・市場拡大を活発に推進するグローバルな日本企業の増加なども反映してか、図表1のとおり、日本企業による買収金額が1,000億円以上の大規模なイン・アウトM&Aが一定数生じています。

イン・アウトM&Aは買収元である日本企業の海外市場への進出や海外事業の拡大、海外の事業パートナーの獲得、新たな商品開発やそのための人材獲得などの目的のために実施されます。しかし、対象企業の所在国・地域が日本と異なることにより、政治、法律、会計、税務といったさまざまな側面でのリスク要因も存在します。また言語や法律・規制に加えて、文化や商習慣などが異なることにより、M&A後の統合作業、いわゆるPMI(Post Merger Integration)が事前に想定していた速度や深度で進まず、M&Aによるシナジー実現の課題となることもよくあります。

図表1:2023年4月~2024年9月に買収が発表されたイン・アウトM&A(買収金額1,000億円以上)

No. 買収発表日 買収元企業名 買収先 買収金額
企業名 所在国
1 2023年12月18日 日本製鉄株式会社 United States Steel Corporation 米国 約2兆1千億円
2 2024年2月14日 ルネサス エレクトロニクス株式会社 Altium Limited オーストラリア 約8,879億円
3 2023年4月29日 アステラス製薬株式会社 IVERIC bio, Inc. 米国 約8,000億円
4 2023年12月29日 東京ガス株式会社 Rockcliff Energy II LLC 米国 約4,050億円
5 2024年8月21日 日本たばこ産業株式会社 Vector Group Ltd. 米国 約3,780億円
6 2024年4月29日 小野薬品工業株式会社 Deciphera Pharmaceuticals, Inc. 米国 約3,700億円
7 2023年4月26日 キリンホールディングス株式会社 Blackmores Limited オーストラリア 約1,700億円
8 2023年5月12日 NIPPON EXPRESSホールディングス株式会社 Cargo-Partner Group Holding AG オーストリア 約1,267億円
9 2024年8月1日 大塚製薬株式会社 Jnana Therapeutics Inc. 米国 約1,200億円
10 2023年4月17日 株式会社セガ Rovio Entertainment Oyj フィンランド 約1,037億円

出所:PwC作成

本稿ではイン・アウトを前提とした海外M&Aをテーマとして、その財務報告・会計の領域にフォーカスを当て、買収元の日本企業が直面するさまざまな課題のうち、円滑なM&A実現のために特に事前検討が必要となる「買収後最初の連結財務諸表の作成前までに対応する事項」および「イン・アウトM&AにおけるPPA」の2点について概要を紹介します。財務報告・会計の領域で各企業がイン・アウトM&Aの場面でよく遭遇する会計基準間の差異やその取り扱いについても、日本の会計基準、国際財務報告基準(以下、IFRS)、米国会計基準(以下、米国基準)の3つを念頭に置きながら解説します。

なお、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwCJapan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 買収後最初の連結財務諸表の作成前までに対応する事項

日本企業が海外企業を買収する際のイン・アウトM&Aの財務報告プロセスでは、海外企業において対応すべき論点の影響の把握を早い段階から開始して買収後最初の連結財務諸表の作成前までに完了し、どのような形で、どのようなプロセスに則って海外企業の財務情報を自社の連結財務諸表に取り込むか、その方針を決定することが重要となります。この方針の決定は、財務内容や後続作業の時間軸に影響を与えることから、買収した海外企業の決算のみならず、親会社側の企業結合作業や連結財務諸表の作成プロセスにも大きく影響を与えることとなります。

こうした方針決定のためにイン・アウトM&Aでの財務報告において頻出する検討事項として、次の2点を取り上げます。

  1. 会計方針・会計基準上の対応事項:日本の会計基準に基づく買収元企業の会計方針と海外企業が準拠する現地国・地域の会計基準に基づく会計方針が異なる場合、その差異について調整が求められることがあります。こうしたいわゆる「GAAP差異」について、調査・検討・対応が必要となることがあります。
  2. 会計実務上の考慮事項:日本企業と海外企業で決算日が異なることの取り扱いや、対象企業の取得日の扱いについて、買収元の日本企業が日本の会計基準を採用している場合は一定の容認規定(いわゆる「みなし」規定を含む)が用意されていることから、これらをどう活用して効率的に会計・経理実務を計画し実行していくかの検討が重要になります。

なお、上記の対応を経て最初の連結財務諸表を作成した後も、財務報告・経理財務関連領域における一連のPMIが継続することにも注意が必要です。買収先海外企業の経理・管理リソース強化、外部アドバイザーを起用していた部分の段階的な内製化、買収元日本企業による親会社としての買収先海外企業の管理方針決定とガバナンス体制の構築、システム統合、子会社の重要なプロセスにおける内部統制の整備(J-SOX対応)なども重要です。以降の(2)で述べるみなし取得日と3カ月以内の決算日の差異の基準はこれらのPMI課題への対応にも活用できる可能性があります。

(1)GAAP差異の調整(会計基準・会計方針上の課題)

企業会計基準委員会が公表している実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い」において、在外子会社の財務情報がIFRSまたは米国基準に準拠して作成されていれば、限定された修正項目を除いて、それらを日本の会計基準の連結財務諸表に取り込むことが可能とされています(いわゆる「PITF18号対応」)。この取り込みが可能な在外子会社の財務諸表には、外部公表されるものだけでなく、連結決算手続上利用するために内部的に作成された連結パッケージなども含まれます。

そのため、日本の会計基準を採用する企業が海外企業を連結する場合、海外企業は自社の財務情報を日本の会計基準、IFRSまたは米国基準のいずれかに準拠して作成する必要があります。しかし、北中米を除く海外企業が準拠している所在国の会計基準(以下、現地会計基準)は日本の会計基準よりもIFRSに類似するケースが多いこともあり、イン・アウトM&Aの買収先海外企業には日本での連結決算のためにIFRSに準拠した財務情報を作成させることが多いです。このようなケースでは、海外企業は現地会計基準に従って決算を行い、その後に親会社連結のためのIFRS調整仕訳を現地会計基準の決算数値に追加することで、IFRS財務情報を作成します。

上記のIFRS調整仕訳の作成は、買収元企業と買収先企業が連携しながら現地会計基準とIFRSの間で重要なGAAP差異が生じる領域の特定、影響度の調査、IFRS調整仕訳の作成などの一連の作業を行うことに加え、買収先企業が買収元企業に報告する各期のIFRS財務情報に対しては監査人によるいわゆる「連結パッケージ監査」への対応も発生します。これらの対応には高度な専門知識と豊富な経験が必要となるため、買収先の海外企業にこれら調査・対応のリソースがない場合や、統合のスケジュールが厳しい場合には、買収元の日本企業サイドが主導してIFRS調整仕訳の作成方針を固め、その作業をサポートすることが重要です。また、外部アドバイザーを起用して監査人とのコミュニケーションを最短距離で効率よく進めていくことも求められます。

GAAP差異の調整仕訳は海外企業の決算資料を基礎として作成するため、海外企業の決算精度の影響を受けることが多く、海外企業の決算自体の精度・品質の適正化も重要な課題となります。

これらの課題への対応を目的としたリードタイムを確保するため、次に述べるみなし取得日の規定や3カ月以内の決算日差異の基準を利用する場合があります。

(2) みなし取得日と3カ月以内の決算日差異の規定の利用(実務上の考慮事項)

日本の会計基準においては、子会社の支配獲得に係る「みなし取得日」の規定と子会社の決算期に係る3カ月以内の決算日差異を容認する規定が存在します。これらの規定を組み合わせて活用することにより、親会社の連結財務諸表に取り込むべき子会社の財務情報の対象期間が変わることとなります。これらに伴う各パターンを理解して規定を有効に活用することで、イン・アウトM&Aの会計実務を戦略的に進めることができます。以下では、みなし取得日と3カ月以内の決算日差異のそれぞれの規定の内容を説明したうえで、両基準を利用した場合に親会社の連結財務諸表に取り込まれる子会社の財務情報の対象期間について、例を設けて解説します。

① みなし取得日

日本の会計基準において、原則的には親会社が子会社の支配を獲得した日(以下、支配獲得日)より連結を行うこととされていますが、支配獲得日が子会社の決算日以外である場合は、当該日の前後いずれかの決算日に支配を獲得したとみなして会計処理することができるという、いわゆる「みなし取得日」の適用が認められています。日本企業によるイン・アウトM&Aにおいて、上記のGAAP差異の調整や子会社の決算準備等に関するリードタイムを確保するという実務上の観点から、このみなし取得日の基準が広く利用されています。

みなし取得日を決定するときの「決算日」は、子会社の年度決算日のほかに四半期決算日も適用可能なだけでなく、株式取得日の前後いずれかの決算日とするかについても一定の場合には企業による選択が可能です(また、必ずしも実際の株式取得日により近い決算日を用いる必要はありません)。

② 3カ月以内の決算日の差異

日本の会計基準において、連結決算日は、親会社の決算日(年1回、一定の日に設定)に基づいて決定され、子会社の決算日が連結決算日と異なる場合には、子会社は、連結決算日に正規の決算に準ずる合理的な手続により決算を行うことが原則とされています。しかし、子会社の決算日と連結決算日の差異が3カ月を超えない場合は、子会社の正規の決算を基礎として連結決算を行うことができます。ただし、この場合には子会社の決算日と連結決算日が異なることから生じる連結会社間の取引に係る会計記録の重要な不一致については必要な整理を行います。

③ みなし取得日と3カ月以内の決算日差異の設例

海外M&Aでは(1)で述べたような対象海外企業のGAAP差異の調整や決算早期化など、買収元の日本企業の連結財務諸表作成のために相応の時間を要する作業が発生するのが一般的ですが、上記のみなし取得日や3カ月以内の決算日の差異を利用し、連結作業に必要な準備のリードタイムを確保して計画的に作業を進められる可能性があります。

ここでは設例として、以下の前提に基づいた海外M&Aのケースを考えてみましょう。

【前提】

  • 親会社である日本のP社は、海外にあるS社の株式の60%をX1年5月31日に取得し、同社を子会社化した。
  • P社は3月決算会社(日本の会計基準に準拠)であり、S社は12月決算会社(現地会計基準に準拠)である。
  • P社とS社はともに上場企業で四半期財務諸表を作成している。
  • P社が本件取得後に日本での継続開示目的の連結財務諸表作成のためにS社を連結するにあたっては、S社の財務諸表を3カ月前の四半期決算を基礎として取り込む。

この設例の場合、まず①で述べたみなし取得日は前後いずれかの決算日として、X1年3月31日かX1年6月30日を選択することができます。また、②で述べたP社とS社の決算日の差異が3カ月以内であるため、3カ月前の子会社の財務情報を基礎として親会社の連結財務諸表に取り込むことが許容されます。

こうしたみなし取得日と子会社の財務諸表の連結期間を図示すると、図表2のようになります。②で述べた3カ月以内の決算日の差異の規定を利用し、①で述べたみなし取得日を前後いずれかの決算日を選択するかにより、X1年6月30日に到来するP社の第1四半期連結財務諸表で必要となるS社の財務情報が異なります。みなし取得日を実際の取得日よりも前であるX1年3月31日とした場合は、子会社は決算締めを3カ月かけて実施することができ、親会社への連結パッケージの作成やIFRS調整仕訳作成のための十分な時間を確保することができます。また、みなし取得日を実際の取得日よりも後であるX1年6月30日とした場合、親会社の第1四半期の連結決算に向けた時間の確保はできませんが、第2四半期以降の連結決算に向けた準備期間を6カ月確保することができます。

図表2:GPの共通支配下の取引の場合の各論点へのマッピング

図表2 GPの共通支配下の取引の場合の各論点へのマッピング

出所:PwC作成

  • みなし取得日をX1年3月31日とした場合:P社の第1四半期の連結財務諸表では、S社のX1年3月31日の貸借対照表の情報のみを支配獲得日時点の情報として取り込むことになります。そのため、P社の求める連結決算スケジュールに対してS社が決算締めを行うことができない場合でも、必要となるS社の財務情報は3カ月前の貸借対照表のみとなるため、時間的な余裕をもって現地会計基準の決算締めやGAAP差異の調整を行えるようになります。
  • みなし取得日をX1年6月30日とした場合:P社の第1四半期で必要となるS社の財務情報はX1年6月30日の貸借対照表の情報のみとなります。この選択が考えられるのは、S社がP社の連結決算スケジュールに沿った対応が可能な場合、GAAP差異が重要ではなく調整が限定的である場合、初回の連結決算対応には手厚く外部アドバイザーを起用する場合など、S社の貸借対照表に係る財務情報を比較的容易に作成できるまたはバックアップが充実しているケースが考えられます。この場合、P社の連結財務諸表の作成においては3カ月前のS社の財務情報を基礎としているため、翌第2四半期の連結財務諸表においても必要なS社の財務情報はX1年6月30日の貸借対照表のみとなります。そのため、第3四半期に向けて、外部アドバイザーに委託していた決算領域の内製化などの準備期間を多く確保できます。

2 イン・アウトM&AにおけるPPA

M&Aにおいて必要となる重要な財務報告上の手続の1つとして、企業結合処理に係るPPA(Purchase Price Allocation:取得原価の配分)があります。PPAとは、M&Aで取得企業が被取得企業を買収した際に支払った対価を被取得企業の資産および負債に配分し、取得企業の連結財務諸表に計上するまでの一連の作業を指します。

PPAが適切に行われないと、例えば、買収後の連結財務諸表において識別すべき無形資産等が区分されずにのれんに含まれたままとなり、買収元の日本企業が多額の減損リスクを抱えたり、また投資家にとって有用なM&Aのシナジー効果が適正に表示されないなどの影響があります。特に、規模の大きな買収案件においては、PPAの結果が及ぼす影響はさらに大きいものとなります。また取引の性質上、通常PPAの作業は時価評価の専門家に報告書の作成を委託して行うことはもちろん、PPAの結果に対する監査手続において監査人の中で時価評価を専門とするチームメンバーが関与し、企業と監査人の判断の相違があった場合には極めて専門的なやり取りが数カ月にわたって継続することも稀ではありません。また、PPAにおいて識別する無形資産の定義は日本基準、IFRSおよび米国基準(以下、総称して「3会計基準」)で異なっており、海外M&Aにおいてはどの基準を基礎としてPPAを実施するかの検討、および3会計基準の関連論点の差異の十分な理解が求められます。このように、PPAはM&Aにおいて非常に重要な手続ですが、海外M&Aではその重要度・複雑性は一層高まると言えます。

こうした重要度も踏まえ、PPAの実施時期は企業結合日から1年以内に行うとされており、いわば買収元企業に「猶予」が与えられています。この1年の期間は3会計基準で同様ですが、当該期間内に適切なPPAを完了させるには、PPA作業とそれに対応する監査の期間も考慮したスケジュールの事前検討を十分に行い、計画的に進めることが重要となります。なお、1(2)で述べたみなし取得日を用いる場合には、PPAにおける資産および負債の時価の測定時点もみなし取得日になると考えられます。

イン・アウトM&AのPPAでは、日本の会計基準のみならず、IFRSまたは米国基準に基づいてPPAが実施されることもよくあります。これは、1(1)で述べたようにPITF18号の一環として、在外子会社等の財務諸表がIFRSまたは米国基準に基づいて作成されていれば、限定された修正項目を除いてそのまま日本基準の連結財務諸表に取り込むことができる、とされていることによるものです。

上記のような事情も反映し、PPAの実行においては3会計基準における規定の差異(特に、IFRSと米国基準は類似しているため、両基準と日本基準の差異)をよく把握したうえで、どの会計基準の建付けで実行するかなどをPPA評価の専門家や監査人とも確認し、実行することが望まれます。こうしたPPAに関連するGAAP差異として代表的な2つを図表3にまとめました。概要については、次に簡単に説明します。

図表3:PPAに関連する3会計基準におけるGAAP差異

項目 日本基準 IFRS・米国基準
① 識別可能な無形資産の要件 分離して譲渡可能である (a)分離可能である
(b)契約またはその他の法的権利から生じている
のいずれかに該当する場合
② のれんの償却・非償却 20年以内の期間で定額法等により償却する のれんは償却しない。
少なくとも毎期1回は減損テストを実施する必要がある

出所:PwC作成

PPAに関連するGAAP差異① ―― 識別可能な無形資産の要件

PPAに関連する3会計基準のGAAP差異として、識別可能な無形資産の要件が挙げられます。日本基準では、法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合は識別可能なものとして取り扱うとされており(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第29項)、分離して譲渡可能かという点が無形資産の識別の可否の要件となります。一方、IFRSおよび米国基準では、(a)分離可能である、(b)契約またはその他の法的権利から生じている、のいずれかに該当する場合は識別可能なものとして取り扱うとされており(IAS第38号「無形資産」、Subtopic 805-20「企業結合―識別可能な資産及び負債、並びに非支配持分」)、分離可能であるか否かは必ずしも必要とされていない点で異なります。しかしながら、識別可能な無形資産の要件のGAAP差異が無形資産の識別に与える実務上の影響は、限定的なケースが多いと考えられます。

PPAに関連するGAAP差異② ―― のれんの償却・非償却

無形資産の要件の他には、PPAに直接関連する差異ではないものの、PPAにより無形資産を識別した結果の残余部分としてののれんの償却の要否というGAAP差異があります。日本基準ではのれんを20年以内の期間で定額法等により償却しますが(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項)、IFRSおよび米国基準ではのれんは償却しません(IFRS第3号「企業結合」、Subtopic 350-20「無形資産-のれん及びその他-のれん」)。

この差異はPPAに直接関連する差異ではないものの、PPAの際の無形資産を識別する範囲や粒度において買収側の意思決定に影響を及ぼす場合があります。PPAで識別された無形資産とのれんは、日本基準では、両者の償却年数が異なる可能性はあるものの、償却性資産として毎期償却費が発生し損益に影響を与える点では同様のため、PPAにおいて無形資産の識別は買収者にとって重要なポイントにはならないことも多く見られます。一方で、IFRSおよび米国基準では、のれんは非償却性資産であり、また無形資産の中でも性質によっては「耐用年数を確定できない無形資産」として非償却が認められる場合があり、償却性資産として識別された無形資産とは当初認識後の会計処理が異なることとなります。また、IFRSおよび米国基準において、のれんおよび耐用年数を確定できない無形資産は非償却の代わりに少なくとも年1回は減損テストを実施する必要があり(IAS第36号「資産の減損」、Subtopic 350-20「無形資産-のれん及びその他-のれん」)、毎期償却する日本基準と比べて、減損損失が生じた場合の金額的影響が大きくなるリスクが残ります。

3 おわりに

海外M&Aの財務報告関連PMIにおいては、国内企業同士のM&Aで必要とされるタスクに加えて、本稿で取り上げたようなGAAP差異に係る論点やPPAに係る論点を検討・整理することなど、さまざまな追加タスクを実行することの必要性が高まります。しかもイン・アウトM&Aでは多くの場合、買収元企業(およびその日本国内での専門家・アドバイザー)と買収先企業だけでなく、海外の専門家・アドバイザー(買収先企業の監査人含む)が関与するため、英語やその他の外国言語の使用も含め、複雑になり得る当事者間のコミュニケーションをいかに整流化し、スムーズかつ着実に進めていくかが大きなポイントとなります。一方で、本稿で取り上げたみなし取得日や決算日差異など決算の実務負担を軽減可能な会計実務上の容認規定等もあるため、買収元企業ではディール検討中・買収実行前の戦略策定段階からどのような措置を取り得るか、どのように実行していくかなどのオプションを模索し、比較・検討しておくことが有用と考えられます。

イン・アウトM&Aに係る財務報告を円滑に実行し成功に導くためには、買収元の日本企業がプロジェクト体制を早期に構築し、本稿で述べてきたポイント等を社内で、そして必要に応じて社外専門家・アドバイザーを関与させたうえでよく検討・考慮し、戦略的にディールを実行していくことが重要と言えます。


執筆者

PwC Japan有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
シニアマネージャー 坂井 嘉兵衛

PwC Japan有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
シニアマネージャー 山本 晋