インドネシアの事業環境および関連規制の動向

  • 2024-12-19

はじめに

インドネシア経済は2008年のリーマンショック、2020年の新型コロナウイルス感染症パンデミックによる影響を受けながらも、2000年から2024年の今日に至るまでGDP成長率は4~5%の高水準で推移しています。2010年には国民1人当たりのGDPが3,000米ドルを超え、多くの日本企業がインドネシアに進出しています※1

直近の2023年の実質GDP成長率も5.05%を記録し、インドネシア中央銀行は2024年の成長率も約5%を予測しています。世界経済に懸念が残り、高インフレが続いているにもかかわらず、家計消費が増加していることは、インドネシア国民の購買力が維持されていることを示しています。また、国際通貨基金(IMF)の予想では2027年には国民1人あたりの名目GDPは6,500ドルを超え、インドネシアは2045年には世界第5位の経済大国になると考えられています。ロシアによるウクライナ進攻による影響や中国経済の不安定さが指摘される中、今後も経済成長が続くであろうインドネシアに注目する日本企業が増えています。

過去3年間、「エネルギー・鉱業」「通信技術」「金融サービス」分野への投資が活発化しています。今後はこれらのセクターに加え、「物流・流通」「医療・ヘルスケア」「自動車(電気自動車)」の分野などに投資機会があると考えられています。

本稿では、インドネシアの税務環境や気候変動対策、不正リスク、個人情報保護法などのトピックスについて日本企業への影響を含めて解説します。

なお、文中の意見は筆者の私見であり、PwCインドネシアおよび所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 インドネシアの財政・税制の状況

インドネシアの財政状況は、以前より慢性的な財政赤字状態が続いています。コロナ禍であった2020年と2021年は1,000兆ルピア超まで赤字が拡大しましたが、2022年は840兆ルピア、2023年は598兆ルピア、2024年は523兆ルピアの赤字予算が組まれており、赤字幅は縮小傾向にあるものの赤字予算であることは変わりません(図表1)

インドネシアでは国家歳入の8割超を関税を含む税収が占めており、歳入に対する高税収依存構造と高い税収目標設定が税務執行強化の要因となっています(図表1)

図表1:インドネシアの国家予算、国家予算における歳入の内訳(単位:兆ルピア)

国家予算 2019 2020 2021 2022 2023 2024
当初予算 修正予算※1 当初予算 修正予算※2 当初予算 修正予算※3
(a)歳入 2,165 2,233 1,700 1,744 1,846 2,266 2,463 2,634 2,802
(b)歳出 2,461 2,540 2,739 2,750 2,714 3,106 3,061 3,117 3,325
(a)ー(b) △296 △307 △1,039 △1,006 2,714 △840 △598 △483 △523
歳入の内訳 2019 2020 2021 2022 2023 2024
当初予算 修正予算※1 当初予算 修正予算※2 当初予算 修正予算※3
税収(関税含む) 1,786 1,866 1,405 1,445 1,510 1,784 2,021 2,118 2,310
82.5% 83.5% 82.6% 82.8% 81.8% 78.7% 82.1% 80.4% 82.4%
その他収入 378 367 294 299 336 482 427 516 492

※1 大統領令2020年72号(2020年6月25日より有効)による組み替え後
※2 大統領令2022年98号(2022年6月27日より有効)による組み替え後
※3 大統領令2023年75号(2023年11月10日より有効)による組み替え後
出所:インドネシア政府機関発表資料等をもとにPwC作成

税収実績については、統計上確認が可能な範囲では2020年まで10年以上未達でした。しかし2021年から2023年は3年連続で国税総局の目標予算を達成し、特に2022年および2023年については期中に目標予算の上方修正を発表したにもかかわらず、それぞれ15%、3%近い予算超過を達成しました。2024年については、4月末時点の目標達成率が31.4%と厳しい状況であり、目標を達成するために税務調査や関税調査が活発化する傾向にあると考えられます(図表2)

図表2:国税総局による税収目標と税収実績の推移

図表2 国税総局による税収目標と税収実績の推移

この点、インドネシア国税総局はデータ重視の組織改革に取り組んでおり、国税総局の人事、組織およびプロセスの改革を行い、ITデジタル化に注力しています。過去に開発した既存のプラットフォームや税務行政システムを統合し、金融サービス庁や関税当局、その他各省庁から得られるデータを参照・比較ができるよう、新たな税務管理システム(SistemInti Administrasi Perpajakan:コアタックスシステム)の導入を2024年末に予定しています。これに対応する形で国税総局内では人事・組織の改編が行われています。これにより、税務当局による納税者情報や納税者間取引の分析のスピードや精度が上がり、税務調査において税務申告内容と他データを照合し特定した差異に対して課税を行う、いわゆるリコンシリエーション課税が強化されると考えられます。

上記のとおり、国税総局は税務執行強化と特定のテーマへのモニタリング強化の取り組みを掲げており、移転価格や富裕層などを切り口としたモニタリング、および納税者へのSP2DK(Surat Permintaan Penjelasan atas Data dan/atauKeterangan:データおよび資料に関する説明依頼書)による資料提出依頼ならびにそれに伴う追加的な説明を求めるモニタリングを実施しています。

これにより国税総局は、納税者をWP Strategis(戦略的納税者)とそれ以外に分類し、SP2DKに対する回答期間や回答内容から納税者を評価・分析してフォローアップを行っており、今後、納税者にとって税務環境はより厳しくなると考えられます。

納税者は、税務調査の内容に同意できない場合、その後、異議申立や税務裁判に進むことが可能です。異議申立は、納税者所轄税務署の上部組織に該当する地方国税局が担当するため、一般的に税務調査における更正内容が変更される事案は多くはありませんが、その後の税務裁判においては部分勝訴を含む納税者の勝訴率が6割から7割という状況となっています(図表3)。納税者の勝訴率が高いという事実は、税務調査においては一方的に非合理的な課税が行われることが多い一方で、税務裁判では一定程度の合理的な判断がなされていることを反映しているものと思われます。

図表3:税務裁判の判決に関する統計データ

図表3 税務裁判の判決に関する統計データ

現地日系企業としてのベストプラクティス

2024年の税収目標に対する徴収状況を鑑みると、インドネシアにおける税務執行環境は今後より一層厳しくなるものと想定されます。移転価格については、移転価格税制に関するインドネシア財務省の通達「PMK-172」が2023年12月29日に発効され、国内移転価格課税みなし配当課税が引き続き論点となっており、更正金額の観点からも税務リスクはより大きくなっていると言えます。また、前述のコアタックスシステムの開発をはじめ、税務当局によるデータおよびITの活用によるデジタル化の進展が公表された資料等からも確認されており、これにより税務当局の分析スピードやその精度も上がることが想定されます。

現在、従前のベストプラクティス対応である以下の(1)~(3)に加え、税務当局のデジタル化によるリコンシリエーション課税の迅速化・強化への対応として、納税者側も従来の税務ガバナンス・税務調査対応を見直し、各現地日系企業でもデジタル化を取り入れるなど、対応方法を検討せざるを得ない局面に来ています。

(1)インドネシアの最新の税務環境の正確な理解と税務執行トレンドの把握
(2)自社の問題点・リスクの把握および税務紛争に対する徹底的な事前準備
(3)税務紛争初期段階からの本社、地域本社を含めた関係者間の協働体制の構築と迅速な意思決定

税務当局がITデジタル化を推進した場合においても、インドネシアの税務調査・紛争プロセスはすでに標準化されており、基本的に従来どおりのプロセスが施行されると考えられます。一方で、現地経営者の観点から、徹底した事前準備、本社・地域本社間での時間差のない認識合わせ、迅速な意思決定・対応、税務ガバナンスの見直し、およびデジタル化の導入を伴う社内体制強化等を進めることで、インドネシアにおける税務リスクの低減が可能となると考えられます。前述のとおり、インドネシアは構造的な税収依存および高い税収目標設定による厳しい税務執行、ならびに税務調査における非合理とみられる課税が多く見られるなど、税務環境が非常に厳しい国ですが、経営者が対策の手を打たなければ結果的に税務コストを過大に負担することになり、当地におけるビジネスの継続にも影響を与えかねません。上述のベストプラクティスを参考に税務リスク対応の体制見直しおよび強化を行うことが急務であると考えます。

2 インドネシアにおけるESGへの取り組み

インドネシアにおける気候変動対策は2021年に重要な政策が複数打ち出され、以後大きく前進しています。インドネシア政府は2021年7月、「温室効果ガス(GHG)排出量削減目標(Nationally Determined Contribution:NDC)」の改訂版、および「2050年低炭素・気候強靭化のための長期戦略(Long-Term Strategyfor Low Carbon and Climate Resilience2050)」を国連気候変動事務局に提出しました。同年10月に開催された第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)首脳会合の場で、ジョコ・ウィドド大統領は、「2030年までにインドネシアのGHG排出量をネットで低下させ、2060年までにはカーボンニュートラルを達成する」と宣言し、従来のNDCで示していた2070年カーボンニュートラル達成から10年前倒しを目指しています。

また、COP26に合わせて、インドネシア政府はカーボンニュートラルにかかる目標設定のみならず、達成のための戦略的な政策も打ち出しています。1つは、アジア開発銀行とともに「エネルギートランジションメカニズム(ETM)」を立ち上げ、国際機関等の低利な資金を組み合わせたブレンドファイナンスをてこに石炭火力発電所の早期退役を促すものです。もう1つは、GHG排出量削減の手段の1つであるカーボンプライシングの導入です。ジョコ・ウィドド大統領はCOP26の場で、カーボンプライシングに係る大統領令2021年第98号に署名したことを発表し、脱炭素に積極的に取り組んでいく姿勢をアピールしました。カーボンプライシングとは、排出されるCO2に経済価格を付け、企業や個人の排出削減に向けた行動変容を促す仕組みのことです。

(1)インドネシアにおけるカーボンプライシング

インドネシアのカーボンプライシングは、前述の大統領令、および同令の施行規則である環境林業大臣規則2022年第21号によって、制度の基本的な枠組みが定められており、プライシングの手法として①カーボン取引、②GHG排出量の削減の実績に対するインセンティブの支払い(Result-BasedPayment)、③炭素税、④科学技術の発展に応じて創出し得るその他のメカニズム、の4つの仕組みがあります。

カーボン取引には、排出権取引(キャップアンドトレード)とカーボンクレジット(ベースライン&クレジット)の2種類のメカニズムが存在します。

排出権取引とは、所管の省庁が対象の事業活動に一定のGHG排出量の枠を設定し、実際の排出量が排出枠を超過した場合、排出枠以下に抑えた他者より排出枠を購入するという、政府の定める規制に基づいたカーボン取引です。現時点では発電所セクターのみに導入されており、2023年にインドネシアの国営電力会社PLN(Perusahaan Listrik Negara)の系統と接続する100メガワット以上の石炭火力発電事業者42社、99の石炭火力発電所に対して排出枠が設定※2され、取引が開始されています。今後2030年に向けて、排出枠を設定する対象がキャプティブな石炭火力発電所やその他の化石燃料による火力発電所に拡大していく可能性もあります。なお、森林セクターの泥炭地・マングローブ管理に対しても排出権取引が導入される予定※3ですが、現時点で対象事業に対し排出枠の設定はなされていません。

他方、カーボンクレジットとは、なんらかの対策がなされない場合のGHG排出量見通し(ベースライン)と、排出削減・吸収除去のプロジェクト等を通じた実際の排出量の差分について、MRV(測定・報告・検証)を経て、経済価値として取引できるようインドネシア政府等が認証したものです。カーボンクレジットとして認証されるプロジェクトには、GHG排出削減の技術に基づくものとして、再エネ、省エネ、バイオマス・バイオガス発電、排熱回収・発電利用、建物のエネルギーマネジメント等が挙げられます。排出除去吸収の自然管理に基づくものには、植林、森林再生、泥炭地修復、森林劣化・火災の防止等が挙げられます。低炭素・脱炭素に資するプロジェクトをマネタイズできる手法として、非常に重要なメカニズムです。

前述のカーボンクレジットを取引する市場として、インドネシアでは、2023年9月26日に排出権取引市場(IDXCarbon)がインドネシア証券取引所に開設されました。IDXCarbon開業初日は国営・民間金融機関中心に292億ルピア(約2.8億円)の取引総額※4でスタートしましたが、その後は市場は停滞気味です。現在市場で取引が可能なカーボンクレジットは、国営石油会社プルタミナの子会社プルタミナ・ニュー・リニューアブル・エナジー(PNRE)が手掛ける北スラウェシ州ラヘンドン地熱発電所と、国営電力会社PLNによるムアラカラン火力発電所プロジェクトによるクレジットのみとなっており、市場参加登録者数も現時点で62社※5しか存在ありません。しかし今後再エネのみならず、森林セクターのGHG吸収・除去活動によるクレジット等、多様なクレジットが市場に登場すれば、クレジット償却によるスコープ1排出量のオフセットのニーズも生まれ、取引は活発になっていく可能性はあります。

(2)炭素税の導入は延期中

炭素税は、2021年10月に施行した国税規則調和法2021年第7号にて、2022年4月1日から実施するとされていましたが、足元では石炭火力発電所に限定して適用することを定め、本格的な導入は2025年以降に延期されています。石炭火力発電所に対しては前述の排出権取引において、実際の排出量が排出枠を超過し、他者より排出枠の購入によって手当てされない部分に対し炭素税が適用され、CO2換算で1トンキログラム当たり最低3万ルピア(約290円)の課税が発生します。この税率は欧州等先進諸国に比べ非常に低い税率となっており、国内経済への影響を考慮した結果です。炭素税の本格的な導入は、アイルランガ経済担当調整大臣が2022年10月のキャピタルマーケットサミット&エキスポ2022にて「2025年に炭素税を導入することを目指す」と表明して以来、インドネシア政府からの公式な見解は示されていませんが、プラボウォ次期政権発足(2024年10月)後、炭素税導入がどのように検討され、展開され得るか、注視する必要があります。

(3)欧州国境炭素税(CBAM)の影響

2023年10月1日に報告義務が開始された欧州連合(EU)による炭素国境調整メカニズム(Carbon Border AdjustmentMechanisms:CBAM)は、インドネシアの国内産業、特に燃料に石炭を使用している鉄鋼業界において相応に影響があります。2026年1月からは、EUに輸出する鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、水素、電力といった対象製品の生産プロセスで発生した直接排出量(および一部製品については間接排出量も)については、削減やオフセットをしない限り課徴金(EU排出権取引と同等の価格での「CBAM証書」の購入)が負荷されることとなり、EUにおける利益減少やシェア低下に直面することとなります。アジア地域でも、2019年に炭素税を導入し、2030年には税率の引き上げを計画しているシンガポールを皮切りに、タイやマレーシア等でも炭素税導入が検討されており、各国で炭素税の導入が続けばアジア域内でもCBAMのようなカーボンリーケージを防ぐ何らかの手当てがなされる可能性もあります。このような潮流を受けインドネシア政府は、石炭等の化石燃料中心の国内産業保護を引き続き固持していくのか、諸外国の動向に合わせる形で炭素税等のより一層踏み込んだ脱炭素施策を進めていくのか、今後も注目に値すると考えられます。

3 インドネシアにおける不正リスクの潮流および不正リスク管理の潮流に係る考察

(1)インドネシアにおける不正リスクの潮流

企業が直面する不正・コンプライアンスリスクは、コロナ禍などによる経営環境への影響やESG・SDGsに関する課題解決への社会的要請により多様化しています。昨今のグローバルの不正傾向同様に、インドネシアでも業界横断的にサイバー犯罪の発生傾向は見られる一方で、インドネシアにおける不正傾向としては、図表4のとおり「資産の横領」「購買不正」「ビジネスにおける詐欺行為」がグローバル平均を上回ります。

図表4:インドネシアにおける不正リスクとグローバルの比較

図表4 インドネシアにおける不正リスクとグローバルの比較

(2)インドネシア国内不正の一例紹介

短期的には小口現金の横領や小切手の不正利用、中長期的には親族の経営する会社との取引や立場を悪用したキックバックなど、さまざまな不正が起こり得ます(図表5)

図表5:インドネシアの不正事例

不正の類型 事象の概要
資産の横領 インドネシア人役員が会社のクレジットカードを不正に作成して、個人利用目的で100億ルピア以上利用していたことが判明した
ビジネスにおける詐欺行為 ある日本企業のインドネシア子会社において取引先から銀行口座の変更連絡をメールで受け取り、指定された口座に送金をしたが、後日、取引先から入金が未了であるとの連絡を受け調査したところ、指定された口座は犯罪組織グループのものであったことが判明した
購買不正 第三者のサプライヤーと長年取引をしていたが、購買担当部長の親族が経営しているサプライヤーであることが判明した
取引先による不正 財閥名義でプロジェクトを持ち掛けて、実際には、財閥とは資本関係のない会社が契約締結会社となっていた

出所:PwC作成

(3)不正リスク管理の潮流に係る考察

企業が対応すべきリスク類型は多様化しており、管理対象も自社グループだけでなく、サプライチェーン全体にわたる視座での取り組みが求められる傾向にある中、「変化や予兆を早期に把握すること」による不正リスク・事象への適切な初動対応は、不正に伴う事業リスクの低減へと繋がります。このような背景に伴い、インドネシア事業に係る不正対応においても図表6のようにデータやデジタルソリューションを効果的に活用し、多様なリスクについての変化や予兆を早期に把握したうえで、必要に応じた適切な初動対応を実行することが重要となってきています。

図表6:不正の早期把握のためのツールやソリューション

図表6 不正の早期把握のためのツールやソリューション

4 インドネシアにおける個人情報保護法

(1)個人情報保護法の概要

インドネシアの個人情報保護法(以下、PDP法)は、2022年10月17日にジョコ・ウィドド大統領により批准され、個人情報の保護に関する法律2022年第27号として制定・施行されました。この法律は①インドネシアの管轄内に所在する場合、および②インドネシアの管轄外に所在する場合で、インドネシアの管轄内に法的影響を及ぼす場合またはインドネシアの管轄外でインドネシア国籍者である個人データ主体に法的影響を及ぼす行為を行う全ての者、公的機関、および国際機関に適用されます。PDP法には移行期間が定められており、データ管理者(Data controller)、データ処理者(Dataprocessor)、および個人データの処理に関係する者は法律施行の2022年10月から2年以内にPDP法に準拠する必要があります。PDP法では個人データを、「個人に関するデータであって、直接的または間接的に、複合的または単独で、電子的または非電子的に識別されるもしくは識別可能なもの」と定義しています。個人データはさらに特定個人データと一般個人データに分類されます。特定個人データには健康データ、生体認証データ、遺伝データ、犯罪記録等が該当し、一般個人データには氏名、性別、国籍、宗教等が該当します。

(2)個人情報保護法における義務と罰則

データ管理者およびデータ処理者の義務がPDP法の第20条から56条にわたって記載されています。PDP法の31条では、「データ管理者は全てのデータ処理活動を記録する必要がある」とされています。個人データの処理、つまり個人データの取得、保存、加工、移転、更新、破棄といった一連のデータフローを理解し、正確かつ網羅的に記録する必要があります。PDP法ではデータ主体の権利が明記されており、データ管理者はデータ主体の各種の要求に対して、適時に対応することが求められます。PDP法の30条では、「データ管理者は個人データの更新、修正の要求を受け取ってから、3×24時間以内に対応する義務がある」とされています。情報侵害が発生した場合、同じく3×24時間以内に関連するデータ主体および当局に書面で通知する必要があります。その際は少なくとも、侵害を受けた個人データ、いつどのように侵害が発生したか、どのような是正措置が取られたのかを通知に含める必要があります。さらに、場合によってはデータ管理者は情報侵害について公表する義務もあります。データ管理者およびデータ処理者には上記以外にも各種の義務が定められており、PDP法に違反した場合は行政制裁の対象となります。書面による警告や一時的なデータ処理活動の停止、個人データの消去、行政過料が科せられる場合があり、行政過料は最大で年間売上の2%です。また、個人情報を不正に取得したり開示、使用すると刑事罰が科される場合があり、罰金は個人で最大60億ルピア、企業は最大で600億ルピアです。

(3)個人情報保護法への対応

上述のとおり、PDP法への対応には2年間の移行期間の定めがあり、2024年10月までに対応を行う必要があります。PDP法へ対応するためには、エンドツーエンドのビジネスプロセスと個人データの処理がどのように行われているか理解する必要があります。そのために法務、人事、IT、営業といった部門からメンバーを選出し、タスクフォースチームを立ち上げ、PDP法への対応を開始することが望まれます。当該タスクフォースチームを中心に適宜、外部専門家と協力しながら、一連のビジネスプロセスにおいてどのような個人データが処理されているか理解したうえで、現状とPDP法の要求事項とのギャップを分析し、判明したギャップへの対応を進めるというのが一般的な進め方となります。

PDP法への対応は特定時点で実施したことで完了するものではなく、新規ビジネスを開始したり、既存ビジネスに変化がある場合には、関連するプロセスを理解し、リスク評価を見直す必要があります。また、従業員に対する継続的な研修・教育や定期的なレビューを行い、社内の法令遵守に対する意識を醸成することも重要です。

5 おわりに

世界第4位の人口を抱えるインドネシアの経済成長が続いていくことは疑う余地がなく、今後も継続してインドネシアは日本企業にとって最も重要な投資対象国の1つになると考えられますが、インドネシアで事業を営む日本企業は、厳しい税務環境、新興国特有のコンプライアンス問題、労務問題、解釈の難しい法制度、脆弱なインフラ、人材開発といった課題と対峙する必要があります。PwCインドネシアでは日本企業の直面する多様化する課題の解決支援を通じて、日本企業の皆様のインドネシア事業の発展に貢献するべく日々努めています。


※1 Badan Pusat Statistik Indonesia, PwC “Global Economy Watch”

※2 エネルギー鉱物資源大臣規則2022年第16号による。

※3 環境林業大臣規則2023年第7号による。

※4 IDX Carbon公表数字(https://www.idxcarbon.co.id/data-monthly

※5 IDX Carbon公表数字(https://www.idxcarbon.co.id/data-monthly


執筆者

PwCインドネシア 税理士法人 移転価格部門
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