ESGをトリガーとしたM&A動向── 脱炭素・サーキュラーエコノミーの視点から

  • 2023-06-08

はじめに──M&Aに求められるESG評価

現在の日本企業を取り巻く事業環境においては、サステナビリティは不可欠な経営アジェンダであり、M&A戦略にも変化が見られます。ESGをテーマとする日本企業のM&Aは近年増加傾向にあり、PwCアドバイザリー合同会社では株式会社レコフデータと共同で、その推移を分析しました※1(詳細については1で説明します)。特に脱炭素やサーキュラーエコノミーに関連した案件はこれまでよりも増加傾向が顕著になっています。こうした動きを受け、M&Aの実行においてどのように将来のESG機会およびリスクを特定して評価するか、M&Aの検討の際にESG視点の取り込みが求められています。本稿では、ESG視点として特に注目されている「脱炭素とM&A」「サーキュラーエコノミーとM&A」「M&AにおけるESG評価」について紹介します。

なお、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwCアドバイザリー合同会社および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。


1 脱炭素とM&A

M&A件数増とともにM&Aの内容も変化――再エネ関連から事業転換M&Aへ

世界的な脱炭素化の潮流の中、M&Aにおいても脱炭素に関連した案件数の伸びが非常に大きくなっています。

実際、2017年から2021年の過去5年間でのレコフM&Aデータベース上のM&A全案件の抄録を対象としたテキストマイニング分析においても、「SDGs」「ESG」「サステナブル・持続可能」をキーワードとして含むM&A件数は全体的に増加傾向であり、特に2021年に入り急激に増加しています(図表1)。

また、脱炭素およびサーキュラーエコノミーに関連する環境(E)領域のM&Aは近年増加傾向にあります(図表2)。

特に最近の脱炭素関連M&Aで特徴的なのが、以下に挙げているような変化です。

「脱炭素」「カーボンニュートラル」をキーワードに含むM&Aの買い手業種として、以前からM&A件数が多い「電力・ガス」「総合商社」「その他金融」だけでなく、「機械」「輸送用機械」といった製造業がトップ5に入っています(図表3)。

図表3:「脱炭素」「カーボンニュートラル」をキーワードに含む2021年M&A件数トップ5業種(カッコ内はM&A件数)

買い手業種

対象会社

電力・ガス(9)

電力・ガス(13)

総合商社(8)

化学(10)

その他金融(7)

電気(8)

機械(5)

ソフト・情報(6)

輸送用機械(4)

サービス(6)

出典:レコフM&Aデータベース、PwC

「機械」「輸送用機械」といった業種では、大手完成品メーカーがRE100〔事業運営に必要なエネルギーを100%、再生可能エネルギーで賄うことを目標とする環境イニシアチブ(Renewable Energy 100%)〕へ賛同し電力グリーン化を加速させる必要があること、また、GHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)プロトコルでは自社排出量(Scope1・2)だけでなくサプライチェーン全体(Scope3)の脱炭素化を図ることが求められています。そのため、この指針を受けて、完成品メーカーが部品サプライヤーに対してGHG削減を取引条件に追加するといった、製造業全体での脱炭素化が加速していることが要因と考えられます。

脱炭素関連M&A件数は、全体の伸びが顕著であるとともに、2020年までと2021年を比較すると、M&Aの内容にも変化が見られます。2021年は、特に、脱炭素関連新規事業への投資等、脱炭素をトリガーとした事業転換がM&A件数を増大させた年と言えます(図表4

例えば、脱炭素関連の新規事業関連M&Aが2021年に入り増加しました。新規事業の代表例である水素・アンモニア関連M&Aに関しては2020年度に比べほぼ倍増、CCUS(Carbondioxide Capture, Utilizationand Storage:二酸化炭素回収・有効利用・貯留)も2021年に初めてM&Aキーワードとして出現しました。

世界的に脱炭素化の潮流は不可逆的であり、企業が自社の経営戦略に脱炭素化戦略を組み込むことは必須と言えます。企業にとってこの潮流は、経済環境が大きく変わるという点でリスクではありますが、同時に、新規事業等によって自社ビジネスを拡大する機会と捉えるべきでもあります。

PwCでは、脱炭素化を効率的かつ迅速に進めながら自社の事業拡大を図る「脱炭素化ロードマップ」のフレームワークを構築し、企業に対する経営支援を実施しています。脱炭素化ロードマップの具体的なステップは、以下の6つとしています(図表5)。

① 現状GHG排出量把握(企業LCAから製品LCAへ)

Scope1・2・3に関して、企業LCA(Life Cycle Assessment)算定から製品LCA(製品ごとのカーボンフットプリント)算定へ移行しつつあります。また、製品LCAを削減するためには排出係数ベースでのGHG排出量算定からサプライヤー積み上げでのGHG排出量算定が必要であり、サプライヤーにとっては製品LCA開示と製品LCAでのGHG削減が事業機会に必要な要素となりつつあります。

② 脱炭素をトリガーとした事業再編・M&A

石炭・セメント業界は事業ポートフォリオ再編がM&A件数に表れ始めています。今後は同様の動きが他業種、例えば、自動車内燃機関事業等で表面化してくると予想されます。

③ 効率化・省エネ促進

すでに日本企業の取り組みは進んでおり、GHGを削減する余地はあまり残されていない段階です。企業単独での省エネ化促進は限界があり、工業団地内での企業をまたいだコージェネレーション(熱電併給)活用等、企業単体の枠組みを越えた省エネ促進も視野に入れた検討が必要とされます。

④ 電化と電力グリーン化

③とも関連しますが、Scope1(自社での燃料燃焼に伴うGHG排出)はGHG削減の難易度が高く、技術的にも時間がかかる領域です。自社GHG排出量を削減するにあたっては、鉄鋼業界で進んでいるように高炉から電炉へのシフト等、あらゆるプロセスで電化の可能性を検討することが脱炭素化ロードマップ策定における重要な要素です。

また、Scope2(他社から供給された電気等の使用に伴う間接排出)に関しては、電力会社の排出係数は低下傾向ではあるものの、地域差、また、原子力発電の稼働/非稼働によって電力排出係数は大きく予測が変わります。自社脱炭素化ロードマップを策定するためには、複数シナリオを想定した精緻なGHG成行予測が必要であり、PwCでは「PMA(Power Market Analytics)」※2を活用したシナリオごとのGHG成行定量予測策定を支援しています。

さらに、電力グリーン化のためにはコーポレートPPA、自己託送、証書購入等、複数の再エネ購買手段の最適購買戦略策定と調達が不可欠であり、事業計画と連動した投資回収モデルによる経営判断が必要となります。

⑤ 新技術の活用(水素・CCUS・クリーンテック)

水素・CCUSの社会への本格実装は2030年以降と想定されています。この点からも、現在は新規事業参入に向けた種蒔きのフェーズであり、将来の事業ポートフォリオを見据えた先行投資を検討すべきときと考えられます。

⑥ オフセット活用

昨今の動向として、完成品サプライヤーから迅速なGHG削減が求められています。EU-ETS(EU域内排出量取引制度)といった各種制度に適合するためにGHG削減が必要であり、短期でGHG削減を図る必要がある場合には、クレジット等を活用したオフセットが有効な手段の1つとなります。オフセットに関しては、制度/プロトコル/完成品メーカーによって認められる手段が異なり、状況に応じたクレジットの選択・購入量・期間の最適調達戦略策定が求められます。

今回のM&A動向分析からの示唆は、再エネ導入にとどまらない多面的な脱炭素戦略の立案と実行が必要な時期に入ったという点であると考えています。またそのような戦略の立案と実行に際しては、上述のようなフレームワークの活用が効果的でしょう。

2 サーキュラーエコノミーとM&A

動き出した日本の政策とともに、今後もサーキュラーエコノミーのM&A件数は増加が見込まれる

脱炭素化に次いで大きな潮流として企業のビジネス環境に影響を与え、その取り組みが加速しているのがサーキュラーエコノミーです。

EUおよび欧州諸国は、政策としてサーキュラーエコノミーを推進していましたが、地域を問わず、グローバル企業においては資源調達の不確実性リスクを回避するため、サーキュラーエコノミーへの移行を加速しています。例えば、米大手製造業では、自社製品の買い取りサービスを進め、再資源化により自社製品を作るクローズドループを形成し、資源枯渇リスクを回避するレジリエントなビジネスモデルの構築を進めています。

日本においても、2023年2月に日本経済団体連合会が「サーキュラー・エコノミーの実現に向けた提言」を公表し、その直後の2023年3月に経済産業省が「成長志向型の資源自律経済戦略」を策定・公表するなど、サーキュラーエコノミーへの一層のシフトが予想されます。

テキストマイニング分析によるこれまでのM&A案件の動向を見ても、「廃棄物・ごみ」「リサイクル」「資源循環」をキーワードに含むM&A件数が過去5年で3~4倍の右肩上がりとなっており(図表6)、サーキュラーエコノミーに関する政策が打ち出されることで、さらなる加速が予想されます。


3 M&AにおけるESG評価

シナリオ分析およびESGデューデリジェンスがサステナビリティ時代のM&Aには有効

ESGをテーマとするM&Aが活発化する中、従来とは異なる視点でのM&A案件の評価が求められます。ESG評価においては、従来の3~5年といった事業計画期間を越える長期間の事業変化を捉えて、事業の不確実性をリスクと機会として認識する必要があります。そこで有効な分析アプローチが、次に示すシナリオ分析です。

シナリオ分析のアプローチ

Step1 マテリアリティの特定と評価
対象事業に影響を与えるサステナビリティに関連するリスクと機会は何か、マテリアリティを特定し、その重要性を評価します。

Step2 シナリオ定義
まず、対象事業の事業構造、産業特性を踏まえ、①規制動向、②ステークホルダーの関心、③競合プレイヤーの動き、④技術・イノベーションによるゲームチェンジ等のESG評価の分析切り口を用いて、対象事業に影響するパラメーターを設定します。次に、パラメーターに基づくシナリオの数とシナリオの対象期間を定めます。Step1で特定したマテリアリティに起因するリスク・機会が事業に影響を与える可能性、発生時期、頻度、影響度の大きさによって、複数のシナリオが策定されます。

Step3 事業影響の評価
各シナリオにおける事業の影響を評価し、財務への影響を検討します。売上、費用、成長率、将来の資金調達コスト、資産・負債への影響を考慮します。不確実性のある長期予測において、大事なのは正確性ではなく、意思決定を行う際に起こり得るシナリオに基づくアウトカムを把握することです。

Step4 シナリオ分析の修正
買収後に設定したシナリオと実際の事業活動の結果とのギャップを分析し、シナリオにおける事業や財務影響の前提を定期的に見直します。

Step5 バリュークリエーション
シナリオ分析に基づき、リスクの最小化、機会の最大化のための施策を特定し、計画立案、実行管理を行うことで、PMI活動として対象事業のバリュークリエーションを実現します。

ESGテーマを戦略的に活用するM&Aに該当しない場合でも、M&Aを実行する際には、ガバナンスの観点で環境(E)・社会(S)領域の評価視点が求められます。これは、社会変化によってリスク・機会の定義が変わってきており、従来のデューデリジェンスで捉えられないリスク・機会の評価が企業価値に影響を与えていることに起因します。ステークホルダーや社会の関心の変化、それに伴う新たな規制、そして対応する新しい技術やイノベーションの台頭にも目を向けなければいけません。買収者として譲れないマテリアリティ領域、対象事業の属する業界や事業構成から特定されるマテリアリティ領域を、ESGデューデリジェンスを通して把握することが、M&A実行時には重要です。

企業が財務だけで評価されなくなった今日、非財務領域をどう評価していくかに関心が集まりつつあります。IFRS財団による非財務情報開示基準の整備が進むなど、企業価値において非財務が重要な要素であることは認知されています。こうした流れを受けて、M&AにおいてもESG評価を取り入れる動きが今後は進んでいくものと考えられます。



※1 PwC「サステナビリティ経営へのシフトとM&Aの関係(2022年版)」https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2022/assets/pdf/sustainability-ma-report2022.pdf

※2 PwCが独自に開発したモデルによる日本の電力価格予測・フォワードカーブの提供サービス
https://www.pwc.com/jp/ja/industries/eu/electricity-system-reform/pma.html


執筆者

PwCアドバイザリー合同会社
バリュークリエーションオフィス
ディレクター 村山 学

PwCアドバイザリー合同会社
バリュークリエーションオフィス
ディレクター 沼田 泰彦