プレディール段階での予備的な会計分析── 後続ディールプロセスにも影響する論点の検討事例

  • 2023-06-08

はじめに

グローバルで競争が激化する中、事業ポートフォリオを再構築するために戦略的なM&Aによる組織再編を検討する日本企業が増加しています。組織再編の例としては、競業他社の買収、特定の事業の全部または一部の他社への承継、株式の取得による親子会社関係の形成など複数のスキームが挙げられ、その手法には合併、株式移転、株式交換、会社分割などがあります。

これらの組織再編の検討の初期段階では、まず組織再編のスキームを構築する必要があります。この際には、法的および税務的な側面のメリット・デメリットのスタディとともに、会計上の影響分析も実施するのが一般的です。

本稿では、プレディールの段階において検討されることの多い事項として、国際財務報告基準(IFRS)における主要な会計論点を例としていくつか取り上げつつ、それらの会計論点の検討事例の紹介を中心に解説します。

また、プレディールの段階において検討の対象に含めるに値する、組織再編を契機とした経理・財務の体制・仕組みの高度化の視点についても簡単に触れます。自社が取得しようとしている先のグループのほうが洗練された経理・財務の体制・仕組みを有しているのであれば、組織再編を契機として、自社の経理・財務の体制・仕組みの高度化を図る良い機会となることがあります。さらに、内部統制の仕組みも改善される機会となり得るなど、経理・財務の体制・仕組みの高度化という観点から、プレディールの段階であっても、検討の対象として考慮すべき側面が複数あることを事前に知っておくことは重要であると考えます。本稿において取り扱う会計論点の検討事例とは離れるものの、重要な視点であることはここで申し添えておきたいと思います。また、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。


1 プレディール段階での論点検討における諸制約

プレディールの段階では、ディールに関連するタイムラインや情報アクセスなど、さまざまな制約のもとでディールに向けた作業が発生します。会計面での分析についても、さまざまな制約がある中で、いかに効果的かつ効率的に会計論点についての分析を行っていくか、その戦略を検討することが肝要であると考えられます。制約の主な例としては、以下のような制約があります。

(1)時間的制約

プレディールの段階での会計論点の分析における最大の制約は、時間的制約です。ディールが行われるまでのタイムラインは、長期間に及ぶこともあれば、短期間の場合もあります。特に短期間で会計論点の検討を行う場合には、事前の準備が非常に重要になります。ディールのスキームについての理解およびディールの対象となる企業に対する理解を深めつつ、検討すべき会計論点を網羅的に洗い出す必要があります。

例えば、IFRSを採用する企業が、日本基準を採用する対象企業を取得することを検討している場合には、対象企業がIFRSを採用した場合の会計上の影響を定性的かつ定量的に評価する必要があります。この評価を短期間で行う場合には、検討の対象を重要な項目に絞るといった取捨選択が要求されることも多くあります。

(2)情報アクセス上の制約

プレディールの段階での会計論点の分析における他の主要な制約の1つとして、情報アクセス上の制約があります。具体的には、会計論点の分析の際に情報アクセス上の制約が課され、会計論点の検討のために依頼する資料や質問できる項目に上限が設けられることが多くあります。M&Aにおいて企業が対象会社を取得することを検討する際に、対象会社へ送付する質問数や資料依頼の数に上限が設けられる場合には、自社側の複数のチーム(例:財務担当、会計担当、税務担当、法務担当)が連携して作業にあたり、同じ質問を避けるなど、効果的かつ効率的に質問・資料依頼を行う必要があります。また、アクセスできる情報に制約が課される事例も多く、全ての必要な情報を入手できるとは限らない面があります。そのような場合には、一般的に入手可能な統計情報を利用する、または同業種における平均値を用いることで検討を進めることも次善の策としての代替案と考えられます。

なお、プレディールの段階では上述した制約をはじめ複数の制約があり得るため、会計上の初期的・予備的な検討結果については、ディールが完了した段階で改めて得られた完全な情報をもとに見直す必要性がある点にも留意が必要です。また、自社がディールを進める際に、ディールプロジェクトに関与できるチームメンバー、活用できるリソースやツールに制約があることも起こり得ます。

このような検討結果の乖離が生じる可能性を下げるため、また、ディールプロジェクトを円滑に進め、成功裏に完了させるためには、外部アドバイザーを起用することが有用であると考えられます。


2 プレディール段階で検討される会計論点

(1)連結範囲

プレディールの段階で検討されることが多い会計論点の1つに「連結範囲」があります。ディール後に、対象会社(IFRSに合わせて、以下では「投資先」と表記)が連結子会社に該当するか否かは、投資者の投資後の連結財務諸表に重要な影響を及ぼします。

それでは、IFRSにおける連結範囲の決定方法とはどのようなものでしょうか。IFRSでは、連結財務諸表の作成に関する事項については、特別目的事業体(SPE)を含めて全ての企業に、IFRS第10号「連結財務諸表」が適用されます。

IFRS第10号では、連結範囲の決定に「支配」という考え方を採用しており、以下のa.〜c.の全ての要素を有している場合のみ、投資先を「支配」しているとみなされ、連結子会社として連結処理をすることになります。

a. 投資先に対するパワー

b. 投資先への関与により生じる変動リターンに対するエクスポージャーまたは権利

c. 投資者のリターンの額に影響を及ぼすように投資先に対するパワーを用いる能力

このように、IFRSにおける「支配」の考え方は、法的所有権のみに基づくものではありません。IFRS第10号における支配の定義では、パワーとリターンとの関連が示され、当該リターンに影響を及ぼす投資者の能力が示されています(図表1)。


(2)金融負債と資本

M&Aなどのディールにおいては、投資者が投資先を取得するディールの際に、投資先が例えば、ディール後の事業運営に必要な資金を調達するために優先株式を発行することがあります。投資先が優先株式を第三者に対して発行する場合、「金融負債と資本」の会計論点も、プレディールの段階で検討されることが多い会計論点の例の1つとして挙げられます。投資先が優先株式を第三者に対して発行する場合、投資者の連結財務諸表上、当該優先株式の会計処理がどのようになるかは、負債と資本の比率の観点を考慮すると、ディールを行う企業の関心の高い会計領域の1つです。

IFRSにおいて、企業が発行する金融負債と資本を区分するための原則は、国際会計基準(IAS)第32号「金融商品:表示」に規定されています。

3 個別の会計論点の検討事例

以下では、2で取り挙げた個別の会計論点についての検討事例について紹介していきます。なお、本稿で示す検討事例はいずれも検討のイメージを示す目的で簡便な記載を行っており、実際の検討事例・事実等とは異なる点にご留意ください。

(1)連結範囲

情報の信頼性についても担保されていなければなりません。

検討事例1

企業Aは、ディールを通じて、上場企業Bの普通株式48%を取得することを予定しています。このディールにより、企業Bは、企業Aの連結子会社となるでしょうか(つまり、企業Aは企業Bを支配することになるでしょうか)。

2(1)で述べたように、IFRSにおける「支配」の考え方は、法的所有権のみに基づくものではありません。このため、本検討事例では、ディール後に企業Aが48%の議決権を保有することになることのみをもって、企業Aが企業Bを取得した後に、企業Bが企業Aの連結子会社となるか否かの結論をプレディールの初期段階で出すことはできませんでした。

そこで本検討事例では、特にパワーの観点から、企業Bが議決権を通じて支配されることに着目して、プレディールの時点において以下の情報を追加的に入手し、さらに検討を行いました。

  • 本ディール後、企業A以外に普通株式を5%以上保有する株主は存在しないであろうこと
  • 他の株主の各株式保有の合計は52%であるものの、共同して議決権を行使する企業集団は形成されていないと推定されること
  • 他の株主による直接の株主総会への出席または代理人を通じた他の株主の株主総会への出席は、長年にわたって総議決権の30%を超えていないことが事前に判明していること
  • 企業Aは、株主総会に出席し、取締役会の過半を選任し、当該選任は承認されていること

本検討事例では、時間的制約や情報にアクセス上の制約がある中でも、これらの追加的に入手した情報も考慮して、IFRS第10号に基づき、パワー(2(1)a.)、変動リターンに対するエクスポージャーまたは権利(2(1)b.)およびリターンに影響を及ぼすようにパワーを用いる能力(2(1)c.)の3つの観点(2(1)a.〜c.)から総合的に判断した結果、企業Aは、企業Bに対する事実上の支配を獲得する(すなわち、企業Bは、企業Aの連結子会社となる)であろうとプレディールの時点で予備的に判断しました。理由は、企業Aは、株主総会で投票される議決権の過半を実質的に支配することができ、それにより企業Bの取締役の過半を任命し選任することが可能であると推定されたためです。

検討事例2

企業Aは、ディールを通じて、非上場企業Cの議決権の45%を取得することを検討しています。このディールにより、非上場企業Cは、企業Aの連結子会社となるでしょうか。

ディール後に企業Aが45%の議決権を保有することになることのみをもって、企業Aが企業Cを取得した後に、企業Cが企業Aの連結子会社となるか否かの結論をプレディールの初期段階で出すことはできないという点は、検討事例1と同様でした。そこで、この検討事例2でも、特に投資先に対するパワーの観点から、企業Cが議決権を通じて支配されることに着目して、プレディールの時点において、以下の情報を追加的に入手し、検討を行いました。

  • 企業Cの他の11名の株主が、企業Cの株式の約5%をそれぞれ保有していること
  • 上述の株主11名の各株式保有の合計は55%であるものの、共同して議決権を行使する企業集団は形成されていないと推定されること
  • 株主間の取り決めによって、企業Aには、企業Cの関連性のある活動(重要な意思決定)を指図する責任を有する経営幹部を選任および解任する権利、またその報酬を定める権利が与えられていること(当該取り決めの変更には、総議決権の3分の2以上の承認が必要)

上記の検討事例2の事実関係は、検討事例1と部分的には類似する点がありますが、企業Aの株式保有割合と他の株主の株式保有状況のみでは、企業Aが事実上の支配を獲得できるであろうと結論付けることはできませんでした。一方で、企業Cの重要な意思決定を企業Aが行うことを認める株主間の取り決めが存在するため、企業Aが事実上の支配を有することになるという推測が示唆されました。本検討事例では、経営幹部を選任および解任する権利、また、その報酬を定める権利は、実質的である可能性が高いと判断し、企業Aは、企業Cに対する事実上の支配を獲得する(すなわち、企業Cは企業Aの連結子会社となる)であろうとプレディールの時点で予備的に判断しました。

(2)金融負債と資本の区分

検討事例3

企業Dは、企業Eを取得することを検討しています。このディールに合わせて、企業Eは、第三者である企業Zに対して優先株式を発行します。優先株式のタームシートの概要は図表2のとおりです。

企業Eの個別財務諸表上、優先株式は金融負債または資本のいずれに区分されるでしょうか。

図表2:優先株式のタームシートの概要

主な項目

主な内容
配当 優先株式の保有者は、企業Eの取締役会が配当宣言を行った時点で、3月、6月、9月および12月の最終日から10営業日以内に四半期ごとに支払われる固定(償還価格に対し年率5.0%)の累積型の優先配当(現金)を受け取る権利を有する
定期的な償還 発行済みの優先株式は、企業Eの選択または保有者の選択により、3月、6月、9月、12月の末日から30日以内に、1株あたりの金額1,000米ドルに、償還予定日まで発生した未払いの配当金(企業Eが控除または源泉徴収する必要のある税金を控除)を加えた金額と同額の現金で随時償還することが可能(単純化のため償還価格に関する条件の詳細については割愛する)
株式の発行による償還 上述の償還に加えて、企業Eによる株式の発行完了後 30日以内に、企業Eの選択により、発行済みの優先株式を償還することができる(単純化のため償還価格に関する条件の詳細については割愛する)
償還日 発行済みの優先株式は、優先株式の発行日から10年経過した日に、償還価格と償還日までに発生した未払いの配当金(企業Eが控除または源泉徴収する必要のある税金を控除後の金額)で償還される
優先権 優先株式は、配当金の支払い、企業Eの清算および解散の際の残余財産の分配に関して、企業Eの他の全ての株式よりも優先される
議決権 優先株式には議決権は付与されない

出典:PwC作成

本検討事例では、優先株式を次のように元本の要素および配当の要素に分けて、金融負債と資本の区分についての検討を行うことになります。

  1. 元本の要素
    a. 発行日から10年経過した日に償還されることから、発行体であるE社は現金の支払い義務を有するため、当該優先株式は、元本の要素として金融負債の性質を有しています。

    b. a.の償還前において、優先株式の保有者の選択による現金での償還が可能とされているため、当該優先株式は、元本の要素として金融負債の性質を有しています。
  2. 配当の要素
    a. 配当は累積型であり、発行体であるE社は現金の支払い義務を有します。そのため、当該優先株式は、配当の要素として、金融負債の性質を有しています。

以上から、この事例では、プレディールの段階において、ディール時にE社が発行する予定である優先株式は、E社のIFRSベースの個別財務諸表上、金融負債に区分されると考えられます。

E社を取得した後のD社のIFRSベースの連結財務諸表上では、D社(および連結子会社)以外の第三者が保有するE社が発行した優先株式は、金融負債として認識されることになります。E社が発行する優先株式を金融負債ではなく資本として認識することを望む場合には、資本に区分するための要件を満たすように優先株式の発行条件を見直す必要があります。

【参考1】会計上「優先株式」とは何を指すか

会計上「優先株式」とは、普通株式とは異なる他の種類の株式のうち、特に普通株式との関係において優先的な権利を有する全ての株式を言います。こうした優先的な権利は多種多様で、例えば、一定額の配当を受け取る権利、清算時に資本の一定部分を受け取る権利、または企業の資産の分配に参加する権利(参加型優先株式)などがあります。

ここで、強制償還される優先株式が、金融負債であるか資本であるかを判定する際には、優先株式の元本部分およびリターン部分に付与されている具体的な契約上の権利を検討する必要があります。例えば、6%の固定配当が付された償還優先株式を検討する場合、この優先株式は、定期的な固定配当の支払いおよび将来の所定の期日における固定金額での発行者による償還を強制しています。このように、株主に対して回避できない(配当の支払と元本の返済の双方に関する)現金を引き渡す契約上の義務が存在する場合、優先株式は、その全体として、資本ではなく金融負債となります。

【参考2】金融負債と資本の区分:非償還型の優先株式の事例

優先株式が償還可能でない場合、金融負債と資本の区分は、付帯している他の権利によって決定されます。すなわち、優先株式の元本部分およびリターン部分に関する具体的な契約上の権利を検討することが必要となります。

強制的な固定配当が付された非償還型の優先株式を検討する場合、株式は償還可能ではなく、それゆえ元本の金額は資本の特徴を有しますが、企業は配当を支払って発行者のリターンを株主に提供する契約上の義務を負います。この義務は、資金の不足または配当可能利益が不十分なために企業が配当を支払うことができない場合でも無効とはなりません。したがって、当該義務は金融負債の定義を満たします。当該優先株式は、総合的な区分としては複合金融商品となり、元本部分と当該義務部分とを別々に会計処理することが必要となる可能性があります。

例:リターンが発行日時点の市場金利から乖離した(offmarket)金利で当初設定されている場合、または契約条件に固定配当に加えて自由裁量による配当が規定されている場合、優先株式は複合金融商品となります。

例:リターンが発行日時点の市場金利で設定され、かつ、自由裁量による配当が定められていない場合、キャッシュフローの流出が永久に続くため、優先株式全体が金融負債に分類されます。

4 おわりに

ディールを成功裏に完了するためには、プレディール段階における事前の戦略的な計画が極めて重要となります。そのためには作業工程管理表を作成するなど、ディールの完了までの工程を可視化することが特に有用です。また、プロジェクトに参画するメンバーが有するスキルセットやそのスキルのレベルはプロジェクトを成功裏に収めるために極めて重要なファクターになります。そのため、プロジェクトのスタート時点から外部の会計アドバイザーを起用し、会計上の初期的・予備的な分析を効果的かつ効率的に行うことは、プロジェクトマネジメントの観点からも有用なオプションとなり得るものと考えます。

情報の信頼性についても担保されていなければなりません。

執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
シニアマネージャー 田野 雄一

PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
マネージャー 真柳 立