欧州との差はエンゲージメント「移行計画」に見る日本企業の弱点と処方箋

2024-11-14

※本寄稿記事は日経ESG 2024年11月号寄稿記事を基に再構成、了承を得て掲載したものです。

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サステナビリティ情報の開示基準を策定する国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は2024年6月に、「移行計画」の開示について、英国の移行計画タスクフォース(TPT)の枠組みと整合させる方針を示した。
移行計画は、脱炭素へ向けて温室効果ガスをどのように削減するかの道筋を示したものだ。脱炭素の実現性から企業の将来の成長性を見極める情報として、投資家や金融機関が重要視している。
企業のサステナビリティ対応は、規制に基づく報告義務の履行にとどまらず、企業戦略と統合することが求められるようになってきた。移行計画の策定もその1つだ。この傾向は、法規制の強化や投資家や金融機関の要請によって強まっている。

移行計画の策定に遅れ

現在、ISSBが公表した基準(IFRS S1号、同S2号)に基づき、各国でサステナビリティ報告の義務化に向けた検討が進んでいる。日本では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が導入する新基準がISSB基準の日本版に当たる。一方、欧州では企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に基づく開示基準に沿って義務化が先行して始まっている。
これらの規制や基準に共通するのは、企業に経営戦略と整合したサステナビリティ戦略を策定し、実行するよう求めている点である。あらゆる企業の重要課題となっている気候変動については、温室効果ガス排出量の算定やリスク・機会の分析といった対応が浸透してきている。しかし、自社の戦略と整合した形で排出量の削減やリスク・機会への対応を盛り込んだ計画、すなわち移行計画を策定できている企業は多くない。ISSBが策定・開示を求めるなど移行計画への関心は高まっているものの、何を盛り込み、開示すればよいのか不明瞭な部分もあり、多くの企業が手探りの状態となっているのが実情だろう。そこで、日本企業が移行計画を策定、開示する上でのヒントを探っていく。
まず、どのような移行計画を策定しているのか、開示の観点からその中身に注目しているのが、前述のTPTやESG格付機関のCDPの設問などである。移行計画の実効性や進捗を評価する国際イニシアチブとして、トランジション・パスウェイ・イニシアチブ(TPI)やアクセラレート・クライメート・トランジション(ACT)がある。
それぞれ違いはあるものの、これらの特性を読み解けば、企業として対応すべき点が見えてくるだろう。ここからは、TPIとACTによる移行計画の評価結果を分析し、海外企業との比較を通じて、日本企業の課題を見ていく。
最初にTPIとACTについて簡単に紹介する。TPIは英国国教会の投資機関と英国環境保護庁の年金基金が設立した国際イニシアチブで、企業の脱炭素への移行について進捗を評価している。ACTは、企業の脱炭素移行への準備状況を評価するためのフレームワークで、仏環境エネルギー管理庁とCDPが運営する。
TPIとACTは、多くの国際的な投資家団体から支援を受けており、様々な投資家や金融機関により投融資先の評価に活用されている。例えば、クライメート・アクション100プラス(CA100+)やFTSEラッセル、MSCIなどのESG評価機関がTPIのデータを活用する。企業のSDGs(持続可能な開発目標)への貢献度を評価する世界ベンチマーク・アライアンス(WBA)は、ACTを用いて企業を評価する。このように、TPIとACTの評価は投資判断にも関わっているため、企業の資金調達に影響を及ぼす可能性がある。
それぞれの評価方法を説明しよう。まずTPIからだ。企業の気候変動に対する戦略の有無やガバナンスの内容、科学的根拠に基づく目標設定の有無など、合計23個の基準を基に評価する。企業の移行計画の成熟度がレベル0~5までの6段階で示される。レベルごとに1~7つの評価基準が設けられており、最も低いレベル0から順に各レベルの基準を全て満たしていかないと上のレベルの評価を得られない。例えば、レベル2までの基準をすべて満たし、レベル3で1つでも満たしていない基準がある場合、仮にレベル4の基準をすべて満たしていたとしても評価結果はレベル3となる。
続いてACTの評価方法を見ていく。削減目標、有形投資、無形投資、サプライヤーエンゲージメント、顧客エンゲージメントなど9つのモジュールごとに評価し、移行計画のスコア(最高20点)を算出する。なお、セクターごとの特性を評価するため、各モジュールでの評価基準やモジュール間の配点を調整している。例えば、サプライヤーエンゲージメントの重要性が高いセクターは、その配点が高くなる。
TPIやACTの評価方法を理解することは、ISSBやCSRDなどで要求されている移行計画の開示にも役立つだろう。移行計画として開示すべき要素は、それぞれの基準の間でおおむね整合していることもあり、どのような開示が評価に資するかのポイントを押さえられるからだ。ただし、どれか1つの基準に対応できていれば十分というものではない点に留意してほしい。

図表1 地域別TPI評価結果

現時点の評価では欧州に軍配

それでは、TPIとACT(WBA)の最新の公表内容(24年7月末時点)を基に、日本企業と海外企業の評価結果を分析していく。特に、相対的に高い評価を得ている欧州企業との差から、日本企業の傾向や弱点となっている要素を洗い出す。なお、TPIは11セクター・約1050社、WBAはACTのフレームワークに基づいて6セクター・約430社を評価、公表している。どちらも、エネルギーや素材、輸送といった排出量が多いセクターが評価対象となっており、各国の産業全体について特性を見ているものではない。

TPIの評価結果から見ていこう。

図表2TPI Level3基準のクリア割合、TPI Level4基準のクリア割合

日本企業はレベル3の企業が約7割と非常に多く、レベル4や5の企業は約2割にとどまる。一方、欧州企業はレベル4と5の合計が約5割に上り、日本企業の2倍である。個別の基準ごとに評価を掘り下げると、日本企業の多くはレベル3の基準の1つである「国内および国際的な気候変動の緩和の取り組みを支持している(取り組み支持)」を満たせていないことが分かる。この基準は、「企業が気候変動の緩和を支持する業界団体の会員になることでその支援を示し、公共政策や規制に対して企業の立場を明確に示しているか」という点が確認される。
レベル3のその他の基準については、日本企業と欧州企業にほぼ差はない。さらに、レベル4の基準を見ると、「シナリオ分析を実施している」や「排出削減目標達成のための行動を開示している」のように、日本企業の方が欧州企業より対応が進んでいるものもある。大半の企業は「役員報酬に気候変動対策の成果が反映されている」の基準を満たせていないといった課題もあるが、先のレベル3の基準(取り組み支持)を満たせれば、日本企業の評価は大きく向上する可能性がある。
なお、レベル5では「排出削減戦略の主要要素と、各行動が目標達成に与える影響の割合を定量化している」「カーボンオフセット等が果たす役割が明確に示されている」といった5つの基準が設けられているが、どの地域も対応ができている企業はまだ非常に少ない。
次にACTの評価について解説する。セクターごとに評価基準や各モジュールの配点などが異なるため、スコアそのものを複数のセクターにまたがって比較するのは適切ではない。そこで、セクターによらず9つのモジュールの区分が共通である点を踏まえ、モジュール別の得点獲得率を比較して傾向を分析する。
まず、評価対象の約430社の平均スコアは3.9点。そのうち欧州企業の平均スコアは6.5点で、日本企業の平均スコアは4.6点と、満点の20点に対してまだ開きがある。その上で、モジュール別の得点獲得率を見ると、全般的に欧州企業が日本企業を上回っている。TPIで日本企業の弱点の1つに挙げた「取り組み支持」に近いものが「政策エンゲージメント」で、欧州企業のスコアを下回る傾向が見られる。顧客やサプライヤーへのエンゲージメントを含めて外部への働きかけが欧州企業に及んでいない。

業界団体と戦略的連携を

TPIとACT(WBA)の評価結果から、「外部への働きかけ」が日本企業の弱点になっていると考えられる。個社のみでこの弱点を克服するのは難しく、他社連携や業界連携をより戦略的に推進する必要がある。業界団体などを通じて気候変動の緩和に向けたスタンスを示しつつ、外部ステークホルダー(サプライヤー、顧客、政府)へのエンゲージメントを強化できれば、日本企業全体の評価が大きく上がる可能性がある。ISSBの基準との整合が想定されるTPTではエンゲージメントに関する基準が明示されており、これから開示でも焦点が当たると予想される。
では、日本企業は具体的にどうすればよいのか。TPIとACTの基準で共通する政策エンゲージメントへの対応からヒントを探っていく。
TPIを「ネットゼロ企業ベンチマーク」の指標として活用するCA100+は、より具体的な評価手法を文書化している。政策エンゲージメントについては、(1)自社の気候政策への立場(パリ協定への整合)を公表し、これに基づいたロビー活動の実施にコミットしているか、(2)自社ならびに所属する業界団体の気候政策に対する立場(同)をレビューした上で、どのようなアクションを取ったか─について開示するよう求めている。アクションの結果が曖昧な場合や、業界団体の開示が一部の抜粋となっている場合は不十分と評価する。
移行計画の開示に焦点を当てたTPTでは、業界団体を通じたエンゲージメントに関する開示項目の1つとして「所属する業界団体の活動をモニタリングし、自社の戦略的目標と矛盾する可能性のある行動を最小限に抑えるためのステップの開示」を求めている。
英シンクタンクのインフルエンスマップは、企業や業界団体の気候政策に関するエンゲージメントを評価し、CA100+とデータを連携している。欧州には気候変動対策に積極的に関与する業界団体が多く見受けられる。このことから、業界団体との関係も含めて気候政策への立場やアクションについて説明しやすい状況があり、欧州企業の政策エンゲージメントの評価を押し上げていると推察される。
日本で同じ状況をすぐにつくれるものではないかもしれない。とはいえ、自社や所属する業界団体の気候変動政策への立場やアクションを棚卸しして、開示を進めることがTPIなどの評価向上に有効と考えられる。これは、多くの日本企業が業界団体を通じた活動の方向性を改めて考え直すきっかけとなり、業界単位で影響力のあるアクションがさらに推進されることも期待できる。
バリューチェーンへのエンゲージメントの観点でも、業界団体を通じた取り組みは重要である。米国の例だが、先のインフルエンスマップで評価の高い業界団体として再生可能エネルギー電力関連の団体が複数挙げられている。その特徴として、電力会社のみならず需要家やデベロッパー、法律事務所など様々な主体が参加し、共同で再エネ産業の拡大に向けたアクションを取っている点がある。米国の電力セクターは、TPIやACTでエンゲージメントスコアが高く、こうした活動が評価にもつながっていると推察される。
ここまで、世界で進んでいる欧州企業との比較による「弱点」に焦点を当てながら日本企業の移行計画の評価を見てきた。欧州企業には及ばないものの、日本企業の取り組みは国際的には先行している。ここに「連携」の力が加わることで、日本企業の評価が高まると期待される。
ただし、自社と所属する業界団体の気候政策への立場を整合させながらアクションにつなげていくのは難しい。経営戦略とサステナビリティ戦略を統合させるに当たって、まずはリスク・機会の分析や投資など資本配分の検討に業界連携の観点を含めることが出発点になるだろう。

図表3 地域別ACT評価結果(モジュール別得点獲得率)

執筆者

横田 智広

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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