DXで直面するカベを突破せよ データ活用を阻むカベを突破せよ--欠落しがちな利用者視点

2024-04-25

「当社は企業経営にデータを最大限活用し、効果も出ている」と胸を張って言える企業がどれくらいあるであろうか。前回取り上げたスイスの国際経営開発研究所(IMD)による「デジタル競争力ランキング2023」において、日本は「ビッグデータとアナリティクスの活用(Use of big data and analytics)」の調査指標では64カ国中最下位と評価され、日本企業がデータ活用においてさまざまな困難に直面していることが推察される。実際の現場に目を向けてみると、データ活用基盤を構築したものの、「利用が広がらない」「肝心のデータがそろわない」といった声も多い。本稿では、このようなデータ活用を阻む壁を突破するアプローチについて解説する。

「提供者視点」で構築されがちなデータ活用基盤

近年のデータ活用は、ビジネスのあらゆる場面で言及されており、多くの企業がデータ活用基盤の構築に取り組んでいる。一方で、膨大なコストと時間を投じてデータ活用基盤を構築したものの、それらが期待通りに活用されていないという事例が少なくない。その根底には、ビジネスシーンでデータを活用して意思決定するという活動自体があまり取り入れられてこなかったことがあり、具体的に「誰が」「どのようなビジネスシーンで」「どのようにデータ活用をするのか」といった利用者視点のビジネス要件が事前に定まらないという課題がある。

そのため、データ活用基盤を構築するIT部門側では、「今後さまざまに生じるであろう」という仮定のもと、どのような要求にも応えられるように汎用性を追求しがちである。具体的には、「とりあえず必要と思われる各種データを集めよう」「多種多様なデータを変換する機能を持つツールを導入しよう」「誰でも使えるようにあらゆるデータのデータカタログを整備しよう」といった、いわば「提供者視点」での判断に傾倒することが多い。

その結果として、壮大なデータ活用基盤が構築されるものの、利用シーンやビジネス要件が追いつかず、業務で実際に必要とするデータがそろわないなど、利用者不在のシステムができあがってしまう可能性がある。このような事態を防ぐには、技術やシステムの構築よりも先に、利用者が真に何を必要としているか、データを活用してどのような問題を解決しようとしているかを深く理解する「利用者視点」でのアプローチが必要となる。

図表1 データ活用における陥りがちな罠

「現場で必要とされるデータ活用」を導き出すアプローチ

実際の現場でどのようなデータが必要とされているかを考察してみると、たとえ同じ部門であっても、マネージャーと現場担当では見るべきデータが異なっていたり、活用シーンが異なっていたりすることがある。ここで重要となる考え方が、「ユーザー中心設計(UCD:User-Centered Design)」だ。提供者視点ではなく、利用者視点でデータ活用基盤を整備していくことである。

ユーザー中心設計の具体的な進め方は、ユーザーリサーチを実施し、それを基に特定の利用者像であるペルソナを定義するとともに、利用者がサービスを利用するまでのプロセスを表現する「カスタマージャーニーマップ」を作成する。そこから潜在的なニーズや課題を特定し、それらを解消するためのソリューションを開発するといった流れである。

重要なことは、利用者の声や要望を単に聞くのではなく、利用者の言動から潜在的に必要なものを深く分析することである。例えば、机上だけでペルソナを検討するのではなく、実際の現場を観察して解像度を上げる(細かく把握する)。データ活用基盤を利用する前と後の課題に目を向ける。また、利用者がどのようなデータにアクセスすることで効果的な意思決定ができるようになるか、業務を効果的に変えていけるかを利用者の視点で徹底的に考え抜くことが重要である。これらに時間をしっかりと割くことによって、データ活用の方向性が具体的かつ実用的な形で明らかになる。

図表2 ユーザー中心設計に基づくデータ活用基盤整備アプローチ

最初から完璧を目指すのではなく、小さく始め継続的に改善を重ねる

利用者の意思決定を支援するためのデータ項目を特定した後は、必要なデータを収集・加工し、可視化や分析を通じてデータの活用を考えていくことになる。このデータを特定・収集・加工、・活用するなどの一連の処理は、それぞれ1回限りの一方通行のプロセスではない。最初から必要なデータ項目や変換処理を全て完璧に洗い出すことは困難であり、可視化ダッシュボードも実際に利用してみると新たな要件が出てくることも珍しくないだろう。

それ故にデータ活用基盤の開発に当たっては、ウォーターフォールに代表される計画駆動型のプロセスで進めることが難しく、アジャイル開発のような仮説検証型のプロセスを採用することが望ましい。小さく始めて、早期に特定のデータセットで業務におけるデータ活用を開始し、利用者からのフィードバックを収集しながら、継続的に改善を重ね、段階的にデータ活用基盤を構築していく。そうすることで、利用者が真に必要とする機能を持つデータ活用基盤が整備され、効果的なデータ活用を実現できる。

筆者らが所属するPwCコンサルティングが携わったデータ活用基盤の構築事例でも、上述のユーザー中心設計とアジャイル開発が柱となっており、利用者視点による継続的なアプローチで機能を実装することにより、結果として無駄なものが作られず、実際に利用者が用いるデータ活用基盤が構築されている。

カベの突破は「利用者視点+継続的改善」

企業でのデータ活用は、単なる技術的な挑戦ではなく、利用者の真のニーズに即した価値提供のプロセスであるべきである。先述したUCDの原則に基づく利用者視点のアプローチを採用し、アジャイル開発により継続的に改善を行うことで、企業はデータを有効に活用し、ビジネスの課題を解決するための実践的な手法を確立できるだろう。

データ活用基盤をこれから整備しようとしている企業はもちろんのこと、既に導入している企業も一歩踏み出す工夫として、まずは以下の3つのアクションから始めてみてはどうだろうか。

  1. 現状のデータ活用基盤の振り返りを行う:現行のデータ活用基盤に関して、利用者視点に立ち、良かった点、うまくいかなかった点を分析する
  2. データ活用基盤の目的や利用者を特定し、チーム内で共通認識化する:会社内の部門の役割にとらわれず、チーム全員が「誰が顧客(利用者)なのか」を理解する
  3. 「正しいアプローチ」の理解を高め、できるところから始める:現場だけでなく、意思決定者となる経営層含めて、推進チーム内でユーザー中心設計、アジャイル開発のような仮説検証型のプロセスに関する知識レベルを合わせる
図表3 データ活用基盤構築に求められるアプローチ

次回は、データ活用と同じようにDXの文脈で頻繁に議論が行われる新規事業やサービスの立ち上げを取り上げ、「新規事業立ち上げの壁を突破するヒント」を解説する。

※本記事は2024年3月13日にZDNET Japanに掲載されたものです。
※発行元の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。

執筆者

鈴木 直

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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