トップランナーと語る未来 第15回 名古屋商科大学 澤谷由里子氏

「エフェクチュエーション」大企業の新規事業成功に向けて

  • 2026-04-22

劇的な変化と不確実性に満ちた現代社会において、未来を切り拓いてきたトップランナーは何を見据えているのか。本連載では、PwCコンサルティングのプロフェッショナルとさまざまな領域の第一人者との対話を通じて、私たちの進むべき道を探っていきます。

第15回は、名古屋商科大学ビジネススクール教授の澤谷由里子氏を迎え、PwCコンサルティング合同会社のパートナー池田和明、シニアマネージャー佐々木玲とともに大企業の新規事業成功に向けて議論しました。

(左から)佐々木 玲、池田 和明、澤谷 由里子氏

参加者

名古屋商科大学ビジネススクール 教授
澤谷 由里子氏

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
池田 和明

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
佐々木 玲

※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。本文中敬称略。

従来の事業創造と「両利きの経営」が抱えた限界

池田:
これまで日本の大企業の事業創造においては、目的の達成のために必要な手段を逆算して、目標設定、市場環境などの分析、事業計画を策定し、利害関係や変化への適応を行う意思決定理論、すなわち「コーゼーション」が行われてきました。また、企業経営者の注目も集めた知識の深耕と知識の探索を両立させる経営手法である「両利きの経営」自体も、既存事業との関係性などにより十分に機能していなかったのではないかと観察しています。こうした実態を澤谷さんはどのように見ていらっしゃいますか。

図表1:大企業の事業創造における従来の進め方

澤谷:
これまで企業には、事業創造の方法として2つのやり方しかなかったと見ています。一つは、戦略を立ち上げてそれを実行していくやり方、もう一つは環境の変化に適応していくやり方です。両利きの経営における新規創造では、自社の技術や人材がある一方で、社会課題があり、しかも自社の戦略だけでは解決できない状況に置かれます。その中で、当初はなかった新たな戦略を追加するか、という意思決定を迫られます。しかし、それがなかなかできずに、これまでの自社戦略を実行し続けて上手くいかなくなり、その結果、顧客や環境に適応することになります。このように従来の「両利きの経営」では、コーゼーションの枠組みから抜けきれないということが起こります。

図表2:大企業の事業創造(コーゼーション)における問題

名古屋商科大学ビジネススクール教授 澤谷 由里子氏

名古屋商科大学ビジネススクール教授 澤谷 由里子氏

この問題を変えるために企業は、市場の声を聞く際にマーケティング的な聞き方だけではなく、インサイトを深めて聞くための方法として「デザイン思考」を取り入れてきました。しかし、企業にデザイン思考が根付くことは難しかった。その理由としては、この思考はデザイナーが考えている手法とプロセスを抽出したものですが、本来デザイナーが持っている「美」の部分を置き去りにしたことが挙げられます。

池田:
デザイン思考にはこれまでも関わってきましたが、進め方以上に、取り組まれている方のものの考え方や捉え方にデザイン思考が浸透していないと難しい部分があると感じています。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 池田 和明

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 池田 和明

エフェクチュエーションとは

澤谷:
エフェクチュエーションとは、インド出身の経営学者のサラス・サラスバシー(Saras D. Sarasvathy)氏の提唱した理論で、起業家や不確実な環境下において事業を創造する方の考え方や特徴を5つの原則としてまとめました。

図表3:エフェクチュエーションとは

図表4:エフェクチュエーションの5原則

池田:
つまり、これまでの起業家のイメージに基づく「こうあるべきだ」という価値基準から展開されたものではなく、成功した起業家の思考や行動様式を観察する中で、エフェクチュエーションの原則が抽出されたという帰納法的な考え方と捉えてよろしいでしょうか。

澤谷:
はい。当初はサラスバシー氏も、マーケティング調査をして資金を得て進めていくこれまでの起業家像を想定していましたが、起業家インタビューを重ねる中で実態が異なることに気が付き、「起業家ゲーム」というプログラムを通じて、実際の意思決定や思考の特徴を体系化していきました。それが5つの原則です。

池田:
私は以前、クライアントのIPO支援を行っていましたが、そうした企業の経営者の思考や行動様式は、エフェクチュエーションの5つの原則で説明がつくと思います。

澤谷:
まさにそのとおりで、企業のトップはエフェクチュエーションの考え方を持ち、行動していることが少なくありません。ただ、そういった考え方がマネジメント層を経て、現場社員まで伝わる過程で、要素が抜け落ちてしまうことがあります。最近、パーパスの再定義に取り組む企業が増えていますが、これは、「私は何者か(Who I am)」を取り戻す動きとも言えます。

大企業でエフェクチュエーションをどう取り入れるか

池田:

大企業でエフェクチュエーションを実践する難しさは、エフェクチュエーションの世界観を組織として持てるかどうかにあると感じます。

澤谷:
エフェクチュエーションの特徴は、「予測せずにコントロールする」ところにあります。「変化に適応する」のとは異なる世界観です。つまり、自分が作りたい世界観があれば、「今、手中にあるもので始めたこと」を人に共有すると、「それ、いいね。ここ手伝えるよ。」と話に乗ってくる人が増えます(クレイジーキルトの原則)。結果として、仲間が増え、仲間の持ってくる資源が増え、目標が大きくなり、自分達と環境とのインターフェースを作り替えることで、予測ではなくコントロールで、世界観が立ち上がっていく。これがエフェクチュエーションです。競合的な原理や環境適応ではなく、自分がやっていることを起点に仲間を増やし、自分達のやっていることが「市場」になっていく考えです。ただこの方法は、最初の時点では目的が明確ではない点が、企業にとってやりにくいかもしれません。

新規事業のアイデアとは必ずしもトップから生まれるとは限りません。多くは、市場に最も近く、インタラクションが多い現場から生まれてきます。その、ボトムからの弱い声をいかに拾い上げ、形にしていくかが重要になります。その際に必要となるのが、「私は何を知っているのか、誰を知っているのか、私は何者か」(手中の鳥の原則)の考え方で、それを考え続けている人がエフェクチュアルなプロセスに乗りやすいと言えます。

池田:
確かに、これまで成功した人々の考え方は、エフェクチュアルなプロセスから生まれていると感じています。ではなぜ、企業は戦略を立案する際に、エフェクチュアルとは反対のやり方で進めようとするのか、根本的な疑問を感じました。

図表5:大企業においてエフェクチュエーションを実践する難しさ

澤谷:
どれだけ調査してもどっちの方向が正しいかわからない状態を「不確実性」と捉えるのですが、サラス氏は不確実性には3つあると述べています。

  1. サイコロの1/6のように事前に定義されている確率
  2. 天気予報のように統計的にパーセンテージの分かる確率
  3. まだこの世に存在しないような本当の不確実

この中で、起業家が3の本当の不確実に直面した時に頼りになるのが、「私は何者か」です。

池田:
大企業の新規事業成功事例を見ると、M&Aを活用した外部からの取り込みパターンが多いように見受けられます。また、新規事業を創出する段階において、社内で育てるだけではなく、スタートアップに支援・投資することで、成長した際に自社に有益な要素があれば買収、そうでなければ売却して利益を得る進め方がありますが、その方法についてどのように考えますか。

澤谷:
M&Aやスタートアップ支援が、単なる出口ではなく、関係性を深める仕組みになっているかどうかが重要だと思います。

例えば、ある技術が研究開発から15年間市場を作れなかった事例があります。そのプロジェクトでは外部から人材を招き、活動時間の約30%を社外組織との協働に充てることで突破口が開けました。その際、当初の戦略であったBtoB市場では前例が障壁となり進展が難しかったため、まずBtoC領域で成功事例を作り、その後にBtoBへ展開するという順序を取りました。つまり、最初から計画された市場ではなく、できることから始めて市場を作っていったのです。

企業の内部組織が硬直し、エフェクチュエーションのような探索的な進め方が難しい場合には、このように社内外の関係者を巻き込む「クレイジーキルト」型のオープンイノベーションが有効になります。M&Aやスタートアップ連携を、単なる投資や買収ではなく、共に市場を作る関係性のネットワークにできるかどうかが鍵ではないでしょうか。

図表6:エフェクチュエーションを実践する難しさからの克服方法

エフェクチュエーション実践の先――不確実性下の事業創造をどう捉えるか

佐々木:
ここまで大企業におけるエフェクチュエーションの実践について考えてきましたが、その先にはどういったことが考えられるでしょうか。

澤谷:
不確実性の状況においてクリエイティブな行為というのはどういうことかを考えています(図表7)。

図表7:不確実下における創造的行為の分類

ポイントは2つの軸です。一つ目の軸は「目的の性質」で、社会的な問題・課題のような外発的課題か、私はこうしたい、どうかなという内発的・自発的機会か、です。もう一つは「行為の起点」で、自らの欲求起点か、手段や資源の起点か、です。

本日のテーマであるエフェクチュエーションは「私は何者か(Who I am)」や、「持っているもの」から始める発想です(図表7右下)。それに対応するのが欲求外発的課題が交わる領域でありデザイン的な考え方で、自分たちが作りたい世界観を作り上げて共感してもらいながら仲間を増やしていく考え方です(同左上)。さらに、自発(内発)的機会という欲求そのものを起点にする領域では、アートや美という考え方が生きてきます(同左下)。最近では、経営学の中にも組織美学という領域ができてきて、議論が始まっています。外発的課題の手段・資源の領域は、今ある資源で考える領域(同右上)、創発的な戦略が入ってくる領域になります。

池田:
示唆深いお話をありがとうございました。今後、私も「私は何者か」何ができるのか、何がしたいのか、ということを考え続けていきたいと思います。また、PwCコンサルティングのX-Value & Strategyチームとしても、新規事業の課題に対し、エフェクチュエーション思考の実装や案件単位のグロース(0➝1、1➝10、10➝100)、新規事業組織自体の戦略・ガバナンスの高度化を支援してまいります。

図表8:PwCコンサルティング「戦略的新規事業」オファリング(概要)

主要メンバー

池田 和明

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

佐々木 玲

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

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