
第12回◆グローバル展開を加速させるためのフロントオフィスの現状と改革
テクノロジー業界では、企業の枠組みを超えた価値提供が求められる中、海外でのビジネス拡大に取り組むケースが増えており、最適な仕組み構築が求められています。PwCコンサルティング合同会社のメンバーに改革を推進していくためのポイントを聞きました。
2021-09-10
デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進はもちろん、産業構造の変化によるM&Aなど、日本企業を取り巻くビジネス環境は、急速に変化しています。M&Aを実施するうえで重要なのが、「デューデリジェンス(Due Diligence)」と呼ばれる精密調査です。中でもIT環境やIT資産を調査する「ITデュー デリジェンス」には、多くの企業が注目しています。では、なぜITデューデリジェンスに注目が集まっているのでしょうか。本稿ではPwCコンサルティング入社3年目のイ ウジンが、PwCコンサルティング合同会社でIT デュー デリジェンスを統括するパートナーの福田健に、ITデューデリジェンスの概要や注目される背景から、PwCが提供するITデューデリジェンスの価値についてまで、詳しく話を聞きました。
登場者
PwCコンサルティング合同会社
パートナー
福田 健
PwCコンサルティング合同会社
アソシエイト
イ ウジン
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)イ ウジン、福田 健
イ:最初に「デューデリジェンス(Due Diligence、以下「DD」)」とは何かを教えてください。日本語にすると「適正に実施すべき精査」ですよね。何を、どのような目的で精査するのでしょうか。
福田:DDとは、投資家や事業会社がM&Aや組織再編を決定する際、投資対象となる企業や組織の適格性を把握するために実施する精密調査のことです。
DDには財務リスクや正常収益力などを把握する「財務DD」、潜在的な租税債務を把握する「税務DD」、法的権利義務関係や係争中案件に関わる潜在的リスクを把握する「法務DD」などがあります。また、近年では投資対象の企業や組織の情報システムにフォーカスした「IT DD」にも注目が集まっています。
イ:IT DDではどのようなポイントを精査するのでしょうか。
福田:投資対象の企業および組織の情報システムやIT管理のプロセスはもちろんのこと、どのような「ディール・ブレーク・リスク」を抱えているかを精査します。
ディール・ブレーク・リスクとは、「買収・合併後に何らかの対応をしなければならない、コストに影響を与える損失やリスク」を指します。具体的には、想定外のIT投資・コストが発生するリスクや、情報漏洩・情報セキュリティ違反などのリスク、システム統合を進めるうえでのリスクなどです。
ただし、IT DDはリスク(マイナス)だけを評価するものではありません。投資対象の企業や組織の情報システムにどのような競争優位性があるのかも評価します。例えば、製造業の企業を買収する際、「その企業が有する在庫管理システムは他社のシステムと比較してどのような競争優位性があるのか」といった点を評価し、その資産価値も精査します。
イ:なぜ、今、IT DDは注目されているのでしょうか。
福田:1つにはAI(人工知能)やIoT(Internet of Things)をはじめとした新技術の台頭があります。現在はこれらを活用して新たなサービスを創出したり、産業構造を再編成したりする機運が高まっています。
特に最近では新技術をビジネスの柱にしたスタートアップ企業が台頭し、彼らを投資対象にする案件も増えてきました。例えば、金融機関がブロックチェーン技術を活用して新規ビジネスを立ち上げる際、フィンテック(Fintech)サービスを提供しているスタートアップを傘下に置くことも珍しくありません。
今やITは経営戦略の要となる存在であり、これまで以上にその重要度は高まっています。実際、グローバルマーケットではM&Aの案件数が急増しています。投資対象となる企業、組織が導入する技術やITシステムを精査することは、当然のことなのです。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 福田 健
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト イ ウジン
イ:M&Aを行ううえでIT DDは必須なのですね。では、もし、IT DDを実施しなかった場合、どのような事態が起こり得るでしょうか。
福田:IT DDを実施しないことは、ディール・ブレーク・リスクを放置するのと同義と言っても過言ではありません。つまり、ビジネスに重大な影響を与えるITの問題を見逃してしまう恐れがあるのです。
具体的な例を挙げましょう。アプリケーションの買収後、その運用性および保守性の低さが発覚した場合には、アプリケーション更新の追加費用が発生します。また、買収対象企業が抱えるプロジェクトが頓挫していることを確認しないまま買収すれば、買収後に対応にかかる費用が発生します。また、法律が定めるセキュリティ要件をITシステムが満たしていなければ、当然企業価値は下がりますし、最悪の場合、ビジネスは中断してしまいます。
イ:ITシステムは実際に精査してみないと、どこに潜在的なリスクがあるかわからないですよね。あらかじめリスクがわかっていれば、買収金額の算出や買収後の収益計算も変わってくるのですね。
福田:そのとおりです。IT DDを実施すれば、正確なバリュエーション(投資の価値計算・事業の経済性評価)ができるのです。
先ほど「買収対象企業が抱えるプロジェクトのリスク」を例に挙げましたが、IT DDの論点の1つに、プロジェクト評価があります。プロジェクトの進捗が芳しくないとITの追加費用がかさみ、その結果、莫大な追加投資が必要になります。そうなると、企業の正常収益能力や成長性にも影響するからです。
イ:確かに「プロジェクトが頓挫してITコストが膨れ上がった」という話はよく耳にします。
福田:もう1つの論点は、サイバーセキュリティ対策に対する評価です。近年、情報管理は非常に重要な評価ポイントになっています。投資対象の企業および組織のシステムに情報漏洩や情報セキュリティ違反などのリスクがないかはもちろん、適切なプロセスで情報が管理されているか、管理体制は整っているかを確認することは非常に重要です。サイバーセキュリティ対策によって、投資金額は大きく変わってきます。
イ:PwCのIT DDサービスにより、実際にこれまでどのようなリスクを検出したことがあるのでしょうか。
福田:ある事業統合支援では、投資対象事業のITシステムに保守切れ(EOL:End of Life)を迎えるインフラが複数あったことを確認しました。先にお話したとおり、これらには更新の追加費用が発生しますから、それも買収・統合の価格に反映する必要があります。
このケースでは、インフラを更新した場合と、インフラを更新せずにセキュリティ機能を強化した場合の両方をシミュレーションし、その費用を算出してクライアントに報告しました。
もう1つは、メーカーの買収事例です。このケースは同時に複数のメーカーを買収したのですが、その際には買収後に構築するITシステムの在り方までを検討しました。そのうえでITシステムの統合完了までのロードマップを示し、それまでに必要な年次の投資金額を算定しました。
イ:IT DDを担当する人材には、どのようなスキルが求められますか。
福田:大きく分けて3つあります。
1つ目はITの知識です。何を調べるのか、どこを論点とするのかを決める際、ITのことを知らなければ何もできません。
2つ目は財務の実務知識です。貸借対照表(BS)や損益計算書(PL)の中には、ITコストに関連する情報が記載されています。その情報を読み解かないと、抽出されたリスクの定量的なインパクトは評価できません。
3つ目は取引全体のプロセスを把握する知識です。クライアントがM&Aを成立させるためにはどのような行動をし、どの段階で私たちIT DDアドバイザーが関与し、どのくらいの期間で、どの程度のIT DDを完了させるかを見極める能力が求められます。
とはいえ、これら3つのスキルをすべて兼ね備えた人材はそうそういるわけではありません。ですから、IT DDはそれぞれの分野に精通した人材が1つのチームとなって取り組んでいます。
イ:PwCが手掛けるIT DDの強みを教えてください。
福田:一言で言えば、一貫したサービスが提供できることです。先に紹介したとおり、IT DDにはIT、財務、ビジネスプロセスに関する包括的な知見が必要です。PwC Japanグループには財務や税務、法務に精通した人材が揃っており、PwCコンサルティングとPwCアドバイザリーのメンバーが一体となってIT DDサービスを提供する体制を整えています。
また、PwCはグローバルなネットワークも持っていますから、海外でのIT DDに関する情報も豊富に有しています。これらは大きな競争優位性だと自負しています。
イ:PwCではIT DDのほかにデジタルとセキュリティに特化した個別のDDも提供していますよね。
福田:はい。「サイバーDD」と「デジタル DD」を提供しています。
イ:これらはIT DDと何が異なるのでしょうか。
福田:IT DDはITに関する論点を網羅的に評価するものです。もちろん、IT DDでサイバーセキュリティ対策なども評価しますが、その内容はセキュリティポリシーが策定されているか、ポリシーの管理体制は整っているかといった部分を評価します。
これに対し、サイバーDDではセキュリィ機能の有無はもちろん、どのような製品を導入し、データセキュリティが担保できているかといった詳細な部分まで調査します。クライアントが要望すれば、疑似攻撃を仕掛けて攻撃耐性を調査するペネトレーションテスト(侵入テスト)も実施し、セキュリティリスクを抽出します。
一方、デジタルDDは、投資対象の企業、組織がどのような最新デジタル技術を導入しているのかを確認し、企業価値の向上に寄与しているかといった能力(ケイパビリティ)を評価するものです。
具体的にはIoT、AI、ブロックチェーン、RPA(Robotic Process Automation)、ドローン、3Dプリンター、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、ロボティクスといった技術を使ってビジネスを展開している企業に対し、提供しているソリューションやサービスの機能や特徴、技術レベルの調査を実施し、投資対象となる企業や組織の市場価値や競争優位性を評価します。
イ:最後に、IT DDの展望を聞かせてください。将来、IT DDはどのような存在になるのでしょうか。
福田:M&Aの増加に伴い、IT DDに対する需要が高まることは間違いありません。そして、クライアントからのニーズはもっと多岐にわたるようになるでしょう。特に先端技術基盤を持つ企業に関連するM&Aの案件はますます増加することが予想されますから、その技術を分析し、評価できるケイパビリティ――つまりIT DD――の重要度はさらに増すはずです。
そして、技術の進化によりIT DDの在り方自体も変化していくと考えています。現在は専門性を持った人材が“アナログな手法”で評価していますが、今後はAIなどを活用し、自動で評価する方向に進むと考えています。
例えば、これまで蓄積したIT DDの知見をデータベース化して集約し、情報プラットフォームとして公開すれば、評価にかかる時間と手間が大幅に短縮できます。また、クライアントがこのプラットフォームにアクセスできる仕組みを構築すれば、クライアント自身である程度のDDが実施できると考えています。
イ:これまでのお話を通じて、M&Aを検討する企業にとってIT DDは必要不可欠なプロセスであることを理解できました。本日はありがとうございました。
(左から)イ ウジン、福田 健
テクノロジー業界では、企業の枠組みを超えた価値提供が求められる中、海外でのビジネス拡大に取り組むケースが増えており、最適な仕組み構築が求められています。PwCコンサルティング合同会社のメンバーに改革を推進していくためのポイントを聞きました。
市場環境やビジネス要求が絶え間なく変化するなか、企業が迅速な対応と高い柔軟性を獲得するには、DevOpsとデータ駆動型アプローチの融合が有効です。本レポートでは、国内外の成功事例を参照し、データ駆動型DevOpsを実現するための具体的なアプローチを紹介します。
今回の調査では、「先進」の96%が期待通りのDX成果をあげており、これらの企業では複数部門での連携やシステム開発・運用の内製化および自動化が進んでいることが明らかになりました。DX成功のポイントを探り、今後取り組むべき4つの具体的な施策について提言します。
テクノロジーが急速に発展し、複雑な環境変化を引き起こしている昨今、リスクに迅速に対応し得るデジタルガバナンス態勢構築の重要性は高まっています。この領域での支援に豊富な経験を有するディレクター本田弦にデジタルガバナンスの本質やPwCコンサルティングの取り組みについて聞きました。