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「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」
2020年10月の菅内閣総理大臣のこの宣言を契機に気候変動に関する取り組みの潮目が変わったと感じられている方も多いのではないでしょうか。こうした国の政策動向は、企業のサステナビリティ戦略に大きな影響を与えてきています。
本稿では、社会経済活動において次に注目されるテーマとして有力視されている「自然資本」に関する日本の政策動向を、企業との関係性に着目しつつ、解説します。
本稿のポイントは、環境政策を牽引してきた環境省のみならず、産業やインフラを所管する農林水産省や国土交通省、経済そのものを所管する経済産業省、そして、政策の大きな方向性を決定づける政党にまで、ネイチャーポジティブの動きが広がっている点です。こうした政策動向は世界の自然資本と自然資本に依存する経済に現実的な危機が迫っていることの現れであり、ネイチャーポジティブが実現していない状況が続く限り、自然資本の重要性はさらに高まっていくことが予想されます。企業はこうした大きな動きがあることを認識し、自らの戦略に反映させていくことが必要です。
国際機関、政党、政府、各省庁の自然資本を取り巻く動向は、それぞれが密接に関わっています(図表1)。
図表1:国際機関、政党、政府、各省庁の自然資本を取り巻く動向の関係性
世界的な動きとして生物多様性条約による「昆明・モントリオール生物多様性枠組」があり、この枠組を踏まえ、政府の「生物多様性国家戦略2023-2030」が策定されています。また、生物多様性国家戦略2023-2030は「第六次環境基本計画」を基本として策定されており、昆明・モントリオール生物多様性枠組は第六次環境基本計画の背景情報として加味されています。さらに、自由民主党の環境・温暖化対策調査会からは内閣総理大臣に対し、生物多様性国家戦略2023-2030の施策のうち、早急に取り組む必要があり、かつ、効果的な施策について深掘りし、具体化させるための提言がなされています。
生物多様性国家戦略の下には、生物多様性国家戦略の5つの基本戦略のうちの1つである「ネイチャーポジティブ経済の実現」の重点施策として、ネイチャーポジティブ経済移行戦略や同戦略のロードマップ(2025-2030年)策定されています。また、農林水産省の「みどりの食料システム戦略」や国土交通省の「グリーンインフラ推進戦略2023」といった省庁別の計画が、生物多様性国家戦略と協調、施策連携する関係性を有しています。
昆明・モントリオール生物多様性枠組は、2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第二部において合意された「ネイチャーポジティブの未来に向けた2030年世界目標」です。2050年ビジョン、2050年グローバルゴール、2030年ミッション、2030年グローバルターゲット等から構成されています。
2030年グローバルターゲットと企業の関わりをいくつか例示します(図表2)。
図表2:2030年グローバルターゲットと企業の関わり(例)
ターゲット |
企業の関わり |
|
ターゲット7 |
環境中に流出する過剰な栄養素の半減、農薬および有害性の高い化学物質による全体的なリスクの半減、プラスチック汚染の防止・削減 |
製造業や化学業界、プラスチック利用企業に関係する |
ターゲット10 |
農業、養殖業、漁業、林業地域が持続的に管理され、生産システムの強靭性及び長期的な効率性と生産性、ならびに食料安全保障に貢献 |
サプライチェーン全体で持続可能な調達を推進する必要がある |
ターゲット15 |
事業者(ビジネス)が、特に大企業や金融機関等は確実に、生物多様性に係るリスク、生物多様性への依存や影響を評価・開示し、持続可能な消費のために必要な情報を提供するための措置を講じる |
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)提言を踏まえた開示が求められる |
ターゲット16 |
適切な情報により持続可能な消費の選択を可能とし、食料廃棄の半減、過剰消費の大幅な削減、廃棄物発生の大幅削減等を通じて、グローバルフットプリントを削減 |
製品・サービスのライフサイクルで環境負荷を減らす取り組みが必要となる |
ターゲット18 |
生物多様性に有害なインセンティブ(補助金等)の特定、およびその廃止又は改革を行い、少なくとも年間5,000億ドルを削減するとともに、生物多様性に有益なインセンティブを拡大 |
企業に対する政府からの補助金の大きな変動に備える必要がある |
出典:昆明・モントリオール生物多様性枠組を参考に、PwC作成
環境基本計画とは、環境基本法に基づく全ての環境分野を統合する最上位の計画であり、第六次環境基本計画は2024年5月に政府全体により閣議決定されています。
計画の目的は「現在及び将来の国民一人一人の生活の質、幸福度、ウェルビーイング、経済厚生の向上」としています。計画における基本的な考え方の1つとして、「将来にわたって『ウェルビーイング/高い生活の質』をもたらす『新たな成長』の実現」を掲げ、「ウェルビーイング/高い生活の質」のためには、GDPに代表される「フロー」だけでなく、「ストック」の充実が不可欠であり、「新たな成長」の基盤は、ストックとしての自然資本の維持・回復・充実を図ることである、としています。これまでのフローへの過度なこだわりから、ストックである自然資本が重要であるという認識に転換しているところが重要なポイントとなります。
そうした原則のもと、生物多様性国家戦略の主な施策が第六次環境基本計画においても記載されています。
生物多様性国家戦略とは、生物多様性条約および生物多様性基本法に基づく、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国の最も基本的な戦略です。生物多様性国家戦略2023-2030は、昆明・モントリオール生物多様性枠組の合意後の2023年3月に政府全体により閣議決定されています。
同戦略には、5つの基本戦略、15の状態目標、25の行動目標、367の関係省庁の具体的な施策が定められています。5つの基本戦略は、「(3)ネイチャーポジティブ経済の実現」をはじめとして、いずれもネイチャーポジティブを強く志向し、企業との関わりの深い内容となっており、前戦略の生物多様性国家戦略2012-2020の5つの基本戦略と比較すると、経済や社会との関わりがより重要視されるようになったことが分かります。
また、状態目標と行動目標には主な指標が設定され、各指標と昆明・モントリオール生物多様性枠組における指標との関係性が整理されており、同枠組を踏まえた企業としての対応や指標を検討していく上での参考となります。
ネイチャーポジティブ経済移行戦略は、生物多様性国家戦略2023-2030の「基本戦略(3)ネイチャーポジティブ経済の実現」の重点施策として、2024年3月に、環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の4省庁連名で策定されました。
同戦略には、企業がネイチャーポジティブに取り組むべき背景、移行にあたり押さえておくべき要素、2030年の姿、各省庁の施策などが記載されており、ネイチャーポジティブ経済移行後の2030年の姿は、以下の数値で示されています。
①一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)、経団連自然保護協議会のアンケートによれば、取締役会や経営会議で生物多様性に関する報告や決定がある企業会員の割合は2022年度時点で約3割であるが、2030年にはこの数値が約5割になる(環境省推計)など、自然資本の保全の概念をマテリアリティとして経営に位置づけている状態となっている。
②中小企業も含めた裾野の広がりの目安として、ネイチャーポジティブ宣言の宣言・賛同団体数が1,000団体となっている。
ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025-2030年)(以降、ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ)は、企業・金融機関・投資家・消費者・地方公共団体等を含むステークホルダーの各主体が「いつまでに、何をすべきか」といった方向性を共有するため、2030年までの筋道の全体像の具体化が必要であるという背景のもと、2025年7月に環境省により策定されています。
ネイチャーポジティブ経済移行戦略で示している「ネイチャーポジティブ経済移行後の姿」を詳細にした上で、以下の3つの視点でネイチャーポジティブ経済移行に向けた国の施策の方向性等を具体化しています。
①ランドスケープアプローチの観点から地域の自然資本を活かしたネイチャーポジティブな地域づくりを実現(企業価値と地域の価値を併せて向上、地域活性化に繋げる)
②自然資本の環境価値を活用した経済全体の高付加価値化、情報開示促進及びネイチャーファイナンスの拡大により、ネイチャーポジティブ経営実践の拡大・深化を図る
③ネイチャーポジティブな取り組みを進める日本企業の国際的競争力の強化のため、産官学の連携の下、自然資源の調達や土地利用の在り方を含めた自然領域のルールメイキング等に積極的に関与・主導する
日本の食料・農林水産業は大規模自然災害・地球温暖化、生産者の減少等の生産基盤の脆弱化・地域コミュニティの衰退、生産・消費の変化などの課題に直面しており、将来にわたって食料の安定供給を図るための農林水産行政を推進していく必要があります。諸外国で環境や健康に関する戦略を策定する動きが加速する中、日本においても的確に対応し持続可能な食料システムの構築が急務であるという背景から、みどりの食料システム戦略は、「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する戦略」として2021年5月に農林水産省により策定されています。
同戦略では、温室効果ガス削減、環境保全(化学農薬・肥料使用量の低減)、食品産業や林野・水産分野における2050年に目指す姿を掲げるとともに、2022年6月には「KPI2030年目標」を設定して取り組みが進められています。これらの数値目標については、農林水産行政の中核的な計画である「食料・農業・農村基本計画」(2025年4月閣議決定)においても「生物多様性の保全」等の数値目標として盛り込まれています*7。
同戦略の実現に向けては、調達、生産、加工・流通、消費のサプライチェーン全体の取り組みとイノベーションが必要であり、以下のような具体策が挙げられています。
①調達:資材・エネルギー調達における脱輸入・脱炭素化・環境負荷軽減の推進
②生産:イノベーション等による持続的生産体制の構築
③加工:ムリ・ムダのない持続可能な加工・流通システムの確立
④消費:環境にやさしい持続可能な消費の拡大や食育の推進
こうした取り組みを含め、同戦略では「農林水産業の生産者・食品企業・消費者のこれまでの延長ではない野心的・意欲的な取り組みを引き出すとともに、官民を挙げたイノベーションを強力に推進し、将来に向けて課題解決を図っていく必要がある」ことが説明されており、農林水産業をサプライチェーンに持つ企業においては、サプライチェーン全体で連携・協働した取り組みが期待されていると考えます。
グリーンインフラ推進戦略は、行政・民間企業・NPO・学術団体などの様々な主体に対し、ネイチャーポジティブやカーボンニュートラル等の社会情勢に対応したグリーンインフラの目指す姿を示し、多様な主体が参画できる環境整備の礎とするとともに、その目指す姿に応じて、グリーンインフラの推進に関する国土交通省の取り組みを総合的・体系的に位置付けるものです。令和元年(2019年)にグリーンインフラ推進戦略が策定され、同戦略の全面改訂を経て、グリーンインフラ推進戦略2023が2023年5月に国土交通省により策定されています。
前戦略がグリーンインフラ黎明期における取り組みの必要性等を示しており、その成果としてグリーンインフラの概念が定着したことを受け、グリーンインフラ推進戦略2023は実装段階を想定して検討、策定されています。グリーンインフラで目指す姿を「自然と共生する社会」と定め、都市公園、治水、道路など、身の回りのインフラを多く所掌する国土交通省のグリーンインフラに関する取り組みが数多く掲載されています。
また、グリーンインフラを官民が一体となってあらゆる社会資本整備やまちづくり等において反映させる「グリーンインフラのビルトイン」に向けた7つの視点の1つとして「連携」を挙げ、グリーンインフラは公共施設以外の商業施設、物流施設など民間の施設・敷地を含め、国土・土地のあらゆる利用者に関わるものであり、行政と民間事業者が両輪となって連携すべきであるとしています。加えて、技術開発等においては、民間が主体的な役割を果たすこととなるとして企業への期待を寄せています。
生物多様性国家戦略の施策のうち、自然資本を守り活用する社会に変革するために早急に取り組むことが必要かつ効果的な施策について、深堀りし、具体化することを目的として、2023年5月に自由民主党政務調査会 環境・温暖化対策調査会より、総理に対して政策提言がされています。「生物多様性は気候変動に続く大変革が必要なテーマとして世界が動き始めている」としつつ、NX(Nature-based Transformation)を国土、経済、地域・暮らし、世界で進めるために促進すべき施策が記載され、末尾には「ネイチャーポジティブ推進会議」の設置が提言されています。2024年3月には環境副大臣、農林水産副大臣、経済産業副大臣、国土交通副大臣からなる同会議が設置・開催され*10、ネイチャーポジティブを取り巻く関係省庁の連携が強化されています。
本稿でご紹介した上位の計画や戦略に基づき、検討会の実施、モデル事業の実施、ガイドラインの策定などが進められており、国により一定の方向性が示された折には急速に企業の取り組みへの要求が広がることが見込まれます。このため、国による具体的な施策を追っていくことも重要です。
例えば、ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップの施策に起因して以下の事象が起きることが想定されます(図表3)。こうした事象に対して、先行的に対応できれば機会となり、対応が遅れればリスクとなります。
図表3:ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップの具体的施策と企業への影響
| ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップの具体的な施策 | 企業への影響 |
生物多様性・自然資本の価値評価の検討 |
生物多様性クレジットの創出・取引ビジネス展開、開発前後の価値評価が可能となる前提でのビジネス展開 |
投融資におけるネイチャーポジティブ配慮指針の策定、ネイチャーファイナンスの先行モデルの創出 |
効果的な資金調達 |
調達におけるネイチャーポジティブ配慮指針の策定 |
調達におけるネイチャーポジティブの要求の高まりを見据えた調達戦略 |
自然資本関連リスク・機会ロングリストの整備 |
ロングリストを踏まえたネイチャーポジティブビジネスの高度化 |
ランドスケープアプローチのモデル事業やその横展開 |
自治体や新たなステークホルダーと連携したビジネス展開 |
出典:ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップを参考に、PwC作成
本シリーズの今後のコラムでは、こうしたネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップに関連する具体的な施策について、より詳細に解説していきます。
*1 出典:環境省,「みんなで学ぶ、みんなで守る 生物多様性 Biodiversity『昆明・モントリオール生物多様性枠組』」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/gbf/kmgbf.html(2025年9月17日閲覧、以下同じ)
*2 出典:環境省,2024.「第六次環境基本計画」
https://www.env.go.jp/council/02policy/41124_00012.html
*3 出典:環境省,「みんなで学ぶ、みんなで守る 生物多様性 Biodiversity『生物多様性国家戦略』」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/initiatives/index.html
*4 出典:環境省,「ネイチャーポジティブ経済移行戦略について」
https://www.env.go.jp/page_01353.html
*5 出典:環境省,2024.「『ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025-2030年)』の策定について」
https://www.env.go.jp/press/press_00333.html
*6 出典:農林水産省,2021.「みどりの食料システム戦略」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/index.html
*7 出典:農林水産省,「食料・農業・農村基本計画」
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/
*8 出典:国土交通省,2023.「グリーンインフラ推進戦略」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000017.html
*9 出典:自由民主党政務調査会 環境・温暖化対策調査会,2023.「政策提言「NXへ実行の時-世界はNXに大きく動いている-」
https://www.jimin.jp/news/policy/206001.html
*10 出典:環境省,「ネイチャーポジティブ推進会議」
https://www.env.go.jp/nature/biodiversity/nature_positive.html
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