報告書の主要ポイントを解説

IPBESビジネスと生物多様性評価報告書を公表

  • 2026-05-19

2026年2月、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)は「ビジネスと生物多様性(Business and Biodiversity)評価報告書」の政策決定者向け要約を公表し、その後4月に報告書全文を公表しました。
本報告書は、ビジネスを切り口に、生物多様性との関係や課題、今後必要とされる方向性を整理したものです。

本稿では、ビジネスと生物多様性におけるIPBESとしての初の報告書である「ビジネスと生物多様性評価報告書」の主要なポイントを解説します。 

1. 報告書が示す資金配分とインセンティブの在り方

報告書では、生物多様性に配慮した取り組みを進める企業があることにも言及しつつ、現行のビジネスを取り巻く制度下では、生物多様性の損失を食い止め、回復へと逆転させる(いわゆるネイチャーポジティブ)ために必要な変革が十分に後押しされておらず、その逆に働いてしまうインセンティブが存在することを指摘しています。

例えば、報告書によれば、生物多様性への影響が大きいとされる分野に対して多額の補助金や投資が向けられてきた実態があり、2023年には、自然に対して直接的な負の影響を及ぼす世界の官民資金の流れは7.3兆ドルと推計されています。そのうち、民間資金が4.9兆ドル、生物多様性の損失に責任を有するとされるセクターへの公的補助金は2.4兆ドルに上るとされています。

一方で、同年に生物多様性の保全や回復に貢献する活動に向けられた官民資金は約2,200億ドルにとどまっており、報告書は、資金の規模や配分の観点から、自然の保全・回復を後押しする余地が依然として大きいことを示唆しています。

2. 企業の自然評価手法は単一ではなく、目的に応じて適切に選定する必要がある

そうした現状を打開するために、報告書ではコーポレート、オペレーション、バリューチェーン、ポートフォリオの4つの意思決定レベルを提示し、これらの各レベルに跨りながら企業は行動を起こすことができると示しています。これら4つの意思決定レベルにおける行動は互いに密接に関連しており、例えば、コーポレートレベルで策定された目標の設定はオペレーションやバリューチェーンレベルでの行動や成果を促進するというようなことが考えられます。

企業の行動において重要なことの一つは、ビジネスによる影響や依存関係を測定・管理するための適切な方法を選定し実行することです。報告書では、企業による自然評価は、単一の手法があるわけではなく、目的によって異なる方法が必要であるとしています。その上で、適切な手法の選定にあたっては、「カバレッジ」、「正確性」、「応答性」という3つの包括的な特性に対して、目的への適合性を判断することを提案しています。カバレッジは、地理的なスケールだけでなく含まれる影響や依存関係の程度も含みます。正確性は、測定結果を正しく記述している度合い、応答性は、事業行動や活動に起因する変化を検出する手法の能力のことを示します。

3. 企業がとることのできる行動とその環境整備の必要性

企業が行動を起こす上で、障壁となるものはさまざまです。報告書では、利益主導型のビジネスモデルや経済システムといったシステム的障壁、弱い政策インセンティブ、財源やデータへのアクセスの制限、知識ギャップなどが挙げられています。これらに対処するためにビジネス主導のイニシアチブも出てきてはいるものの、規模の大きい企業に焦点を当てているものが多いことや生物多様性の保全行動そのものよりも情報開示を重視する傾向があることも指摘されている点は重要です。これらの障壁に対する各主体の行動の方向性についても報告書にまとめられていますが、ここでは企業に絞ってみていきます。

表1:企業の行動を妨げる障壁

実行環境の要素 行動への主な障壁(例示の抜粋)
政策・法制度
  • 国や地域で方針が弱い/一貫しない(企業が動きにくい)
  • 自然に関するルールや開示義務が不足している/整っていない
  • ルールの運用が弱い、または業界のロビー活動で歪みやすい
経済・金融
  • 短期利益が優先され、長期の自然保全にお金が回りにくい
  • 自然への悪影響に対する罰則・負担が弱く、抑止力が働きにくい
  • 自然の価値や損失をお金・意思決定に反映する仕組みが弱い
価値観・社会規範
  • 消費者・投資家・政府が企業に何を求めるかが分かりにくい
  • 社内で担当や責任が分散し、動きが遅くなりやすい
  • 地域や先住民など関係者との合意形成が難しい
技術・データ
  • 必要なデータやツールにアクセスしにくい/使い方が分からない
  • データの質が十分でない(欠測・精度不足など)
  • 指標やガイダンスが乱立していて、何を使うべきか迷いやすい
能力・知識
  • 自社の「自然への影響・依存」の理解が十分でない(社内外とも)
  • 実務を回す人材・スキルが不足している
  • サプライチェーンまで含めた可視化・透明性が不足している

※IPBES 報告書 Table SPM4よりPwCで抜粋し作成

 

報告書では、前述の4つの枠組みに沿って企業が取りうる行動を例示しています。

表2:ビジネスが取りうる行動例

意思決定レベル ビジネスが取りうる行動の例
コーポレート
  • 自然関連の法律・規制の遵守
  • 目標とコミットメントの設定、戦略への組り込み
  • 自然関連のリスク・機会・コストの経営判断・財務計画への反映
  • 方針・管理体制の整備、測定・モニタリング・報告・開示の推進
  • 先住民・地域コミュニティ参加の意思決定への組み込み
  • 利益配分・同意に関する社内ルール・基準の整備
  • 地域の知識の操業・資源管理・戦略への統合
  • 人材育成と経営層リーダーシップの強化
  • 監査・点検・評価の仕組みの整備
  • 実行のための体制・予算・人員の確保
  • 製品・サービス・業務プロセスの改善・革新
  • 代替的ビジネスモデルの検討・採用

(金融機関向けの追加行動)

  • 取引先への影響・依存対応要件の設定
  • 資金手段の活用と移行・改善資金の供給
オペレーション
  • 環境・社会影響評価と管理計画の実施
  • 現状ベースラインの設定とモニタリング体制の整備
  • 影響回避・低減・復元の優先順位に基づく対策
  • 影響と成果の測定・継続的追跡
  • ステークホルダーとの対話と協働
  • 先住民・地域コミュニティの同意取得
  • 地域レベルの保全・回復・持続可能管理への関与
バリューチェーン
  • サプライチェーン把握と追跡可能性の向上
  • サプライヤー基準の設定、実績確認、是正対応
  • 研修・知識共有・共同改善による能力強化
  • 調達・生産・流通への地域コミュニティ統合
  • 顧客・消費者への働きかけと行動変容の促進
ポートフォリオ
  • 投融資先の影響・依存評価
  • 投融資先との対話による改善促進
  • リスクに応じた関与強化・見直し・除外の実施

※IPBES報告書 表SPM2よりPwCが翻訳

これらの企業行動を促進するためには、その環境づくりも重要です。報告書では、生物多様性の成果に影響を与える事業活動は、政策・法的・規制的枠組み、経済・金融システム、社会的価値・規範・文化、技術・データ、能力・知識の5つの要素で構築されると整理がされており、政府や金融機関、そのほかのステークホルダーなどの主体別に必要な行動も示しています。

自然の観点を経営の中心に

本報告書は、企業活動が自然に与える影響と、自然から受ける依存を「経営の中核課題」として捉え直す点に大きな意義があります。従来の市場インセンティブや資金の流れが自然の衰退を促している現状を明確に示し、企業単独の努力だけでは変革に届かないことを強調しています。日本企業にとっては、開示にとどまらず、調達・投融資・事業運営の意思決定へ自然の視点を実装し、成果に結び付ける転換が重要になります。

PwCでは、自然関連リスク・機会の可視化から、重要領域の優先順位付け、バリューチェーン・ポートフォリオを含む実装、そして成果の測定・改善までをワンストップで支援し、企業の競争力とレジリエンスの強化をサポートしています。詳しくは生物多様性経営支援サービスページをご覧ください。

執筆者

小峯 慎司

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

中尾 圭志

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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