内部統制報告書から読み解く子会社管理シリーズ:総論

2022-11-10

はじめに

株主をはじめ多くのステークホルダーが存在する状況においては、企業グループ全体の不祥事を未然に防ぎ、業務および財務数値の適正性を確保するために内部統制を整備・運用することは、企業にとっての最重要課題の1つです。企業の国際化および複雑化が加速する昨今においては、その重要性もさらに増しています。本シリーズでは、内部統制の不備が明らかになった事例を踏まえながら、子会社を管理する上での課題について考えます。

子会社関連の不備の発生状況

2020年3月期から2022年3月期1の内部統制報告書において、開示すべき重要な不備が報告された件数は合計で200件近く2にのぼりました。そのうち子会社関連の不備3に係る事案は、全体の4割強を占めています(図1参照)。

次に、子会社関連の不備の内訳4を見てみましょう(図2参照)。不備の大半を占めているのは不正と誤謬です。不正による不備がある割合はいずれの会計期間においても8~9割程度にのぼり、その半数以上が国内子会社で発生しています5。一方、誤謬による不備がある割合、およびそのうち国内子会社・海外子会社の割合については、会計期間によってばらつきがありました6。なお、一部の不正や誤謬には、外部のサービス提供者との関連も見られています。

一方、不正・誤謬以外の不備としては、決算遅延や記録の欠如、サイバーセキュリティの欠如が挙げられます。決算の遅延は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により生じたものでした。記録の欠如については、コロナ禍のリモートワーク環境下において内部統制の整備状況の記録が欠如していた事案と、取引の証憑が保管されていなかった事案になります。また、サイバーセキュリティの欠如については、サイバー攻撃を受けたことを契機として、サイバーセキュリティに関する全社的な内部統制の不備が露呈したものです。

子会社管理の重要性については、多くの企業グループにおいて認識されていることと思います。しかし、別の法人格を持ち、往々にして距離的な隔たりもある子会社をきめ細かく管理することは、現実には容易でないケースが多々あります。そのような状況を踏まえると、企業グループ全体としての健全な経営を実現するためには、それを確保するための内部統制が、企業グループを構成する各々の子会社においてしっかりと構築・維持されていることが肝要です。

親会社には、企業グループとしての経営方針に即した内部統制を、子会社を含めたグループ全体に確実に普及・浸透させる役割があります。その上で、企業グループの内外の環境の変化に応じて、企業グループ全体の内部統制を適切にアップデートしていくことが重要です。企業を取り巻くビジネス環境の他、テクノロジーの進展も踏まえながら、企業グループの内部統制の実効性を確保する必要があります。

本シリーズで紹介するトピック

本シリーズでは、子会社管理の観点から、(1)リモートワーク環境下における内部統制上の課題、(2)外部のサービス提供者を管理するにあたっての内部統制上の課題、(3)内部統制のデジタル化のポイントについてご紹介します。

(1)リモートワーク環境下における内部統制上の課題

前述のとおり、2020年3月期から2022年3月期の内部統制報告書において、COVID-19の影響により決算遅延が生じたことや、COVID-19の影響を受けたリモートワーク環境下において内部統制の整備状況の記録が欠如していたことから不備が発生しています。各事案の具体的な内容は、以下のようなものです。

事案(ⅰ):中国子会社において、COVID-19による肺炎の予防・抑制を目的とした政府通達により移動などが制限された影響で、決算業務や監査業務に遅れが生じた結果、決算短信の開示を延期せざるを得なくなった。このようなリスクに対応可能な、速やかで確実な決算関連手続が遂行可能な体制となっていなかったもの。

事案(ⅱ):米国子会社において、COVID-19の感染拡大の影響で決算業務や監査業務が遅延した結果、決算短信の開示および有価証券報告書の提出に遅れが生じた。同子会社において決算修正が発生したこともあわせて、連結財務諸表を作成するための決算・財務報告プロセスに係る内部統制の整備および運用が不十分であると判断されたもの。

事案(ⅲ):米国子会社において、コロナ禍のリモートワーク環境下で業務処理統制に係る内部統制の整備状況に関する記録を欠いていたため、連結会計年度末日までに適時に運用評価を実施することができなかった。子会社の管理責任者はその状況を把握しておらず、親会社も子会社に対して適切に管理・指導を行えず、十分な牽制機能を発揮できなかったもの。

これらの事案を出発点として、子会社管理の観点から、リモートワーク環境下における内部統制上の課題を考察します。

(2)外部のサービス提供者を管理するにあたっての内部統制上の課題

前述のとおり、2020年3月期から2022年3月期の内部統制報告書(訂正内部統制報告書を含む)において、不正または誤謬に関する不備事案の一部に、外部のサービス提供者(外部委託先などのサードパーティ)との関連が見られました。各事案の具体的な内容は、以下のようなものです。

事案(ⅰ):国内子会社において、工事部の担当者が赤字工事の発覚を免れるために工事番号を付け替え、売上および売上原価を先送りしていた。その他にも不適切な会計処理があり、その一部では、配管業者の下請業者が赤字の発覚を免れるために独断で売上および工事原価を付け替えていたことも含まれる7。同子会社においては、目標達成に対する強いプレッシャーがかかっていたことや、コンプライアンス意識が欠如していた上に、取引の特性から内部統制が十分に機能しなかったが、管理部門の軽視により経理担当者による牽制機能も十分に発揮されなかった。加えて、親会社によるモニタリングや、コンプライアンス意識の醸成・保持に関する指導も不十分であったもの。

事案(ⅱ):国内子会社において、当該子会社が留保金課税の対象外であると顧問税理士が誤認したため、留保金課税額の計上漏れがあった。同子会社の取得に際して新たに選任した顧問税理士との情報共有が不十分で、親会社においても当該事案に対するチェック体制が欠如していたもの。

これらの事案を出発点として、子会社管理の観点から、外部のサービス提供者を管理するにあたっての内部統制上の課題を考察します。

(3)内部統制のデジタル化のポイント

2020年3月期から2022年3月期の内部統制報告書において開示された不備の中に、以下のようにIT技術の活用により改善を推進した(または推進を検討している)事案が見られました。

事案(ⅰ):海外子会社の決算に必要な資料が適時に入手できなかったこと、および会計処理を誤っていたことにより、複数の勘定科目に誤りが発生した。適切な経理・決算業務のために必要かつ十分な専門知識を有した社内の人材が不足していたため、決算業務の社内のチェック体制が不十分であったもの。当該不備を是正するための対応策の一環として、会計システムを統一し、連結パッケージ会計システムを導入することとした。

事案(ⅱ):米国子会社において、棚卸資産の実地棚卸結果に不適切な調整が加えられた結果、実態と相違のある資産計上が行われていた。当該調整行為を隠蔽するために、棚卸の現品タグの改竄も実施されていた8。子会社の一部従業員において適正な経理業務に対する意識が低く、また棚卸資産の管理や評価に関する体制が不十分であったことに加え、親会社の子会社に対する管理・監督も不十分であり、子会社から親会社に対する報告も適時に行われなかったもの。当該不備を是正するための対応策の一環として、現品タグを更新し、回収後ただちにスキャナで読み込み保全することで、改竄リスクを低減した。

事案(ⅲ):米国およびオーストラリアの子会社において、一部客先との基本契約とは異なる任意契約を締結した上で処理された売上や未出荷売上を計上したり、受注実態のない虚偽の請求書の作成をした上で不適切な売上を計上したりするなど、不正会計が行われていた。また、この米国子会社においてはChargebackの見積額が不十分であり、Chargebackに関する文書管理も不適切であった。子会社において法令順守の意識が欠如しており、契約内容や取引内容の妥当性についても軽視するなどモニタリング体制が不十分であった上、親会社における子会社に対する管理・監督も不十分だったもの。当該不備を是正するための対応策の一環として、世界中からアクセスが可能であるクラウド型ERPを当該米国子会社に導入し、不自然な処理を即時に検知できる体制を整備した9

事案(ⅳ):国内子会社において、見積原価から実際原価への洗い替えの一部が正しく行われていなかったことから、売上原価および買掛金が過少に計上されていた。営業部門と管理部門のコミュニケーションが不足し、原価差額に対するモニタリング体制が不十分であったもの。当該不備を是正するための対応策の一環として、システムによる検証レポートを整備し、経理部門および運用部門での相互確認検証を強化した。

事案(ⅴ):国内子会社2社において、給付金に関し不適切な申請がなされた結果、実態のない取引に基づいて売上や給付金などの計上が行われた。子会社においてコンプライアンス意識が欠如し、社長の業務執行に対する監視・監督機能が不十分であった上、親会社の関係会社に対する管理監督体制や内部監査機能も不十分であり、加えてグループ全体においても内部通報制度が十分に機能しなかったもの。当該不備を是正するための対応策の一環として、①内部監査部門の関係会社に対する監査およびモニタリングの実効性向上のため、ITを活用したリスク分析を強化する、②事後監査の効率および実効性向上のため、重要資産をデジタル化(情報資産の検索の効率化や利用履歴などのデータベース化など)する、③内部不正の早期発見と事後対策のため、ログや証跡を記録および保存するメールサービスを導入する――などの施策を実施することとした10。

内部統制をアップデートしていくにあたっては、IT技術を効果的に活用することで、内部統制の高度化と効率化を同時に実現できます。いわゆる「内部統制のデジタル化(DX:デジタルトランスフォーメーション)」は、IT技術を活用して内部統制の抜本的な変革を図ることであり、大きな価値を生み出すことを目指すものです。今後のコラムでは、子会社管理の観点から、内部統制のデジタル化のポイントを考察します。

次回のコラムでは、「(1)リモートワーク環境下における内部統制上の課題」について考察する予定です。

1 2019年4月1日から2020年3月31日に終了した会計期間に係る内部統制報告書(訂正内部統制報告書を含む)を「2020年3月期」、2020年4月1日から2021年3月31日に終了した会計期間に係る内部統制報告書(訂正内部統制報告書を含む)を「2021年3月期」、2021年4月1日から2022年3月31日に終了した会計期間に係る内部統制報告書(訂正内部統制報告書を含む)を「2022年3月期」として集計している。

2 2022年6月30日時点。なお、同一事案について複数会計期間にわたり開示すべき重要な不備が報告されている場合は、のべ件数を集計している。

3 子会社で不備が発生した事案を集計している(不正事案の場合、企業グループ全体で行われた不正の一端を子会社が担った事案も含む)。

4 子会社関連の不備に関する各会計期間の内部統制報告書(訂正内部統制報告書を含む)のなかで、各分類に該当する不備がある割合を集計している(同一の内部統制報告書において複数の分類に該当する不備がある場合は、該当する分類全てに集計している)。

5 内容別に見ると、売上計上に関する不正(過大・架空計上や計上時期の操作など)や在庫計上に関する不正(在庫の水増しや評価損の未計上など)が多い傾向にあった。

6 内容別に見ると、会計的に取り扱い慣れていない論点(非定型取引や新基準対応など)に関するものが多く、発生論点は特定の論点に偏らず幅広い傾向にあった。

7 本コラムの執筆においては、 配管業者の下請業者による売上および工事原価の付け替えの内容について、社内調査委員会の調査報告書を参照している。

8 本コラムの執筆においては、調整行為の内容について、特別調査委員会の調査報告書を参照している。

9 本コラムの執筆においては、対応策の内容について、当該会社がウェブサイトに掲載した改善への取り組みに関する文書を参照している。

10 本コラムの執筆においては、対応策の詳細な内容について、当該会社が当局に提出した改善報告書を参照している。

執筆者

中瀬 智治

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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和田 安弘

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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松田 一毅

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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上原 智美

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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