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企業に将来にわたる持続的な成長が求められる中、企業価値の源泉は、有形資産から無形資産へと広がっています。技術力、ブランド、顧客基盤、データ、ノウハウなどの無形資産は、企業の競争優位性や中長期的な成長力を左右する重要な経営資源として注目されています。
なかでも知的財産は、企業の競争優位を支える中核的な無形資産の一つです。近年では、無形資産経営や人的資本経営、サステナビリティ経営、知財・無形資産ガバナンスなどへの関心の高まりを背景に、知的財産を経営戦略や企業価値向上と結び付けて説明することの重要性が増しています。例えば、金融庁と東京証券取引所により2026年7月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードの原則4-1では、人的資本や知的財産への投資等について、経営戦略との整合性を踏まえた分かりやすく具体的な情報開示が求められており、加えて知的財産等の無形資産について、その創出・取得・強化・保護・収益化に戦略的に取り組むべきであると示されています。また、同改訂を踏まえて2026年8月に公表された「価値創造を加速する知財・無形資産投資・活用のガイダンス」では、知財・無形資産を経営の根幹に据え、中長期的な企業価値向上につなげるための具体的な対応の方向性が示されています。
こうした要請を踏まえると、企業は、自社の知的財産がどの事業を支え、どのように競争優位を生み出し、顧客価値、収益力、将来の成長につながっているのかを整理し、投資家・金融機関などのステークホルダーに分かりやすく示す必要があります。そのため、これからの知的財産部門には、知的財産を「守るべき資産」として管理するだけではなく、知的財産を起点とした価値創造の道筋を描き、経営層や事業部門、さらには社外ステークホルダーとの共通認識を形成していく役割が期待されています。また、こうした検討を通じて明らかになった知的財産の価値や強みを知財戦略として整理し、経営戦略や事業戦略の策定・見直しに還元していくことも重要です。
本コラムでは、こうした知的財産と戦略との関わりのうち、企業の経営戦略や目指す姿を起点に、知的財産がその実現にどのように貢献できるのかを可視化する「価値創造ストーリー」の考え方について整理し解説します。
「知的財産」と聞くと、特許権、商標権、意匠権、実用新案権といった産業財産権や、著作権などの法的に保護される権利を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろん、これらの権利は企業の競争力を支える重要な資産です。
しかし、企業価値の源泉という観点では、知的財産を法的権利に限定せず、より広く捉える必要があります。研究開発の成果として生まれた技術、事業活動を通じて蓄積されたデータなどの営業秘密、顧客理解、業務プロセス、現場の知見なども、企業の競争優位を支える重要な知的財産です。
これらの知的財産は、財務諸表だけではその価値を捉えにくいものの、顧客価値の創出、収益力の向上、新規事業の創出、事業成長の実現に深く関わっています。例えば、独自技術は製品・サービスの差別化を支え、ブランドやサービスの名称・ロゴは顧客からの信頼や選好を形成し、データや営業秘密は事業運営の高度化や新たな収益機会の創出につながります。
また、知的財産の価値は、単独の技術や情報そのものにあるとは限りません。事業戦略、研究開発、人材・組織能力、顧客接点、業務プロセスと結び付き、事業の中で活用されることで、初めて企業価値の創出につながります。例えば、製造業において高品質な製品を安定的に供給できる力は、単に特許や設備性能だけで実現できるものではありません。製品設計を支える技術、品質異常を早期に察知する経験、顧客要求を設計に反映する開発力、サプライチェーン全体を最適化する運用ノウハウなど、複数の知的財産を事業活動の中で組み合わせることで実現しています。
このように、知的財産は、企業の競争優位を支える重要な経営資源です。だからこそ企業は、それらを単なる管理対象としてではなく、企業価値の源泉として捉え直す必要があります。
近年、企業には、財務情報だけでなく、技術、人材、データ、顧客基盤、ブランド、組織能力といった無形資産をどのように活用し、持続的な成長につなげているのかを示すことが求められています。
2023年に内閣官房(知的財産戦略推進事務局)が改訂した「知財・無形資産ガバナンスガイドライン Ver.2.0」では、企業と投資家・金融機関との思考構造のギャップを埋め、知財・無形資産に関する取り組みや開示を企業価値として顕在化させるため、対話や情報開示の質を高めることの重要性が示されています。また、2022年に経済産業省が改訂した「価値協創ガイダンス2.0」においても、知的財産を含む無形資産を自社の戦略にとって重要な要素として位置付け、価値創造ストーリーを企業と投資家をつなぐ共通言語として活用することの重要性が示されています。
こうした背景のもと、知的財産は企業の競争優位を支える中核的な無形資産として位置付けられ、経営戦略や事業戦略と結び付けて語ることの重要性も高まっています。しかし、この考え方は企業に十分に浸透しているとは言えず、自社の知的財産がどのような価値を生み出しているのかを整理できていない企業も少なくありません。
こうした状況から、知的財産の重要性や事業への貢献を経営層や事業部門、投資家などのステークホルダーに十分に伝えられず、知財活動が企業価値向上にどのようにつながるのかを説明できないという課題が生じています。こうした課題に対応するためには、知的財産と経営戦略・事業戦略との関係を整理し、自社の強みが将来の価値創造にどのようにつながるのかを明らかにすることが重要です。
例えば、知的財産部門には、次のような問いに答えることが求められます。
こうした問いに対して、断片的に説明するだけでは十分ではありません。特に、投資家や金融機関との対話においては、単に「高い技術力があります」「豊富なノウハウを有しています」と述べるだけでは、それらがどのように企業価値の向上につながるのかが明確にならないからです。
重要なのは、自社の技術や知見が、どの顧客課題を解決し、どの市場で差別化を生み、どのような収益機会を創出するのかを一貫した因果関係で示すことです。さらに、その強みを今後どのように強化し、次の成長領域へ展開していくのかまで説明することで、知的財産と企業価値の接続はより明確になります。
つまり、知的財産を企業価値につなげるためには、自社の強みがどのように競争優位を形成し、顧客価値や事業成果を生み、最終的に財務成果や将来の成長機会につながるのかの一連の流れを、因果関係として整理する必要があります。
この因果関係を構造的に整理し、社内外のステークホルダーに分かりやすく示すものが、「価値創造ストーリー」です。価値創造ストーリーを描くことで、知的財産は、単なる「保有資産」ではなく、企業価値を生み出す経営資源として位置付け直されます。
PwCコンサルティングでは、知的財産を起点とした価値創造ストーリーの構築に向けて、大きく3つのステップでアプローチしています。
図表1:価値創造ストーリー構築のアプローチ
価値創造ストーリーの構築において重要となるのは、知的財産そのものを起点に考えるのではなく、企業が目指す将来像や中長期的な経営目標から逆算することです。つまり、「どのような知的財産を保有しているか」だけではなく、「中期経営計画をはじめとする事業戦略の実現に向けて、どの知的財産が競争優位の強化、事業推進の加速、将来の成長機会の創出に貢献するのか」を明らかにすることが出発点となります。
中期経営計画や長期経営計画などを踏まえ、企業の「ありたい姿」や最終到達点を明確にします。そのうえで、「ありたい姿」の実現に向けて、企業として達成・創出すべき価値を「創出価値」として整理します。
ステップ1で整理した創出価値の実現に向けて、知的財産がどのように貢献し得るのかを検討します。そのうえで、知的財産の観点から目指すべき状態を「戦略目標」として体系的に整理します。
ステップ2で整理した戦略目標を達成するために必要な施策や取り組みの方向性を洗い出し、「戦略施策」として整理します。
これらのステップを通じて、企業の「ありたい姿」と知的財産を結び付け、知財活動がどのように事業成果を生み出し、中長期的な企業価値向上に貢献するのかを整理します。そして、その一連の因果関係、すなわち価値創造ストーリーを可視化したものが「価値創造マップ」です。
図表2:価値創造マップイメージ
価値創造マップにより、知的財産の活用は、単なる管理業務や個別施策ではなく、経営戦略と連動した価値創造活動として位置付けられます。また、価値創造ストーリーを共有することで、経営層、知的財産部門、事業部門、研究開発部門、コーポレート部門など、関係者間で共通認識を形成しやすくなる点も大きな意義です。
一方で、知的財産部門の成熟度によっては、知財活動が「権利取得」「権利管理」「侵害対応」といった管理業務として認識されている場合もあります。そのため、価値創造ストーリーの検討にあたっては、知的財産を企業価値創出の観点から捉え直し、知的財産と経営・事業とのつながりについて関係者の理解を深めることも重要となります。
価値創造ストーリーの構築とは、こうした理解も踏まえながら、知的財産と経営戦略、事業戦略、研究開発戦略とのつながりを整理し、企業価値創出までの道筋を共通言語として可視化する取り組みです。これにより、知的財産を中長期的な企業価値向上の源泉として位置付け、より戦略的に活用することが可能になります。
知的財産は、企業が長年の事業活動を通じて蓄積してきた重要な経営資源です。しかし、それらは可視化が難しく、財務諸表だけでその価値を捉えにくいため、社内外でその価値が十分に認識・活用されないケースも少なくありません。
これからの企業には、知的財産を単に「守る」だけでなく、「活用」し、経営の言葉で「説明する」ことが求められます。知的財産の価値創造ストーリーを描くことは、自社の強みを再定義し、将来の成長や企業価値向上に向けた、無形資産の活用方針を明確にする取り組みです。
知的財産をどのように企業価値向上につなげるべきか。自社の無形資産をどのように競争優位や成長戦略に結び付けるべきか。こうした問いに向き合い、知的財産の視点を経営・事業とつなぎながら、価値創造への道筋を具体化していくことが、知的財産を企業価値の源泉として活用するための第一歩となります。
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