日本企業のDEIB推進を考える 第2回

日本企業のインクルーシブな組織風土醸成を阻む「見えない壁」とその突破口——東京女子大学・正木准教授×PwCの対談で探るDEIB推進の鍵(前編)

  • 2026-10-20

全3回でお届けしている本シリーズ。第1回では、DEIBの効果には組織にとってのプラス面(情報・視点の多様化)とマイナス面(コミュニケーションの分断)の二面性があること、そして自社の現状に応じて推進方針を変えていく「DEIBの発展段階」という考え方を提示しました。

第2回となる今回は、こうした理論的な視座を踏まえつつ、より実務的な議論へと進みます。PwCコンサルティングと東京女子大学 正木郁太郎准教授との共同調査の結果を参考に、日本企業のDEIB※推進を阻む「見えない壁」がどこにあるのか、そしてインクルーシブな組織風土を醸成するために何が必要なのかを、対談形式で掘り下げます。

※ 働く人の多様性を認め尊重すること(Diversity&Inclusion:ダイバーシティ&インクルージョン)のみならず、不公平な競争環境の是正(Equity:エクイティ)や、従業員の帰属意識(Belonging:ビロンギング)を含めた考え方を指します。

(左から)田川 映梨子、山夲 聖也、吉田 亜希子、正木 郁太郎氏

(左から)田川 映梨子、山夲 聖也、吉田 亜希子、正木 郁太郎氏

参加者

東京女子大学 現代教養学部 心理学科 准教授
正木 郁太郎氏

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
吉田 亜希子

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
山夲 聖也

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
田川 映梨子

共同調査実施の背景

田川:
PwCコンサルティングが正木准教授と共同実施したDEIB調査の結果を踏まえ、日本企業が抱えるDEIBの課題と、ブレークスルーのためのポイントについて議論したいと思います。

まず、調査の共同実施の背景として、PwCコンサルティングでは多くの企業担当者から「社内でDEIBを推進しようとしても、なかなか進展しない」という声をいただいており、そうした企業の後押しをしたいという思いがありました。

日本企業におけるDEIB推進にあたっては、その具体的なメリットやアウトカムの不明瞭さから、社内の理解が得られないケースが少なくありません。日本ではDEIB推進のメリットを示す研究結果がほとんど存在しないため、社内を説得するための材料に乏しいのです。そのため、今回の調査をもって、各社が推進をするための根拠と取り組みのヒントを提供したいと考えました。

正木氏:
私は研究者なのでコンサルタントの皆さんと立場こそ違いますが、見据えているゴールは同じです。日本でDEIB推進が進まないのは、そのメリットやデメリット抑制のために必要な要素など、多くの人がモヤモヤしている点について研究によって明確な答えを提示できていないことが、原因の一端にあると感じていました。そこで、データや研究理論をまとめることで問題を整理したいと考えたのです。

また、DEIB施策研究のうち、ほとんどが米国の研究が基となっています。研究者の世界では、日本の研究は日本でしか通用せず、米国の研究成果は他国でも通用する、という偏見があるとも言われ、そうした事情も背景にあります。ただ、米国で有効な施策が日本でそのまま適用できるかというと疑問です。DEIBについても、米国のやり方を「輸入」してもうまくいく日本企業はごく一部に過ぎないでしょう。米国以外の文化圏の社会や企業で実際に何が起き、それがどう理論の発展へとつながるかを見る必要があると感じていました。

東京女子大学 現代教養学部 心理学科 准教授 正木 郁太郎氏

東京女子大学 現代教養学部 心理学科 准教授 正木 郁太郎氏

田川:
米国の手法は日本で機能しづらいということですが、これまでのDEIB研究から見えた日本固有の特徴はありますか?

正木氏:
10年近く前に私が行った調査では、米国で推奨されるインクルージョンの風土づくりが必ずしも日本にフィットしないという結果が出ていました。米国のインクルージョンの風土づくりは個性重視のアプローチが中心で、外資企業や百貨店・小売など、現場で多様な人材が活躍する個性重視の会社ではそうしたアプローチが効果を発揮しやすい状況があります。

一方、日本の伝統的企業や大企業では、時には年齢や性別などの属性に応じて役割が割り振られるなど、個人・個性を強く求めない方が多様な人材の協働を促進するという結果が出た企業もありました。おそらくですが、学校教育では協調性を重視されて育った人が、社会人になってから「あなたらしく個性を発揮して」と言われても難しい。むしろ決められた役割に準じたいという人もいるなど、背景には個人主義と集団主義といった文化的な軸の違いもあるでしょう。

吉田:
今の若手世代はダイバーシティの考え方や個性が重視される環境で、意見表明を積極的に後押しされて育っています。一方、それより前の世代の日本の学校教育では、上司に自分の意見を言うといった文化は育まれにくかった。企業側が意識的にそうした文化を教育していく必要性を感じます。

正木氏:
何人かの大手企業の人事の方から、「日本ではDEIBを推進しようとすると、必ずキャリア自律の問題にぶつかる」という悩みも伺いました。背景には、メンバーシップ型雇用や会社主導の配置・育成の中で、自分のキャリアを自ら言語化する機会が限られてきたことがあるのではないでしょうか。そのため、DEIBで個性や自分らしさを尊重しようとすると、キャリア自律の課題が浮かび上がってくるのだと思います。

これはとても本質的な指摘だと思っています。というのも、DEIBの根幹にあるのは「一人ひとりが自分らしくいられること」です。すると必然的に、「そもそも自分らしさとは何か」「自分はこの世の中でどんな存在でありたいのか」という問いに向き合うことになる。さらに、その自分が「どんな働き方を通じて社会と関わり、何を実現していきたいのか」を考えること——これがまさにキャリア自律です。つまりDEIBとキャリア自律は、「自分とは何者か」という同じ問いを起点にした、地続きのテーマなのです。ところが日本では、これまでの教育や働き方のなかで、こうした問いに向き合う機会があまり与えられてきませんでした。そのため「自分らしさが分からない、出したくない」と感じる層がまだ多く存在し、DEIBを推進しようとしても、その手前のキャリア自律のところでつまずいてしまうのです。

吉田:
これまで多くの大企業では、新卒一括採用した人材を集団で育成し、中堅・管理職層へと引き上げる中で、年功序列のもとで均一的な成果を出すことが評価されてきました。つまり、従来のマネジメントは同調性を重視するスタイルが主流だったと言えます。ところが現在は、人材の価値観やキャリア観が多様化し、画一的な育成や管理だけでは個人の意欲や能力を十分に引き出しにくくなっています。そのため、「個性を尊重し、一人ひとりの可能性を引き出すスタイル」へと転換することが求められています。しかし、マネジメントする側には、そのようなやり方で成果を出した成功体験が乏しいため、「個性を引き出せ」と言われても実感を持ちにくいのです。その結果、世代間の摩擦が生じ、優秀な若手が窮屈さを感じて離職してしまう。これがDEIB推進における典型的な失敗パターンです。個人の可能性を伸ばす若手向けの教育環境を整えると同時に、管理職以上の層の意識改革も不可欠だと思います。

今回の調査結果を参考にしながら、このように葛藤されている企業を今後もご支援していきたいと考えています。

PwCコンサルティング シニアマネージャー 吉田 亜希子

PwCコンサルティング シニアマネージャー 吉田 亜希子

なぜDEIB施策が成果につながるのか

田川:
今回の調査を通じて、企業のDEIB施策の実施そのものがインクルーシブな組織風土を醸成し、それが議論の活性化を促進し、企業の業績向上につながる可能性があるといった関係性が明らかになりました(図表1)。この結果について、学術的観点からの解釈を教えていただけますか。

図表1:DEIB施策と組織風土等の関係性

DEIB 施策と組織風土等の関係性

正木氏:
施策が成果につながるメカニズムは2パターンで説明されます。一つは育児休業制度などのように、「制度があり、利用できると嬉しい」という直接的な効果です。

もう一つは組織風土です。制度を整えていることで「この会社は社員を大切にしている」という認識が生まれ、安心して発言したり、前向きになったりして心理的安全性が確保できます。制度を直接利用しない社員にとっても、制度の存在自体が会社の姿勢を示すシグナルとなり、行動変容にもつながっていきます。こうしたことにより組織風土が醸成されていくのです。

田川:
制度の恩恵を直接受けない層にも効果がある、というのは非常に興味深いですね。もう少し詳しく教えていただけますか。

正木氏:
例えば、LGBTQや障がいのある方への支援策があることで、当事者以外にも「この会社は社会的マイノリティを支援する人道的な組織だ」という理解が芽生えれば、そこで働く人々は安心感を持って働き続けられます。

ある企業の調査では、女性活躍支援策のモチベーション向上効果が、当事者である女性よりも男性の方に強く出たことがあります。「施策の意図と違うので問題だ」という考え方もありえますが、私はそうとも言い切れないと思います。施策によって会社が良い方向に変わろうとしていて、それが社員の属性を超えて組織全体にプラスに働いているのなら、良い兆候だと感じました。「良い会社」に向かっているという前向きなメッセージの発信が、全ての社員にとってプラスになるのです。

ただし、そこで具体的にどのようなメッセージが有効になるのかは、各社のDEIB進展フェーズや組織構造によっても変わります。例えば、男女比が極端に男性に偏ったフェーズと男女比が均等なフェーズで必要となる施策は、当然ながら異なります。一つのメッセージを常に貫く必要はなく、今の自分たちにベストなDEIB施策を考えながらコミュニケーションするのがよいでしょう。

山夲:
DEIB推進をする上で制度等のソリューション開発が先か、組織風土醸成が先かという議論がよくなされますが、どちらも並行してやらないとDEIBは進められないと感じています。

会社や組織などの状況によって何をやっていくかを見極めないといけないという正木先生のご意見には全面的に同意で、例えばDEIBがあまり進められていない企業において、経営者からDEIBを推進せよとだけ号令が発せられても、現場の屋台骨であるミドルマネジメントは何をどのようにメンバーに伝え、どうフォローしてよいのか分からないですし、逆に足りないものの埋め合わせとして他社のベストプラクティスの施策ばかりを導入しても自社の実情に合わず、従業員が活用できるように運営するのは困難だと思います。

だからこそ、“Why DEIB?”(なぜ自社はDEIB推進を実施していくのか)を突き詰めてDEIB推進をする上での「ストーリー」を構築することが不可欠です。

この「ストーリー」を、継続した経営層のコミット(積極的なメッセージ発信やイベントへの参画等)による従業員の意識変容と、制度・ルールの制定による従業員の行動変容、つまりソフト面・ハード面の合わせ技で、いわゆる戦略人事の一環としてDEIB推進を実行していく必要があります。

PwCコンサルティング マネージャー 山夲 聖也

PwCコンサルティング マネージャー 山夲 聖也

インクルーシブな組織風土のつくり方

田川:
制度を整えるということの他に、インクルーシブな組織風土を醸成するために必要なものは何でしょうか?

PwCコンサルティング マネージャー 田川 映梨子

PwCコンサルティング マネージャー 田川 映梨子

正木氏:
主に三つあります。一つ目は「パースペクティブテイキング(視点取得)」です。何事も自分の常識だけで測らず、「相手はなぜそう考えるのだろう?」と一度相手の立場に立って考える習慣づくりであり、これは個人レベルであれば今日からでも可能です。

二つ目は、感謝や相手を認めることです。相手が善意でしてくれたことに感謝する、良いところを褒めるといったポジティブな習慣が、心理的安全性の土台をつくることになります。

そして三つ目は少し複雑ですが、見えない敵と戦わないことです。実はそれぞれの個人は本心ではDEIBに賛成なのに、それを相互に認識する機会がないがゆえに、「周りの人は反対かもしれない」と疑心暗鬼になることがあります。すると、誰も本音を言えずに組織として停滞してしまう『多元的無知』という状態に陥ってしまうことがままあります。

吉田:
その場合、個人の意識改革は有効ではなく、会社の実態を正しく把握し「全員が同じ方向を向いている」と伝えるコミュニケーション支援が必要です。

職場で影響力のある人がDEIBに否定的な発言をしていると、内心は賛成でも同調せざるを得ない空気が生まれがちです。そうした人たちを直接変えるのは困難なので、彼らの影響力を意図的に排除し、役職などを超えてフラットに意見を言える安全な対話の機会を繰り返しつくることで、少しずつ変化を促せる可能性があります。

山夲:
特に若手とベテランの間では、ベテランは「私の時代はこれぐらいやった」と経験則の押し付けをしがちです。しかし、それは個人の体験に基づく生存者バイアス(自分ができるのだから、他人もできるだろうという歪曲した認知)に過ぎません。「自分の経験はこうだったが、あなたはどうしたいか」と問いかけ、問われた側も「自分の最大限できる努力はここまでです」と表明し合う。そうした率直な対話が不可欠だと思います。

吉田:
DEIB施策は、特定属性の人のためではなく、全ての人のために選択肢を提供するための仕組みでもあります。もちろん、限りある会社のリソースの中でそれを実現しなくてはいけません。

正木氏:
そのためには、組織として成果の最低ラインや、守るべきものとそうでないものを明確にすることが重要です。例えば、研究者なら年1本の論文執筆、営業職なら年1,000万円の売り上げなど、守るべき目標があれば明示した方がよいと思います。しかし、もしかすると目標さえ達成できれば、その実現方法は柔軟でかまわないというケースもあるかもしれません。自社にとって譲れる/譲れない部分をコミュニケーションで明確にすべきです。

吉田:
DEIB施策の目的は、会社で働きやすくすることでの成果や目標達成の促進であり、「貢献したい」「活躍したい」という人に対する選択肢として、会社が用意しているということ。このことは制度を説明する際の明確なメッセージにするべきでしょう。

正木氏:
今回の調査結果で重要なのは、特定の属性を対象とした施策は経営層のコミットメントがあって初めて組織風土にプラスの効果をもたらすことが分かった点です(図表1※5参照)。DEIB施策に対して、「制度を利用できて嬉しい」という直接的な効果では説明できず、経営層の意図が加わるからこそ、従業員がプラスまたはマイナスに解釈するかが決まるということです。そのため、制度を導入した際には、経営層が何を狙っての制度構築なのかについて明確にメッセージを発信し、どう受け止められたいかを意識しなければなりません。

ただし、メッセージを好意的に受け止められるようにするには、感謝や心理的安全性といった土台も必要です。その上で組織として向かうべき方向性が組み合わさって、初めてインクルーシブな組織風土は効果的なものになります。まずは労働環境を是正する「働き方改革」といった全社的な組織改善を図り、そこから心理的安全性や感謝の気持ちといった土台を作り、その次に積極的なDEIB施策に進むといった、段階を踏んだアプローチも考えられるでしょう。

重要なのは、大きな方向性として、心理的安全を確保して土台を固めた上で、組織として向かうべき先を決めることです。

(左から)田川 映梨子、山夲 聖也、吉田 亜希子、正木 郁太郎氏

(左から)田川 映梨子、山夲 聖也、吉田 亜希子、正木 郁太郎氏

主要メンバー

吉田 亜希子

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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山夲 聖也

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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田川 映梨子

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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