動的な人材ポートフォリオ・マネジメントの実現(後編)

社員のリスキル・アップスキルを加速させるスキルマネジメント

  • 2025-09-01

重要性が増すスキルマネジメント

人材ポートフォリオ・マネジメントの重要な要素の1つに「スキル」が挙げられます。スキルの適合度はパフォーマンスに影響を及ぼします。特に、専門性の高さが求められる職務においては、任用する社員のスキルの有無によって、その機能の発揮度合いが大きく左右されます。すなわち、経営・事業戦略の成否は、配置する社員のスキルマッチングにかかっているのです。

日本企業は、これまでメンバーシップ型雇用によるゼネラリスト育成をおこなってきました。メンバーシップ型雇用とは、特定の職務(ジョブ)に従事することを前提として雇用されるのではなく、組織の一員(メンバー)として雇用されるという日本独特の雇用スタイルのことです。日本企業は新卒一括採用により、未就労の学生をポテンシャルで採用する傾向にありました。そして、複数の職場・職種を経験させ、OJTを通じてこうした新卒社員を戦力化しました。このプロセスにより、対応力のある「ゼネラリスト」を量産し、企業内に行き渡らせることで組織運営をしてきたのです。

しかし、これは個々の職務が深い専門知識や経験を必要としない仕事であるという前提の下で機能する仕組みです。昨今では、職務の高度化・複雑化はいよいよ進んできました。採用の仕事1つ取ってみても、採用プロセスを知っていれば良いというわけではありません。経営・事業の理解も必要ですし、労働法や人事労務知識なども求められます。表に出る社員は、不適切な発言や行動が一気に拡散される時代になっており、知識・経験不足が大きなリスクになりつつあります。社員のスキル・経験の情報を可視化し、職務と適切にマッチングしていくことの重要性が増してきているのです。

欧米企業では、ジョブ型人材マネジメントをさらに一歩進めたスキルファーストの人材マネジメントやスキルベース組織の導入が進んでいます。これは、仕事の最小単位であったジョブ(職務)をタスク(作業)まで分解し、従業員の持つスキルとタスクをマッチングさせる考え方です。ジョブ型人材マネジメントでは、ジョブ(職務)単位で求められるスキルを洗い出し、それらをおおむね満たす社員を固定的に任用していきます。これをタスク(作業)に分解することで、より適合度の高い社員をピンポイントで起用することができるというわけです。ジョブ型の成熟度が高い欧米企業は、ジョブ型のその先を模索していると言えるでしょう。

スキルベースの人材マネジメントの全体像

「スキルベースの人材マネジメント」は、スキルベースで人材ポートフォリオを計画し、スキルベースの採用・配置・育成を行っていくことです。常に人材マネジメントの中心にはスキルが位置付けられ、企業はスキルの獲得・維持・強化に努めていくことで、企業の競争力を高めることを狙いとしたものです。

企業は、労働市場や社員データを基にしたスキル一覧であるスキルマスタを構築します。そして、社員のスキル情報を棚卸したスキルインベントリを構築します。これによって企業はスキル情報を一元化し、蓄積していくことができます。このスキル情報は、人材マネジメントの基盤としての役割を果たします。

人材ポートフォリオは、経営・事業戦略から、あるべき人材の量・質を明らかにします。人材の質はスキルのレベルまで解像度をあげておくことがスキルマネジメントでは重要になります。そこで、スキル情報と突き合わせることで、あるべき人材と現有人材のギャップが可視化されます。そのギャップを埋めていくために、スキルベースでの人材マネジメント施策(採用・配置・教育など)を行っていくというわけです。そして、それらの結果として新たに社員が獲得したスキルはデータベースに反映し、スキルを中心に据えた継続性のある人材マネジメントを行っていくのです(図表)。

図表:スキルベースの人材マネジメント

スキルテックが下支えとなるスキルマネジメント

これまで、スキルマネジメントが進んでこなかった理由の1つに、負荷の大きさがありました。組織内で求められるスキルを棚卸してスキルマスタを構築するだけでも多くの負荷がかかります。また、現有人材のスキル・経験の情報を収集するのも一苦労です。その上、スキルは環境の変化によって陳腐化がすぐに起こります。せっかく作り上げたスキルデータも数年経たないうちに役に立たなくなるリスクがあるのでは、取り組みの費用対効果は極めて低いと言えるでしょう。

しかし、昨今のスキルテックはAIを駆使することによって、この問題をクリアしつつあります。リアルタイムの情報を取り込み、スキルマスタのアップデートを自動的に行えるようになっているのです。これらの機能は、スキルインテリジェンスと呼ばれ、現実の求人情報・市場情報・政府公開情報・企業人事情報などの公開データを基に、ビッグデータ解析や量子労働分析など独自アルゴリズムで収集・整理する機能を有しています。

社員のスキル情報の収集・分析でもスキルテックの応用が進んできています。商談の音声データから営業スキルを分析して改善点を提案するツール、人事基幹システムと連動してさまざまな人事データからスキルを推定するツール、メールやチャットなどの膨大なテキストデータから社員のスキル情報を整理して自動生成するツール、社員がオンラインで閲覧したコンテンツやフォローしている専門家を基に習得中のスキルを捕捉するツール。このように、スキル入力・判定を目的としたタスクを付加的に行うのではなく、業務遂行や情報収集・自己啓発などの行動ログを自動入力・判定する機能が開発されています。

スキルマネジメントは膨大な手作業による収集・分析から、AIを活用して効率化・省人化した収集・分析へと進化しつつあります。環境が整ってきたからこそ、スキルマネジメントが可能になりつつあるのです。

日本企業では、「人的資本経営」というキーワードが良く使われるようになりました。人的資本経営の本質は、社員の資本価値を引き出し、人的資本を付加価値へと転換していくことにあります。企業が求めるスキルを明らかにし、社員が自律的にスキルを獲得していくこと。また、社員の保有するスキルが生きる場所(職務)へと機会提供していくこと。これにより、社員の資本価値は引き上がり、付加価値への転換が進みます。

スキルマネジメントは、まさに人的資本経営の本質と捉えることができます。日本企業はスキルマネジメントに本腰を入れて取り組むかどうかの岐路に立たされていると言えるでしょう。

執筆者

加藤 守和

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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