戦略的新規事業への道筋

事業拡張を導く「隣接市場の定義および構造」

  • 2025-11-18

拡張フェーズにおける「成長の壁」

新規事業においては、立ち上げから単年黒字化までは「初速」で駆け抜けるケースも多く見られます。しかし、その後の持続的な成長の段階に入ると、初期の成長を支えてきた既存顧客の掘り下げが限界に達することで顧客獲得単価(CPA)が上昇し、チャネルが飽和状態に陥ります。さらに、成功事例が市場に広まると、競合他社による模倣や代替が進み、築いてきた競争優位性が急速に失われていきます(図表1「第一の壁」)。その結果、多くの企業は「成長の壁」に直面することになります。

図表1:新規事業立ち上げから拡張までに差し掛かる2つの壁

この状況を打破するために経営層に求められるのは、単なる営業努力や一時的な施策ではありません。自社のコアとなる提供価値・リソースを冷静に見極め、それを軸に近接領域へと事業を拡張することです。こうして隣接市場への拡張パターンを再現可能な形で定義することに成功した企業ほど、業界平均を上回る成長が実現しやすくなります。

そのためにはまず、顧客獲得単価、チャネルごとの成約率、チャネル/顧客セグメントごとの売上・利益率などさまざまな角度から事業の現状を可視化し、営業・マーケティング努力による拡張余地を明確にした上で事業の優先順位を付ける必要があります。そして、その優先順位に基づき、新たな隣接市場への拡張を計画することが重要です。こうした隣接市場への展開こそが次の成長の扉を開く鍵となります。

なぜ拡張フェーズでは「隣接市場探索」が重要なのか

「隣接市場を探索する」という発想そのものは、事業の確立フェーズ初期から不可欠だと言えます。収益構造の安定化を図る過程では、既存リソース(顧客基盤、ブランド、チャネル、データ、オペレーション、ガバナンスなど)のどの要素が他領域に展開可能かを精微に見極める必要があり、これは事業の持続的成長と競争優位性構築につながります。

拡張フェーズではこの隣接市場の発想の重要性が一段と高まります。このフェーズでは、既存リソースの単独活用にとどまらず、補完商材のクロスセル・アップセルでLTV(Life time value:生涯価値)を高め、戦略的提携の下で中長期的なエコシステムを形成することが求められます。これにより経済圏が広がり、成長機会と投資リターンが向上し、隣接市場を起点に成長が再加速することで、持続的な収益化につながります。

例えば自動車業界では、車両所有にとどまらず、所有後の手続きや関連サービスを月額課金にまとめ、「利便性」という新たな価値で顧客接点を拡大しています。

小売業界では、金融業界に進出し、購買履歴や顧客データを活用して、決済、ローン、ポイント還元などの金融サービスを組み合わせ、「購買体験の効率化」という新たな価値を提供しています。

鉄道業界においても、移動手段だけでなく駅ナカなどの商業施設や、ホテル滞在を含むサービスを提供することで、「移動と消費の一体化」という生活サービスへと範囲を広げ、新たな価値を創出しています。

これらの事例に共通するのは、自社のコアとなる既存リソース資産を再定義し、隣接市場で新たな価値を創出することにより、収益源の分散と強化を同時に実現し、事業成長の第二曲線を描いている点です。

「隣接市場」をどのような観点で定義するか

隣接市場とは、既存事業のコアである提供価値について、既存チャネル・運用・コスト構造を主としつつ、提供先を変えて届ける際の領域のことを示します。隣接市場を定義するには、2つの基本ロジックがあります。

①提供価値ドリブン:既存事業で培った強みや顧客価値を他市場へ水平展開するアプローチです。顧客課題の本質を再定義し、自社が提供できる「価値の核」を軸に隣接領域を見いだすことで、拡張の一貫性とブランドの信頼を保つことができます。一方で価値の本質を見誤れば、単なる横展開に終わり、事業の独自性を損なうこととなります。

例)

  • 独身社会人に支持された「時短」の提供価値を、子育て世帯や介護と仕事を両立する層に拡張
  • 支持が高い化粧品の「低刺激・敏感肌対応」の提供価値を、ペット用スキンケアへ拡張
  • パーソナルトレーニングの「習慣化支援」の提供価値を、学習・禁煙・睡眠改善に拡張

②チャネルドリブン:既存の顧客接点や販売網、プラットフォームを生かして、新たな価値提供を付加していくアプローチです。チャネルの信頼関係やデータ資産を基に、他のニーズを吸収し商流を再構築することで、収益構造の多層化を図ります。なお、チャネルの拡張は既存構造との競合やブランドの一貫性を崩すリスクもあるため、設計思想の明確化は不可欠です。

例)

  • 家電量販店の実店舗と設置サービスを活用し、再生可能エネルギーのリース販売に拡張
  • 自動車ディーラーの保守接点を活用して、保険・延長保証・サブスクリプション整備に拡張
  • コンビニエンスストアの店舗網を活用して、公共料金・行政手続き・本人確認を含む「生活インフラ窓口」に拡張

2つの基本ロジックに基づき、誰に、何を、どのように提供するかの3つの問いを重ね合わせることで、隣接市場を具体化する必要があります(図表2)。隣接市場への参入要否を評価する際には、市場の魅力度・自社のアセットおよびケイパビリティとの親和性・拡張性から多角的に評価することが求められ、この3つの問いと評価項目により、隣接市場の定義を感覚ではなく構造として可視化することができます。

図表2:隣接市場の定義から参入要否の判断までのステップ

隣接市場への展開は、企業の経営の巧拙を如実に反映します。市場の魅力度や親和性を誤って評価すると、投資資本は分散し、資本効率が急速に低下するリスクが生じ得ます。一方で、隣接市場を起点に連鎖的な広がりを描ける企業は、事業のコアを磨きながら自社経済圏を強靭化し、持続的な成長を実現することができます。

その判断の基盤となるのは、データを通じた現在地の正確な把握です。顧客獲得単価、チャネル別の成約率、顧客セグメントごとの収益性を可視化することで、自社の強みと成長ポテンシャルを明確にします。そして、現在の資産だけでは成長が限界に達していると判断される場合には、他社との提携やM&Aといった非連続的な手法が考えられますが、これらは選択肢の一つとして、成長を再加速させるために当然踏み込むべき経営判断です。変化を先送りすることは、機会損失そのものを意味します。隣接市場への展開余地を広げる上でも、こうした非連続的な手段を前提に戦略を描くことが欠かせません。

「隣接市場の巧拙」が拡張の成否を分ける

隣接市場への展開とは、単なる横展開ではなく、自社の強みを定量的に把握し、それを組織として整合性をもって生かすための設計図を描くことです。顧客理解を通して事業の拡張軸を多面的に定義しながら、市場×親和性×連鎖拡張性という枠組みで厳密に評価し、外部の視点を踏まえたエコシステム思考でスケールさせることが肝要です(図表3)。

図表3:単発的な施策に終わらせない事業拡張のイメージ

隣接市場への拡張を試行することは、事業の真のコアとなる提供価値やリソースを再定義することにつながり、結果として事業の強靭化を図ることができます。試行の中で磨き上げた提供価値を基軸に、隣接市場の着手条件・供給要件・採算条件などをフォーマット化して定義することで、単発的な施策に終わらない事業拡張が実現するのです。

持続的な成長を目指す上で、その設計図をどのように描き、実行へと移していくのか―今まさに経営層に問われている課題ではないでしょうか。


新規事業開発の取り組みに関する実態調査2025年

日本では、既存事業の成長に停滞感を抱く企業が、新たな柱となる事業の姿を模索しています。PwCは「新規事業開発の取り組みに関する実態調査2025」を実施し、日本企業における新規事業の取り組み動向や課題、成功企業から学ぶべき方策を明らかにしました。

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執筆者

石本 雄一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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藤原 宏匡

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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