スマートモビリティの産業アーキテクチャをデザインし社会の発展に貢献

  • 2025-09-02

モビリティ産業は、SDV(Software Defined Vehicle)や自動運転といったテクノロジーによるデジタルトランスフォーメーション(DX)と、ZEV (Zero Emission Vehicle)化や資源循環などサステナビリティと環境向上を目指すグリーントランスフォーメーション(GX)により、スマートモビリティをけん引役とする変革期を迎えています。PwCコンサルティングの試算では、2023年に約1,780兆円だった世界のモビリティ市場は、スマートモビリティを原動力とし、2030年には約2,480兆円に成長する見通しです。
このような変化を背景に、PwCコンサルティング合同会社は2025年2月に「スマートモビリティ総合研究所」を設立しました。
スマートモビリティ総合研究所は、PwC JapanグループおよびPwCグローバルネットワークを通じた大量の情報と専門家の知識を統合し、産業アーキテクチャを用いてモビリティの将来像を描き出します。また、産業を横断した企業、官公庁、学術機関の連携を促進し、そこで得た知見をPwCコンサルティングと共有し、産業内のプレーヤーに向けた高度で広範囲の支援を実現していきます。
本記事では、モビリティ産業の現状と未来をテーマに、変革に向けた課題やスマートモビリティ領域での勝ち筋について紹介します。

登場者

PwC Japan合同会社 代表執行役副社長 パートナー
チーフ・ストラテジー・オフィサー
チーフ・イノベーション・オフィサー
桂 憲司

PwCコンサルティング合同会社 スマートモビリティ総合研究所 副所長
川原 英司

モデレーター

PwCコンサルティング合同会社 スマートモビリティ総合研究所 企業変革&DXプログラム担当
Strategy&ディレクター
阿部 健太郎

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

左から、阿部 健太郎、桂 憲司、川原 英司

PwCの支援戦略

阿部:
スマートモビリティ総合研究所では「産業アーキテクチャ」の切り口から、複雑化する将来像を描こうとしています。このような考え方は、自動車・モビリティ産業に限らず当てはまりますし、PwC Japanグループ全体の方向性とも合致していると思いますが、いかがでしょうか。

桂:
産業アーキテクチャの重要性が高まっている背景として、まずビジネスを取り巻く環境が大きく、かつ急速に変化していること、その結果として事業の不確実性が高まり続けていることが挙げられます。企業は産業の枠を越えた課題解決の必要性に迫られており、それらを支援する私たちには、より広範囲の情報と知見を持って解決策を考え、実行していくことが求められるようになりました。
このような環境を踏まえて、PwCグローバルネットワークは、クライアントの事業を俯瞰で捉える「視点の高さ」と、それぞれの事業に関する「専門性の深さ」を提供価値としていくことを目指し「Trust in What Matters」「Business Model Reinvention」そして「Sustainability」「AI and Data」の4 つを新たな戦略領域と定めました。
「Trust in What Matters」は、社会における信頼を獲得していくための支援、「Business Model Reinvention」は、過去の実績や経験にとらわれることなくビジネスモデルを「再発明」していくための支援、「Sustainability」と「AI」は、気候変動をはじめとするサステナビリティ分野の取り組みや、生成AIなど最先端のテクノロジー活用に関する支援です。
また、これら戦略を実行していく前提となる経営目標として、PwC Japanグループは「Trust and Transformation」を掲げています。

Trustは、従来からPwC Japanグループとして重要視してきましたが、AI活用やTransformationの推進においても、信頼の基盤が重要となります。
AIを例にすると、使用するデータの信頼性、データ供給先の安全性、さらにはデータの正しい使い方、使い道といったさまざまな観点で信頼の基盤を構築していく必要があります。

差込

PwC Japan合同会社 代表執行役副社長 パートナー 桂憲司

阿部:
現場でクライアントを支援している私たちコンサルタントの実感としても、従来は1つの市場、1つの課題でプロジェクトを進めていくことが多かったのですが、近年は支援のテーマが複雑化しています。クライアントはどのような点に注目する必要がありますか。

桂:
市場のどこに、どのような機会があるのか、誰と組むのが良いか、誰が競合になるのかといった点を整理する必要があります。そこで重要なのが、前述した「視点の高さ」と「専門性の深さ」です。
リスクとチャンスが混在する環境で具体的な成長戦略を描くためには、マクロ経済動向などを踏まえて複数のレイヤーに散在している課題を洗い出し、同時に、社内外の専門家が持つ知識を結集し、統合知として生かしていく必要があります。これら一連の取り組みによって将来像を導き出していくためにアーキテクチャが必要なのです。

スマートモビリティ総合研究所の機能

阿部:
高さと深さの観点で、私たちはシンクタンク部門としてPwC IntelligenceやTechnology Laboratoryを設立し、産業の発展に貢献することを目指しています。スマートモビリティ総合研究所も同様の機能を持ち、各企業が持つノウハウやデータの有効活用や、それらを用いた新たな価値創出を目指していると認識しています。

川原:
そのとおりです。モビリティ産業では、SDVや自動運転といったテクノロジーを活用した高付加価値化と、ZEV化や資源循環を含むサーキュラーエコノミーといった環境分野の取り組みが課題となっています。これらDXとGXの両面からモビリティ産業全体のトランスフォーメーション(MX:モビリティトランスフォーメーション)を推進していくために、産業内外の関係者が議論できる場をつくることが必要です。そうした場として産業アーキテクチャの向かうべき方向性を共有し、各社の戦略ポジションを定めていくことで、産業としての競争力の強化を後押しするというのがスマートモビリティ総合研究所の目指す姿です。

図表1:スマートモビリティ社会

阿部:
改めてスマートモビリティ総合研究所の機能を教えてください。

川原:
主に4つの機能があります。その中でも重要性が高く、私たちの活動の起点となるのはモビリティ産業のアーキテクチャデザインです。デザインの過程では、まずモビリティ企業と、各社が持つ機能やサービスを俯瞰して構造を整理します。その上で、アーキテクチャのあり方を検討し、産業内で共有することによって各企業の機能やサービスの開発を支えます。アーキテクチャが明確になることによって事業戦略を立てやすくなり、具体性とスピードが上がります。競争構造や戦い方に加えて、提携、分担、共創の相手も見えてくることで、産業全体の競争力も高まることが期待されます。

図表2:スマートモビリティ総合研究所の機能

阿部:
アーキテクチャをデザインするための体制として、コミュニケーションの場を用意したり、データ運用の機能も備えたりしている点が特徴ですね。

川原:
モビリティ産業のアーキテクチャは、「モノ」「コト」「オペレーティングモデル」のそれぞれで、起こっていることが少しずつ異なります。In-carを中心とする「モノ」の産業アーキテクチャは、競争や協業の構造が変わる「変化」。Out-carを中心に「コト」を提供するサービスの産業アーキテクチャは、これまでにはなかったものが新たにできる「新規」。サプライチェーンやDevOps、デジタル基盤などの「オペレーティングモデル」は、これまでにあったものが高度化していく「進化」とみています。私たちは産業アーキテクチャデザインを起点として、産業内の人と企業が互いに連携して共創するための場づくりと、コミュニケーションを深めていくために役立つデータ、事例、PwCとしての示唆を提供します。また、コンサルティングを通じて蓄積された多様な情報やデータを産業アーキテクチャに沿って整理したデータ基盤の開発と運用も行います。これら機能を通じて得た知見をPwCメンバーファーム内で相互活用することで、コンサルティングの高度化も図ります。

図表3:モノ、コトの産業アーキテクチャの変化を支えるオペレーティングモデル

データ活用と共通プラットフォームの必要性

阿部:
アーキテクチャのデザインでは、それを支えるデータが重要です。モビリティ産業が扱うデータの幅は、年々広がっています。

桂:
そうですね。モビリティ産業のアーキテクチャデザインでは、マーケットや顧客などのデータだけではなく、都市やエネルギーといった隣接する産業のデータも重要です。これらをつなぐ仕組みを構築し、統合していくことで付加価値のあるサービスを生み出すことができます。

川原:
データは、企業、OEM、個人などさまざまなところで分散して蓄積されていきます。それらを使ったサービスも生まれてきてはいますが、スケールや価値の点でまだ十分とは言えません。データをつないで利活用することでサービスとしての価値が生み出され、さらにデータ自体の価値も高まります。こうしてスケール化することで、産業としての競争力も高まります。私たちの役割の1つとして、データ基盤・データハブのようなものを持ち、関係者が必要としているデータが使いやすい仕組みを用意したいと考えています。

阿部:
モビリティはソフトウェア化が進んでいるため、今後はソフトウェアの開発や実装を効率的に行うためのオープンプラットフォームが必要になると思っています。

川原:
オープンプラットフォームによって産業の発展を加速した例としては、スマートフォンが典型的ですよね。スマホはOSによってソフトを搭載したハードの開発が容易になるだけでなく、OS上でさまざまなサービスやアプリが生まれています。また、IoTで家電とつながったり、アプリで金融サービスとつながったりしながら複数の産業が連携し全体が発展しています。モビリティも、各社が共通で使えるプラットフォームができることにより、その上で動くサービスの開発スピードやコスト効率が格段に良くなります。複数の機能の組み合わせによって、サービスを進化させ、新たな価値を生み出していくこともできます。また、サービスの価値が高まるとそれに必要なハードの需要や価値も高まるといった好循環も生まれます。

PwCコンサルティング合同会社 スマートモビリティ総合研究所 副所長 川原英司

桂:
複数のサービスが生まれる環境ができることもポイントです。競争によって淘汰されるサービスがある一方で、良いサービスが選ばれ、使われることによってプラットフォームそのものの質が向上します。さらに、データが増えていくことによって共創可能な領域も見えやすくなり、その積み重ねによって新しいアーキテクチャができていきます。

阿部:
モビリティ産業におけるプラットフォーム構築の現状をどう見ていますか。

川原:
車内で価値創造するIn-carと、車外とのつながりで価値創造するOut-carに分けて考えると、まずIn-carは、SDVを支える車載OSやハードウェア分野でプラットフォーム機能を提供するレイヤーマスターが現れ、スマホの産業構造に近づきつつあります。企業の戦略としては、個社で最適化を目指すのではなく、プラットフォーム機能を有効活用すること、または、事業としてプラットフォームに関わることがポイントです。Out-carは、隣接する産業内の企業とデータを連携するためのプラットフォーム機能が必要です。ここでも個別最適化せず、多様なサービスを開発し、高度化できる汎用的なプラットフォームを構築することがポイントです。

AI時代のデータ活用

阿部:
モビリティに限らず、産業の発展はAI活用が不可欠です。アーキテクチャデザインでは、AIの進化がモビリティ産業に与える影響や、AI時代の車のあり方も想定しておく必要がありますね。

川原:
AIは、車の定義や作り方を変えると思っています。現状のモビリティ産業は「車を作る」ことを目的としていますが、すでにSDVの考え方でソフトウェアが車の構造や良しあしを定義する流れが生まれているように、今後はAIが車を定義するようになります。自動運転を例にすると、自動「運転車」を作る考え方から自動「運転手」となるAIを作る考え方に変わり、「AI運転手」にとって運転しやすいクルマ、あるいはAIオペレーターにとって操作しやすいコックピットの開発が求められるようになるでしょう。

阿部:
ユーザーである人が「使いやすい」と感じるユーザーフレンドリーな車の開発から、AIとの親和性が高いAIフレンドリーな車づくりに変わっていくわけですね。

川原:
そう思います。ただし、これは1社、1国の取り組みでは実現できない大きな変革であるため、各国の主要なプレーヤーが大きな絵を共有して進めていく必要があります。

阿部:
そもそも車は、目的地との物理的な距離を縮める手段として普及し、その価値を発揮してきました。アーキテクチャの観点では、AIが乗ることを前提として「車は移動手段」という概念から再構築しなければならないのですね。

PwCコンサルティング合同会社 スマートモビリティ総合研究所 企業変革&DXプログラム担当 Strategy&ディレクター 阿部 健太郎

川原:
移動や目的地などに関する情報や、モビリティ関連のサービスをデジタル基盤上で探して提供するといったエージェント機能も、将来的にはAIが担っていくと考えられます。どういう情報が重宝されるかは国や地域によって異なり、個人差もあります。多くのユーザーにとってグローバルで共通する基本部分はいわゆるファウンデーションAIが担い、それをベースとしてユーザーごとの特性や車の使用シーンなどに応じたカスタマイズAIの機能を乗せていくような構造になると思っています。

桂:
AIエージェントですね。その先に進んでいくためには、データをどう扱うかがポイントになるでしょう。データは個人情報を含むため、国によって扱い方が違います。国や地域の法制度に合わせたAIの設計や、ガバナンスを効かせたデータの取り扱いは私たちが知見を持つ分野で、Trustの観点で支援の強みが発揮できると思っています。

阿部:
AI社会で産業を発展させていくために、どこまで広くデータを活用できるかが競争力の肝になりますね。

桂:
そうですね。サービス開発は使用可能なデータの量が多いほど有利で、個人情報も含めてできるだけオープンにしていかないとプラットフォームは発展しません。ユーザーとなる個人が自分の情報をどこまで出していいと思うか、法律によってどの分野の情報を守り、どこまで公開可能にするかがポイントになるでしょう。

川原:
データは、異なる形式であらゆるところに散在しています。それらを、誰が主体となって管理し運用するかも大事です。その方向性は3つあると思っています。

1つ目は、「データディーラー」と呼んでいるものです。車を流通させるためにはディーラーが必要であるように、データの流通にもディーラー役がいて、ユーザーが使いやすい形にして利活用を促進することができます。
2つ目は、データを必要としている人に直接提供するDtoC(Direct to Customer)における「データエージェンシー」です。データを持つ人と使う人の間をつなぎ、利用環境や開発環境を提供して直接のやり取りをサポートします。
3つ目は、「データマーケットプレイス」です。これはデータの売買、共有、連携、保管ができる安全な基盤を作り、流通を活性化します。
こうした構想が、今後は実際に使えるデータインフラとして具体的に考えていくフェーズになると思います。実際に稼働させないと分からないリスクや課題もあるため、使ってみながら最も良い方法を選択していくことになるのだと思います。

図表4:AI時代のデータ活用

「勝ち筋」を作るポイント

阿部:
スマートモビリティは、IT業界のような圧倒的強者がまだいない段階です。だからこそ、プラットフォームを誰が作るか、データのインフラ構築をどこが先行するかが重要であり、日系企業への期待も膨らんでいます。日系企業がリードするには、どのような課題がありますか。

川原:
例えば、日系企業は、サービスのきめ細やかさやオペレーションの質が高いと評価されています。こうした高いサービスを提供可能にするようなプラットフォーム機能、デジタル基盤を作り展開していくことで、サービスで勝つ。さらにそのサービスを提供するために、最も適したハードと合わせて勝つといった可能性があると思っています。ただ、現状は特定のサービスや製品に特化した個別最適の思想が強く、この状態では世界を見据えた規模拡大はできません。開発を容易にし、次々とサービスが生まれ、競争の中で切磋琢磨を経て価値の高いサービスに進化していくような仕組みとしてのプラットフォーム機能が重要だと考えます。

桂:
個別最適から全体最適、自前主義から共有へと意識を変えることが大事ですよね。そのためには、冒頭の話に戻りますが、産業の枠を超える視点を持ってアーキテクチャをデザインし直す必要があります。

川原:
「ヒト、モノ、カネ」の他に、「データ」「マテリアル」「エネルギー」も重要な経営資源となってきています。電気や水道やガスのような社会インフラのように、データの流通インフラも、自前主義ではなく共有化するのが当たり前になってくる世界が来ると思います。さまざまなデータを、目的に応じて個々に整備していくのではなく、必要な人・サービスが必要な時に必要なデータを使えるようなインフラができていくといいと思っています。そうして他の社会インフラと同様に、データに関してもセキュリティや課金の仕組みが整備され、いくつかのデータ流通の仕組みも定着し、付加機能の開発も進んでいくでしょう。

桂:
そのためには、「このデータを使うとオペレーションがこれくらい効率化できる」「こんなふうに収益に貢献できた」といった事例を見せることが大事ですね。自社の資産として囲い込む秘匿性が高いデータもあるはずですが、それ以外のデータとの線引きをして、管理方法を変える方が効率的です。

阿部:
スマートモビリティは、現状は米国や中国がリードし、インドのような新興国もこれから台頭してくると予想できます。一方の日本も、スマートモビリティではフォロワーとなっているという危機感が醸成されることにより、これから果敢に攻めていきやすくなったのではないかと思います。

桂:
日本や日系企業がどこで勝負するか、どこが勝ちやすいのかを見極めることが大事です。その点でも、改めてアーキテクチャデザインが重要と言えます。また、スマートモビリティ総合研究所が果たす役割については、PwCグローバルネットワークの各拠点からの注目度が大きく、今後の活動に期待しています。

川原:
産業全体が発展していく過程では、「当社はこの技術に強みがある」「あの企業はこの技術が優れている」「連携すると新しい価値が生み出せるのではないか」といった議論が生まれます。そのようなコミュニケーションを活性化し、深められる専門性に特化した組織として、MX、モビリティトランスフォーメーション推進に貢献したいと考えています。

主要メンバー

桂 憲司

執行役副代表, PwCコンサルティング合同会社

Email

川原 英司

スペシャルアドバイザー, PwCコンサルティング合同会社

Email

阿部 健太郎

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

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