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2022-07-21
「働き方、生き方を変え得るメタバース」の前編では、メタバースがリモートワークの課題を解決する、ひいては働き方に変容をもたらす可能性について言及しました。しかし、私たちはメタバースがもたらす変化は、仕事に関する領域だけに留まるものではないと考えています。メタバース内ではアバター同士のコミュニケーションが基本です。リアルの世界での性別や年齢、人種、容姿に則る必要はなく、ユーザーは好きな時に好きな格好で、好きな仲間とメタバース空間での活動を楽しむことができます。言ってみれば、メタバースは「なりたい自分」を体現できる世界とも言えるのかもしれません。
メタバースを活用して仕事をしながら、時に自己実現までできるのであれば、一定数のユーザーはメタバース内で過ごす時間が増え、より没入していくということは十分に考えられます。すでにメタバース内で1日の半分近くの時間を過ごすというユーザーも存在すると言われます。中にはアバター用の衣装制作といった、メタバース上での仕事により収入を得る者も出てきています*1。一部の人にとってはメタバースこそが一義的な生活空間であり、アイデンティティの帰属する世界になりつつあるのです。
今後、メタバースと現実の融合がより進めば、消費などのアクティビティがメタバース内で当たり前に行われ、新しい産業のエコシステムが生み出されることが予想されます。そうなれば、企業と人、人と人、社会と人との関わり方は現在とは異なるものへと変化し、“生活”ひいては“現実”という概念すら変わり得ると私たちは考えています。今回は、メタバースが社会の新しいインフラとして定着した未来の想像を試みます。
2022年現在、日本のメタバース人口はまだ数万人程度と言われており、メタバースが日常にどのように溶け込むのかはまだはっきりしないのが実情です。ここでは既存の文献やデータ*2を参考に、メタバースを中心とした未来の生活スタイルを描き、その1日をシナリオ形式で紹介します。ここに書かれていることはあくまで筆者の個人的見解によるものであることに、あらかじめご留意ください。
朝食後、自宅にて業務を開始。メタバース空間のオフィスに出社する。仮にオフィスに誰もいなくても、AIボットのアバターが同僚や他の従業員の就業状況について教えてくれるので、孤独を感じることはない。また、従業員同士が必ずしも相手の現実の容姿や居住地、国籍(場合によっては氏名も)を把握しているわけではないことも、この世界における特筆すべき点である。
メタバースが普及したとはいえ、メタバース空間内で勤務時間の全てを過ごすことはまれである。私たちは業務効率、各々のワークスタイルという観点から、自由に働き方を変えることができる。具体的には、メタバース空間でのリモートワーク、現実世界でのリモートワーク、さらには現実のオフィスへの出勤を組み合わせたハイブリッドなワークスタイルが定着している。
社内ミーティングのイメージ(PwCコンサルティングが2022年6月にメタバース空間で実施した社内イベントの様子)
メタバース空間のカフェに同僚が集まり、あちこちで会話が始まる。現実のオフィスに出社している従業員であっても、ランチの時間になるとメタバースのカフェに入る場合もある。アバター同士のインフォーマルなコミュニケーションは、従業員間の情報共有や人間関係の構築において重要な役割を果たす場になっている。自社の従業員しか入れないカフェや、取引先や採用候補者などを招くことができるカフェなど複数の空間が存在し、目的に応じてコミュニケーションの場を選択することも可能だ。
午後は休暇を取得した。バーチャルオフィスからは退出し、プライベートアカウントに切り替えて別のメタバース空間へ。居合わせたユーザーと会話したり、エクササイズやダンスを楽しんだり、趣味であるイラストやデザインに勤しんでデジタルアートを制作したりすることが多い。新しい服や靴などのアイテムの発表会をはじめ、毎日どこかで何らかのイベントが行われているので、それに参加する日もある。
今日は映画を楽しむことにした。サブスクリプションモデルはメタバースに持ち込まれ、月に一定の料金を支払えばいくらでもデジタルコンテンツを楽しむことができる。ヘッドマウントディスプレイを介しての映画鑑賞では、目の前に自分専用の巨大スクリーンが現れる。没入感が高く、映画館を貸し切っているような感覚に包まれた。
メタバース上の街を散歩することにした。ここにはライブハウスや映画館、百貨店、不動産会社など、B to B、B to Cを問わず多くの店が並んでおり、アバター同士のコミュニケーションが至る所でなされている。そこには同時に、多くの雇用が存在する。パフォーマンスを披露するお笑い芸人やミュージシャン、各店舗の販売・接客スタッフなど、本業と副業問わず、多くの人がメタバース空間で働いているのだ。翻訳技術の発達によって、言語が異なるアバター同士でも音声とテキストによる会話が瞬間的になされるようになった。これによりアプローチできる顧客の数が増加し、人々の活躍のフィールドは現実世界と比べて大きく広がったと言える。
街中では新聞も売られている。メタバース上で起こっているさまざまな出来事をまとめて報道しているのだ。メタバース上の市民記者が記事を書き、通信社に送るというのも珍しくない。
温暖化防止を訴える、市民団体による活動も見受けられる。彼らは南極と北極のデジタルツインをメタバース上に構築し、その現状をリアルタイムで目の当たりにさせるのみならず、多くのアバターをデジタルツインに送り込むことで、事の深刻さを訴え続けている。
バーチャル都市のイメージ(PwC Japanグループがメタバース入社式<<2022年4月実施>のために構築した空間)
家族そろってアバターの姿となり、メタバース内のレストランで食事を楽しむ。周囲を見渡せば、カップルも少なくない。メタバース空間で恋愛の相手と出会うというケースも徐々に増えており、中にはメタバース空間に限って婚姻関係を結んでいるカップルも存在する。婚姻届の提出や結婚式の準備は、業者が代行してくれるのだ。
食事の後は、再び街に繰り出す。現実の時刻は夜だが、メタバース空間は明るいままだ。あるのは設定上の昼夜だけで、今も多くのユーザーが絶え間なく空間に入ってきている。世界中のどこからでもアクセスできることもメタバースの特徴である。技術的な障害でも生じない限り、この世界が眠りにつくことは、おそらくない。
最近、メタバースに関して注目されている主張の1つに、「メタバースそのものもまた『現実』である」というものがあります。哲学と神経科学を専門とするニューヨーク大学の教授で、認識論や心の哲学の論考として知られるDavid Chalmers氏によれば、私たちはメタバースによって「多元世界を生きる存在」へと変化するというのです*3。つまり、現実として私たちが肉体をもって生きる世界に加え、アバターとして生きる世界でも同時に生きていくことになるというわけです。
一度聞いただけでは信じがたい気持ちを抱く方もいるかもしれませんが、私たちが生きる現実世界を現実たらしめるのは、自分以外の複数の存在が「この世界こそが現実である」と同意しているからです(間主観性)。そのため、仮にメタバースに生活の中心を移した複数の存在が「メタバースこそが現実である」という意見を合致させれば、彼らにとってはその世界こそが現実になり得るのです。つまり、私たちが「リアル」と考えているこの世界は、選択できる世界の1つに過ぎなくなる可能性があるのです。
上記のシナリオはあくまで仮説であり、起こり得る可能性をコンパクトに整理しただけのものです。しかし、メタバースが当たり前になった世界においては、人によって何が現実なのか、異なってくる可能性があります。メタバースが私たちの生き方に大きな影響を与えることは確実ですが、どのような影響を及ぼすのか、具体的にはまだはっきりしません。メタバースによって私たちの世界の認識そのものが変わるのであれば、それは革命的な変化とも言えます。その変化は段階的に訪れるのか、それとも突然訪れるのか。渦中にいて、なおかつビジネス活用を模索するような当事者である私たちであれば、なおさら今後の動向を注視していく必要があるでしょう。
*1 メタバース新人類、現実社会を捨ててメタバース空間で生きる高校生も…「発達するVR空間での新しい生き方」とは
喜田一成氏との対談:地経学時代の日本の針路(実業之日本フォーラム、2021年12月6日、https://forum.j-n.co.jp/narrative/2934/)
*2 『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(バーチャル美少女ねむ、技術評論社、2022年3月19日)
*3 The Meaning of Life in the Metaverse with David Chalmers(Harvard Business Review、2022年3月23日、https://hbr.org/podcast/2022/03/the-meaning-of-life-in-the-metaverse-with-david-chalmers)