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2022-07-14
コロナ禍によって世界中にテレワーク(リモートワーク)が普及しました。対面して打ち合わせを行う機会はめっきり減り、今では離れた場所に住む従業員同士がオンライン上に集まることが一般的になっています。場所を選ばず働けるということは利便性が高く、パンデミックが収束した後に対面式に完全に戻るという未来は、容易には想定できないのが実情です。
しかしながら、こうした働き方の変化に伴う弊害も明らかになってきました。その1つとして、オンラインでの交流は対面での交流と比べて独創的なアイデアが生まれにくく、結果的にイノベーションを起こしにくいことが挙げられます。例として、通信インフラ企業に勤める1,490人を対象に行った実験を紹介します。この実験では、無作為に分けられた2人1組のペアが対面またはオンラインで、将来のイノベーションのもととなる製品アイデアを出し合うことが求められました。その結果、対面で協働したペアのほうが、バーチャルで協働したペアよりも多くのアイデアを生み出し、なおかつ内容がユニークだったことが分かりました*1。この結果からは、オンラインのペアは画面上の相手を直視する時間が長く、結果的に視覚から入る情報が少なくなり、独創的なアイデアが生まれにくくなることも示唆されています。
また、PwCオーストラリアが従業員2,700名を対象にリモートワーク環境下での働き方について調査したところ、「自宅での業務は創造性や革新性が低い」と答えた割合は31%に上りました*2。対面でのコミュニケーションが創造的かつイノベーティブなアイデアをより多く生み出すということは従前より言われていることですが、ここでは限定的な時間の使い方や情報量の不足、さらにはコミュニケーションの欠如が、イノベーションにマイナスの影響を与えている可能性も示唆されています。
こうした課題の克服に、メタバースが有効であるとの指摘があります。今回はその理由を考察します。
リモートワークがイノベーションを阻害する問題を、メタバースはいかに解決し得るのでしょうか。代表的な理由を以下に述べていきます。
日常の他愛もない会話の中からこれまでにない発想や課題解決のためのアイデアが生まれ、ブレイクスルーに至ったという経験は、程度の大小はあれども、誰にでもあるのではないでしょうか。オンライン会議と異なり、メタバースではアバター同士が物理的な空間を共にします。お互いに仮の姿であったとしても、同じ空間で対話しているという感覚は、仲間意識や帰属意識を高め、ディスカッションをより円滑にし、結果的に独創的なアイデアやイノベーションの創出を促進する可能性があります。
また、バーチャル空間とはいえ、メタバースでは360度、あらゆる方位から視覚情報を得ることができます。現実世界では環境を変えることでインスピレーションが生まれ、議論が一気に煮詰まるというブレイクスルーがよく見られます。そのため、昼と夜を切り替えたり、会議の開催場所をオフィスからキャンプ場に瞬時に変えたりすることすら可能なメタバースでは、ブレイクスルーが起こりやすいと言えます。
加えてメタバースは、従業員同士による廊下やオフィスでの偶然の再会も演出します。オンライン会議では実現し得ないコミュニケーションの手法であり、非公式の情報共有が、互いの業務遂行をスムーズにするという効果も期待できます。
VRを通じてコミュニケーションを行う際、「相手との距離感がリアルの時よりも近く感じる」という利用者の声は、筆者もよく耳にするところです。ジェスチャーやスキンシップを交えたコミュニケーションが可能なことにより、メタバースではリアルにより近い感覚でのコミュニケーションが可能と考えられます。音質が改善することによってお互いの距離感もリアルのコミュニケーションのそれに近付く可能性はありますが、メタバースでは身振り手振りによって互いの伝えたいことをスムーズに理解できるだけでなく、体の向きや目線を合わせるといったこともできるため、相手の反応を見ながら話を進めたり、相手の意見を取り入れた上でアイデアを深めたりといった、現実世界ならではのコミュニケーションも、より実現しやすい環境にあると言えます。
リモートワークにおいては、同じイメージやニュアンスを同僚やクライアントと共有するために、説明用の長いテキストを用意したり、電話で説明したりと、苦労されている方も少なくないのではないでしょうか。メタバースにおいては、コントローラーを使用して机や壁に文字や絵を描けるのはもちろん、空間上に3Dのイメージを作成したり、デジタルツインを生成したりといったことも可能です。「百聞は一見に如かず」という言葉があるように、メタバースでは互いに思い描いたイノベーションの構造を見える化し、共有することができるため、ビジネスのアクセラレーターとして活用することも大いに期待できます。
PwCコンサルティングが2022年6月に実施したメタバース空間内での社内イベントの様子。肯定的な声が多く聞かれた
リアルな対面を行わないという点で、メタバースでの協働もリモートワークの一種であることに変わりはありません。しかしながら、上記のようにオンライン会議の働き方とは大きく異なります。よりリアルに近く、時にリアルを超える利便性すら併せ持つメタバースでの協働は、リモートワークの導入により露呈した独創的なアイデアの不足やイノベーションの欠如を、大いに補う可能性があると筆者は考えます。
メタバースが変えるのは働く環境だけではありません。それは私たちに、これまでにない働き方をもたらし得ます。容姿や性別を自由に選択できるのをはじめ、現実の自身の肉体と切り離されたアバターとして業務に従事することになります。ここでは物理的な制約を受けることはありません。つまり、1人の人間が複数のアバターを操って同時に複数のミーティングに出席したり、海外のオフィスに瞬間移動したり、逆に複数人が1つのアバターを共有して24時間休みなく働き続けたりすることも可能です。働き方やコラボレーションは自由自在であり、自分に最適なものを選んでいくことになるのです。
上記はあくまで可能性であり、メタバースがリモートワークにおけるイノベーションの課題を今すぐに解決するわけではありません。メタバースによる働き方が一層普及するには、長時間使用に耐え得る頑強なネットワークを整備し、長時間使用しても体調不良にならないヘッドマウントディスプレイを開発するなど、快適な労働環境の構築に向けたさらなる努力が不可欠です。ただ、メタバースが、リモートワークによって失われた「誰かと一緒に働いている感覚」を呼び覚まし、これからのよりよい働き方を考える上で一石を投じていることは否定できないでしょう。
*1:Virtual communication curbs creative idea generation(nature, 2022年4月27日、https://www.nature.com/articles/s41586-022-04643-y)
*2:The work-from-home innovation drought(PwC Australia、2020年10月15日、https://www.pwc.com.au/digitalpulse/work-from-home-innovation-drought.html)