医療等情報の利活用:日本版EHDSについて考える

  • 2026-07-24

※本稿は2026年6月時点の議論を基に執筆しており、検討会では既に日本版EHDSとして一定の方向性が見出されています。

日本の医療インフラは、超高齢社会の到来に伴う医療費の急速な増大と、生産年齢人口の減少に起因する医療従事者の慢性的な不足という、不可逆的な構造的課題に直面しています。こうした課題は2000年代以降顕在化し、いわゆる2025年問題、さらに2040年を見据えた医療・介護提供体制の再構築の必要性が継続的に指摘されてきました。こうした国家的な危機を乗り越え、持続可能な社会保障制度を構築するためには、医療機関における効果的かつ効率的な医療提供体制の整備が不可欠となります。同時に、研究者や企業等によるデータ分析を通じて、有効な治療法・医薬品・医療機器等の研究開発を進めることも急務です。そうした中で、2025年6月13日閣議決定の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」や「規制改革実施計画」では、これまで取り組んできた健康医療等データ(リアルワールドデータ:RWD)の利活用における課題感も踏まえ、利活用制度の抜本的な改革が求められています。

このような文脈において、内閣府は2025年9月に「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」を設置し、欧州の「European Health Data Space(EHDS)」をモデルとした、いわゆる「日本版EHDS」のグランドデザイン策定に着手。2026年1月23日には有識者の議論内容を基にした中間まとめを公表しています※1。中間まとめではEHDSを参考に、医療等情報の一次利用・二次利用を一体的に捉えた制度・基盤整備の方向性が示されていますが、今年の夏をめどとした議論の整理に向けて現在も集中的な討議が続けられており、この日本版EHDSの動向は各界の大きな関心を集めています。

日本版EHDS構想の核心は、医療等情報の「一次利用(個人の診療やケアにおける直接的な情報利用)」と「二次利用(公衆衛生政策、画期的な創薬や医療機器開発等の研究開発等への利用)」を統合的かつシームレスに推進するための法体系と情報連携基盤を新たに構築することにあり、これは単なるデータ利活用のためのITシステムの刷新にとどまりません。むしろ、国民の機微な医療等情報を国家レベルでどのように統治し、社会全体の利益にいかに還元していくかを問うものであり、その意味で、医療等情報の利活用を通じた社会保障システムの再構成と捉えることもできます。

本稿では、内閣府「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」における議論内容を前提に、次世代医療基盤法など日本の現行制度の限界も踏まえつつ、技術アーキテクチャ、ステークホルダーマネジメント、法制度の観点から、日本版EHDSの在り方を考えます。

はじめに、検討の論点を整理します。内閣府「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」では、目指すべき社会の定義や基本的な考え方の整理の他、大きく以下5つの観点で議論がなされています(図表1)。

図表1:日本版EHDS検討における5つの論点

日本版EHDS検討における5つの論点 ,

これらの論点と、現状の医療等情報の利活用における課題を基に、どのような方向性で日本版EHDSを考えていくべきかについて述べていきます。

図表2:日本版EHDSの制度枠組みイメージ

日本版EHDSの制度枠組みイメージ ,

1. 医療等情報の利活用の対象範囲とその収集方法

日本における医療等情報の利活用において最も活用されている公的データベースとして、2020年から民間利用が認められたナショナルデータベース(NDB)が挙げられます。NDBの最大の強みは、提供されるデータ種別にこそ限りはあるものの、何より法的に義務付けられたデータ収集による悉皆性にあると考えられます。NDBは医療等情報の利活用の中でも最も優れた悉皆性、代表性、追跡性を有している一方で、データ種別が医療レセプトや健診情報に限られることから、利用目的はアカデミアによる研究利用が中心となっています。

一方で、次世代医療基盤法の認定事業者が担うデータ利活用では、NDBではカバーしきれない電子カルテ由来の医療等情報の他、画像情報等まで網羅しており、民間企業における研究開発を中心に利活用が広がっています。しかしながら、本法律内における利活用では、レセプトデータ等を扱うNDBとは異なり、データ収集時には本人への事前通知と提供停止機会の付与を前提とする、いわゆる丁寧なオプトアウト運用が求められています。これにより、負担とメリットのバランス観点からも、限られた医療機関のみが協力機関として参画しており、悉皆性に大きな課題が残っています。また実際には大病院に限られていることもあり、追跡性や代表性の点でも課題が存在します。

このような背景からも、日本版EHDSにおいては、大規模病院や公的機関を起点とした段階的な拡充余地は残しつつ、一定の法的強制力をもってデータの提供を全医療機関(自由診療のみは除く)に義務付けることも視野に、積極的な制度検討が期待されます。一方で検討会では、国内有数の研究開発機能を有する臨床研究中核病院や特定機能病院などに絞るという案も挙げられていますが、その場合にはわずか88医療機関が対象となります。仮にこの枠を500床以上の病床数を持つ大病院まで広げたとしても、全国約10万の医療機関のうち(歯科を除く)384院にとどまります※2。これらのみを対象とする枠組みでは代表性・追跡性・悉皆性全てにおいて限界があります。次世代医療基盤法の協力医療情報取扱事業者が2026年4月時点で200に満たない現状を踏まえると※3、日本版EHDSにおいて強制力の対象を大規模病院に絞ることは、再び次世代医療基盤法と同じような不満が生じることは明らかです。抜本的にこの課題をクリアするには、全医療機関を対象とした法的強制力の設計は必須と考えられます。

その一方で、国による強制力のみで利活用基盤を維持することには限界があることも事実であり、データの提供を行う医療機関、ならびにデータ主体である国民・患者へのインセンティブ設計と一体的に考えることが必須となります。そこで検討会でも議論されているとおり、日本版EHDSではデータ収集の強制力の設計だけでなく、医療機関へのインセンティブ設計と、国民・患者の理解・関与の在り方を一体で検討することが重要となります。

さらに、日本版EHDSの対象範囲を検討するにあたっては、医療機関における電子カルテ由来のデータに限らず、より医療研究開発に有効なライフコースデータとしてのウェルネスアプリケーション由来のPHR(Personal Health Record)データや、バイオバンク・医療機関等におけるゲノム・オミックス情報、さらには所得、就労状況などの社会的経済状況などマイナンバーと紐づくデータも患者の属性情報として有用です。さらには、公的な助成を受けて実施された医療研究開発を通じて得られた各種医療等情報についても、研究者の中にとどまってしまい、有効活用ができていないため、利活用対象とされることが望ましいと考えられます。一方、こうした過去のデータ取得についてはオプトイン・オプトアウト同意の範囲で既に収集されていることから、過去の同意範囲を踏まえた再同意を取る仕組みも同時に求められます。

これらのデータ対象に関する議論は、単なる活用範囲の拡充にとどまるものではありません。むしろ、公的機関が提供する各種データプラットフォーム、アカデミアによるレジストリ、民間データベース(DB)など、これまで個別に整備されながらも十分に横断活用されてこなかった基盤や事業を接続し、データ価値の再構築を目指す横断型プロジェクトとして捉えられるべきです。

2. データ提供者へのインセンティブ設計と費用負担

第一に医療等情報の利活用は、医療機関の犠牲の上に成り立つべきものではありません。全国の病院(20床以上の病床を持つ医療機関)の7割強が赤字運営であることが取り沙汰されている昨今※4、いかに国民・患者のためであるとはいえ、自らの経営資源を一方的に削ってデータ提供に協力させられるという受け止めが残ったままでは、日本版EHDSは持続可能な制度とはなり得ません。

データ利活用の起点は、いうまでもなくデータを「集める」ことにあります。データを集める医療機関の負担に配慮し、そのメリットを明確にするとともに、データの提供・利活用に同意する国民にとって理解が得られやすい、持続的にデータを収集できる仕組みが整ってはじめて、利活用の入り口に立つことができます。したがって、日本版EHDSの実現にあたっては、医療機関に対する費用面・技術面での最大限の支援が求められます。とりわけ、データ利活用のためのインフラ整備に要する初期費用については、国による支援が不可欠です。実際、既存の医療DX政策においても、インフラ整備への公的支援は一定程度講じられています。厚生労働省が中心に進める「電子カルテ情報共有サービス」では、病院における一定の医療DXインフラ整備を前提に、最大2分の1の国費支援が講じられていますが※5、あくまで本サービスへの協力は努力義務にとどまっています。今回、一定の強制力を伴って医療情報の利活用を進めるのであれば、初期整備費用は全額公費負担を基本として議論されるべきです。

ただし、持続可能性を確保する上では、費用補填のみでは不十分です。医療機関や患者が、データ提供・利活用の社会的価値だけでなく、電子カルテ情報共有サービスとも適時連動する形で、日常診療や受療体験の中で具体的な便益を実感できる制度設計であることが重要です。

実際、近年の医療DX・生成AI技術の進展は、この「現場で便益を実感できる制度設計」の具体像を示しつつあります。データの利活用は将来の研究開発のみのために行われるのではなく、足元の診療現場にも具体的な便益をもたらし得ます。実際、生成AIを用いた医療文書作成支援や診療会話の要約・構造化は、医師の記録業務負担の軽減だけでなく、患者との対話時間の確保、診療情報の構造化による再利用性向上、さらには個別化医療の実現にまで広がっています。生成AIを用いた医療等情報の利活用は十分なインセンティブになり得るでしょう。既にこれらの技術は民間企業を中心に国内の実証・導入事例で示されつつあり、制度整備の進展を待つ間にも、民間における実装は着実に進められていくと考えられます。

日本版EHDSにおいても、二次利用のためにデータを集めるという発想にとどまらず、一次利用の高度化を通じて医療現場と患者の双方に便益を還元する仕組みと一体的に位置づけることが重要ですが、検討の進度を上回る速さで技術も進化しています。とりわけ生成AI等の進展によっては、必要となるインフラや便益構造そのものが変化していく可能性も高い状況です。2027年の日本版EHDSの法制化から2030年頃の実運用までを見据えると、国の費用負担の在り方やインセンティブ設計も、この進度に合わせて適時最新の動向にアップデートしながら検討を進める必要があります。

3. 医療等情報の利活用に関する国民・患者の理解と適切な関与の在り方

利活用のためのインフラ整備として、医療機関への支援は前提にしつつ、データ主体である国民・患者の理解醸成も同時に進める必要があります。特に二次利用については、個人情報保護や同意の在り方、仮名化・匿名化、利用審査、営利利用の範囲など、国民が不安を抱きやすい論点が多く存在します。制度への信頼を確保するためには、透明性の高いガバナンスと、国民に対する継続的な説明責任が不可欠です。ポータルサイトや市民フォーラム等を通じて、国民・患者に対し、制度のメリットとこれまでの課題を丁寧に伝えていくことが重要です。併せて、前段でも述べた通り、創薬などの産業利用といった二次利用のみが前面に出るのではなく、一次利用による国民・患者への直接的便益も示していくことが求められます。

こうした理解醸成と並行して、国民・患者による具体的な関与の仕組みをどのように設計するかも重要な論点となります。とりわけ、オプトアウトの在り方は今後の大きな議論ポイントです。EHDSでは、当初の議論では出口規制(どのような目的の下で活用するのか/されたのかによって利用可否を判断する)への一本化が議論されましたが、最終的には、二次利用に関して本人のオプトアウト権が規定され、加盟国にはその行使のための分かりやすい仕組みの整備が求められることとなりました。他方、公衆衛生上の重要目的等については、各国法で一定の例外を設け得る余地も残されています※6。日本版EHDSにおいても、完全な出口規制のみで制度を設計することは難しいと想定されますが、医療機関・患者双方の実務負担や制度の持続可能性を踏まえると、現状の個人情報保護法下におけるオプトイン、さらには次世代医療基盤法下における丁寧なオプトアウトをそのまま踏襲することは避けられるべきでしょう。またマイナポータル等での一元的なオプトアウト設計が最も効率的かつ、これまで日本が進めてきた政策の方向性とも整合すると考えられます。

さらに、患者の関与を実質化し、制度の透明性を高める観点からは、オプトアウトの仕組みだけでなく、利活用結果の還元の在り方についても検討が必要です。さらには、解析結果が患者に還元される仕組みによって、不正利用の防止を含め利活用事業者との間の信頼醸成につながることも考えられます。よって、オプトアウト関与の在り方も踏まえると、同一ポータル上での利活用結果(利活用の有無や、研究結果など)の還元が望ましいとされます。もっとも、解析結果の中には、患者に返却することが望ましいものがある一方で、本人が必ずしも知ることを望まない情報、いわゆる「知らされない権利」に配慮すべきものも含まれ得る点は注意が必要です。どこまで公開をするかは議論が必要となりますが、その実績還元の有無も出口規制の一つとして審査委員会等の設置をもって審査対象とされることが期待されます。これらの仕組みを個人単位で効率的に運用するためには、一生涯変わることのない安定した患者識別子の存在が不可欠であり、識別子としてのマイナンバーの活用は、法制度・社会受容性・プライバシー保護の障壁を乗り越えてでも実現に値する選択肢であると言えるでしょう。

4. 医療等情報の標準化と情報連結の在り方

医療等データを実際に解析するにあたっての最大の障壁は、異なるデータ間の標準化問題です。同じ事柄を指すワードであっても、利用するコードや医師個人の記述によっては同一の意味を成す単語とは認識できないケースも多々あり、利活用者はデータクリーニングに膨大な時間が割かれています。また当然ながら、異なるデータ間で同一人物がいる場合でも、用いる患者の識別子が異なる場合は同一人物と判定できず、突合ができないこととなり、今なお多くの場面で解析の柔軟性を阻害しています。

特にデータ間連結の前提となる患者識別子の問題は、標準化と並んで重要な論点となります。これまでは「ID4」や「ID5」と呼ばれる識別子が多く用いられてきました。ID4はカナ氏名・性別・生年月日から生成される識別子であり、ID5は個人単位被保険者番号に基づく識別子ですが、長期追跡や制度横断での連結可能性という観点からは、なお改善の余地が指摘されています。この論点は、「医療等情報の利活用の対象範囲とその収集方法」や「国民・患者の理解と適切な関与の在り方」とも密接に関連しますが、患者の適切な関与と患者還元の観点双方を踏まえると、各所で指摘がなされているとおり、識別子としてマイナンバーの活用が最適解のように思われます。一方で、マイナンバー制度の当初目的の逸脱、機微な医療情報との紐づけによるプライバシー保護の観点からも、危険性を指摘する声があることも事実です。マイナンバーと直接結びつかない、不変の新たな医療用IDの発行も可能性としては排除できませんが、複雑性を増す要因にもなりかねません。丁寧な議論が必要とはなりますが、可能な限りシンプルで、かつ国民・患者にとって透明性と利便性の高い制度設計を目指すべきです。

また、患者識別子の統一がデータ連結の前提であるとすれば、データそのものの意味内容をそろえる取り組みも、同様に不可欠です。こうした医療等情報の標準化について、厚生労働省が進める「電子カルテ情報共有サービス」では、利活用の対象とされている医療等情報に関しては前述の課題に対応するため、データ基盤としてHL7 FHIRという統一規格が採用され、各医療等情報のコードも一定程度指定されています。その意味で一定の標準化は確保されていますが、これをもって十分とみるのは早計です。日本版EHDSにおいては医用画像や検査情報の拡充等、3文書6情報以外の大幅な対象拡大が見込まれますが、これによりさらに標準化の難易度が上がることは容易に想像ができます。日本でこれまで長年医療等情報の標準化が進んでこなかった背景には、電子カルテベンダーの違いに加え、病院ごとの高度なカスタマイズも一因として挙げられます。EHDSにおいては、一定の基本要件や共通仕様が定められており、電子カルテシステムに適合させる義務がベンダーに課されるなど、物理的に標準化が進められています。もっとも、EHDSと同様の形で、日本においても民間事業者にどこまで適合義務や強制力を課し得るのかは議論を要しますが、医療等情報の二次利用の推進に関しては標準化が重要な鍵となります。標準化は二次利用のためだけの課題ではありません。救急時や転院時の情報共有、地域医療連携、患者本人による情報閲覧といった一次利用においても、一定の構造化・標準化は不可欠です。もっとも、二次利用では解析可能性、再現性、品質管理が求められるため、一次利用以上に厳格なコード体系、データモデル、メタデータ管理が必要となります。したがって、前述の医療機関に対する支援と合わせて、技術的支援も国とベンダーとで手を取り合って、一定の強制力を持って医療等情報の標準化を推し進める必要があります。

5. 情報連携基盤の在り方と情報セキュリティの確保

情報連携基盤としては現在、厚生労働省が運用するHIC(医療・介護データ等解析基盤)をはじめ、電子カルテ情報共有サービス由来の、医療等情報を解析するための新たな情報連携基盤の構築も進められています。原則としては、NDB等に近い運用方法を基礎とすることが現実的であると考えられます。もっともその際には、機微情報の解析環境をセキュアなTRE(Trusted Research Environment)やSPE(Secure Processing Environment)等のVisiting環境内に限定することや、ローデータのダウンロードを禁止することなど、物理的・技術的対策を講じることが不可欠です。さらに、昨今の生成AI等を悪用したサイバー攻撃も念頭に置き、開発初期段階からリスクを織り込んだ設計が求められます。

また最悪の事態を想定し、仮に情報が漏れた場合にも最小限の被害で済むようなデータの在り方(匿名化・暗号化・分割管理など)を考慮した情報連携基盤が求められます。

もっとも、情報連携基盤に求められるのは技術的な安全性だけではありません。アクセス管理や利用審査の在り方も含め、制度運営全体としての信頼性を確保する必要もあります。このような情報セキュリティの確保に加え、ガバナンスの統一という観点からも、現在のNDBや次世代DBの審査フローを統合し、情報アクセスに関する透明性、コントロール性の向上が図られるべきです。EHDSのHDAB(Health Data Access Bodies)のような単一窓口機能を参考にしつつ、府省内の一組織としての直営運用とするのではなく独立組織としてガバナンスの統一を図ることで、現状のNDBにおける提供に要する期間の短縮や、審査承認にかかる効率化も目指されるべきです。

また、情報連携基盤の技術的な構成という観点からも検討が必要です。日本版EHDSで対象となる医療等情報は、NDBや電子カルテDB由来の文字列データを主たる対象とする既存の公的DBとは異なり、画像情報やゲノム情報などの高容量データを含むことが想定されます。さらに、収集対象を全国の医療情報へと大幅に拡大することを目指すのであれば、全てのデータをPush型で中央に蓄積する方式には限界があることから、データ利活用者の要求に応じて必要なデータを適時取得するPull型を採用することが現実的です。

さいごに

日本において、医療等情報の利活用、とりわけ学術による公衆衛生利用にとどまらず、第三者提供を通じた研究・開発への応用という文脈での議論が本格化してから、約10年が経過します。この間、医療レセプトや健診データに加え、電子カルテ、PHR、画像情報、ゲノム情報など、医療・健康に関する多様な情報がデータとして蓄積・活用され得る環境は着実に広がってきました。しかしながら、医療情報という機微性・特殊性ゆえに、利活用を前提とした制度整備が十分に追いついていないことも事実であり、まだ利活用という段階には至っていません。

個別制度の継ぎ足しによって利活用を拡大すれば、制度はますます複雑化してしまいます。例えば「医療等情報の収集に関する医療機関への強制力」は医療法、「医療等情報の連結に用いる患者識別子へのマイナンバーの活用」はマイナンバー法、「患者の適切な関与としての入口規制から出口規制への転換」は個人情報保護法や次世代医療基盤法など、それぞれが異なる法制度と結びついており、現行法との整合性を取りながらも、新法による再構成が求められます。

日本版EHDSの取り組みは、これまでの医療等情報の利活用におけるさまざまな課題を根本的に解決していくための極めて重要な転換点と捉えるべきです。日本版EHDSに求められるのは、単にデータを集める仕組みではありません。医療現場が過度な負担を感じず、国民・患者が自らの便益と統制可能性を実感でき、研究者・企業・行政が透明性のあるルールの下で適切に利活用できる――こうした仕組みを構築する必要があります。単なる利活用推進に向けた乱暴な議論は避けるべきである一方で、既存制度の延長線上で小さくまとめるべきではありません。次の10年を見据えた医療等情報の実効性のある利活用を進めていくためにも、日本版EHDSによる抜本的な制度改革が期待されます。

参考:

※1 内閣府「医療等情報の利活用の推進に関する検討会 中間まとめ」(2026年1月23日)
https://www8.cao.go.jp/iryou/studygloup/index.html

※2 令和6(2024)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/24/

※3 次世代医療基盤法実績データ(2026年4月末)
https://www8.cao.go.jp/iryou/gaiyou/gaiyou.html

※4 第25回医療経済実態調査の報告(令和7年実施)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/zenpan/jittaityousa/25_houkoku.html

※5 医療提供体制設備整備交付金の実施について(令和6年1月31日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/denkaru_iryoujuuji.html

※6 REGULATION (EU) 2025/327 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 11 February 2025 on the European Health Data Space and amending Directive 2011/24/EU and Regulation (EU)
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2025/327/oj/eng

執筆者

山口 将大

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ