これからの病院経営を考える

第29回 公立病院の経営危機

  • 2025-10-27

経営危機に直面する公立病院

今、日本の多くの病院が経営難の状況にあります。病院の開設主体には、国や公的医療機関、社会保険関係団体などの分類がありますが(図表1)、公的医療機関の中でも自治体が開設主体である病院(以下、「公立病院」と表記)の経営が危ぶまれていることは、地域住民の健康を支えるという存在意義において重大な問題だと言えます。なぜなら、公立病院は、民間では採算を確保することの難しい政策医療や過疎地域まで含めてカバーする「地域医療の最後の砦」であるからです。

図表1:病院の開設主体の分類

分類

概要

厚生労働省、独立行政法人国立病院機構など

公的医療機関

都道府県、市町村、地方独立行政法人、日本赤十字社など

社会保険関係団体

健康保険組合およびその連合会、共済組合およびその連合会など

医療法人

医療法人

個人

個人

その他

公益法人、私立学校法人、社会福祉法人など

出典:厚生労働省「医療施設調査」を基にPwC作成

公立病院について、2024年度はそのおよそ9割が赤字に陥ったことが分かっています。9割という比率の大きさにも驚かされますが、2022年度にはそれが3割弱であったことを踏まえると、公立病院の経営環境悪化が急激に進んでいるという変化のスピードも注目されます。補助金の支給が打ち切られ、人件費や物価が高騰するなかで、厳しい経営実態が鮮明になったと言えるでしょう。

公立病院で今何が起こっているのか

公立病院の経営状況を、病院規模に着目してもう少し詳しく見てみましょう。まず、400床以上の大規模公立病院では、2023年度から2024年度にかけて経常損失が2倍以上に拡大し自治体の財政を圧迫しています。従来は、大規模病院の方が利益を確保しやすい傾向がありましたが、昨今は、むしろ大規模病院の方が赤字に陥る比率が高く、赤字幅についても拡大しています*1。PwCコンサルティング合同会社に持ち込まれる相談も、病院単独での経営改善の他、周辺病院との再編を含めて病院の在り方自体を検討したいという内容が非常に増えています。

また、中小規模の公立病院についても、病床削減や一部休床、無床診療所への転換などが全国で報じられています(図表2)。

図表2:経営難に伴う中小公立病院の動向

時期

(予定を含む)

病院 所在地 動向
2025年6月 市立病院 山梨県 一部休床
2025年9月 市立病院 秋田県 病床削減
2025年10月 市立病院 福井県 一部休床
2026年3月 市立病院 静岡県 出産対応を休止
2026年4月 町立病院 福島県 指定管理者撤退のため休院
2026年春 町立病院 福岡県 民営の無床診療所に転換
2027年4月 町立病院 北海道 無床診療所に転換

出典:各種報道資料を基にPwC作成

経営危機の背景にあるもの

では、こうした公立病院の経営環境の悪化はなぜ起こっているのでしょうか。まず「費用」に関して見ると、2024年度の人事院勧告を踏まえて医療職の賃上げが行われたことで人件費は大きくかさみ、医療機関を経営する上での重石となりました。これに加えて、昨今のインフレの影響は当然医療機関にも及んでおり、材料費や光熱費といったさまざまな経費や委託費などが増加しています。

他方で「収益」に関して見ると、保険診療における単価は診療報酬という形で国が設定しており、インフレ基調だからといって病院側で自由に単価を変更することができません。また、患者数に関しては、厚生労働省の調査によると2019年度から2020年度にかけて1日平均の在院患者数が大きく減り、その後も減少基調が続いています*2。医療機関の主な収益は診療報酬と患者数の掛け算で決まりますが、診療報酬の見直しは2026年4月まで待たねばならず、患者数も減少傾向にあることも相まって、収益の増加は期待しにくい状況です。

こうした医療機関に共通のトレンドに加えて、公立病院ゆえの課題もいくつか指摘できます。例えば、公立病院に勤める医療職は地方公務員であるため、原則として兼業が禁止されており、他の医療機関との兼業という形で人材を採用することができません。何か施策を打とうとも、議会の承認を得なければならない場合も多く、民間病院のような機動的な経営方針の調整や柔軟な施策実施も難しい状況にあります。また、賃金体系は他の公的機関と同様に年功序列であり、人件費総額がかさみやすい傾向にあります。加えて、公立病院は政策医療や不採算医療を担っているということもあり、採算確保は軽視されがちな傾向が見られます。こうした制度面での複数の制約や限界が、公立病院が短期的な経営改善に取り組む上で障壁となっています。

さらには、継続的な施策を進めにくいという構造的な課題も抱えています。組織的な位置付けにおいて、公立病院のトップは病院長ではなく、定期的な選挙によって交代する可能性のある自治体の首長です。

長期的に取り組む経営改善の方策としては病院自体の再編・統合という選択肢がありますが、病院の再編・統合は、地域住民の医療アクセスや職員の雇用問題、給与テーブルの調整、医師の派遣元である医局との調整など多様な関係者への丁寧で粘り強い説明が不可欠であり、相当な労力と時間を要します。

その中で、自治体の首長が「医療にどれだけ関心を持っているか」によって、実施できる施策やスピードも大きく変わってくるのが実情です。

医師確保難も日本の医療の特徴

利益確保難と並んで日本の公立病院が抱える課題に、医師の確保難があります。医療従事者不足は日本に限定された課題ではありませんが、特徴的なのは、長年にわたり多くの指摘があるように、「人口当たりの病院数や病床数」が多く、一方で「人口当たりの医師数」は少ないという点です。実際にOECDのデータによると、人口当たりの病院数はOECD加盟国の中で3番目に多く、病床数はOECD平均の約3倍、一方で医師数は同0.7倍と平均値を下回っています(図表3)。

図表3:日本の医療資源の状況

出典:経済協力開発機構(OECD)「Health at a Glance 2023」を基にPwC作成

図表4:病院数(人口あたり、国土面積あたり)

出典:厚生労働省『医療提供体制の国際比較」

病院に配置しなければならない医師数は、医療法で定められているため、病院や病床は多いものの医師は少ないという状況は「医師の分散配置」を招きます。

少人数の医師で、さまざまな症状のより多くの患者を診察しなければならないので、医師は疲弊し、疲弊が原因となり一部が離職することでさらに医師数が減るという悪循環に陥ります。

救急搬送先が見つからずたらい回しにあったとの話を度々耳にしますが、こうしたケースの多くは、診察可能な医師がおらず救急搬送患者を受け入れられないことに起因しています。救急患者を受け入れることができれば収入を確保できた可能性もあり、そういう意味では、医師の不足は収入減の一因でもあるともいえます。

またCTやMRIなどの高額医療機器の人口あたりの保有台数が多いのも、日本の特徴です(図表5)。多くの病院が高額医療機器を有しているからですが、高度医療を必要とする患者が減少するなかで、十分に利活用されていない例も散見されます。

図表5:人口当たりの高額医療機器数

出典:経済協力開発機構(OECD)「Health at a Glance 2023」を基にPwC作成

「地域の医療」を守るために必要なアクションとは

利益確保が難しく、医師をはじめとする医療従事者の偏在や不足が著しい中で、経営危機に直面する公立病院には、どのようなアクションが求められるでしょうか。

物価高や消費税の損税対策に対応可能な、柔軟な診療報酬体系の構築も一策だと考えられます。患者負担の引き上げ、保険診療の範囲の見直しに関する議論もあります。

ただ生産年齢人口のさらなる減少が見込まれる今後を踏まえれば、より長期的かつ広範な視点で、施策を検討することが望まれます。その際に、日本の医療提供体制の課題ともいえる医師や医療機器の適正配置を念頭におくと、一つの回答として挙げられるのが医療機能の集約化です。

医療機能の集約化に伴う病院の規模縮小や再編・統合には、病院職員や地域住民の反対など多くのハードルがあります。しかしここまで見てきたように、「地域の医療」が崩壊する中で、何も手を打たずにその地域の医療機関の経営改善が実現するというのはあり得ない話です。公立病院の経営改善に端を発した課題ではあるものの、地域の医療、地域住民の健やかな生活を守るためになすべきことを考える姿勢が今求められているということです。公立病院を取り巻く環境は、それほどひっ迫しているともいえます。

「地域の医療」という視点で検討を進める際には、公立病院の開設者のトップであり、当該地域の行政機関の長でもある首長の意思決定が大きな意味を持ちます。前述したように、首長には任期があり、職に就くには選挙で選出されることが求められます。行政全般に目を向ける必要があるので、医療行政には不案内という人もいるのではないかと推察されます。

そのような組織構造において首長の決定が、公立病院の存続や経営にとどまることなく、地域の医療の在り方を左右してしまうこともあるのも事実です。首長には、将来にわたり、その地域の医療、住民の健康を守るための決断が望まれています。

ただ、一人の首長が、長く将来にわたる当該地域の医療機関や住民に最適な医療提供体制を築く決断をするのは決して容易ではありません。首長に適切な決断を促し、公立の医療機関や地域の医療を、それぞれの実情に応じたかたちで守ることを可能にする施策の検討を、国が一定程度の強制力を伴って進めることも望まれます。

 

*1 全国自治体病院協議会「『会員病院の令和6年度決算状況調査結果』のお知らせ

*2 厚生労働省「令和5(2023)年医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況

執筆者

小田原 正和

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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山田 治美

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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古川 みどり

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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