連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

「企業の地政学リスク対応実態調査 2025」から見る企業動向とは

  • 2025-07-31

第2次トランプ政権の政策運営などにより事業環境が不透明化する中、地政学リスク対応が経営アジェンダとして定着

PwC Japanグループでは、2019年、2021年、2022年、2023年、2024年に続いて6回目となる「企業の地政学リスク対応実態調査2025」を2025年6月に実施しました。
2025年に入り、第2次トランプ政権による保護主義的な政策などが日本企業のビジネス環境に大きな変化をもたらしている中、日本企業は今、何を脅威と感じ、どのような対応を行っているのでしょうか。

本稿のポイント

  • 2025年1月に発足した第2次トランプ政権による保護主義的政策が日本企業にも影響を与える中、最も懸念される地政学リスクの上位3つが全てトランプ政権の政策に関連する項目となり、日本企業の地政学リスクレベルの認識も過去最高を更新した。
  • 中国事業の縮小・撤退によって中国リスクを抑制する企業と、むしろ継続することでリスクのバランスを図るという企業対応の二分化のトレンドが加速している可能性がある。また、中国からの移管先として日本を選択する企業が増加しており、世界情勢の混迷や円安の継続を背景に、企業の国内回帰志向が今後も継続する可能性がある。
  • 台湾有事、第2次トランプ政権の政策運営への対応、日本の経済安全保障法制などに対する企業対応に進展が見られ、地政学リスク対応が重要な経営アジェンダであるとの認識が日本企業において定着しつつある実態が明らかとなった。
  • ますます流動的になりつつある国際情勢の中、企業には、地政学・経済安全保障のインテリジェンス部門と経営層が密接に連携し、戦略的な意思決定に基づいて不断に対応していくことが求められる。

トランプ政権発足を契機に高まる日本企業の地政学リスク認識と懸念

最も懸念される地政学リスクについて尋ねたところ、上位3つに第2次トランプ政権の政策に関連する項目が並びました。トランプ政権による各国への相互関税の賦課などの保護主義的な政策が、日本企業の地政学リスクの認識を一段と高めていることがうかがえます(図表1)。

図表1:「最も懸念される地政学リスク」の上位3位が、トランプ政権の政策に関連する項目に

1位の「保護主義的政策(米国の各種関税措置、EUの中国EVへの追加関税、資源国による資源輸出制限など)」(43%)を選択した企業の業種別割合を見ると、特に、電気機械(60%)、鉄鋼・非鉄金属・金属製品(56%)、情報通信機械・電子部品(55%)、自動車・同部品・輸送機器(49%)、医薬品(48%)といった、トランプ政権による製品別関税の対象分野となる製造業を中心に、関税引上げの影響を懸念する企業の割合が高く、関税コストの負担やサプライチェーンの混乱といった形で影響が既に顕在化していることが見て取れます(図表2)。

図表2:電気機械、鉄鋼、情報通信機械、自動車、医薬品などの製造業において、「保護主義的政策」を懸念する企業の割合が多い

最も懸念される地政学リスクの2位には「米中対立」(39%)が入りました(図表1)。トランプ政権発足以降、米中が相互の輸入品への関税賦課や輸出規制などの応酬を重ね、対立を深めていることを背景に、米中それぞれの市場での製品販売や部材の調達などへの影響を懸念する企業が急増していることが示唆されます。
「第2次トランプ政権の政権運営」(28%)も3位に入りました(図表1)。関税政策のほか、米国第一主義に基づく外交による日米関係への影響や、環境政策の後退に伴うグリーン事業への影響などを懸念する企業が増加していることがうかがえます。

ビジネスに関する地政学リスクレベル認識についての設問では、リスクが過去5年の間に「著しく高まっている」「やや高まっている」と答えた企業の割合の合計が、国内のみで事業を展開している企業で61%、海外で事業を展開する企業で82%と、いずれも過去最高を更新しました(図表3)。トランプ政権の政策運営などの地政学リスクが、企業の事業環境を一段と不透明にしている実態が浮き彫りになっていると言えるでしょう。

図表3:地政学リスクの高まりを感じる企業は、国内のみ・海外展開ありいずれも過去最高を記録

投資先としての米国の地位が低下するなか、中国への投資行動も二分化

地政学リスクを踏まえた事業や投資の拡大先について質問したところ、昨年まで首位であった米国が昨年の28%から12ポイント減の16%となり2位に後退し、インドが首位に浮上しました(図表4)。トランプ政権による自国優先かつ流動的で予測困難な政策運営が、日本企業の対米投資を再考させている要因とみられます。また、「拡大したほうが良いと思われる国・地域は特にない」との回答が、昨年の28%から37%に急増しました(9ポイント増)。こうした声は、直近の企業との対話の中でも指摘されており、積極的に動くことが出来ずに様子見している状況が反映されたといえるでしょう。

図表4:好ましい投資先としての米国の地位が低下し、インドが1位に

また、日本、インド、ASEANと比較して高い46%の追加関税を米国から課されたベトナムも、昨年比3ポイント減の9%となっています。トランプ政権1期目の米中貿易摩擦以降、中国からベトナムへ生産移管した日系企業が多い中で、7月2日に合意に達した米越関税交渉の結果(米国はベトナムからの輸入品に20%の関税を賦課)は、日本企業のサプライチェーンに大きな影響を及ぼすとみられます。
以上のデータからは、関税政策をはじめとするトランプ政権の政策運営が日本企業の投資先選好に強く影響を与えていることが示唆されます。

中国に対する日本企業の姿勢にも変化が見られます。今後の中国事業のあり方を尋ねたところ、中国事業の縮小・撤退を検討する企業の割合は前年から変動が小さい一方で、「これまで通り事業を継続する」と回答した企業の割合が昨年よりも増加しました(39%、前年比4ポイント増)(図表5)。

図表5:中国事業の継続と、縮小・撤退によるリスク抑制という企業対応の二分化が生じている

一方で、ビジネスに影響を与えている中国関連のリスクを尋ねる設問では、「全般的な中国経済の減速」と答えた企業が前年同様に最多となる(42%)中、「米国の経済制裁による中国企業との取引見直し・中止の必要性」などの米中対立に関連する項目の伸びが目立ちました(図表6)。

図表6:「中国経済の減速」が昨年と同じく首位。一方、今年は米国関連リスクの選択肢がポイント数を伸ばした。

米中対立などを背景とした事業リスクが依然として高いと認識する中でも、中国事業からの縮小・撤退によってリスクを抑制するという企業と、中国事業をむしろ継続することでリスクのバランスを図る企業対応の二分化というトレンドが加速している可能性が示唆されます。

リスク回避や円安継続を背景に製造業などの日本回帰志向が継続する可能性

中国を取り巻く複雑な状況のなかで、26%の企業が生産や調達プロセスの中国国外への移管を検討していると回答し、移管先の地域として「日本」が昨年に引き続き首位となりました(53%、前年比9ポイント増)(図表7)。
製造業においてもその傾向が見られ、中国からの移管を検討する製造業の約半数が移管先として日本を選択しています。

図表7:移管先としては、日本の首位が揺るがない一方、トランプ関税が想定以上の水準となった東南アジアを抜いてインドが2位に躍進

米中対立や中東情勢の緊迫化など、世界情勢がより一層混沌とする中、円安の継続を背景に企業の国内回帰志向が今後も継続する可能性があります。
このほか、昨年まで日本に次いで上位を占めていたASEAN諸国を抜いて、「インド」が2位に急上昇しました(前年比11ポイント増)。
ASEAN諸国に対する米国トランプ政権による相互関税率が想定以上の水準となったほか(ベトナム46%(7月2日の米越合意により20%に減少)、タイ36%、インドネシア32%(7月15日にトランプ大統領が19%で合意したと発表)など)、インドと米国の貿易交渉妥結が近いと見られることで、インドを移管先の候補として検討する企業が増加したものと考えられます(インドへの相互関税率は26%)。

企業の地政学リスク対応が経営アジェンダとして定着し、対応に進捗が見られる

経営戦略における地政学リスクマネジメントの重要性の認識について、重要であると回答した企業が84%(「とても重要」と「やや重要」の合計)と高い水準を維持しており(図表8)、地政学リスクは企業経営に強い影響を与える重要な課題であるとの認識が、企業において定着しつつあることがうかがえます。

図表8:地政学リスクマネジメントの重要性への認識が高水準を維持し、重要な経営アジェンダとの認識が定着しつつある

地政学リスクの情報収集やモニタリング体制をどのように整備しているかについて尋ねたところ、過去3年間の経年変化をみると、「対応をとっていない」企業は10ポイント低下(39%→29%)する一方で、「社内に専任チーム(部署)を設けて対応している」、「専任の役員がいる」といった回答が漸進的に増加している傾向があり(図表9)、日本企業が地政学リスク対応のための自社インテリジェンス機能を強化し、経営判断に反映させつつある傾向が見て取れます。

図表9:過去5年間で、専任チームや専任役員の設置が進んでおり、企業が自社内のインテリジェンス機能を強化しつつある傾向が読み取れる

また、地政学リスク対応強化の取り組みについての設問では、全体的に伸びている項目が多く、各種の取り組みが進展している状況が見受けられます。特に「専門人材の社内育成」の伸び率が最も大きい結果となりました(23%、前年比4ポイント増)(図表10)。日本企業が、地政学リスクに対応可能な社内人材の育成に力を入れている傾向があることが読み取れます。

図表10:具体的な地政学リスク対応として、特に「専門人材の社内育成」に進展が見られた

こうした取り組みを背景に、個別具体的なリスクへの対応についても進捗が見られます。例えば、台湾有事リスクへの対応について、「個別事業への影響分析」のほか、「有事シナリオの検討」や、「現地従業員の安全確保対策検討」といった具体的な取り組みを約半数の企業が進めている、または対応予定と回答しています(図表11)。

図表11:台湾有事に関し、約半数の企業が有事シナリオの検討や現地従業員の安全確保対策といった具体的取り組みを実施(予定)と回答

また、第2次トランプ政権の政策運営への対応として、情報収集の強化、事業影響の分析、サプライチェーンの見直しといった、社内での取り組みを強化している企業が昨年と比べて増加していることが分かります(図表12)。

図表12:トランプ政権発足前よりも情報収集強化、事業影響分析、サプライチェーンの見直しなどの対策を行う企業が増加

さらに、日本政府の経済安全保障法制強化にも企業が迅速に対応する状況が見て取れます。例えば、2025年5月中旬に運用が開始されたセキュリティ・クリアランス制度については、既に政府から適合事業者認定を取得し、従業員への適性評価を受ける企業も一定数存在するなど、企業が対応を開始していることが分かります。

(参考:「経済安全保障推進法」企業に求められる対応

図表13:セキュリティ・クリアランス制度については、既に政府から適合事業者認定を取得し、従業員への適性評価を受ける企業も一定数存在するなど、企業の対応が始まっている

サプライチェーンマネジメントなどに対応するための専門スキル人材や専門部署・権限の不在といった課題が露わに

地政学リスクに関する企業対応の進捗が見られる一方で、ネックとなっている事項についても質問したところ、「専門スキルを持った人材がいない」(38%)や「地政学リスク対応を任務とする部署・権限がない」(20%)が課題であるとの回答が上位を占めました(図表14)。日本企業が自社におけるインテリジェンス機能の強化に取り組みつつも、その実装に苦慮している実情が示唆されます。

図表14:地政学リスクに関し、企業が自社内インテリジェンス機能の確立に苦慮する様子がうかがえる

例えば、サプライチェーンマネジメントに関してのインテリジェンス機能が不足している実態が見受けられます。
上述のとおり、企業はトランプ政権の関税政策や中国リスクに対応するため、サプライチェーンの見直しを進めているほか、米国をはじめとした各国において実施または実施が見込まれる産業保護・優遇政策への対応についても、事業影響や対応の必要性がないと答えた27%を除いて7割強の企業が対応を検討していると回答し、「サプライチェーン(商流・物流)変更」との回答が31%に上り、首位となりました(図表15)。

図表15:海外の産業保護・優遇政策への対応として、サプライチェーン変更、事業計画変更、政策内容把握といった社内での取り組みが見られる

その一方で、サプライチェーンマネジメントに課題を抱えていると回答した企業も、「ない」と回答した26%を除いて7割以上おり(図表16)、サプライチェーン管理システムなどにおける諸課題が未だ解決途上にある状況がうかがえます。

図表16:サプライチェーン管理に諸課題を抱えていると回答した企業が7割以上

最後に

ここまで、今企業が何を脅威と感じ、それに対応するためにどのような体制を構築しているのか、また、世界や日本を揺るがす主要な地政学リスクに対して、企業の対応がどこまで進んでいるのかといった点に着目して解説してきました。

第2次トランプ政権の各種政策をはじめ、ますます流動的になりつつある国際情勢の中、重要となるのは、平時からリスクに関する感度を高め、必要な事前準備をしておくことです。これにより、影響の大きな政策変更や安全保障上の懸念が顕在化した際に、全社横断で迅速にアクションを起こせることが可能になります。そのために、企業には、地政学・経済安全保障のインテリジェンス部門と経営層が密接に連携し、戦略的な意思決定を可能にする不断の取り組みが求められます。

PwC Japanグループでは、そうしたリスク発現を見通し、経営の意思決定に反映させる戦略的リスクマネジメントの確立や、より俯瞰的でレジリエントなサプライチェーンの構築などを支援しています。(参考:「オペレーションズ(サプライチェーン全体に関わる各業務)」、「戦略的リスクマネジメント――インテリジェンス機能重要」)。

トランプ政権の関税政策に対する産業・分野別(関税を含む税務対応、半導体産業、医薬品産業)の対応状況については、後続のコラムで詳細な解説を行う予定です。

トランプ関税政策の影響を踏まえた企業のサプライチェーン戦略のあり方

調査について

「企業の地政学リスク対応実態調査2025」

海外で事業を展開する年商100億円以上の企業に勤務する管理職592名(一部の設問は国内のみで事業を展開する年商100億円以上の企業に勤務する管理職97名を加えた合計689名)を対象に、2025年6月にオンラインで調査を実施。調査対象とした企業は製造業、サービス業など産業全般をカバーした。同様の調査は2019年3月、2021年8月、2022年8月、2023年8月、2024年7月に実施しており、今回が6回目。

「企業の地政学リスク対応実態調査 2025」から見る企業動向とは

( PDF 2.42MB )

執筆者

坂田 和仁

マネージャー, PwC Japan合同会社

Email

高田 智香

シニアアソシエイト, PwC Japan合同会社

Email

渡辺 美千綱

シニアアソシエイト, PwC Japan合同会社

Email

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