連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

徹底解説 2024年米国大統領選挙

  • 2023-11-01

ポイント

  • 執筆時点(2023年10月27日)において、2024年11月の米国大統領選挙は「バイデン氏対トランプ氏」の構図となる公算が大きいが、両氏の支持率は拮抗しており、勝敗の予想は困難。
  • 選挙結果により米国の外政と内政は大きく左右される。外政においては、バイデン氏再選の場合は西側諸国との連携に基づく対中ロ政策の継続が予想される一方、トランプ氏再選の場合は自国第一主義に基づく一方的なウクライナ支援縮小や対中規制強化に伴い、国際秩序の不安定化が想定される。
  • 内政においては、バイデン氏再選の場合は労働者や環境保護を重視した既存政策が継続・拡大される一方、トランプ氏再選の場合はこれらの政策が転換され、事業環境が大幅に変化することが考えられる。
  • 日本企業には選挙戦動向の把握に加えて、選挙結果に伴う米国内政および国際情勢の変化や、それらを踏まえた事業影響と事業戦略の検討、選挙後におけるロビイング活動の強化など能動的に対応することが求められる。

2024年11月5日に投票日を迎える米国の大統領選挙まで約1年となりました。この選挙の結果は、米国国内のみならず世界全体にも大きな影響を与えることは必至です。2016年大統領選挙におけるドナルド・トランプ氏の勝利が米国内外に与えた衝撃の大きさはいまだ記憶に新しいでしょう。

2024年11月に向けて選挙戦は過熱しています。本稿では共和党予備選挙や本選挙の動向を解説した上で、選挙結果が米国の外政と内政に与える影響について考察します。また、本選挙が「バイデン氏対トランプ氏」の構図となる公算が大きいことから、それぞれが勝利した場合の政策動向とそれに伴う企業影響・対応を分析します。

選挙戦の動向

米国大統領選挙は、共和党と民主党が大統領候補者を選定する予備選挙と、予備選を勝ち抜いて党公認となった共和・民主の両候補者が一騎打ちで争う本選挙の2段階に分かれます。また、同時に連邦議会選挙も実施されます。以下では、主な選挙日程を念頭に、それぞれの選挙戦の仕組みと動向を見ていきます(図表1参照)。

図表1 2024年米国選挙の主な日程

大統領予備選挙

共和党の予備選挙には、前大統領のトランプ氏の他、フロリダ州知事のロン・デサンティス氏、元副大統領のマイク・ペンス氏、元国連大使のニッキー・ヘイリー氏など計14人の候補者が出馬しています。これまで討論会が2回開催され、11月には3回目が予定されています。

共和党支持者を対象とした世論調査では、トランプ氏が2位のデサンティス氏に40ポイント以上の差をつけ、1位を独走しています。選挙戦当初は両氏の接戦でしたが、デサンティス陣営の失策などを背景に、トランプ氏のリードが圧倒的なものとなっています(図表2参照)。トランプ氏が大統領候補者に選ばれるというのが大方の見方で、トランプ氏も本選挙を見据えて討論会にはいまだ参加していません。

図表2 共和党大統領予備選挙の支持率

予備選挙の日程として注目すべきは、最初の選挙である2024年1月15日のアイオワ党員集会と、それに続く1月23日(暫定)のニューハンプシャー予備選挙、2月8日のネバダ党員集会、2月24日のサウスカロライナ予備選挙です。これら4州でトランプ氏が苦戦したり、明確な対抗馬が現れたりしない限り、トランプ氏の勝利はほぼ確実と思われます。対抗馬が現れた場合、3月5日に15州で投票が行われるスーパーチューズデーが控えており、ここでの勝者が最終的に共和党の大統領候補者になる可能性が高いと言われています。

民主党も予備選挙を行います。支持率が4割前半と低水準を推移するバイデン氏に対抗し、マリアン・ウィリアムソン氏が出馬していますが、民主党はバイデン氏再選に向けて団結しています。不測の事態がない限り、バイデン氏が候補者に選ばれる見通しです。

大統領本選挙

「バイデン氏対トランプ氏」となった場合、現時点では両者の支持率は拮抗しており、どちらが勝利するか見通せない状況です(図表3参照)。

図表3 バイデン氏とトランプ氏の支持率

米国大統領選挙は、有権者が各州の選挙で各党の選挙人を選び、その選挙人が大統領を選ぶ間接選挙の形をとっています。選挙人の数は州ごとに異なり、メインとネブラスカを除く48州にて過半数を占める候補者が選挙人を総取りします。総得票数が多い候補ではなく、538人いる選挙人の過半数である270人以上を獲得した候補者が当選する仕組みです。

米国50州の中でも、選挙のたびに2大政党のどちらかが勝利するか揺れ動く激戦州は、歴史的に10州前後と言われています。2024年の選挙では、特にアリゾナ、ジョージア、ペンシルバニア、ネバダ、ウィスコンシンの5州が勝敗を左右すると専門家は見ています1。これらの多くは、2016年の選挙でトランプ氏が勝利し、2020年の選挙でバイデン氏が取り返した州であり、2024年の選挙でも勝敗を左右するでしょう。

本選挙の優勢を追う上で特に注視すべき要因として、以下の4つが挙げられます。

1つ目が経済です。世論調査は有権者の最大関心事は経済だと示しており、インフレや実質賃金など経済指標の改善がバイデン氏再選の鍵を握っています2。特に、経済運営をめぐる支持率が4割を下回るバイデン氏は、中間層や労働者を支援する自らの経済政策「バイデノミクス」の成果を訴えており、これが支持を集められるかが勝敗の重要な分かれ目となるでしょう3

2つ目が、2020年選挙への介入などをめぐるトランプ氏への4つの起訴の行方です。トランプ氏に有罪判決が下されたとしても大統領選挙への出馬は合法であり、共和党内のトランプ支持基盤は揺るがないでしょうが、その一方で無党派層の票が民主党に流れる可能性が指摘されています4。また、初公判の日程がスーパーチューズデーなど選挙日程と重なっており、トランプ陣営の選挙戦に支障が生じることも考えられます(図表1参照)。

3つ目が第3党候補者の出馬です。バイデン氏、トランプ氏ともに不支持率が支持率を上回っており、有権者の半数近くが第3党候補者への投票を検討するという世論調査もあります5。歴史上、第3党に投票する有権者はごく一部ですが、既に出馬表明している民主党のロバート・F・ケネディ氏や革新派のコーネル・ウェスト氏が数パーセントでも民主党票を奪えば、情勢がトランプ氏有利となる可能性があります。

4つ目がオクトーバーサプライズです。米国選挙では、投票1カ月前の10月に選挙戦に大きな影響を与えるサプライズ(出来事)が起こることがあります。2016年の大統領選挙では、米連邦捜査局(FBI)長官がヒラリー・クリントン候補の国務長官時代の私用メール問題の再調査を発表し、それがトランプ氏とクリントン氏の支持率逆転の一因となったと言われています6。2024年でも同様なことが起こりかねず、選挙結果はふたを開けるまで分からないでしょう。

連邦議会選挙

大統領選挙に注目が集まる一方、連邦議会の選挙も非常に重要です。大統領府と連邦議会の党派が異なるねじれ状態では法案成立が非常に困難となるため、各党が大統領府、上院、下院の3つ全てを手中に収められるかが政権の成否を分けるといっても過言ではありません。現在、民主党と共和党の議席数は上院が51対49、下院が212対222と拮抗しており、両院ともに数議席の勝敗で多数派が決まります。

上院では、100議席中3分の1にあたる34議席が改選されます。米国の世論調査や選挙戦の専門サイト「270toWin」によると、民主党は47議席、共和党は50議席(非改選を含める)を確保する見通しで、残りの3議席(アリゾナ、モンタナ、オハイオ)は五分五分の状況です7。民主党が多数派となるためにはこれら3議席全てを取る必要があり、厳しい状況と言えます8。獲得できた場合も、50対50の同数で、副大統領が決定票を投じる状況のため、法案可決には全ての民主党議員の賛成票が必要となります。民主党の穏健派議員の票が重要法案の運命を左右することとなり、議会運営は困難となるでしょう。

下院では435議席全てが改選されます。270toWinによれば、多くの専門家は民主党が202議席、共和党が205議席を獲得する可能性が高く、残りの28議席を激戦区と見ています9。いずれの党であっても僅差で多数派となった場合、各党の右派や左派の議員が政府予算や重要法案の可決を妨害することが容易となり、議会が機能不全に陥る恐れがあります。現在の下院は僅差での共和党多数派で、予算案に反対した右翼強硬派によりケビン・マッカーシー議長が解任されるなど混乱状態にあり、同様なことが再発する懸念があります。

選挙結果による外政内政への影響

バイデン氏とトランプ氏のそれぞれが当選した場合、米国の外政・内政にどのような影響があるのでしょうか。以下では、専門家の見立てを紹介します。なお、現時点で両政権の顔ぶれなどは未定で、議会多数派の構成や就任時の経済状況などが政権運営を大きく左右するため、あくまでも大局的な予想であることには留意が必要です(図表4参照)。

図表4 米国大統領選挙の外政および内政への影響

外政における主な影響

大方の見立てとして、バイデン氏が当選すれば同盟国との連携を重視して対中ロ政策などが継続する一方、トランプ氏が当選すれば米国第一主義という方針に基づく政策への転換が図られ、米国の指導力や西側諸国の団結に基づいた国際秩序がさらに揺らぐ可能性があります。

対中政策

対中政策をめぐっては、米国内に党派を超えて対中強硬論が存在しており、選挙結果に関わらず、台湾や南シナ海問題などをめぐる軍事関与の拡大や、半導体輸出規制や対中投資規制などをめぐる対中デカップリングの進展が見込まれます。

ただし、トランプ氏が再選した場合、日本など同盟国との十分な連携を行わずに単独で対中強硬策が進められる恐れがあり、注意が必要でしょう。バイデン政権は対中デカップリング措置を実行するにあたり、同盟国の企業の利害を考慮し、事前の調整や連携の確保に注力してきました。一方のトランプ氏の場合、前政権時の中国排除措置のように、予想外の形で政策を実行に移し、事後的に日本などの同盟国に協力を要請する可能性も否定できません。日系企業の間でも、半導体分野などでデカップリングの影響が出ており、それが拡大することが考えられます(詳しくは「米中デカップリングに企業はどう備えるべきか」を参照)。

ただ、トランプ氏再選の場合も中国との軍事衝突を避けたいとの米国政府の姿勢に変化はないと考えられます。台湾問題をめぐっては、特に共和党内において、米国の台湾防衛のコミットメントを曖昧なもの(戦略的曖昧性)から明確なもの(戦略的明確性)に変更する政策議論や、台湾の事実上の駐米大使館である「台北駐米経済文化代表処(TECRO)」の名称を「台湾代表処」に変更する法案審議などの動きがあります。しかしいずれも中国の強い反発を招き、衝突リスクを高める恐れがあるため、トランプ氏再選の場合もこうした措置は避けられるでしょう。

トランプ氏再選に対する中国の反応ですが、2016年にトランプ氏が当選した際、習近平政権は彼の同盟関係を軽視するトランザクション的な外交政策に付け込み、関係構築を図ろうとしました。しかし、彼を取り巻く対中強硬派の政策決定などに阻まれ、米中関係は悪化しました。その教訓から、習近平政権はトランプ氏再選の場合も、米国が中国を抑え込もうとしているとの認識を変えず、台湾などの外交問題で強硬姿勢を継続するほか、自国産業優遇や外資規制強化など保護主義的な経済政策を加速させるのではと見られています。また、トランプ政権の自国第一主義で米国と同盟国の関係が停滞するのを尻目に、習近平政権が欧州や日本に接近し、仲たがいを図る可能性も指摘されています10

ウクライナ紛争

選挙結果は米国のウクライナ軍事支援にも影響を与えるでしょう。バイデン氏が当選の場合、米国が西側諸国を率いて支援を継続することが予想されますが、トランプ氏や共和党の一部は軍事支援の継続に否定的な姿勢を示しています。

実際、欧州の政府関係者や専門家の間では、トランプ氏再選に伴う米国のウクライナ支援縮小を懸念する声や、ロシアのプーチン政権がトランプ氏勝利を見越してウクライナ紛争を長期戦に持ち込もうとしているという見方も出ています11。一方のウクライナは米国の内政を理解した上で、今のうちにバイデン政権や西欧諸国から長期的軍事支援の確約を得ようとしています。

加えて、再選したトランプ氏はNATO加盟国の防衛費増加の要請のみならず、欧州の安全保障に対する米国のコミットメント自体に疑問を呈し、欧州全体の地政学的環境が不安定化する可能性が指摘されています11。ただし、現時点で米国議会にはウクライナ・NATO支持者が党派を超えて存在しており、それが保たれる限り、トランプ氏による大幅な政策転換が抑えられるでしょう。

通商政策

通商政策に関しては、米国内に反グローバル化の声が支持政党を問わず存在しており、選挙結果に関わらず保護主義的な政策が継続・拡大することが予想されます。

バイデン大統領はトランプ政権時代の米中貿易戦争を批判して当選したものの、民主党の支持基盤である労働組合における反自由貿易や、超党派で根強い対中強硬派の意見を背景に、対中追加関税をいまだ継続し、環太平洋パートナーシップ(TPP)への復帰も見送っています。インド太平洋経済枠組み(IPEF)などの新たなイニシアチブを立ち上げてはいるものの、関税撤廃など貿易自由化を交渉材料から外しており、参加国や産業界から批判を受けている状態です。

こうした保護主義的な姿勢はバイデン政権2期目でも継続すると思われます。現在見直し作業が進む対中追加関税に関しては、撤廃対象が戦略的に重要でない分野に限定される可能性があります。CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)やインフレ抑制法(IRA)などの産業政策に見られる自国優遇策などは継続され、他国との貿易摩擦の火種として残るでしょう(詳しくは「自国第一主義がもたらすグローバル産業政策競争」を参照)。

トランプ氏再選の場合、保護主義がさらに拡大し、貿易戦争が再加熱する恐れがあります。実際、トランプ氏は選挙公約として「全ての国からの輸入に10%の追加関税を課す」と述べています12。前政権時代に米国通商代表部(USTR)代表を務め、トランプ再選時の政権入りが有力視されるロバート・ライトハイザー氏は、再選後に対中関税を引き上げると公言しています13。トランプ政権時代の米中貿易戦争で供給網見直しなどを迫られた日本企業は多く存在し、同様の事業影響が顕在化する恐れがあります。

また、トランプ氏がIPEFなどバイデン政権の目玉政策を覆す可能性も否定できません。日本などアジアの国々を含むIPEFでは、重要物資の供給網強靭化に向けた協力や調達途絶時の緊急対応などが合意されており、関連産業の参画が予想されますが、トランプ政権が合意内容実施に消極的な姿勢を見せるなど、懸念材料が存在します。

内政における主な影響

内政面では、バイデン氏再選の場合、環境保護や労働者を重視した既存政策の継続・拡大が予想される一方、トランプ氏再選の場合、これらの政策が大幅に転換され、事業環境が一変する可能性があります。

気候変動

気候変動対策をめぐっては、バイデン氏と民主党が環境規制強化などに積極的なのに対して、トランプ氏と共和党は懐疑的な姿勢を示しています。

バイデン政権はトランプ政権が離脱したパリ合意への復帰に加えて、自動車排ガス規制の強化や気候変動対策に3,690億米ドルの予算を投じるIRAの成立など、多くの施策を講じてきました。バイデン氏が再選し、民主党が連邦議会の多数派を獲得した場合、追加法案の成立などが予想されます。

トランプ氏再選の場合、少なからず行政権で行える範囲にて環境規制を緩和する公算が大きいでしょう。前回の当選時、トランプ氏は環境保護庁長官に気候変動対策反対派を起用し、発電所の排出基準などを定めたクリーン・パワー・プランなど、100以上の環境規則を緩和、または廃止としました14。これらの措置はバイデン政権就任時に再開されているものの、トランプ氏再選となれば前回と同様に大幅な規制緩和が行われる可能性があります。

連邦議会の承認が必要となる予算を伴う気候変動対策に関しては、どちらの党が多数派を獲得するかでその運命が左右されます。共和党が多数派となれば、IRAなど大型法制の弱体化に向けた動きが顕在化する恐れがあります。その場合も、IRA成立後に発表されたクリーンエネルギー関連事業210件のうち、123件が共和党寄りの選挙区で発表され雇用創出につながっているため、容易に補助金削減などは行えない状況にあることが指摘されています15

バイデン政権の環境政策を受けて、日本企業は電気自動車(EV)やクリーンエネルギーなどの分野で対米投資を拡大しています。選挙に伴う政策転換の可能性を加味した事業判断が今後求められるでしょう。

税制

税制面では、トランプ政権時代に成立した減税雇用法(TCJA)に含まれる減税措置の多くが2025年で失効します。どちらの党が大統領府と議会を獲得するかで、税制が大幅に変わりうる状況です16

2017月12月に成立し、2018年1月から施行されたTCJAは、米国の債務を10年間で約1.5兆米ドル追加するほどの大型減税措置です。最高法人税率の35%から21%への引き下げを代表とする法人税改革や、法定税率の引き下げおよび人的控除の撤廃、標準控除ならびに児童税額控除の大幅な拡大など個人所得税改革を含んでいます。

これら減税措置のうち、個人所得税に関する措置は全て2025年で期限を迎えるため、延長されなければ家計の税負担が上昇し、民間消費の落ち込みが懸念されます。一方、法人税に関する措置の多くは恒久的なものですが、研究・設備投資の税額控除など一部は期限付きであり、これらが失効すれば企業投資に影響が出るでしょう。

共和党が大統領府と議会を手中に収めた場合、全面的に既存措置は延長される見込みで、政治状況によっては支持基盤である大企業や高所得者に向けて追加減税措置を検討する可能性もあります。ただし、米国議会予算局(CBO)はTCJAに含まれる個人所得税削減の10年間延長に約3.5兆米ドルかかると試算しており、共和党内の財政規律派から慎重論が出ることも考えられます17

民主党が勝利した場合、全所得層に対する減税措置廃止は有権者や共和党から増税批判を招くため、支持基盤である中間層への措置延長を行う公算が大きいでしょう。加えて、中小企業を対象とした法人税改革が検討される可能性もあります。

いずれにしろ、大統領府、上院、下院の全てを1党が握らない限り、減税継続法案の成立は難しい状況です。ねじれ状態となった場合、両党間で合意がされず、期限付きの減税措置がみな廃止される恐れも少なからずあります。

産業政策

産業政策においては、米国の製造業振興や供給網強化に関する超党派の支持を背景に、いずれの党が勝利した場合でも、CHIPSプラス法やインフラ投資雇用法など既存措置の継続的施行が予想できます(詳しくは「自国第一主義がもたらすグローバル産業政策競争」を参照)。

一方で焦点は、半導体など既存の対象領域やバイオ分野など新領域における追加措置の実施に移るでしょう。半導体分野では、既にCHIPSプラス法が成立し、半導体工場誘致や研究開発などに520億米ドルの公的投資が行われているものの、米国の自給自足や技術優位性の確保には追加支援が必要との指摘もあり、産業界から支援要請が出るとの見方もあります18。また、医薬品などバイオ分野においては大型法案が未成立で、産業界は供給網国内化などに向けた支援策を要請しています19

ただし、共和党内には財政規律を訴える議員もおり、新規の産業政策法案に難色を示す可能性もあります。また、共和党の一部はCHIPSおよび科学法に含まれる児童ケア支援や労働組合保護など民主党寄りの施策を批判しており、共和党が勝利した場合、こうした措置が見直される可能性もあります20

CHIPSプラス法による半導体工場誘致に伴う日本製の製造装置・素材への需要拡大など、米国の産業政策は日系企業に事業機会をもたらしています。日本企業は、こうした機会が選挙後も継続するのかを見越した上で米国事業を展開する必要があるでしょう。

日本企業における対応

このように、米国選挙の結果は大きな影響を及ぼします。米国の対中デカップリング政策や米中貿易戦争の再発、気候変動対策や減税措置の見直しなど、いずれも米国内外で事業展開する日本企業に影響を及ぼすでしょう。

日系企業においては、選挙動向の把握のみならず、選挙に伴う政策転換や事業影響の分析、左記を踏まえた事業戦略の策定など能動的な対応が求められます。例えば、気候変動や米中関税など選挙結果で大幅な政策変更が予想される分野については、既存の事業投資計画や供給網戦略に見直しが必要かどうかなど、事前に検討を行うことが推奨されます。

加えて、新政権下における政策変更に産業界の意見が反映されるようロビイング活動を強化することも重要です。半導体関連企業であれば、日本政府や産業団体と連携し、対中デカップリングや半導体工場誘致などに関して米国政府に働きかけることが考えられます。自動車メーカーにおいては、排ガス規制やEV推進措置の継続・拡大をめぐり産業界として意見表明することもできるでしょう。

1 The Cook Political Report, “2024 CPR Electoral College Ratings,” July 27, 2023,
https://www.cookpolitical.com/ratings/presidential-race-ratings.

Kyle Kondik, “Electoral College Ratings: Expect Another Highly Competitive Election,” Sabato’s Crystal Ball, June 29, 2023,
https://centerforpolitics.org/crystalball/articles/electoral-college-ratings-expect-another-highly-competitive-election/.

Ronald Brownstein, “One Year Out, Here’s What We Know about How the Presidential Race Will Look on Labor Day 2024,” CNN, September 4, 2023,
https://edition.cnn.com/2023/09/04/politics/2024-presidential-race-labor-day/index.html.

2 Quinnipiac University世論調査(2023年10月)
https://poll.qu.edu/poll-release?releaseid=3879

3 Gallup世論調査(2023年8月)
https://news.gallup.com/poll/510185/biden-job-approval-higher-ukraine-race-relations.aspx

4 Jill Colvin and Linley Sanders, “Trump Enjoys Strong Support among Republicans. The General Election Could Be a Different Story,” AP, August 16, 2023,
https://apnews.com/article/trump-election-2024-indictments-ddfd50492dc576c0c2ca2d1afe0e4639.

5 Quinnipiac University世論調査(2023年7月)
https://poll.qu.edu/poll-release?releaseid=3876

6 池上彰「米大統領選、『10月サプライズ』再び」『日本経済新聞』(2016年11月7日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO09125590T01C16A1000000/

7 270toWin, “2024 Senate Election Interactive Map,”
https://www.270towin.com/2024-senate-election/.

8 民主党と共和党の議席数が50対50の場合、副大統領が決定票を投じることができるため、大統領府を握る民主党は、半数の50議席を獲得すれば多数派となる。

9 270toWin, “2024 House Election Interactive Map,”
https://www.270towin.com/2024-house-election/

10 Hal Brands, “Trump's Campaign Is Already Shaping Global Affairs,” Bloomberg, July 9, 2023,
https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2023-07-09/trump-s-possible-win-is-shaping-policies-of-china-russia-japan-eu?sref=FCcoZMVe.

11 Steven Erlanger, “In Europe, Few Even Want to Talk About Trump Part 2,” The New York Times, August 19, 2023,
https://www.nytimes.com/2023/08/19/world/europe/trump-2024-election-europe.html.

12 Jeff Stein, “Trump Vows Massive New Tariffs if Elected, Risking Global Economic War,” The Washington Post, August 22, 2023, 
https://www.washingtonpost.com/business/2023/08/22/trump-trade-tariffs/.

13 飛田臨太郎「『トランプ氏復権なら中国向け関税上げ』前USTR代表」『日本経済新聞』(2023年8月6日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN050580V00C23A8000000/

14 Nadja Popovich, et. al., “The Trump Administration Rolled Back More Than 100 Environmental Rules. Here’s the Full List,” The New York Times, January 20, 2021,
https://www.nytimes.com/interactive/2020/climate/trump-environment-rollbacks-list.html.

15 Josh Siegel, et. al., “Democrats’ Climate Law Set off a Wave of Energy Projects in GOP Districts. A Backlash Followed,” Politico, August 13, 2023,
https://www.politico.com/news/2023/08/13/biden-inflation-reduction-act-climate-states-00110940.

Saijel Kishan, et. al., “Red States to Reap the Biggest Rewards From Biden’s Climate Package,” Bloomberg, April 25, 2023, https://www.bloomberg.com/graphics/2023-red-states-will-reap-the-biggest-rewards-from-biden-s-climate-package/?sref=FCcoZMVe#xj4y7vzkg.

16 Howard Gleckman, “Buckle Up. 2025 Promises To Be An Historic Year In Tax And Budget Policy,” Tax Policy Center, June 7, 2023,
https://www.taxpolicycenter.org/taxvox/buckle-2025-promises-be-historic-year-tax-and-budget-policy.

17 CBO, “Budgetary Outcomes Under Alternative Assumptions About Spending and Revenues,” May 16, 2023,
https://www.cbo.gov/publication/59154.

18 Vishnu Kannan and Jacob Feldgoise, “After the CHIPS Act: The Limits of Reshoring and Next Steps for U.S. Semiconductor Policy,” Carnegie Endowment for International Peace, November 22, 2022,
https://carnegieendowment.org/2022/11/22/after-chips-act-limits-of-reshoring-and-next-steps-for-u.s.-semiconductor-policy-pub-88439.

19 Jamie Smyth, “Big Pharma Lobbies for ‘Chips Act’ Style Tax Breaks,” Financial Times, March 20, 2023,
https://www.ft.com/content/e93ab47b-e357-409d-8a47-f881954e5ff9.

20 Josh Boak, et. al., “Biden’s Chips Incentives Attacked as ‘Woke’ by Republican Senators,” Fortune, March 3, 2023,
https://fortune.com/2023/03/02/biden-chips-woke-republican-senators-mitt-romney-child-care-union-labor/.

徹底解説 2024年米国大統領選挙

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執筆者

南 大祐

マネージャー, PwC Japan合同会社

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