税務起点の価値創造シリーズ第2回

税務から始めるデータドリブン経営──CFO組織が主導するAI活用とは

  • 2026-07-22

生成AIの活用は、すでに個別業務の効率化の段階を超えつつあります。今後、企業間で差がつくのは、AIツールそのものではなく、AIが参照できるデータの質と、AIを経営判断に接続する意思決定プロセスの設計です。とりわけ税務・財務領域は、企業活動の結果がデータとして集約される領域であり、ここでの遅れは全社のデータドリブン経営の遅れに直結します。

本シリーズ第1回では、企業価値向上に資することを目標に、CFOが「攻め」と「守り」を統合する存在へと進化する中で、税務が変革の起点となり得る可能性について論じました。本稿では、その次のステップとしてテクノロジーとデータの観点から、財務や税務領域におけるAI活用の現状を踏まえ、今後どのように業務変革を進めるべきか議論します。
 

対談者

  • PwC税理士法人 パートナー
    橋本 純
  • PwC税理士法人 パートナー
    塩田 英樹

AI活用の成否の鍵は「データ」と「意思決定の設計」

塩田:
近年、さまざまな業務で生成AIの活用が進んでいる中、企業における財務・税務領域では、その扱いに対して比較的慎重な印象がありました。この点について、現状どのように見ていますか。

橋本:
従来は確かに、AI活用に関し、需要予測などの機械学習系は早い段階から取り組まれていました。しかし財務や税務では「正確性」が求められるため、慎重にならざるを得なかった背景があると思います。ただし状況が変わりつつあり、財務領域に特化したAI関連の企業も増え、投資や事業化も進んでいます。

塩田:
財務領域でのAI活用について、フェーズが変わってきているということですね。

橋本:
そうです。これまではAI活用に関するガバナンス整備の段階にあり、リスクを重視して慎重に進めている企業がほとんどでした。近年本格的なPoC(概念実証)に着手する企業が現れ、現在は全社的に取り組むことが前提となるモードに入っています。さらに先進的な企業では、AI活用を踏まえた上で5年後に経理体制がどうあるべきかという議論も始まっており、それがスタンダードになっていくと思います。

PwC税理士法人 パートナー 橋本 純

PwC税理士法人 パートナー 橋本 純

データ基盤の重要性──ERPからデータレイヤーへ

塩田:
実際にAI活用の導入を進めていく上で、どこに障壁があるのでしょうか。

橋本:
本質的な課題はAI活用ではなく、データです。個々の業務レベルでAIを使うこと自体は難しくありません。例えばレポート作成や文章生成などは、すでに多くの現場で使われています。しかし、全社横断で意思決定に活用しようとすると、問題が顕在化します。例えば海外子会社のデータを分析しようとしても、取得までに時間がかかる。依頼を出して、ファイルを受け取り、加工して……というプロセスが生じます。こういった状態からの脱却が、5年後・10年後を考えた時に必要です。この状態では、AIは「部分最適」として使えても、「経営判断」へのツールとしてまでは使えません。

塩田:
つまり、AI活用の課題はツールではなく、データの取り扱いそのものにあるということですね。従来はERP(Enterprise Resource Planning)による統合が解決策とされてきました。この考え方は今後どう変わるでしょうか。

橋本:
ERPは「データを標準化して一元管理する」という前提のもとに設計されています。しかしこのアプローチは、かなりのコストと時間を要するにもかかわらず、必ずしも価値創出までつながってきたとは言えません。むしろ今必要なのは、「統合」ではなく「活用」です。データを一カ所に集中保管する必要はなく、分散していても使える状態にさえなっていればいい、と考えます。企業ネットワーク内にあるデータに、適切なアクセス権限とガバナンスのもとでAIが参照・分析できる、というデータ管理面の環境を整備することが必要です。コストをかけてERPを構築するよりも、はるかに投資効率が高いのではないでしょうか。これが「データレイヤー」という考え方です。ここでいうデータレイヤーとは、ERPや周辺システムに分散している多様なデータをAIが参照・分析できる状態に整備できる共通基盤を指します。この基盤の上にAIエージェントが配置され、データをもとに業務を遂行する。そして人間はさらにその上の層で、AIのアウトプットをコントロールし経営判断を行う。つまり、データレイヤー、AIエージェント層、人間による意思決定層という三層構造になっていきます。この発想転換が重要だと考えています。

塩田:
なるほど。データカタログのようなものを用意しておけば、AIが必要なデータを自由に取りに行く世界を作れるということですね。

橋本:
はい、ERPは基本的に標準化を求めます。一つのアプローチに集約させる必要があるため、例えば部署ごとに例外対応が生じる場合は、アドオンの機能が増えてコスト増につながりかねません。一方でAIは、そうした対応は求めません。個別の帳票でさえも読みこむことが可能です。業務上、何が必要なのか、という定義さえあれば動作します。完全な統合を目指すのではなく、「必要な時に必要なデータが取得できる」状態を作る。この柔軟性が重要です。従来のような「統一のための大規模投資」は必須ではなくなっていくのではないでしょうか。その結果として、導入スピードも大きく変わっていくと考えます。

塩田:
統合型から接続型への転換ですね。

PwC税理士法人 パートナー 塩田 英樹

PwC税理士法人 パートナー 塩田 英樹

日本企業にとっての転換メリット──分散型ガバナンスへの親和性

塩田:
日本企業はERPのグローバル統一が難しいことがネックになっている、という話がありますが、AIの登場でその構図は変わりますか。

橋本:
むしろ日本企業にとって、AI活用は分散したガバナンス体制を生かす方向に働くと考えます。日本企業では、例えば海外企業とのM&Aの際、会計システムやデータの保有方法などの違いによる影響が生じていました。その分散性を前提とするAIを活用したアプローチなら、導入に対する現場からの抵抗感も少ないと考えられます。現状分析を行い、個別最適の領域からデータを拾い上げればいいだけです。日系企業に多く見られる、現場や事業部門ごとの裁量を前提とした分散型のガバナンスとも相性がよいのではないでしょうか。

塩田:
確かに、ERP導入に課題を抱える企業は多いと思いますが、AI活用は並行して進めることができ、むしろ日本企業のガバナンス体制と相性がいいということですね。

橋本:
はい。さらに、業務プロセスのアウトソース検討という場面でも、従来は企業側でプロセスの統一化を図った上での導入モデルとなっていましたが、生成AIを活用したマネージドサービスの場合は、企業側の現状プロセスのままで導入検討できる、というメリットもあります。

企業競争力の源泉は「自社データ」──AI時代に求められる人材育成

塩田:
AIの普及が進むと、企業競争力の差別化ポイントも変わっていきますね。

橋本:
そうですね。AIは誰でも使うことができます。ですから、今後の競争力は「どんなAIを使うか」ではなく、「どんなデータを使えるか」で決まると考えます。特に重要なのは、自社固有の情報です。業務で培われたノウハウや判断のプロセスをデータとして蓄積し、それをAIで活用できる企業が強くなる。逆に、その蓄積が不十分な企業は、同じAIを使っても差がついてしまいます。

塩田:
データの蓄積が競争力を左右するとなると、それを扱う人材の育成も課題になりますね。生成AIを使うことで、若い世代は最初から作業をAIに任せられる。一方で、AIのアウトプットが正しいかどうかを判断するための経験や勘をどう育てるかという問題もありますね。

橋本:
非常に重要な課題だと思っています。生成AIの出した回答を「疑う力」があるかどうかが問われます。事実確認、論理の飛躍、網羅性の欠損、バイアスの有無――こうしたチェックポイントをフレームワークにして、初期段階から身に付けることも求められています。PwC税理士法人では、こうした観点からも、企業のご支援をすることが可能です。

経営層への提言──AI投資は経営基盤改革

塩田:
では、これからAI活用に本格的に取り組もうとしている企業の経営層に向けて、どのような点を提言しますか。

橋本:
日々の業務効率化やROI(投資対効果)計測といった目線でAI戦略を捉えるのではなく、「意思決定のためのインフラ強化を目的として使う」という観点で対応いただきたい、と考えています。投資効果は中長期で測るものであり、単年度で判断すべきではありません。そして、AI投資はIT投資ではなく、経営基盤改革です。AIの導入とは、単なるツール活用ではなく、意思決定プロセスそのものの変革となり得るものです。もはやAI導入は当たり前の世界観となりつつありますので、特別ごととして捉えるよりも、企業の意思決定の構造を大きく変えていくための投資だと位置づけてもらいたいと思います。この認識に立っていただくことが、企業の競争力を高めるポイントになるのではないでしょうか。

塩田:
AI活用を通じた業務の価値向上の成否を分けるのは、データの整備とそれを活用する人材育成の仕組みであることが分かりました。今回の議論で見えてきたのは、税務領域は全社に散在するデータの集約ニーズが高く、かつ定型性のある業務が多いことから、データ基盤整備の起点として実践的で効果が出やすい領域であるという点です。CFOが主導し、税務データを軸に全社のデータ基盤を再設計することで、企業は単なる効率化を超えた「意思決定の高度化」を実現できると考えています。本シリーズの第3回では、この変革を支える人材育成と組織のあり方について議論します。

対談者略歴

PwC税理士法人のTax テクノロジー&トランスフォーメーションのリーダーとして、税務領域におけるテクノロジーを活用したトランスフォーメーションの支援を手掛ける。税務プロセス構築アドバイザリーに加え、さまざまな税務プロセス改善ソリューションの開発、税務データマネジメントの導入支援やAI活用のコンサルティングを行っている。

PwC税理士法人のパートナーとして、グローバル・ミニマム課税やタックスヘイブン税制をはじめとする国際課税ルールへの対応を支援。併せて、連動するテクノロジーの活用や専門人材不足といった課題の解決に取り組み、税による価値創造をリードしている。


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