自治体領域におけるAIガバナンス

第3回:自治体におけるAIガバナンスの要諦

  • 2025-08-18

自治体におけるAIガバナンスおよびモニタリングの重要性

AI技術の進展は、自治体における政策立案や住民サービスの提供において新たな可能性を広げています。しかし、その一方で、AIの利用には偏見の助長やセキュリティリスクといった課題が伴います。

それに対して、第2回:「自治体向けAIガバナンスガイドラインとは」で述べたとおり、自治体にとって、AIガバナンスの適切な整備や評価、そしてガイドラインへの準拠は、信頼性のある行政サービスの提供に向けて重要です。しかし、これらを自治体単独で実現することは困難であるため、国や関係機関による支援が必要です。

まず、AIガバナンスの評価や整備、準拠性支援について考えてみましょう。AIガバナンスの評価は、AIシステムが意図した通りに機能しているかを確認し、倫理規範に従って運用されているかをチェックするプロセスです。これには、透明性の確保が不可欠であり、自治体はAIの動作や結果が他者に容易に理解されるようにしなければなりません。さらに、準拠性の支援とは、自治体がAIを導入・運用する際に、法律や倫理的ガイドライン等に適切に従えるよう、国の行政機関や専門家、第三者機関などが提供する助言・教育・支援活動です。これにより、自治体が法的な責任を果たしつつ、住民への信頼を築くことができます。

次に、ガバナンスモデルの導入とリスク管理の必要性について触れます。監督する行政機関や基礎・広域自治体、国の行政機関といった多様な主体が存在する中で、共通のガバナンスモデルを持つことは関係者間の調整の効率化に寄与します。このモデルは、組織間の連携を強化し、意思決定プロセスを標準化することで、一貫性のある政策を実現する助けとなります。

その際に必要なのが、包括的なリスク管理の枠組みです。AIシステムの運用には技術的、社会的、法律的などさまざまなリスクが関連しています。例えば、前述のAIの判断根拠が不透明である「ブラックボックス」問題や、偏見に基づく不公正な判断を行うリスクを挙げることができます。これらのリスクを管理するためには、事前のリスク評価とその予防策の計画が必須です。自治体は、リスクが現実化する前にそれを特定し、緩和するための対応策(プロトコル)を策定することが求められます。

また、こうしたリスクへの対応は一度限りのものではなく、継続的なモニタリングを通じて運用状況を見直し、改善していくことが重要です。AIは導入後にも性能や影響が変化しうるため、運用中も定期的に評価を行い、必要に応じてチューニングや方針の見直しを行う体制が求められます。AIに関わるリスク評価の考え方は、国際標準化機構(ISO)が2023年に発行した「ISO/IEC 42001(AIマネジメントシステム)」でも体系的に整理されており、日本の自治体における実務対応にも大きな示唆を与えるものです。

さらに、行政機関におけるAIガバナンスの導入は、その組織文化や運営プロセスを変革する可能性をもたらします。これは、よりデジタル化された効率的な自治体運営を目指し、住民の期待に応えるための前提条件となります。教育やトレーニングを通じて職員のスキルを向上させることで、効果的なガバナンスの実現が促進されます。

結論として、AIガバナンスおよびモニタリングは、自治体がAI利活用の利点を享受しつつ、その運用によるリスクを最小限に抑えるための核となる要素です。こうした取り組みを通じて、自治体は責任あるAIの導入を果たし、持続可能な社会の構築を支援することが可能となります。

図表1:手段としてのモニタリング

AIサービスプロバイダーとの関係性

AI技術が自治体運営において重要な役割を果たす中で、AIサービスプロバイダーとの関係性の構築は、その利点を最大限に引き出すための重要な要素です。AIサービスプロバイダーは、自治体へ高度な技術を提供する役割を担っており、ガイドラインへの準拠性や評価を通じてその責務を果たす必要があります。

まず、AIサービスプロバイダーのガイドラインへの準拠性に関する取り組みについて考えてみましょう。AIの導入時に求められるガイドラインは、その運用が倫理的かつ法律的に問題がないことを保証するために策定されています。プロバイダーはこれらの指針に従ってシステムの設計・運用を行い、明確化された基準により住民や関係者への透明性を保証します。

また、プロバイダーはガイドラインへの準拠性を維持するために定期的な評価を実施し、その結果に基づく改善を行っていくことが必要です。これは自治体が安心してAI技術を利用し、その成果を享受できる基盤となります。

次に、自治体がAI技術を効果的に活用するためには、プラットフォーマーやシステムベンダーとの連携についてです。プラットフォーマーは、自治体がAI技術を効果的に活用するための重要なパートナーです。彼らが提供するツールやサービスは、AIの実装を迅速かつ効率的に行うための基盤を提供することができます。一方、システムベンダーは、自治体の業務プロセスに合わせたAIソリューションの設計・導入を支援することで、行政サービスの効率化に貢献します。これらの連携により、自治体はAIの導入を迅速かつ効果的に進めることが可能になります。

このような連携は、単なる技術の提供にとどまらず、自治体がAIを通じて実現したい目標を具体化するための戦略的パートナーシップとして位置づけられます。これにより、自治体は各地の特性に合ったカスタマイズされたソリューションを実施することが可能となり、地域課題の解決に資するリソースが強化されます。

また、AIサービスの適切な運用には、ベンダーとの信頼関係と継続的な対話が望ましいとされています。透明性のあるコミュニケーションを維持し、問題が発生した際には迅速に解決に向けた対応を取ることが求められます。これは、互いに信頼を築き上げ、継続的な知識交換を行うことで、より強固な技術基盤が形成されることでもあります。

総じて、AIサービスプロバイダーとの関係性の構築はAIの利活用を成功に導く重要な要素です。ガイドラインに準拠した運用とプラットフォーマーやシステムベンダーとの連携を強化することによって、自治体はより安全で効率的なAI技術の活用が可能となり、結果的に住民サービスの質を向上させる可能性を高めます。持続可能な地域社会の実現に向け、これらの取り組みは欠かせません。

AIガバナンスの制度化における観点と論点

AIガバナンスの制度化は、デジタル社会における公正で安全なAI利用を実現するための重要な課題です。制度化のプロセスには、関連するステークホルダー間の役割分担およびアカウンタビリティの確保が不可欠です。これらが確実にされることで、AIの導入と運用における透明性が確保され、住民の信頼を維持することができます。

まず、ステークホルダー間の役割分担について考えます。AIガバナンスには政府機関、地方自治体、AIサービスプロバイダー、非営利団体、住民などが関与しており、以下のように役割を整理できます。

  • 政府機関:法令・規則の策定、国家戦略の提示
  • 地方自治体:地域特性に即した政策実施、住民との直接的なコミュニケーション
  • AIサービスプロバイダー:技術提供、規則の準拠性維持、透明性の担保、ベストプラクティス共有
  • 非営利団体・学術機関:倫理的視点からの助言や研究成果の提供、第三者的な評価
  • 住民:フィードバック提供、制度への関与を通じた有効性への寄与

次に、アカウンタビリティ(説明責任)の確保についてです。アカウンタビリティは、AIガバナンスの信頼性を支える基盤であり、全てのステークホルダーが活動の透明性を持ち、必要に応じて説明する責任を果たさなければなりません。これには、AIがどのように意思決定に関与しているかを明らかにし、その結果を具体的に示すことが含まれます。

具体的な方法として、定期的な報告書の公表、AIの働きに関するデータの公開、独立した第三者による監査が挙げられます。これにより、制度が公正かつ効果的に運用されているかを外部から確認できる体制が整います。また、住民参加型のフォーラムやワークショップを通じて意見を収集し、制度に反映させる方法も考えられます。

AIガバナンスの制度化は、多様な利害関係の調整と、透明かつ責任あるプロセスの継続によって支えられます。ステークホルダー間の協力と積極的なコミュニケーションを通じて、制度は進化し、AIが公正かつ有益に利用される環境を作り出すことができるでしょう。その実現に向けた取り組みが、持続可能な社会の礎となります。

図表2:AIガバナンスの制度化を考える上での観点・論点

今後の方向性とAI利活用の推進

AI利活用の今後の方向性において、自治体が取り組むべき重要な項目は、その信頼性と効果を確保するための認証や評価制度の整備です。こうした制度は、AIの利活用を「住民第一に資するもの」とするために、技術が持つポテンシャルを最大限に引き出しながら、リスクを適切に管理する基盤となります。

まず、AIサービスの認証制度について考えます。認証制度は、AIが一定の倫理的・法的・技術的基準を満たしていることを保証する仕組みです。自治体にとっては、AIシステムが透明性・倫理性・適正性の観点から信頼に足るものであるかを判断するための重要な手段となります。これにより、AIの判断やデータ処理が適切に行われ、住民への影響を最小限に抑えることができるでしょう。認証を受けたAIサービスは、自治体内外のさまざまなプロジェクトにおいて安心して利用されることが期待されます。

次に、外部評価制度の導入です。外部評価制度は、第三者による客観的な視点からAIの運用を評価し、検証するプロセスを提供します。これにより、自治体のAI利活用は、継続的に見直され、改善されていく循環が生まれます。外部評価から得られた知見は、AIの性能向上に加え、運用上の課題の可視化にもつながります。さらに、評価結果を公開することで、住民や他の自治体とも知識を共有し、全体のAIガバナンス水準を底上げすることができます。

こうした制度の実装は、AI技術が適正に社会に浸透するための条件を整備するだけでなく、地理的・経済的格差を乗り越え、多様な地域でのAI利活用を推進する要素となります。住民第一を視野に入れたAI活用は、地域の産業振興、教育の質向上、公共サービスの効率化、防災・安全対策の強化といった多方面にわたる効果を増進します。

また、制度的枠組みの確立は、国内外からの投資を促進し、日本全体の競争力を高める要因にもなります。国際的なAI技術の標準化においても、独自の知見を発信する好機となりえます。

結論として、自治体におけるAIサービスの認証や外部評価制度の導入は、バランスの取れた政策的アプローチであり、「住民第一に資するAI利活用」の実現につながるものと期待されます。こうした制度が実効性を伴って運用されれば、AIの信頼性と透明性が向上し、社会全体の基盤整備に大きく寄与すると考えられます。

執筆者

鮫島 洋一

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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金嶋 義貴

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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三原 亮介

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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