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社会のデジタル化が不可逆的に進展する中で、サイバーリスクも加速度的に増加しています。近い将来、サイバーセキュリティのリソースが今まで以上に不足することは明白であり、企業は戦略的に対策を講じる必要があります。さらに、国家の関与が疑われるサイバー攻撃に対処する上で、CISOやセキュリティ責任者は、国際政治や地政学リスクに関する知見を持ち、より多様なスコープでサイバーセキュリティ戦略を策定することが求められます。本シリーズでは、CISOやセキュリティ責任者がどのような未来志向のサイバーセキュリティのビジョンを持つべきかを解説します。
私たちは、未来を見通し、そこから導かれる複数のシナリオから次の一手を見定め、迅速に行動を起こすことが、これからの企業の発展に不可欠であると考えます。そこで本シリーズでは、各業界で起こる未来に対して、新たにどのようなサイバーリスクが生じ、それに対する望ましいサイバーセキュリティの未来とは何かを提示します。第2弾となる今回は、銀行業界が対象です。
デジタル技術の急速な進化は金融業界におけるビジネスモデルや競争環境を劇的に変えつつあり、この変化に伴ってサイバーセキュリティの重要性は増してきています。2024年3月にIMF(International Monetary Fund)が公開したブログ記事「 Rising Cyber Threats Pose Serious Concerns for Financial Stability」によると、金融分野はサイバー攻撃の増加と高度化にさらされており、世界で過去20年間に報告されたサイバーインシデントのおよそ5分の1が金融セクター分野に影響したと言われています。また、2020年以降、サイバー攻撃により生じた金融機関の直接損失は推定25億米ドルに達すると試算されています。金融機関へのサイバー攻撃は、資金調達の問題や評判の失墜、破産にとどまらず、金融分野全体や、他の分野にも影響が波及する可能性があると指摘されています。
このような外部環境が存在する一方で、日本は新たな経済成長戦略の1つとして掲げる「資産運用立国」の実現に向けて、金融システムの安定と質の高い金融機能を確保していく必要があり、そのためには過去の海外での取り組みを学ぶことが重要です。そこで、本インサイトでは、スイス連邦財務省国際金融問題局の独立調査ユニットであるSwiss Financial Innovation Deskからの承諾を得て、同組織が発行した「Pathway 2035 for Financial Innovation」1を引用します。このレポートは、スイス国内の金融イノベーションを促進するハブ機関としての知見を活用し、金融業界の未来予測を行う上で最適な内容を提供しています。金融業界は銀行、証券、保険など幅広い分野を含みますが、本インサイトでは個人情報や金融データを多く扱う銀行業界に焦点を絞って紹介します。
「Pathway 2035 for Financial Innovation」では、今後の4つの革新テーマとして、AI、耐量子、デジタルトラスト、デジタル通貨を挙げています。AIは、データ分析の高度化や自動化を通じて、金融機関の業務効率を大幅に向上させるだけでなく、新たな脅威検知やリスク管理手法を提供します。耐量子は、量子コンピューターによる攻撃からデータを保護するために不可欠な技術であり、耐量子コンピューター暗号は金融機関や政府機関での導入に向けた準備が進められています。デジタルトラストは、金融犯罪から資産を守るため、取引の透明性と信頼性を確保するための基盤となり、取引の安全性を高める要素です。デジタル通貨は、暗号資産やCBDC(中央銀行デジタル通貨)などを指し、ブロックチェーンや分散型台帳技術(DLT)を用いることで、取引の効率化やコスト削減を実現し、国境を越えた迅速な送金や金融包摂の促進にも寄与します。これらの革新テーマは、金融サービスの提供方法や競争環境を大きく変革させると同時に新たなサイバーリスクを生じさせる恐れもあります。これらの技術を効果的に活用し、セキュリティを強化することで、顧客の信頼を維持し、競争力を高めることが今後求められます。以下では、4つの革新テーマを活用したビジネス戦略、サイバー脅威、そして本稿の主題である「望ましいサイバーセキュリティの未来」について説明します。
「Pathway 2035 for Financial Innovation」によると、AIの金融エコシステムへの統合は、米国、中国、EUを中心に大きな変革をもたらすとされています。米国は市場重視の規制枠組みを活かし、金融取引の安全性向上を実現するAI技術の迅速な展開を進めています。中国は、国家主導でAIをフィンテックや監視技術に統合することで、経済成長と管理社会の両立に注力しています。EUは人権保護と倫理的考慮を優先し、責任あるAIの利用を目指しています。またAI技術を応用することで、シームレスな金融ネットワークが実現し、その結果として顧客体験が一新される可能性も指摘されています。例えば、国境を越えた銀行取引であるコルレス銀行業務では、AIがリアルタイム決済を促進し、金融サービスへのアクセスを広げています。他方で、生成AIによるエネルギー消費の問題もあり、持続可能なAIの実践が求められることから、金融機関は「小型言語モデル」に注目し、エネルギー効率の高いソリューションを模索しています。ここでは銀行業界におけるAIの未来予測について、以下の5つのポイントを挙げます。
AIは、今後10年で銀行業界に大きな変革をもたらすとされています。銀行業界は、取引監視、リスク管理、顧客サービス向上などでAIを活用していますが、特に生成AIの登場により、国家規制や競争圧力といった複雑な環境を乗り越える必要があります。このような環境では、未成熟なAIアプリケーションの導入が事業活動に負の影響を及ぼすリスクがあります。またAI技術の進化に伴い、倫理基準や社会的価値観に沿わないAIの使用がもたらすリスクも増大しています。AIは、その非常に高い性能から悪用される可能性があり、フィッシングメールやディープフェイク技術を用いた詐欺など、従来のセキュリティ対策では検知が難しい攻撃が増加しています。フィッシングメールでは、巧妙に偽装されたメッセージが送信され、受信者が個人情報を提供するように仕向けられます。一方、ディープフェイク技術は、AIを駆使してリアルな偽造映像や音声を作成し、銀行の幹部や著名人になりすますことで、信頼を損なう可能性があります。これらのサイバー脅威は、新しいビジネス戦略に悪影響を及ぼし、顧客の信頼を失うだけでなく、金融取引やデータの安全性を脅かすことになります。AIの進化は、かつてのモバイル革命に匹敵するものであり、企業、国家、社会は対応に迫られています。「Pathway 2035 for Financial Innovation」におけるSwiss Financial Market Supervisory Authorityの調査によると、2022年には約70の銀行と資産管理会社のおよそ半数がAIを利用している、またはこれから利用する予定であると回答しており、具体的には投資アイデアの生成、文書分類、リスク分析、ITセキュリティ監視などの分野でAIが活用されています。一方で金融機関は、AIの進化によるサイバー脅威に対抗するため、セキュリティ体制の強化と倫理基準の順守を徹底する必要があります。
AIの進化に伴い、新しいビジネスモデルが次々と登場しています。これに伴い、サイバーセキュリティ対策の強化が急務となっています。新しいビジネスモデルに対するサイバーセキュリティの主な対策としては、以下のようなAI倫理に基づくガバナンスの整備やプロアクティブな規制対応などが挙げられます。
「第二次量子革命」の段階に入った量子技術は近年急速に進化しており、量子センシング、通信、特に量子コンピューティングの分野で大きな進展を遂げています。「Pathway 2035 for Financial Innovation」によると、現在、量子コンピューターはエラー率が高い中間スケール量子(NISQ)の時代にありますが、2030年代初頭にはエラーを訂正できる高性能な量子コンピューター(FTQC)の登場が予想されています。一方、量子コンピューティングによる暗号解読攻撃のリスクが現実的であり、2028年までのブレークスルーが予測されています。
特に先進国の銀行では、量子コンピューティングを利用した高度な計算負荷を要するアプリケーションが今後10年間で主流となることが期待されています。これは、量子コンピューターの進化により暗号解読リスクが高まる一方で、銀行側も量子コンピューターを活用して大規模なデータ解析や複雑な金融モデリングを行うことで、競争力を維持・強化する必要があるためです。
量子技術の急速な進化は、特に量子コンピューティングの分野で大きな進展を遂げています。これは金融セクターを含む多くの産業における複雑な問題解決に新たな可能性をもたらす一方で、従来の暗号技術に対する新たな脅威を生み出しています。特に、量子コンピューターで効率的に素因数分解を行うアルゴリズムを用いることで、RSAなどの公開鍵暗号方式を破る能力を持つことができるとされています。このため、銀行業界を含む多くの組織が、量子コンピューティングによるリスクに対応するために、耐量子コンピューター暗号(PQC)や量子暗号通信(QKD)などの新しい暗号技術への移行を進めることが求められています。
大手金融機関はこうした耐量子コンピューター暗号の試験を行い、量子コンピューティングによるリスクに積極的に対応しています。他方で、量子技術の導入にはセキュリティの脆弱性やシステム間の互換性の問題が伴う可能性があるため、新旧のセキュリティ規格のギャップを埋めることが重要です。
耐量子コンピューター暗号(PQC)の導入には、銀行が直面するいくつかの注意事項があります。企業では、クラウドサービスや認証システムなどで広くRSA暗号が採用されていますが、暗号マイグレーションには多くの検証項目があるため、計画的に検証を行うことが推奨されます。具体的な移行における注意事項としては、各プラットフォーム(ブラウザーやサーバーOSなど)のPQC対応時期にばらつきがあり検証計画が立てづらい点や、自社製品サービスで暗号を実装している場所を特定し、詳細な移行計画を策定する必要があることが挙げられます。また、高度な暗号処理のため、レスポンスタイムが遅くなる可能性や、古い暗号方式でデータ保存している場合に再度暗号化が必要となることも考慮に入れる必要があります。銀行にとってPQCの導入は、量子コンピューターによる脅威に対する防御を強化する重要なステップです。これにより、量子技術の進化とともに安全で信頼性の高いデジタル環境を構築するための重要な基盤が整います。銀行が耐量子コンピューター暗号(PQC)移行に際して考慮すべき推奨事項や、実施すべき事項を以下にまとめます。
(参考)「耐量子コンピューター暗号」と「量子暗号通信」の違い
「耐量子コンピューター暗号」と「量子暗号通信」は、どちらも「量子」という言葉が含まれていますが、その目的や利用方法は大きく異なります。これらを理解することで、現代の通信技術における暗号技術の多様性を知ることができます。まず、「耐量子コンピューター暗号(PQC)」は、量子コンピューターの登場によって現在の暗号方式が破られる可能性があるため、そのリスクに対処するための暗号技術です。インターネットで行われる電子取引や契約書のデジタル署名など、多対多の通信において安全性を確保する役割を果たします。量子コンピューターに対抗するために設計されているため、現代のインターネット基盤の一部として広く普及することが期待されています。
一方、「量子暗号通信(QKD; Quantum Key Distribution)」は、主に1対1の通信で使用される技術です。これは、通信の安全性を物理的な現象に基づいて保証するもので、特に衛星通信や遠距離通信などでの利用が想定されています。量子暗号は、「ワンタイムパッド」と「量子鍵配送」の2つの要素から成り立っています。ワンタイムパッドは、実際の通信を暗号化・復号する技術で、量子鍵配送は、事前に暗号鍵を安全に伝送・共有する方法です。このように、PQCとQKDは、いずれも「量子」という言葉が含まれていますが、その適用範囲や使用目的が異なります。PQCはインターネットを介した多対多の通信の安全性を確保するために、QKDは1対1の通信における最高レベルのセキュリティを実現するために設計されています。
デジタルトラストとは、デジタル環境で情報が安全に流通することを意味します。これには、技術的信頼と人的信頼の両方が不可欠です。技術的信頼は、暗号技術やプロトコルを指し、データ保護や取引の正当性を支えます。一方、人的信頼は、技術利用の規範やルールを決めるガバナンスの枠組みで構築されます。
具体的な例として、南米の新興銀行では、デジタルプラットフォームを活用し、シームレスな顧客体験を提供することで、デジタルトラストを実現しています。具体的には、ブロックチェーンを基盤としたデジタルID管理により、安全かつ迅速な本人確認を可能にし、グローバルな金融アクセスを提供しています。さらに、AIを活用したパーソナライズされた金融アドバイスや、スマートコントラクトによる自動取引を導入することで、顧客の利便性を向上させています。これにより、透明性の高い取引を実現し、金融サービスの信頼性を向上させるとともに、競争力の強化にもつながります。ここでは銀行業界におけるデジタルトラストの未来予測について、以下の3つのポイントを挙げます。
デジタル環境で情報が安全に流通するためには、オンラインでのやり取りにおける信頼性を確保するための枠組みやシステム、すなわち、デジタルトラストエコシステムの整備が求められます。とりわけ、中央集権的ガバナンスと分散化のバランスを取る必要があります。中央集権的なガバナンスは、信頼性の判断を特定の権威ある機関が管理する方式で、ある程度の安定性と秩序を保証しますが、イノベーションを抑制し、個人の自律性を損なうリスクもあります。これに対して分散化は、より参加型で透明性の高い仕組みを提供し、従来の権威に依存しない形で信頼を形成することを目的としますが、制度設計の欠如がユーザーの安全に対するリスクにもなり得ます。
暗号資産の送金システムは、中央機関を介さず信頼関係に基づく点や匿名性の高さから法的監視を回避しやすく、犯罪組織による違法取引や資金洗浄に悪用されるリスクが指摘されています。特に、ダークウェブでは暗号資産が麻薬・武器取引などの決済に利用されたり、非正規ルートでの送金に利用されたりすることが考えられます。こうした取引はブロックチェーンに取引履歴が記録されるものの、ミキシングサービスのような匿名性を高める技術が進化し、監視が困難になっています。さらに、このようなデジタル環境においては、不正アクセスによる金銭盗難やID詐称を利用した架空契約などが深刻な脅威となっている他、フィッシング詐欺やアカウント乗っ取り、ランサムウェア攻撃も増加しています。特に、スマートコントラクトの脆弱性を突いた攻撃や、ディープフェイクを活用した詐欺、さらにはサプライチェーン攻撃による情報漏えいも問題視されています。このようなリスクを回避するためには、デジタルトラストを確立し、厳格な監視体制を整えることが不可欠です。
デジタルトラストの確立には、透明性の高い認証基盤と、データの完全性を保証する仕組みが不可欠です。銀行は、信頼できるデジタル取引環境を構築するため、アイデンティティ管理の強化や、ゼロトラストモデルの導入を進める必要があります。これにより、消費者や企業が安心してデジタルサービスを利用できる社会が実現すると考えられます。またデジタルトラストの確立には、従来の技術だけでなく、未来を見据えた革新が求められます。以下のアイデアは、デジタル取引環境をさらに進化させるための新しいアプローチです。
金融エコシステムの進化により、効率性と透明性が向上し、持続可能な銀行の未来が期待されています。この中心にはデジタル通貨と分散型台帳技術(DLT)があり、資産管理の効率化やコスト削減を目指しています。デジタル通貨はブロックチェーン上で取引を完結し、リアルタイムでデータを共有することで金融市場の非効率性を排除します。支払いや投資にも活用でき、地理的に分散した参加者間で安全なデータ共有が可能です。
ビットコインの登場でデジタル通貨の可能性が広く認識され、伝統的な銀行もその利点を活用し始めています。ただし、普及には規制や実装の課題が伴い、慎重なアプローチが求められます。中央銀行デジタル通貨(CBDC)やステーブルコインは国際的な価値移転を容易にし、分散型金融(DeFi)はオープンで透明な金融サービスを再構築します。
エコシステムの拡大に伴い、異なるブロックチェーンや規制の違いによる断片化が生じていますが、システム間の接続性と相互運用性を高めることで、グローバルな価値を最大化できます。24時間365日の資本アクセス、コスト削減、取引リスク軽減といったメリットが期待されます。プライバシーやセキュリティの課題を解決し、柔軟性と接続性を確保することが、デジタル通貨の真の潜在力を引き出す鍵となります。ここでは銀行業界におけるデジタル通貨の未来予測について、以下の4つのポイントを挙げます。
デジタル通貨の進化は、金融規制の枠組みを更新し、金融システムの安定性と消費者保護を両立させる必要性を浮き彫りにしています。分散型台帳技術(DLT)を基盤とするデジタル通貨は、リアルタイムでデータを共有できる一方で、サイバー攻撃や不正アクセスのリスクを高める可能性があります。特に、不適切な暗号鍵の管理は資産の盗難につながることが懸念されます。分散型金融(DeFi)では、スマートコントラクトを利用して透明性が高まる一方、そのコードに脆弱性がある場合には資産の奪取が可能となるリスクが存在します。また、DeFiの匿名性は不正取引やマネーロンダリングを助長する可能性があるため、慎重な対応が求められます。各国で規制が異なることもサイバーリスクが増大する要因として考えられ、国境を越えた取引で法的なギャップが生じ、悪意のある行為者がその隙を突く可能性があります。これらを解決するには、国際的な協力と統一された規制基準が必要です。さらに、デジタル通貨のトークン化は資産移転の効率性を向上させるものの、システムの複雑さとサイバーリスクも増大します。デジタル通貨の普及に伴い、セキュリティとプライバシーの重要性が増しており、公開されたデータに対するプライバシー保護のためにゼロ知識証明(ZKP)※2などの高度な暗号技術が求められます。システム全体の透明性とセキュリティを同時に確保することが、デジタル通貨の持続可能な発展に不可欠であり、その利点を最大限に活用するためには、サイバーリスクに対する十分な対策が必要です。加えて、デジタル通貨におけるリスクは、暗号資産の盗難や資産回収の困難さも含まれています。ハッキングによって大量の暗号資産が盗まれた過去の事例からも明らかなように、デジタル通貨の管理と保護が重要な課題となっています。こうした盗難への対策として、資産回収のための報奨金プログラムが開始されていますが、完全な回収は難しいとされています。これらのリスクを考慮し、デジタル通貨の安全性を向上させるための取り組みがますます重要となっています。
デジタル通貨の効果的な活用に向けて、金融機関は、金融の安定性と整合性を確保し、消費者保護を適切に行うためのガバナンスを強化する必要があります。具体的な対応策としては、以下の対策が考えられます。
日本の銀行業界が取り組むべき4つの領域ごとに、PwCの知見と公開情報を基に「AI」、「耐量子」、「デジタルトラスト」、「デジタル通貨」について解説しました。銀行業界におけるサイバーセキュリティ戦略は、これらの技術の進展に伴い、より複雑かつ重要性を増しています。企業は、これらの技術の進化に対する準備と適応が求められており、潜在的なリスクを評価し、それに対応するための包括的な戦略を策定することが不可欠です。PwCは、こうした未来予測に基づく戦略的インテリジェンスをクライアントに提供し、企業が持続可能な成長を達成するための基盤を築くサポートを行っています。各ステークホルダーが連携して、望ましい未来に向かうため、「政府」、銀行業界の「経営層」、「CISO・セキュリティ責任者」ごとに推奨事項を以下のとおりにまとめました。
銀行のサイバーセキュリティに関する政府への推奨事項として、国内における法規制の整備と国際標準との比較検討が挙げられます。これにより、銀行は新技術を導入しやすくなり、国際競争力を維持できます。また、サイバーセキュリティ教育を充実させ、専門人材を育成することで、金融セクターのサイバーリスク管理能力を高めることも重要です。AIやデジタル通貨を活用した新たな金融サービスの開発を奨励し、スタートアップや中小企業への支援を強化することで、業界全体の技術革新を促進する必要があります。さらに、サイバーインシデントへの対応力を向上させるために、情報共有と協力体制を強化し、共同防御と復旧の枠組みを構築することが求められます。これらの取り組みは、持続可能な成長と安全な金融エコシステムの構築を目指すものです。
日本の銀行の経営層にとって、サイバーセキュリティは競争力と信頼性を維持するために不可欠です。AIの進化やデジタル通貨の実用化が現実味を帯びる中、銀行サービスのあり方は急速に変化しており、それに伴いサイバーリスクも高度化・多様化しています。今後10年の間には、AI技術の進化によりサイバー攻撃がさらに巧妙化することや、ディープフェイクの悪用によるなりすましリスクなどの増加も懸念されています。また、海外の金融機関を標的とした大規模な攻撃が相次いでおり、日本国内でも対策の強化が急務です。特に2025年以降は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の実用化の検討12が進むと予測されており、それに伴う新たなサイバー攻撃の脅威が想定されます。さらに、2035年までには量子コンピューターの実用化が進むともされており、現在の暗号技術が無力化されるリスクも指摘されます。こうした技術革新が金融サービスの提供方法や競争環境を大きく変える中、今後ますます多様化・高度化するサイバーリスクに対して、従来以上に戦略的かつ柔軟な対応が求められています。
経営層はサイバーセキュリティを戦略の一部として位置付け、組織全体での意識向上を図るべきです。適切なリソースを配分し、政府や他の銀行機関と連携して情報共有を促進し、共同でセキュリティのフレームワークを構築することが求められます。シンガポールではCTREXと呼ばれる金融機関で共通のセキュリティフレームワークを策定し、リアルタイムで脅威情報を共有する取り組みが行われており、金融機関の経営層間での情報共有やセキュリティ強化に向けた取り組みが進められています。また、AIや量子技術を活用して迅速な脅威検知と対応を可能にする体制を整え、セキュリティ文化を醸成するための啓発プログラムを実施することも重要です。これらの取り組みにより、銀行はセキュリティの成熟度を高め、変化する市場環境においても持続可能な成長を実現できます。
銀行のCISO・セキュリティ責任者は、先進技術の進展が銀行サービスと競争環境に大きな影響を与える中で、ビジネス戦略を深く理解し、それをサイバーセキュリティ戦略に反映させることが求められます。すなわち、AIやデジタル通貨、耐量子といった新しい技術がもたらすビジネスインパクトとリスクを評価し、これに対応するための包括的な計画を立てることが不可欠です。また、技術動向やサイバー攻撃情報に常にアンテナを張り、国際政治や地政学のリスクについても知識を深めることも重要です。これらの知見を活用し、サイバーセキュリティ戦略を中長期的に策定するために、社内外の関係者と自社の課題や障壁について議論し、具体的な施策を打ち出すことも必要です。また、セキュリティ文化を醸成するために社員向けの教育プログラムを強化し、専門人材を育成する取り組みも重要です。これにより、銀行は変化する市場環境に柔軟に対応しながら顧客の信頼を維持し、競争力を強化することができるでしょう。
(参照)
1 Swiss Financial Innovation desk - 「Pathway 2035 for Financial Innovation」Swiss Financial Innovation Desk(2025年3月31日閲覧)
2 M2P - Top 10 Fintech Predictions for 2025(2025年3月31日閲覧)
3 Harvard Business Review - What the Finance Industry Tells Us About the Future of AI(2025年3月31日閲覧)
4 PwC – The Quantum Conundrum: How to prepare now for Quantum’s challenges and opportunities(2025年3月31日閲覧)
5 京セラみらいエンビジョン株式会社 - 自己修復ネットワークの台頭(2025年3月31日閲覧)
6 ZME SCIENCE - Heartbeat – the new biometric method of identifying people(2025年3月31日閲覧)
7 GitHub - Ocean Protocol(2025年3月31日閲覧)
8 Didit - AMLコンプライアンスの簡素化:中小企業・スタートアップのためのガイド(2025年3月31日閲覧)
9 Fidelity Digital Assets - 2025 Look Ahead(2025年3月31日閲覧)
10 CAIA - February 2025: The State of Digital Assets - Shifts, Signals & What’s Ahead(2025年3月31日閲覧)
11 PwC - 5 crypto and NFT trends that matter right now(2025年3月31日閲覧)
12 日本銀行 - 「中央銀行デジタル通貨に関する実証実験(概念実証フェーズ1)結果」報告書(2025年3月31日)
※1 KYC:顧客の身元確認、取引履歴の確認、リスク評価を含む手続き。金融機関は、取引の透明性を確保し、不正行為を防ぐためにKYCを実施するAML:マネーロンダリング防止のための規制や対策の枠組み。KYCの手続きを通じてリスクの高い取引を特定し、犯罪収益の流通を防ぐ
※2 ゼロ知識証明とは、真または偽が明白に分かる事柄(=命題)について、それを知っているという事実のみを、それ以外の情報を伝えることなく相手に証明することを指す。すなわち、プライバシーを侵害する可能性のある情報を提供することなく、ブロックチェーン上のステートメントの正当性を証明するための技術
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