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2027年12月に全面適用が迫る欧州の製品セキュリティに関する法規制であるCyber Resilience Act(CRA)について、その適合性の推定に用いることができる整合規格の整備が進んでいます。整合規格の中でも製品セキュリティの確保の前提となる組織の取り組みや製品全般に関わる要件を規定した水平規格については一部のドラフトが公開されており、製造業を中心としたCRA対応企業に求められる具体的要件が明らかになりつつあります。
本稿ではCRAと関連付けながら、ドラフトが公開されている水平規格のprEN 40000-1-1、1-2、1-3を紹介し、加えて一部情報が公開されているprEN 40000-1-4についても解説します。また、これらの規格と従来の標準規格との関係性も踏まえながら、企業が欧州市場で競争力を維持するためのCRA対応に求められる実務的アクションと戦略を整理します。特に、CRAが単なる技術的実装ではなく組織横断的な取り組みであることを強調し、その中でも欧州当局との直接的なコミュニケーション対応の重要性を示します。
なお、本記事は、2026年3月時点において公開されている水平規格のドラフト版に基づいており、パブリックコメント等を通じて、今後要件が変更される可能性がある点にご留意ください。
欧州が推進する製品サイバーセキュリティ関連規制であるCyber Resilience Act(CRA)は、2026年9月からインシデントや積極的に悪用された脆弱性の報告義務が適用されており、2027年12月からは製品に関するセキュリティ要件を含むすべての要件が適用される予定です。CRAは欧州域内へ流通するほぼすべてのデジタル製品を対象に、サイバー攻撃耐性の底上げと安全を確保することを目的としています。
EUのデジタル単一市場統合戦略の重要な一環であり、製品が提供する機能の安全性だけでなく、その設計から保守・廃止に至るライフサイクルの包括的なセキュリティ対応が法的に義務化されます。これにより、サプライチェーンリスクを緩和し、欧州市民および企業のセキュリティインシデントを減少させることを狙っています。
CRAに準拠するために策定された技術的要件は、整合規格において大きく二区分で構成されています(図表1)。
図表1:CRAにおける企画区分
規格区分 |
文書・ドラフト例 |
特徴 |
水平規格 |
prEN 40000-1-1、1-2、1-3、1-4 |
CRA対応の前提となる脆弱性管理体制などの組織としての取り組みや、製品種別に関係なく適用されるサイバーセキュリティ要件などを規定 |
垂直規格 |
EN 304シリーズ、EN 50XXXシリーズ(産業機械、IT機器等個別の対象ごとに策定される見込み) |
個別製品群や業種別を対象に作成され、水平規格をベースに具体的あるいは追加的な詳細要件を定める |
水平規格はCRA対応の前提となる脆弱性管理体制などの組織としての取り組みや、製品種別に関係なく適用されるサイバーセキュリティ要件など全般的に適用されるべき基準を提供します。そのため、産業機械、IoT機器、組み込み機器など、製造する製品の種別にかかわらず幅広く適用されます。これら水平規格を前提とした上で、垂直規格の適用により製品固有のサイバーリスクに対処します。垂直規格はETSI(欧州電気通信標準化機構)などが策定を進めており、順次ドラフトが公開され始めている状況です。本記事では以降、水平規格について解説します。
製造業の企業がCRAに対応するにあたり、初めに取り組むべきは、CRA対応の前提となる組織の取り組みや製品種別によらない製品向け要件を示した水平規格の理解です。以下ではprEN 40000-1-2(5~7章)、1-3を詳細に解説し、企業に求められる具体的アクションを明示します。また、ドラフトが公開されていないprEN 40000-1-4についてはprEN 40000-1-2との関連性を概説します。
図表2:各水平規格の対応
ドキュメント |
内容 |
prEN 40000-1-1 |
用語集 |
prEN 40000-1-2 |
組織の取り組みを含む製品サイバーセキュリティの基本要件、監査および評価の手法・プロセス |
prEN 40000-1-3 |
脆弱性管理およびレポートツールに関する要件(ISO/IEC 29147、30111関連) |
prEN 40000-1-4 |
CRA 付属書I 第I部が定める製品の必須サイバーセキュリティ要件に対応した一般的技術要件 |
prEN 40000-1-2の5章「Cybersecurity principles」は、製品ライフサイクル全体で適切なサイバーセキュリティを確保するための基本的な考え方を示しています。ここではリスクベースアプローチに基づき、製品のコンテキストを明確化し、脅威分析やリスク評価、リスク対応、さらにはリスクの監視・コミュニケーションを体系的に実施することを求めています。また、セキュリティ・バイ・デザイン、セキュア・バイ・デフォルト、透明性といった製品セキュリティの原則が定められており、設計から廃止まで一貫したセキュリティ確保を促します。各原則には具体的なガイダンスが付され(図表3)、組織・製品レベルでの実践を促進します。
図表3:Cybersecurity principlesの主なガイダンス
| 原則 | 要点 | 主なガイダンス・解説 |
| リスクベースアプローチ | リスク評価に基づく対策の適用と継続的見直し | リスクは影響度と発生可能性の組合せ。リスクを特定・評価し適切に対応。 |
| セキュリティ・バイ・デザイン | 製品設計段階からセキュリティ組み込み、後付け回避 | 最小権限、攻撃面削減、多層防御、セキュアコーディングなどを実施。 |
| セキュア・バイ・デフォルト | 初期設定の安全確保、不要サービスの無効化、アップデート適用管理 | 安全な初期認証、アクセス制限。ユーザーの誤操作によるリスク低減。 |
| 透明性(トランスペアレンシー) | 関係者への十分かつ適切な情報提供、誤解や不完全理解を防止 | 資産、脅威、リスクなどの共有。アクセシビリティも考慮。 |
prEN 40000-1-2の6章「Risk management elements」では、製品のライフサイクル全体に適用されるリスク管理の基本要素を規定しています(図表4)。リスク管理は製品の設計、開発、生産、保守のすべての段階で実施され、変化に応じて繰り返し評価・対応を行います。主なプロセス要素は「製品コンテキストの確立」「リスク受容基準の設定」「リスク評価」「リスク対応」「リスクコミュニケーション」「リスク管理のレビュー」で構成されます。これにより、適切なサイバーセキュリティレベルが維持されます。
図表4:リスクマネジメントの基本要素と流れ
要素 |
主な内容概要 |
1. 製品コンテキストの確立 |
製品の意図された目的、合理的に予見可能な使用・誤用、使用環境、ユーザー情報などを定義 |
2. リスク受容基準の設定 |
製品コンテキストに加え、許容可能なリスクの基準を法規制、契約、技術動向などから定義 |
3. リスク評価 |
資産・脅威の特定とリスクの見積もり、評価 |
4. リスク対応 |
リスク回避、低減、受容、移転の順序で適切な対応策を選択し実施 |
5. リスクコミュニケーション |
残留リスクや対応策を関係者に分かりやすく伝達 |
6. リスク管理のレビュー |
定期的またはトリガーに基づきリスク管理プロセス・結果を見直し更新 |
prEN 40000-1-2の7章「Cybersecurity activities」は、製品のサイバーセキュリティを製品ライフサイクル全体で維持・向上させるための具体的な要件と活動を体系的に示しています。製品の設計から運用、保守、廃止に至るまでの各段階で実施すべき重要なサイバーセキュリティ活動が詳細に規定されており(図表5)、CRA対応企業にとって実務的な指針となる内容です。
図表5:主なサイバーセキュリティ活動と要件概要
活動 |
主な内容・要件概要 |
ガイダンス・ポイント |
7.2 サイバーセキュリティ計画の策定 |
製品ライフサイクル全体のセキュリティ対策計画の作成・文書化 |
計画は開発初期に作成し更新を継続。役割分担や教育も含む。 |
7.3 製品サイバーセキュリティ要件の設定 |
製品の機能や環境に基づく具体的なセキュリティ要件の文書化 |
ステークホルダー期待・規制要件も反映。管理策の選定が必須。 |
7.4 サイバーセキュリティ設計・アーキテクチャ |
信頼境界の確立、安全なインタフェース設計、第三者コンポーネント統合管理 |
「セキュリティ・バイ・デザイン」「セキュア・バイ・デフォルト」を考慮。 |
7.5 セキュアな実装 |
SBOM管理、セキュアコーディング、脆弱性対応準備、技術文書整備 |
開発環境のセキュリティ維持、第三者部品の適切な選定含む。 |
7.6 サイバーセキュリティの検証・確認 |
要件適合検証、脆弱性検査、ペネトレーションテスト、技術文書検証 |
V&V(Verification & Validation)は開発初期から継続的に実施。ペンテストは必須活動。 |
7.7 セキュアな製造・流通 |
製造工程とデジタル配布の安全管理、改ざん防止措置 |
ソフト/ハード別管理。物理的・論理的管理策を併用。 |
7.8 サイバーセキュリティ問題の管理 |
脆弱性やインシデントの評価・対処、情報開示 |
発見・対応からユーザー啓発まで継続管理が必須。 |
7.9 製品の監視 |
脅威状況変化や新脆弱性の検出、保守リスク対応 |
製品利用状況も含めて監視。新情報によりリスク分析の更新を実施。 |
7.10 安全な廃止計画 |
製品引退における資産消去、ユーザー通知、長期義務の管理 |
データ削除方法や安全廃棄手順の周知を徹底。 |
7.11 第三者コンポーネントのサイバーセキュリティ管理 |
デューデリジェンスの実施、リスク評価、検証、脆弱性監視 |
サプライチェーン全体での責任分担と情報共有が重要。 |
以下では、prEN 40000-1-2の内容に基づきながら各活動に関する主要なポイントを紹介します。
prEN 40000-1-2では、製品に実装されるべきサイバーセキュリティ要件は具体化されていません。この点については、現在ドラフティングが進んでいるprEN 40000-1-4で規定される予定です。prEN 40000-1-4はCRA 付属書I 第I部が定める製品の必須サイバーセキュリティ要件(2)(a)から(2)(m)に対応した一般的な技術的サイバーセキュリティ要件および評価基準を規定するものです。これらの要件はリスク評価の結果に基づいて実装されるもので、prEN 40000-1-4においてもサイバーセキュリティ上の脅威と要件との関係を示しつつ、特定されたリスクに対応するための適切な要件を選定する際のアプローチのガイドラインが含まれる見込みです。内容としてはEN 18031シリーズ(インターネットに接続可能な無線機器のセキュリティ要件)を基盤とし、CRAを踏まえたセキュリティ管理策が追加される予定です。また、産業用機器などに対する技術的要件を定めたIEC 62443-4-2などとも関連付けられる見込みです。ドラフトに対するパブリックコメントは2026年7月中旬から11月中旬にかけて実施される予定です。
prEN 40000-1-3は、製品のサイバーセキュリティ脆弱性に関する受付から評価、対応、報告までのプロセスを規定し、ISO/IEC 29147(脆弱性開示)および30111(脆弱性対応プロセス)との整合を図っています。これに加えて、ソフトウェアサプライチェーンの透明性を高めるため、SBOMに関する要件を明確に含んでいる点が特徴です。また、以下に示す要件より、事実上PSIRT体制の整備は必須と言えます。
脆弱性対応窓口の設置および運用に関しては、本水平規格の基盤となるISO/IEC 29147やISO/IEC 30111のほか、ISO/IEC 29147についての解説記事「脆弱性報告窓口運用におけるリスクと企業がとるべき戦略」も併せてご参照ください。
prEN 40000-1-3は、以下のとおりSBOMの作成および管理に関する要件を明確にしています。
各製品に含まれるすべてのソフトウェア部品(自社開発と外部調達の区分も含む)を一覧化し、SBOMとして文書化・電子管理しなければなりません。このSBOMには部品名、バージョン、供給元、使用許諾、既知の脆弱性情報(追跡可能なCVE番号など)を含める必要があります。
欧州当局や顧客からの要請に応じてSBOMを提供する体制を整備するほか、脆弱性対応時に活用し、影響分析の迅速化に寄与します。また、SBOMは製品ライフサイクル全体で継続的に更新されるものであり、新たなソフトウェア組み込みやアップデート時に常に最新状態を維持する管理体制を義務付けています。
調達先のソフトウェアに関する脆弱性情報をSBOMに基づき把握し、問題発覚時には迅速に特定コンポーネントに対する対応を行うことが求められます。SBOMは広義の脆弱性管理プロセスの根幹として機能します。
本稿の「脆弱性管理および報告要件」で言及したprEN 40000-1-3に則った脆弱性管理体制を構築する上では、CRAが定める脆弱性報告要件への対応も考慮に含める必要があります。実際にサイバー攻撃に用いられているケースなど、積極的に悪用された脆弱性についてはCRAにおいて当局への24時間以内の早期通知と72時間以内の詳細報告が義務付けられています。また、積極的に悪用されていない脆弱性も含めて必要に応じてユーザーなどの関係者への通知が求められる場合があります。
prEN 40000-1-3は、脆弱性対応の透明性確保のため製造者が当局からの問い合わせに速やかに回答し、追加要求にも柔軟に対応することを推奨しています。
積極的に悪用された脆弱性に関する報告遅延や脆弱性に関する不当な情報隠蔽と疑われうる行為はCRAへの違反にあたる可能性があり、実際に違反となった場合は欧州市場における販売停止や高額な罰金といった厳しい執行に繋がりかねません。また、執行リスクだけではなくブランドイメージの毀損なども懸念されます。prEN 40000-1-3に基づいた脆弱性管理体制はこのようなリスクを避ける上でも極めて重要です。
前述の通り、水平規格のドラフト公開に伴い、製造業が欧州市場に上市するために対応すべき要件が明らかになりつつあります。図表6に、これまでの解説を踏まえた主要な対応事項をまとめます。
図表6:主要な対応事項
項目 |
内容・狙い |
セキュア・バイ・デザインの徹底 |
開発工程への脅威モデリング・設計レビューの組み込み |
セキュア・バイ・デフォルト設定の適用 |
製品初期設定の安全基準明確化および実装 |
脆弱性受付窓口・PSIRT設置 |
法令対応必須の受付窓口構築および運用 |
脆弱性の評価と対応プロセス整備 |
報告受領→評価→通知→修正→報告の一連のサイクル構築 |
継続的監査・第三者認証準備 |
内部監査体制強化および第三者評価手続の構築 |
長期アップデート・廃止計画策定 |
製品のサポートライフサイクルの明文化および顧客連絡手段の確立 |
欧州当局対応体制の整備 |
脆弱性・監査報告のための組織的対応ルールと連絡窓口の確立 |
従業員教育・社内浸透 |
CRA関連規制や技術要件に対する従業員理解の促進および意識向上 |
これらの対応事項は組織内部では完結せず、欧州監督当局と連携して推進される必要があります。そのため、CRA対応においては単なる技術要件の適用だけでなく、欧州監督当局との適切かつ対等なコミュニケーションの確立と維持が不可欠と言えます。そのために検討すべき課題と戦略・ポイントを図表7に示します。
図表7:当局とのコミュニケーションにおける課題と戦略・ポイント
コミュニケーション課題例 |
戦略とポイント |
脆弱性報告および情報開示 |
報告対象の脆弱性の特定とCRAが定める期限内での当局報告のための戦略を策定。情報を隠蔽せず透明性を確保。 |
監査報告・第三者評価資料の提出 |
適正かつ完全な書類と評価結果を迅速に提出するための体制を確立。修正要求は誠実かつ迅速に対応。 |
是正措置命令対応 |
当局指示に対し、根本原因調査から解決策まで計画的かつ文書化対応を実施。 |
法令理解と社内周知 |
規制内容を正確に理解し、全社員に周知し適切に運用される体制づくり。 |
関係構築とコミュニケーション |
定期的な情報共有・問合せ対応等により信頼関係の構築を図り、リスクを未然に防ぐ。 |
CRAの水平規格に関するドラフトや情報公開が進む中で、製造者が大前提として何に取り組むべきかの輪郭がより明確になってきました。CRA対応の難しさは、それが単なる技術的なセキュア開発にとどまらず、製品の設計段階からライフサイクル全般にわたる総合的なサイバーセキュリティ管理体制の構築と、それらを支える組織文化の醸成、そしてそのような取り組みがCRAに準拠していることを担保するための欧州当局とのコミュニケーションといった組織横断的な対応が要求される点にあります。
特に欧州当局とのコミュニケーション対応は製造者が自身の企業としての信頼性と透明性を市場で証明する上で、クリティカルなポイントだと言えます。コミュニケーションの対象はインシデントや積極的に悪用された脆弱性の報告、監査報告や改善指示への対応、将来的な認定や認証プロセスなど多岐にわたります。組織として当局とのコミュニケーション経路を明確化し、透明で迅速なコミュニケーションが行えるようにすることが今後も欧州市場でビジネスを継続する上での鍵となります。
このような観点から、企業はCRA対応を単なるコンプライアンス課題と捉えるのではなく、組織横断の戦略的経営課題として取り組む必要があります。それにより、強固な製品サイバーセキュリティ体制を打ち立て、欧州市場はもとより世界市場全体での信頼獲得と競争力向上を具現化することが期待されます。
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