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2022年5月に経済安全保障推進法が成立し、2024年5月17日より「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保(以下、「本制度」)」に関する制度が施行されてから約2年が経過しています。
2025年12月には、内閣官房「経済安全保障法制に関する有識者会議」において2024年度の届出件数が公表されました1(図表1)。
図表1:2024年度 事前届出件数及び事後報告件数
届出対象 |
特定社会基盤 事業者数 |
事前届出件数 |
事後報告件数 |
||
導入 |
重要維持管理等 |
合計 |
|||
経済産業省 |
100 |
45 |
120 |
165 |
90 |
国土交通省 |
76 |
11 |
82 |
93 |
3 |
総務省 |
17 |
103 |
225 |
328 |
40 |
金融庁・農林水産省 |
64 |
33 |
353 |
386 |
62 |
合計 |
257 |
192 |
780 |
972 |
195 |
多くの重要維持管理の届出が行われている一方、導入の届出は相対的に少なく、いまだ実績がない事業者もいると想定されます。今後の特定重要設備の更新や機能改修などの際には、新規届出が必要となるケースも発生するでしょう。加えて現時点での届出漏れの可能性も考慮すると、今後も継続的に届出が積み上がっていくことが予想されます。各事業者には定期的な該当性確認と管理体制強化が不可欠です。
本制度の成立以降、PwC Japanグループは特定社会基盤事業者を含む制度関連企業の支援を実施しており、届出対応における実務上の課題や解決策が明らかになってきています。そこで本コラムでは、制度対応実務における課題と解決策について特定社会基盤事業者の目線から紹介するとともに、本制度の近年の推移や、2026年11月までに施行が予定されている「能動的サイバー防御」導入に関する法律や既に施行されている「セキュリティ・クリアランス制度」との関連性についても解説します。
私たちが制度対応支援を実施する中で浮かび上がってきたのは、本制度において「全社一体での届出の抜け漏れ防止」「届出書の作成だけでない根本的対応」が必要であるということです。
以降、実際の支援経験を交えて解説していきます。
制度対応の現場で強く感じられたのは、「届出書をどう書くか」以前に、「そもそも届出が必要な事象を検知できているか」が成否を分けるという点です。
想定される典型的な失敗は、
というパターンです。
なぜこのようなことが起きてしまうのかというと、「検知すべき情報を担当者に上げる仕組みがない」「情報を検知できても、それが届出対象か判断することができない」といった理由に加えて、そもそも「検知すべきであるという認識がない」ということがあげられます(図表2)。
実際に上記のような失敗の可能性に気づいた時、必要な情報を持っていた担当者からはよく以下のようなコメントが寄せられました。
図表2:抜け漏れが発生する典型的パターン
では、このような事象の発生をどうすれば予防することができるでしょうか。PwCではクライアントが全社一体となって抜け漏れを予防できるよう、主に以下のような対策支援を実施してきました。
本制度の特性上、「何が制度対象なのか」「把握すべき情報・判断基準は何か」「その情報を誰が持っているのか」「どのように情報を集約するのか」といった事項を組織体制や業務プロセス上明確にしておくことが必要不可欠です。
まずは自社の実態に基づき、制度対象となる特定重要設備や構成設備、重要維持管理の委託先や再委託先の範囲を明らかにします。そして、特定重要設備の導入や重要維持管理の委託およびそれらに係る変化事項など、何が届出対象となるのか、その情報を誰が保有しているかを整理していきます。この対応をしなければ、現場が届出の必要性を認識できず開発・導入を進めてしまうリスクにつながります(図表3)。
図表3:検知すべき情報とその保有者整理の例(重要維持管理の委託の場合)
検知すべき事象 |
情報の例 |
情報の保有者 |
|
重要維持管理の委託/再委託先の追加 |
|
|
|
重要維持管理の委託/再委託先との契約の更新 |
|
|
|
重要維持管理の委託/再委託先に関する事項の変更 |
「重要な変更」に分類される変更 |
|
|
「事後報告」に分類される変更 |
|
|
|
「軽微な変更」に分類される変更 |
|
|
|
緊急やむを得ない場合 |
|
|
|
また、対象範囲や検知が必要な情報を定義したとしても、それを制度に照らして正しく判断するためには、実際の特定重要設備のシステム構成や各コンポーネントの役割・機能等についての理解と、制度上の要件に関する知見を組み合わせた届出該当性の判断プロセスを整備することが必要です(図表4)。
図表4:届出該否の判断プロセスの一例(一部の構成設備の変更)
上記のような情報集約、判断プロセスが実行可能な組織体制とはどのようなものでしょうか。
検知された変化の確認や届出該否の判断には、一元的に情報を集約して判断する所管部署が必要となりますが、その際には既存のIT部門や規制対応所管部署が担うパターンと、経済安全保障対応のための部署を新設するようなパターンが考えられます。
そのいずれにせよ、所管部署が単体で規制に関係する広範な情報を把握し、社内外・国内外の多岐にわたるステークホルダーと調整を行うことは困難です。また後述のとおり、届出書類の作成だけではない根本的な対応について、所管部署がその一部を担うことも想定されます。
そのため、経営陣のコミットを受け強い権限を持つ専門の統括組織を設置し、IT部門を中心とする各事業部からもメンバーを参画させることで、会社としての判断が現場まで徹底される仕組みを作ることが有効と考えられます(図表5)。
図表5:基幹インフラ制度対応に適した組織体制の一例
このように抜け漏れなく届出様式作成に必要な情報を集められたとしても、それで十分な制度対応が可能とは限りません。
私たちが過去支援した事例においても、必要な情報が集まり届出様式自体は滞りなく作成・提出できたものの、その後所管省庁の審査を受ける中で以下のようなポイントが論点となることがありました。
これらの論点に共通した内容は、審査にあたっての考慮要素2にある「特定社会基盤役務の安定的な提供が妨害されるおそれに関する評価を自ら行い、その結果に応じて、リスク管理措置を講じているか」を問われているということです。
関係するステークホルダーの役員情報や重要維持管理の実施場所、構成設備の製造拠点といった情報が入手できれば、届出様式の記入欄を埋めること自体はできるでしょう。
しかし、提出・申請に至るまでに「入手した情報から識別できるリスクは何か?影響・発生可能はどの程度か?どのような措置を講ずれば低減することが可能か?」といった評価・対応を実施していなければ、審査段階で不十分な点を指摘される可能性があります(図表6)。
図表6:不十分/十分な対応のイメージ
申請後に指摘を受けたとしても、その段階では既に対策が間に合わないことも考えられます。
審査の途中で対策されていないリスクが発覚することを防ぐには、平素から特定社会基盤事業者自らが「資本関係や議決権保有割合から、ベンダーが日本の外部にある主体から強い影響を受けている可能性はないか」「維持管理の実施場所や構成設備製造拠点に地政学リスク・法的環境リスクはないか」といったリスクの考慮を、調達・契約、開発、保守・運用などの各オペレーションに組み込むことが必要です。
ここまで見てきたように、十分な届出対応には「関係する社内外のステークホルダーに漏れなく制度認識を持たせ、情報を吸い上げ判断する体制ができているか」という「幅(網羅性)」と、「集めた情報に基づき、自らリスクを評価・対応する本質的対策ができているか」という「深さ(実効性)」の確保が欠かせません(図表7)。
以下のような質問を特定社会基盤事業者は自らに問いかけ、必要な対応ができているか確認し続けなければならないのです。
図表7:制度対応の「幅」と「深さ」
前述のような実務上の課題もありますが、本制度は現在もさまざまな文脈で変化しつつあります。また、サイバー対処能力強化法及び同整備法、重要経済安保情報保護活用法との連動も事業者に大きな影響を及ぼすことが想定されます。
本制度の施行以降、より強固な経済安全保障を確保するために、政府は制度対応を強化する動きを見せています。以降、有識者会議等で議論されている特筆事項について説明します。
2023年に発生した港湾局におけるサイバー攻撃事案を踏まえ、「一般港湾運送事業」が特定社会基盤事業として追加され、2025年11月から適用が開始されています。
また、2022年の病院機構へのランサムウェア攻撃による混乱を受け、有識者会議での議論を経て2026年6月10日には医療分野が追加されました3。DXが進む医療機関においても、サイバー攻撃への備えが求められています。
制度運用開始から約2年が経過し、各事業者からの声を踏まえ、有識者会議では以下のような運用改善の議論が進んでいます4(図表8)。
図表8:経済安全保障法制に関する有識者会議における基幹インフラ制度の運用改善提言
# |
運用改善の提言 |
概要 |
|
1 |
新規指定時の経過措置規定の見直し |
現在の法令上、事業者が新たに指定されてから6カ月間は届出義務が適用されないが、事業者の指定直後から届出を行うことを可能とする |
|
2 |
届出が必要な場合の明確化 |
現行では特定事業等以外の役割を供給または特定事業等役務を供給する場合や、他者が供給する構成設備を用いる場合、特定設備に該当するか否かを判断することは困難。届出の判断基準を明確化する |
|
3 |
早期・適切な事前相談の徹底 |
特定事業設備の供給者/重要維持管理事業者の委託先の決定前から届出・事業者による早期・適切な事前相談の実施を促す |
|
4 |
事業者からの意見等を踏まえた本制度や政令等の改正 |
読み替え保存割当の確認日の緩和 |
現行制度では届出の日の2カ月以内に確認したものを記載することとしているが、商慣習の実態等を踏まえて、届出の日の6カ月以内に確認したものとする |
5 |
事業者からの事務負担軽減につながる方策の検討 |
簡略書類の一部省略や届出のシステム化等を検討する |
|
現行制度では、特定社会基盤事業者自身やその子会社等が供給する特定重要設備は届出対象外とされています。しかし、他者が供給する構成設備(サーバー、OS等)を用いる場合は特定妨害行為のおそれが否定できないため、事前届出が必要であることを明確化すべきとの提言がなされています。今後、事業者自身や子会社が供給する設備であっても、その構成設備および重要維持管理等の委託先の棚卸・情報収集が求められる可能性があります。
届出時点で既に機器の購入・設置が完了しているケースが多く、その段階で設備交換等が必要となると、投資損失や役務提供への支障が生じるおそれがあります。特定重要設備の供給者や委託先を決定する前の早期段階から所管省庁と業者が意思疎通を図ることが望ましいため、早期・適切な事前相談の促進が提言されています。各事業者には、新規調達や委託の候補段階で社内の対応チーム等に連携する体制構築が求められます(図表9)。
図表9:早期からの事前相談のイメージ
有識者会議の提言では、基幹インフラ役務に必要なデータの保護についても言及されています。データセンターやクラウドサービスは安全保障上重要なデータの処理・保存先となっているため、情報漏えい防止措置や国内データセンターの設置状況を把握する措置が必要とされています。事業者への影響としては、データ保護に関するリスク管理措置の追加などが考えられます。
国家安全保障戦略(令和4年12月)に示されるように、現在、日本は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面しています。サイバー空間や経済活動が国家安全保障と直結する中、経済安全保障推進法、セキュリティ・クリアランス制度、能動的サイバー防御は、独立した施策ではなく日本の安全保障を総合的に強化する要素として位置付けられています。
企業や研究機関がグローバルでの信頼性を維持し、先端技術の保全と活用を両立させるために注目されているのが「セキュリティ・クリアランス制度(重要経済安保情報保護活用法)」です。2014年施行の特定秘密保護法では経済安全保障情報が必ずしも保全対象ではありませんでしたが、軍事と非軍事技術の境界が曖昧になる中、2023年G7広島サミットでは経済安全保障分野における機微情報の適切な管理の必要性が盛り込まれました。セキュリティ・クリアランス制度は、重要経済安保情報へのアクセス資格を政府が付与し、漏洩者には罰則を科すもので、2025年5月に施行されています。
こうした中で日本企業は、自社の事業が重要経済基盤(重要インフラ、重要物資の供給網、先端技術等)に関係するかを把握し、適合事業者として人的・組織的・技術的な情報保全体制を整備する必要があります。情報取扱者への適性評価対応、情報漏えい防止の徹底、教育・訓練による意識向上が不可欠です。詳細は「『セキュリティ・クリアランス制度』法制化の最新動向と日本企業が取るべき対応」で紹介しています。
2025年5月成立の能動的サイバー防御法により、基幹インフラ事業者は情報共有・対策のために設置される協議会に加入して政府から機微情報の提供を受ける際、セキュリティ・クリアランス制度への対応が求められることがあります。能動的サイバー防御とは、重大なサイバー攻撃を未然に防止または被害拡大を防ぐため、攻撃源特定や攻撃者の無力化を行う取り組みです。同法は公布から1年半以内に施行予定で、保護対象には基幹インフラ事業者(2025年7月末時点で15業種約257社)が含まれます。
政府設置予定の「情報共有及び対策に関する協議会」を通じてサイバー攻撃の機微情報が共有されるため、基幹インフラ事業者には事前のセキュリティ・クリアランス取得と適合事業者認定が前提となります。特別重要電子計算機の導入前届出、インシデント報告、通信情報の政府提供など幅広い対応が求められます。詳細は「能動的サイバー防御の導入による基幹インフラ事業者への影響」で紹介しています。
本コラムでは、基幹インフラ制度における実務上の課題として、抜け漏れのない網羅性の確保と、制度の趣旨を理解した本質的な対応の両面が求められることを示してきました。
一方、基幹インフラ制度そのものも変化を続けていることに加えて、新たに施行されるセキュリティ・クリアランス制度による情報と人の信頼性確保、能動的サイバー防御による実効的な対処へと連なる政策は、相互に補完し合う一体的な経済安全保障の枠組みを形成しています。
いずれの制度においても、事業者は単に法令要件を満たすだけでなく、自らの事業特性や環境を踏まえ、何が守るべき対象なのか、どのようなリスクが存在するのかを主体的に評価し、実効性のある対策を講じることが求められています。
これらの対応は決して容易ではありません。特定重要設備の洗い出しから届出プロセスの構築、委託先管理、さらには複数制度をまたぐ体制整備まで、相応のリソースと専門性を要します。経営層には、これらを単なる現場実務上の課題として捉えるのではなく、十分なリードタイム、工数、予算を確保し、組織として法令の要請に確実に応えることが求められます。担当者任せでは乗り切れない、経営層の強いコミットメントが必要な課題であることを認識すべきです。
PwC Japanグループは変化の激しい経済安全保障規制環境において、制度対応の実務支援から組織体制の構築、制度対応業務プロセスの定着・自走まで、企業の自律的な対応力を高める伴走支援を提供しています。
1 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/r7_dai13/shiryo8.pdfを参考にPwC作成
2 特定妨害行為の防止による特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する基本指針(令和5年4月28日閣議決定)第4章(4)
3 https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/221/meisai/m221080221030.htm
4 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/r8_dai14/teigenkosshi_gaiyo.pdf
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